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第四章 ランカー 陸

「な、何を──」

「しゅ、守護精霊を自分で砕いた?」

 本来、不知火の能力は自分で砕いても効果は発揮されない。

 そうでなければデメリットにはならず、特異能力の補強にはならないからだ。

 しかし、それはあくまで精霊術による破壊だった場合──

 そう、自身の妖精術で砕いてしまえば、一人でメリットを引き出せる。

 不知火が一度も破壊されていない時の誓の普段の適性値、最大霊力は共に四分の一。

 それが一度破壊されることで、普段の適性値、最大霊力共に倍の四分の一である半分に──

 二度破壊されることで、普段の適性値、最大霊力共に四倍の四分の一である通常に──

 そして──

「蘇れ。不知火」

 三度破壊されることで、それまでのデメリットを一気に回収してメリットへと昇華する。

 そう、破壊される毎に誓の能力は倍になっていたが、二度目までは四分の一となるデメリットがあった。

 だがこれで、普段の適性値と最大霊力値は共に八倍。

 誓が特異型であれば、もっとメリットを引き出せるか、或いはデメリットを軽減出来たか、もしくは更なる制約と見返りを追加出来ただろう。

 残念ながら、特異値60%の万能型では、上を望めば望む程に無駄や限界が押し寄せるのは避けられない。

 だがその甲斐あって、今の誓の最大霊力値は実に20万を超え、適正値も全て480%と、他の追随を許さない。

 精霊術に拘らないからこそ成し得たとも言える、圧倒的なまでの力の具現。

 事実、生粋の精霊術士であれば、自身のアイデンティティとも言える精霊術を普段たったの7%すら扱えなくなる制約など課そう筈もない。

「行くよフェイカーズ。いくら霊力値、密度、精神力共に高みにあり、世界に愛される神炎と言えど、俺の──炎導誓の炎に抗うは容易じゃないと知れ」

 万能型の神領域だから全適正値が二倍で120%?

 それがどうした。こちらは480%で最大霊力値は20万と5000を超える。

 誓の霊力値に比べて、妖力値が三分の一程しかない贋作神炎親父の百の力を載せた攻撃一発に対して、こちらは都合四十八発の百の力を一度に繰り出せる。

 補助値でもこちらが圧倒的に上。

 しかしながら、炎の上位次元密度では大きく劣る。

 補助値480%による補正で、誓の霊力の上位次元密度は35%弱。

 対する贋作神炎親父は、同じく補助値120%による補正で、妖力の上位次元密度が100%を僅かに上回る。

 そのため、都合四十八発の百の力は実質十六発の百の力になってしまうが──。

 それでも、二体を同時に相手取った所で、遅れは取らない。

(取る筈もない!)

「誓剣 愛火。我が誓いに応え、汝が力を揮え。雷公鞭!」

 三人リンクで解放される、広範囲を焼き溶かす無数の雷火が音速から光速で空間を翔け、相互に反発、引き寄せ合って縦横無尽に迸る。

 邪気に染まる空間に清浄の穴を幾百、幾千と穿って楔とし、強引にこちらの精霊のより在り易い空間を作って支配していく。 

「クラウ・ソラス!」

 仲間との力を束ねた光炎の剣へ精霊術による力が重なり、溶岩さえも数瞬で燃やし尽くす超常の神剣となって贋作神炎親父二体を襲撃する。

 その閃光を負傷しながら次を見越した体勢で防ぎ、誓へと呼吸を合わせて挟撃する贋作神炎親父たち。

「ガ・ジャルグ」

 その挟撃を槍と化した『誓剣 愛火』で捌き、返し、不知火と灼熱の炎で追撃するも──

 邪気を纏った高密の炎で、その断罪の炎撃のダメージを抑えた贋作神炎親父たちに、誓は反撃への対処を余儀なくされる。

 贋作神炎親父たちの放つ炎は、こちらの攻撃や防御をすり抜ける魔炎である。

 それに対し、誓は一つに見える二つの炎など、二段構えの炎で迎え撃つ。

(一度現象を跳び越えて現れた瞬間が父さんの炎を迎え撃つチャンス。だからやることは簡単。一段目は捨てて二段目で仕留めればいい)

 父である境悟が存命の頃には、それを見越して弱い一段目を真っ向から打ち消し、二段目を跳び越えるなどの駆け引きもあったが……。

(こいつらには攻撃するための工夫はあっても、攻撃を放った後の工夫がない。いや、出来ないのか?)

