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第一章 ボーイミーツガール? 弐

「ええ、問題なく片付きました。ええ…………はい、大丈夫です。…………はい、これから帰ります」

 誓が報告を終えて通話を切ったのを見計らうと、美姫が二人に向かって意気揚々に告げる。

「なら俺にやらせろよ。華麗に退治ってやるぜ、だって。ふふ」

 仕事という名の家業の帰り道、これまたいつものように美姫が拓真をいじる。

 拓真の口調を真似て、戦闘前の拓真の台詞を繰り返す美姫。

 鬼畜少女は戦闘後の労いの言葉まで鬼畜で溢れている。

「うっせーよ。あんな奴、本気を出せば余裕だぜ。知ってんだろ」

 大口を叩いた手前強気に出られない拓真は、これまたいつもと同じ逃げ口上を口にした。

「知ってる。大口と強気だけは一人前なくせに、いつも本気を出せない可哀想な男。それがバカ拓」

「こいつ、マジでムカつく」

 低い声で静かに、拓真が言葉を放った時はマジでキレる五秒前だ。

「止めろよ拓真。街中であれをぶっ放したら流石に庇いきれない」

「でもよ誓」

「拓真が本気を出せばあんな奴余裕だってことぐらい美姫だって分かってるさ。勿論、そのことは俺が一番よく知ってるよ」

「ちぇ、わーったよ」

 誓の言葉で素直に怒りを抑える拓真。

 何ともいい場面なのだが、そんな拓真をあっさり解放する程、美姫の鬼畜レベルは甘くなかった。

「ホント、デレデレの幼馴染。誓、後ろに気を付けた方がいい」

 そして当然のように爆弾を投下。

「こいつは──。誓、やっぱり一発ぶん殴る」

「ただ殴るだけってのが無理なのは分かってるだろ? 美姫の防御の堅さは半端じゃない。何せ、お前の父親で金城家の当主でもある(かなめ)さんが見込んで、直に仕込んでいるんだからな」

