第四章 ランカー 肆
「……はい?」
相手のまさかの発言に、静観していた誓の口から思わず声が漏れた。
「何か勘違いをされているようですが──」
事情を把握した由紀が即座に指摘するが──
「とぼけても無駄でしてよ。児玉家が炎導家の跡取りの第二夫人候補としてあなたを送ったことなど調査済みですわ。年頃の勝利さんと一つ屋根の下なんて、なんてうらやま……ではなく、なんて破廉恥な! その上相手にされない当然の事実をいいことに精霊術士と懇意にするなど。どこまで卑しいの!」
感情的になっていて全く聞いて貰えなかった。
(あー、なるほどねー。そういうことか。まあ、完全に間違いとは言い切れないけど)
今、炎導家の名を背負って妖精術士の学校に通っているのは勝利だけだ。
そして、関係を強くしている家同士でもなければ、大体は高校生になってからが初顔合わせとなる。
となれば、そういう結論に達してもおかしくはない。
日本の各属性トップ10のランキング表はネットでも見られるが、明らかになっているのは名前と所属に代表的な実績だけ。
火の術士の第三位である誓が、十代の次期当主候補筆頭であるとは思うまい。
次期当主候補として多くの情報を家から与えられていたなら別だろうが、佳奈は既に選考外。
ある程度の権限はあるようだが、それもどうやら上手く使いこなせなかったらしい。
(少し考えれば分かりそうなものだが)
いくら跡取り宛てとは言え、近く条件を満たす訳でもない内から二人目の候補を送るなど非常識にも程がある。
この国で男女が伴侶を増やせる条件は三つ。
一つは、基準となる最大妖力値・霊力値が6万4000を超える者。
一つは、術式統括庁の国内ランキングで過去に一度でも三位以内を一年以上キープした者。
一つは、神領域に達した者。
上の基準を満たした重婚規定者──自身が重婚条件を充たしている者──が、自身の伴侶を一人に絞る代わりに残り枠のない者へ入籍する方法もあるが、これは例外である。
当然、勝利はこれらの条件をクリアしていないし、将来的にクリアするとしても約二十年は要するだろう。
肩透かしをくらった由紀と誓は互いに視線を交わすと、術を解除する。
「い、いい気にならないことね。あなたが精霊術士と懇意にしてるという情報は──」
「キャピキャピうるせぇな」
なおも言い募ろうとする佳奈の前に、拓真たちが踏み込んで来て威圧する。
いや、正確にはもう少し前からいたのだが。
「ちょっと離れた隙を見ての被虐志願とかマゾ過ぎ。私に敵対してくれればもっといい体験させてあげたのに、残念この上ない」
誰が取ったか分からないが、見たことのあるアニメキャラのフィギュアの四肢をバキボキ折ったり、砂刃で斬ったりしながら内部の作りが甘いなどとボヤいている美姫。
何処かの剣豪みたいにはいかないかと、仕方なく切断の際の摩擦熱で溶かして擬似的な戻し斬りを行ったりしている。
確実に楽しみ方を間違っている上に、この状況では笑えない。
「ひぃっ」
遂に遥家の次女もペタンと尻餅をつく。
(流石に恐れられてるな)
戦闘における強さとは、必ずしも最大出力に依存しない。
良心という枷の外し方が上手い者、或いは外れている者は迷いや躊躇いという隙が少なく、常人よりも優位に立てる。
その点、良くも悪くも常態で破綻している美姫は強く、そして強い。
こうしたら痛いだろうな、これ以上は可哀想といった、大概の人間が心のブレーキを掛ける場所で、嬉々としてギアを上げながらアクセルを踏み込む。
同い年と比べた場合の最大妖力値では、上の下から上の中くらいにある美姫が模擬戦で負けなしなのも頷ける。