 それでも、言うは易し、行うは難しを地で行くことに変わりは無い。

 神領域に至っている相手の手数に応じて、こちらは常に倍近い出力を要求されるのだ。

 仮に仕組みを見切ったとして、対応出来る者がどれだけいるか。

 高威力のクラウ・ソラスを特に危険と判断したのか、贋作神炎親父たちは誓とやや距離を開けて戦い始める。

 本来なら贋作神炎親父たちも至近距離は得意とする所だが、妖精術だけならともかく精霊術をも扱う誓相手では得意のすり抜けも効き難い。

 遠距離から手数を放つだけでも、十分に脅威となる手段を持っているからこその好判断だった。

(俺がリンクしていなかったら、だがな)

「雷公鞭!」

 再び無数に枝分かれした雷火の鞭に切り替える誓。

 揮った高速の雷火は、特に工夫するまでもなく贋作神炎親父たちの魔炎を粉砕し、軌道を音速で変えながら八方から躍りかかる。

 これには贋作神炎親父たちも予測出来なかったのか防ぎ切れず見るからに深いダメージを負ったが、痛覚が存在しないのか攻め手をまるで緩めない。

 だがそれでも──。

「無駄だ」

 鞭を振っていられる距離、相手の接近に対応出来る間さえあれば、雷公鞭の守りは弾幕攻撃に対して非常に堅い。

 通常の攻撃がすり抜けるような、触れられないものや見えないものに干渉出来る特性が雷公鞭の真骨頂である。

 空間も次元も時間も誓の今と違うようなものでもない限り──、そこに存在する限り雷公鞭に捉えられないものなどない。

 火の妖精を基にしているため、考えなしの全力のぶっ放し以外では光速に届かないが、それでも音速は下らない。

 互いの間合いを次々と浸食しては立て直す、超火力をこれでもかとぶつけ合いながら命をチップに時に緻密、時に大胆な駆け引きをも行うという戦いは空恐ろしくも流麗ですらあった。

「なんて、なんて戦いですの……」

 最早、一流の術士でさえ楽々とは立ち入り不可能な領域で繰り広げられる絶戦に、蒼衣は戦慄と羨望を隠せなかった。

 蒼衣の力量では次の瞬間にも消え去っている程の出力を、距離を問わず何度も何度もぶつけ合っている三者。

 とりわけ二対一、神炎対炎、年長者対年少者という、本来であれば不利な構図でありながら戦いを優勢に進めているクラスメイトの勇猛振りに、どうしても目を惹かれずにはいられない。

 それもその筈。

 この構図は強大な火の精霊術の行使によって成り立っている。

 誓の妖精術による特異能力は確かに凄いが、それだけではこの相手に対して火力がどうしても足りない。

 才ある火の精霊術士として成長期真っ只中の蒼衣が、より高みにある火の精霊術士の活躍に目を惹かれるのも致し方ない。

「燃えてるな。こっちも行くぜ!」

「ミスったらボコる。協力変換」

 そんな中、拓真たちはあまりに過激な後方支援に入った。

「誰にモノ言ってやがる! 拓け。神器じんき 千槍鉄槌せんそうてっつい

 顕現するは道を拓く鋼の意志。

 立ち塞がる障害を赴くままに全て捻じ伏せんとする、傲慢で純粋な仁義。

 拓真は空から幾百もの槍のようでもあり槌のようでもある、ドラム缶程の太さを持つ鋼鉄の暴風雨を戦場へ向けて怒涛の如く降らせる。

 およそ八十メートル四方、即ち六百四十平方メートルを穿ち蹂躙する鋼鉄の暴雨が周囲の気流を乱し、辛うじて残されている凶器同士の僅かな間隔さえ鋭い風の刃で切り裂いて逃さない。