 誓がそう言っている間にも、拓真は拳に『金属』を纏わせ美姫に殴りかかっている。

 美姫は美姫で『土』の衣を翻させて、その全てを苦も無く防ぐ。

 しかも周囲との隔離をさも当然のようにこなしていた。

 こんな帰り道も、誓たちにとっては日常茶飯事だ。

 拓真がマジギレしていなければ、誓が止める理由も無い。

「クソッ。あの親父、同じ基地型、しかも女だからって浮かれやがって」

 悪態をつきながらも攻撃の手を緩めない拓真が、果敢に攻め立てる。

「実際、俺たちみたいな特殊型は少ないからな。仕方ないんじゃないか? 要さんも夫婦揃って女の子が欲しかったって公言してるし」

 そんな二人からとばっちりを受けない程度に離れつつ、誓はいつもの遣り取りを眺めつつ歩く。

 当然、ただ歩きながら眺めている訳ではない。

 拓真も美姫も共に高位の妖精術士だ。

 戯れに過ぎない筈の勝負とは言え、その攻防は参考になる。

 故に、この時自分ならこうする、などと頭の中でシュミレートするのには恰好の材料になるのだ。

「ダメダメ。これっぽっちも学習しないダメ拓とは君のこと。そんなんじゃ、私の鎧布(がいふ) 流転(るてん)は破れない」

 藤原美姫は土の妖精術士だ。

 一般人だったが、小学生入学とほぼ同時期に能力が目覚め、それ以来金城家にお世話になっている。

 しかしながら、家が近いため何も無い休日の日は実家暮らしという生活だ。

 また、金城家の現当主と同じ基地型の術士ということもあって、当主自らがかなり仕込まれて──拓真曰く、入れ込んで──いる。

 本人に才能もあったのか、今では高位の術士としてかなりのレベルにある。

 現に、金城の直系である拓真と互角以上に渡り合っている。

「なめんな! 俺の壊拳かいけん 鎌鼬信玄かまいたちしんげんに破れねぇモノはねぇ!」

 金城拓真は金の妖精術士だ。

 金城家の直系で次男。遊撃型の術士で、珍しい二連(にれん)妖精具使い。

 因みに、最近は二連妖精具使いのことを精霊術士たちの言葉であるダブルキャスターと称する方が、若者の間では主流となっている。

 言うまでも無いが、拓真は高位の術士だ。

 誓とは子どもの頃から背中を預けあって来た仲でもある。

 金の妖精術士は攻撃的な性格になり易いが、拓真もこれに漏れず非常に好戦的だ。

「信玄なんて名前負け。全国の信玄ファンに泣いて詫びるべき」

 息を吸うように毒を吐く美姫。

「言わせておけば、俺の妖精具にケチつけんじゃねぇ。この性悪鬼畜女ッ」

「失礼なことを言う。私がケチを付けたのは妖精具の力を引き出せないバカ拓であって、壊拳 鎌鼬信玄じゃない」

 怒涛の攻撃を涼しい顔でいなしながら、美姫はカウンターを放つ。

「いや、そこは性悪鬼畜女を否定しろ!」

 そのカウンターを跳ね除けつつ、拓真がツッコミよろしくの裏拳を繰り出す。

「そこは、恥らう乙女として全肯定もやぶさかではない」

 それらをあっさり左に流すのは、自称、性悪鬼畜女を全肯定するのも吝かではない恥らう乙女。

 訳が分からない。気にしたら負け、とさえ思う。

 それはさておき、先程から活躍している『鎧布 流転』と『壊拳 鎌鼬信玄』は共に妖精具と呼ばれるもので、正確には大量の妖精の集合体だ。

 妖精具とは、妖精術士が誰しも持つことの出来る武器であり、防具でもある。

 術者はこれにより、己の弱点をカバーしたり、長所を伸ばしたりすることが出来る仕組みだ。

 この妖精具の長所は何に置いても携帯性にある。

 わざわざ持って行くという手間が無い。

 一度創ってしまえば、妖精を還元することなく何時でも、何処でも即座に出すことが出来、しまうのも一瞬で済む。

 その上、しまえば手ぶらになれるという優れものだ。

 反面、一度創ってしまうとそれ以外の妖精具を創れないという短所もある。

 稀に、拓真のような二連妖精具使いという妖精具を二つ創れる者がいるが、それは例外だ。

 どちらにせよ、一度創ってしまった妖精具は死ぬまで消せない。

「それにしても、相変わらず美姫の鎧布 流転は利便性高いな。俺より万能型っぽい感じがする」

 目の前で優雅に動く美姫は、拓真の攻撃を尽く流砂の盾と成った布で受け流す。

 拓真の機動力に対しては、足元に流れた砂を駆使して自らを素早く移動させて抵抗。

 時折繰り出す攻撃は直線状にどこまでも広がる砂の刃に加え、予測不能な軌道を辿る鉄球並みの破壊力を生む砂球。

 傍目には舞っているかのようにさえ映る戦闘スタイル。

 更に、人目に付かないように砂の結界まで張ってあるときた。

 攻撃・防御・補助を同時にこなし、基地型の欠点である召還も妖精具でカバー。

 戦闘時の姿にも華がある。

 金城家の現当主が入れ込むのも無理はない。

「誓は分かってる。同じ直系でもどこかのバカとはやはり違う。でも、誓の方が鎧布 流転より万能型なのは確か」

「おい、今俺のことをバカって言っただろ」

 美姫の予測し難い鬼畜攻撃に体勢を崩されながら、その勢いを利用して拓真が怒りを載せて回し蹴りを放つ。

「誰もバカ拓のこととは言ってないのに。そんなに自分をバカと認めたいなら仕方ない。気は進まないけどその辺を斟酌(しんしゃく)し、これからもバカ拓って呼んであげる。嬉しい?」