そして、本気を出した所を見たことがない、一つの妖精具しか使わないダブルキャスターである拓真の日本ランカーという肩書き。
分からない強さ程、恐怖を煽るものもあるまい。
「で、このバカ共どうするよ誓。この界隈で炎導の次期当主候補様一行に街中で仕掛けたんだ。それ相応の躾はしてもいいと思うぜ」
基本的に、術者同士の争いは術者同士で解決が求められる。
術式統括庁という術的な問題を一括で引き受けている所もあるにはあるが、そこは主に非術者と問題の起こった、もしくは起こる場合などに動く場所だ。
大家による権力争いの場になるのを避け、術式統括庁になるべく公平さを求めた結果である。
どうせ長いのに巻かれるのだから、勝手に処理されても同じという妥協とも言える。
少なくとも、これ以上の公的権限を術士の家系に与えずにはいられる。
「? な、何を言って……」
「ああん。つまり──っ!? 誓!」
突如、舞い起こった四つの暴力の嵐から、誓は術を解除していて反応の遅れた由紀を、即座に両腕へと抱えて距離を取る。
「魔鬼!?」
「しかもこの外見。ビンゴっぽい」
美姫がやや嗜虐的に口元を歪める。
美姫程の高さを持つ巨大な鶏に、二股の尾を持つ狼は小さめの熊程の大きさはあるだろうか。
そして人型だが角と牙を生やした巨漢の鬼と、全長一メートル程の巨大蜂。
魔鬼と思しき魔力を放ちながら、理性の欠けた単調な動きを行う身体には生気が感じられない。
しかも、全ての魔鬼に別の黒い魔力が混じっている上に引き際も見事とくれば、これはもう裏で操っている存在を疑うなという方が無理である。
今回の件では、鈴風以外にも補助値の高い者が探索に借り出されていた。
補助値90%の美姫もこれに漏れない。
(敵の足取りがさっぱり掴めないせいで、やっぱりフラストレーション溜まってたか)
「誓様。ぁ、ありがとうございます。もぅ大丈夫ですから」
「あ、ああ」
誓の腕の中で、恥ずかしそうに見上げる由紀を降ろす。
「ひ、ヒィ! こっち来ないで! 来ないでよ!」
やや意識が二人だけの空間に入り掛けた誓だったが、金切り声と金属同士の鈍くぶつかりあう音ですぐさま現実と向き合った。
「バカか! さっさと結界外に逃げろ!」
妖精術や精霊術の結界は、能力者と非能力者の隔離は出来ても、それ以上となると特異能力でもない限り不可能だ。
陰陽術なら個別対応も出来るが、生憎とこちらは施術に時間が掛かる。
術士だろうと結界外へと逃げればそれで一応の隔離にはなるが、攻撃力の分からない魔鬼の攻撃範囲と周囲の一般人のことを考えれば結界は当然広く取らざるを得ない。
「来るな! 来るな来るな来るなあ! や、ひぎっ。いぎゃあああああぁ!」
足は活きているのに初撃を逃れた位置で金の妖精術をしっちゃかめっちゃか繰り出していた女が、狼と鬼たちに捕まり、悲痛と絶望に染まる頭部を残して生きながらに咀嚼された。
一方、足をやられていた炎術士と腰の抜けていた遥家の佳奈は協力して防衛に専念しているが、このままでは力の差に呑まれるのも時間の問題である。
「ちっ。光り導け。不知火!」
それを防ぐため、不知火で二人を援護する。
「精霊術士が! 情けのつもり!?」
「苦情は後で聞いてやる」
携帯が鳴り、母より同時多発的に例の魔鬼たちが暴れているという連絡を受ける誓。
「みんな仕事だ。もう二つ回るから、ここは手早く片付けるよ」
「おう!」
「ラジャ」
「はい!」
炎導の次期当主候補筆頭の声に、三者が即応する。
「切り裂け。壊拳 鎌鼬信玄」
「おどれ。鎧布 流転」
「……護湖 聖楯」
「果たせ。誓剣 愛火」
金の藤黄に土の飴色、木の翡翠色に火の深緋。
