第四章 ランカー 漆
後から到着した御三家側のサポート班が加わり、ある境界で最早当然のように険悪なムードを発しながら、淡々と進められる戦後処理。
そんなギスギスした空気を嫌った誓は、未だ分解されてない拓真の鉄槌の林に隠れるように背中を預ける。
今頃拓真は、サポート班と共にこの剣山を均す作業に追われていることだろう。
「ふぅ」
今頃になって震える手を、他人事のように眺める。
分かっている──、相手は既に死んだ人間で、ただの妖魔の操り人形だった。
分かっている──、相手は既に死んだ親父で、程度の低いニセモノではあるが、ホンモノでもあった。
奥歯を噛み締める。
助けられなかった。届かなかった。
助けたかった。届きたかった。
その相手を──、マガイモノとはいえ手にかけなければならなかった現実。
父親を助けるために創った筈の不知火。
助けたかった者への初のお披露目がその者を殺すためとは、皮肉が過ぎるというものだ。
(大丈夫だ)
父に自己の存在を認められたあの時から、誓の心の針は左右に激しく揺れようと即座に中心へと戻ってピタリと止まる。
それは異常なまでの正しい理屈を保ち、事態への対処を可能として来た。
現に、妖魔の手先と化したホンモノの細胞を使用しただろう肉親のクローンゾンビですら、何の躊躇も見せず正しく滅することが出来た。
だからそう、今度もきっと大丈夫だと──。
他人の気配を感じて震えの引く手を確かめながら、既に無意識下となった作業にも等しい速さで、正しい理屈を行うには邪魔な感情を制御する。
「誓くん」
コソコソと傍へやって来たのは、いたる所に包帯を巻いた環だった。
「動いて平気な傷じゃないだろう。まだ安静にしてた方がいい」
最終防衛ラインで前線を維持していた内の一人。
後数秒でも誓たちの到着が遅れていたらどうなっていたか。
「赤口家の目もあるし、心配しなくても用が済んだらすぐに行くわ。ありがとう誓くん」
怪我を押してまで、赤口家の目を忍んでお礼を言いに来てくれた環の微笑み。
誓が今回の仕事に満足を覚えるには、十分な報酬だった。
「あと、良かったらアドレス交換してくれない? 学校じゃなかなかまともに話せないし」
「え?」
予想外の申し出に、思わず戸惑いの声を出してしまう。
(既に一部からはG線上の環さんと崇められている巨乳美少女とアドレス交換、だと……。学校の男子共垂涎の権利じゃないか)
因みに、入学からこれまでの短い間に手を回して本人の了解なくアドレスをゲットした者もいたらしいが、既に名義指定の着信拒否──アドレスに関係なく、その携帯の所持者からの着信を拒否する上位版で、幾らかお金はかかるが仮に携帯を変えられてもそれが違法な出自の携帯でない限り未来永劫効果を発揮する──をされているという噂だった。
「赤口家の術士とじゃイヤ?」
「まさか。嬉しいよ」
本人の美貌についても否定出来ないが、これでまた一つ、精霊術士である友人との繋がりを強化出来たことが嬉しかった。
「よかった」
表情が和らいだ環とアドレスを交換する誓。
「ところで──」
「若ー!」
誓が例のことについて聞こうとした所で、こちらを探す声が響いた。
「っ。ごめんさい。そろそろ戻らないと。またね誓くん」
「ああ。また」
御三家の術士に見られたからと言って、赤口家にも見られる訳ではないが、耳には入るかも知れない。
それを嫌った環は、即座に別れを告げて去っていった。
(例のこと、結局聞けなかったな)
その夜、アドレス交換した環から改めてお礼のメールを貰ってテンションの上がった誓は、明日からの不安を抱きつつも気持ちよくベッドに沈んだ。