「この(アマ)──」

 拓真はイラついていた。

 口で負けていることにではない。

 妖精術で圧されていることに、だ。

 美姫は確かに強い。才能もある。

 それは拓真も認めている。

 だが、それは拓真にも言えることだ。

 それなのに拓真の方が圧されている、その事実にイラついていた。

 勿論、正確には拓真の方が強い。

 その気になれば美姫を倒すことは容易だ。

 結果として、それは美姫を将来的にも戦闘不能にすることと同義となる確率が高いので、全力を出せないのが悔やまれる。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 拓真は金城家の直系だ。

 全力を出さないまでも、同年代の分家筋の者──腕の立つ二・三名を除いて──を圧倒出来る。

 それが、それが分家筋でもないポッと出の術者に圧されているのだ。

 拓真にもプライドがある。

 そんなことは認められない。

(拓真の奴、熱くなってるな)

 誓から見れば、全力を出せない拓真と美姫の実力は、それでも八・二という歴然な差で拓真に分があった。

 美姫は確かに強いが、召還が弱い分どうしても爆発力に欠ける。

 そのため、美姫の妖精を召還する量より、消費量が上回る程の強力な攻撃を連続で防がせれば、その内ジリ貧となる。

 対して、拓真の方は召還が強い分、爆発力がある。

 それに加え、美姫より長くこの仕事をやっているだけに、とっさの勘も機転も働く。

 それは拓真の──遊撃型の苦手とする防御を補って余りある。

 何より決定的な理由は、二人の最大妖力値の差だ。

 その差、約九千。

 拓真の方が、美姫の最大妖力値と比べて1.4倍近くも高いのである。

 どんなに頑張ったとしても、現状の理論上、その差を埋めるには最低でも二年半は必要となる。

 しかも、拓真が成長しないという殆どあり得ない仮定をした場合にである。

 それなのに拓真が圧されている理由は単純明快。

 拓真が押せ押せ思考なのに加え、わざわざ美姫の土俵に合わせているからだ。

 押せ押せ作戦は、単純に考えれば、美姫に対して有効な手段の一つだ。

 だが、美姫も馬鹿ではない。

 適度に反撃を行い、必要な妖精の量を召還する時間を稼いでいる。

 その反撃がその場凌ぎであれば拓真が優位に立てるのだが、美姫の反撃はその場凌ぎなんて生易しいものではない。

 結果、タダでさえ防御に弱い遊撃型の拓真は、押せ押せ思考なために更に防御を弱める。

 そこに美姫の鬼畜攻撃が繰り出されることにより、美姫に拓真の防御に使う妖精を削りつつ、攻撃されて減少した妖精の量を召還する余裕を与えることになっているのだ。

 防御に弱いが攻撃と召還に長け、補助もそこそここなせる遊撃型の身上はヒットアンドアウェイ。

 それに徹した際の拓真は本当に強い。

 妖精術勝負なら、誓でも勝てるとは言えない相手に変貌する。

 このじゃれ合いとて、拓真がその気なら美姫はほぼ防戦一方となるだろう。

 制空権を得ることは、対人戦闘においてかなりのアドバンテージとなる。

 拓真が得意のジェットエンジンを使って空を駆け、ヒットアンドアウェイに徹すれば、空中での行動の自由に乏しい土の妖精術士ではどうしても攻勢に回り難い。

 だが、悲しいかな。

 拓真がヒットアンドアウェイを行うのは、年に数回という低確率を超えた珍確率だ。

 何と言う世の無常。合掌──。

「ぐはっ」

 そうこうしている間に、拓真が無様に宙を舞う。

 勝負は着いたが、美姫は根っからの鬼畜少女だ。

 誓は次の行動に備えて妖精を召還する。

気絶()ろ。デレダメバカ拓真」

「そこまでだ」

 ドオオオオン……

 大きく反響する音を立てて、炎のカーテンと砂球が鬩ぎ合う。

「誓。敵に情けをかけるのは良くない」

「お前は何処の軍曹だ」

 誓が嘆息しながらぼやくと、一拍の後に砂球が退いた。

 一方、宙から舞い落ちた拓真は、炎のクッションに助けられ地面との激突を免れるも、残念ながら既にダウンしていた。

(なんだかなあ)