「ほぅ。凄い威力だ。さながら殲滅兵器といった所か。だが狙いが甘──」

 その質量の暴虐をスピードでかわし、追撃する風の手をもすり抜けた魔王だったが──

 次の瞬間、先程の脅威と変わることの無い、命の散る慟哭さえ掻き消す程の鋼鉄の怒涛に問答無用で斜め上から埋め尽くされた。

「ハッ。何が甘いって? こいつはオマケだ!」

 そこへ、更に上から過剰なまでの追撃を重ねる拓真。

 その連続攻撃で、赤の混じった土砂が大量に宙へと噴き上げる。

 それはまるで、トマト畑をミキサーにかけたようであった。

「な、あの規模の範囲攻撃を続けざまに三度も──。いえ、それより何を考えてますの! あれでは誓さんまで巻き添えに!」

 凶悪に過ぎる絨毯爆撃に、蒼衣が青褪めた表情で拓真たちを責める。

「あん? タコ。あの状態の誓がこの程度で傷つくかよ」

 しかし、それに返されたのはバカかというにべも無い答え。

 事実、大地に突き刺さった幾百もの鋼鉄の楔を破壊、或いは溶かして今も動き回る炎が三つ。

 その内の一つは、腕を一本失くしていた。

「偽者のくせにやるな。四つに分けた上に直接狙わなかったのもあるが、俺の攻撃にバラけずに耐えやがった」

「仮にも神炎ならこの結果はおかしくない。アイツ倒しても止まる気配ないのはちょい面倒だけど……、他にそれらしい気配もないし」

(魔王自身にもコピーゾンビありとか。キリがないタルいパターンにならないといいけど)

「繋ぎに一発分余力残してたんだけどな」

 他の者にしてみれば驚く結果を、拓真と美姫は当然のように受け止めて次を見据えていた。

 その態度にも驚いた蒼衣だったが、拓真の語った内容に驚愕を隠し切れない。

(あれで四つに分けたですって? 誓さんといいこの男といい、なんて馬鹿げた火力ですの。これが、これが日本ランカー)

 誓のブーストも凄いが、拓真に至っては常態でこの脅威度である。

 総合的に見る関係上、ランキングでは第七位に甘んじているが、火力だけなら黄金使いにすら匹敵するだろう。

「そうこう言ってる間に誓が一匹倒した。どうする? もう一発撃っとく?」

「いや。もう大丈夫だろ。妙に手応えのなかった誰かさんに下手な横槍されてもウゼェし、周囲警戒だな」

 今しがた殺したコピー魔王と同じ劣化コピーかオリジナルの登場に備え、『神器 千槍鉄槌』をいつでも撃てるよう、姿勢こそ無造作でありながら意識を張り巡らす拓真。

 『神器 千槍鉄槌』は異端の妖精具だ。

 何せ妖精具でありながら、実際には現実に形を成していない。

 『神器 千槍鉄槌』で攻撃するには、本来なら必要のない筈の召還をいちいち必要とする。

 しかも、拓真の中に存在する『神器 千槍鉄槌』を模写することで補助値を大幅に食うため、召還後の動作はどうしても単調となる。

 当然、模写した『神器 千槍鉄槌』は妖精具そのものではないため即座にキャンセル出来ない上、自身の防御力で耐えられる筈もなく、接近されてくっつかれると撃つに撃てない。

 加えて、手加減する程に加減が難しくなるという融通の利かない仕様で、どうしても場所を選ぶ。

 そうした幾つもの枷を受けているが故に、破壊力は群を抜けて高い。

 ここで忘れてはならないのが『壊拳 鎌鼬信玄』の存在である。

 手甲と具足として文字通り主の手足となっているこの妖精具は、破壊と切断を身上とする近接武器。

 近づいて良し、離れて良しと、今の拓真は遊撃型として見た場合にかなりハマっている。

 それは同時に、近づかれて良し、離れられて良しという、戦場を見据える砲台として優秀であるということでもある。

 防御値・補助値共に90%である基地型の美姫──四人リンクしているので今は防御値135%に補助値105%──が傍におり、守りが堅固なこともそれに拍車を掛ける。

(怖い)

 周囲へと意識を張って無造作に立つ拓真に抱いた恐れに、蒼衣は改めて日本ランカーの強さを感じた。

 火力だけではない。

 “何かに特出していながら隙もない”という矛盾。

 その矛盾を両立させた強さに圧倒される。

 無論、誓も拓真も隙がない訳ではない。

 誓であれば非リンク時の火力が足りない歳相応の妖精術戦、拓真であればあくまで向いている程度の近接戦。

 まだ十代半ばの二人。

(ですが、このまま行けば──)

 蒼衣の予想通り、将来的には歳相応の万能型としてトップクラスの妖精術を扱う誓、近接戦で無類の強さを誇るだろう拓真と、およそ隙と呼べるようなものではなくなる。

(羨ましい。情けない。負けたくない。私も──)

 あの高みで肩を並べたいと、強く思う。

 同時に、自分には無理という否定的な思いもまた強く、強くこびりついて離れない。

 蒼衣が胸に渦巻く想いを整理し切れないままに目を向ける中、誓が二人目の贋作神炎親父を倒し、戦後処理が始まる。


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