 拓真は強い。強いのだがこの間抜けっぷりを見せられると、いつも考えてしまう誓である。

 金の妖精術士の中でも、ジェットエンジンの仕組みを再現して空中戦を得手とする者などそういない。

 金が水を生むとはいえ、完全に水の領域になればそれ以降の操作は不可能。

 ジェットエンジンの吸気口、圧縮機、燃焼室、タービン、排気口の金属部分を作り、更に金より生み出した水──すなわちケロシンを主成分とする燃料を作って消費する。

 そのため、どうしてもある程度の補助値と召還値が必要となる。

 少なくとも、その二つの適正値の高さを両立出来ない特性の者では無理だろうし、どちらもそこそこな特異型や万能型でも戦闘に使えるかとなると難しいだろう。

 基本的に一つの属性しか持てない術士では、この手の相生そうじょうを使った術は燃費が悪く、割に合わない場合が多い。

 それをこの若さで割に合う術として実現している上、奥の手まで持っているというのに、このザマである。

 長年の相棒である誓が、遣る瀬無い思いを少なからず抱いてしまうのも致し方ないと言えよう。

「強いて言うなら、金城?」

 対象以外を燃やさず、高熱をも伝えない誓の腕に感心しつつ、美姫が誓の言葉に身も蓋も無い答えを導き出した。

「強いて言わなくていい。それにお前がノした相手は、その金城の人間だ」

「私凄い」

「ああ、色んな意味で尊敬するよ」

 これもいつも通りと、誓はダウンした拓真を美姫に渡す。

 最近の仕事帰りは、気絶した拓真を美姫が肩に担いで帰るのが恒例になりつつある。

 現代日本では男の役目と見られることの多い場面だが、美姫の肩と拓真の間に見える土の妖精が、それを無用の長物と物語ものがたる。

「じゃあ母さんたちによろしく。俺はもう少し町の様子を見てから帰る」

 誓にとっては不本意であるが、最近はこの界隈も物騒であった。

「うん、大丈夫。次期当主は誓と再確認したところ」

「それを言われる度に、勝利(しょうり)の視線が痛い今日この頃だ」

 遠藤勝利は誓の従兄弟で、同じ直系だ。

 単純に単独戦における妖精術士としての腕なら、誓より上と言われている。

「誓が劣っているのは妖精術における単独戦での炎の威力だけ。それに勝利はバカ拓と思考の浅さで同レベル。器じゃない」

 仮にも本家筋に対してこの物言い、鬼畜少女の前では血筋も何もあったものじゃない。

「それだと拓真も当主に相応しくないように聞こえる」

「事実その通り。いくら戦闘力が高くても、今なら間違いなくクール兄様を推す。選挙権があればだけど」

 クール兄様とは、拓真の四つ上の兄で長男の秀一のことを指す、美姫特有の呼び方だ。

 今ならと付け加える辺り、一応拓真の方はそれなりに見込みありということだろうか。

「誓は当主になる気がないの?」

「どうかな?」

 誓自身よく分からなかった。

「誓」

 急に鬼畜少女が誓を真剣な目で見据える。

「うん?」

 それでも誓は普段通りに続きを促した。

「まだ境悟(けいご)小父様のことで悩んでるなんて、ホントヘタレ野郎ね」

「──何だそれ」

 軽口で応える誓。

 返すのが数瞬遅れたのを誤魔化すように、言葉を続ける。

「そんなことねえよ」

「そう──。それじゃ」

 深く追求することはせず、美姫は話に区切りを付けた。

「ああ、また後でな」

 内心ホッとしながら誓は踵を返す。

「夕食までには帰ること。でないと静様に紗希吾、由紀までが心配する。対応がめんどい」

「分かってる」

 苦笑して美姫“たち”に背を向けたまま、誓は振り返らず左手を挙げて了承の意を示した。


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