妖精術士たちの絆が輝きとなって、世界に具現する。
「そんな、そんなことって……」
精霊術士でありながら妖精具を召還し、あろうことか金城の次男とリンクした炎術士。
児玉家が炎導家の跡取りの第二夫人候補として送った由紀が、様付けで呼んでいた事実。
そして、拓真と実績の似た、火の術士国内ランキング第三位のランカーの名前。
ここまで揃ってそれに気付かない程、佳奈もバカではなかった。
空へと駆けた拓真が空中の敵を地に落とし、美姫がそれを下にいる敵と共に捕まえ、由紀は木の鎖で美姫の拘束をサポートする。
そうして集まった魔鬼の集団に向けて──
「誓剣 愛火。我が誓いに応え、汝が力を揮え。クラウ・ソラス!」
長大な光炎の両手剣と化した『誓剣 愛火』から、十全なチャージの下、リンクした全員の総攻撃値370%を乗せた劫火が敵を殲滅せんと迸る。
四人リンク時に発動を可能とする、誓の一番の攻撃手段が炸裂した。
しかし相手は魔鬼。
中には、炎に耐性があったり防御に秀でていたりして、絶命に至らない者もいる。
だが、妖精術は循環する。
「フフ、踊れ有象無象」
火生土。
誓の召還した妖精を協力変換しつつ、美姫は己の召還した妖精を追加して砂刃の舞う砂嵐を発生させて弱った相手を空中に舞い上げながら切り刻む。
土生金。
そうして恰好の的となった標的に対し、拓真が手を翳してトドメの協力変換。
「消えな」
金属の鋭いトゲが内と外から一挙に生い茂り、瀕死の敵を蹂躙する。
問答無用の超威力攻撃に重ねることで、低い召還値の美姫でも安定してダメージを与えながら高い補助値で敵を拘束しつつ誘導、そこに攻撃、召還値共にリンクで高くなった拓真が追撃する。
安定のスリーコンボである。
木生火も出来れば更に力を増すが、まだ元気な魔鬼クラス相手の拘束を手伝いながらでは由紀にそこまでの余裕は無かったし、そこまでする必要も無かった。
制服がボロボロになっていた遥家の次女に自身の制服の上着を掛け、ワイシャツ姿となった誓は次へ足を向ける。
「由紀」
「はい。────リアライズ。影想 木神六合、青龍」
仕事ならばと、符を用いて簡易的な呪を結び、ものの三秒で十二天将の二将を呼び出す由紀。
六合の補助を得て防音低振動音速飛行を可能とする青龍に跳び乗り、誓たちは母に指示された次なる戦場へと一呼吸入れただけで跳び移る。
「御三家だ! 炎導静、金城要、両当主権限により、炎導誓がこの場の指揮を一旦預かる。各自現状維持、十五秒持ち堪えてくれ」
既に交戦している有志の妖精術士たちや鈴風の精霊術士たちにそう呼び掛け、誓は敵を全て視界に収めた。
「由紀。圧力のサポートを」
「はい。吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ。リアライズ。影想 文屋康秀」
五枚の呪符を取り出した由紀が、詠唱を終えて淡く光を放つ呪符をクラウ・ソラスに投じる。
結果ありきの言葉遊びの歌を言霊とすることで、結果に強制力を持たせた風が誓のクラウ・ソラスに纏わりつく。
「仕掛ける」
宙に炎の足場を作り、三度跳躍した誓が高所で大剣を振りかぶる。
「敵を焼き尽くせ。クラウ・ソラス!」
斜めに振り下ろされた劫火が、全ての敵を巻き込んで地面へと叩きつける。
「ほいほいっと」
「くたばれ鬼共」
殲滅と寄せを同時にこなしたクラウ・ソラスに続いて、美姫と拓真が先と同じく協力変換を決める。
「ブイ。余裕の楽勝」
いつものメンバー構成では主に守りを担当する関係上、敵を殲滅的な意味での一網打尽の機会に乏しい美姫が、実に気持ち良さそうな澄まし顔でピースを決めた。
腹痛が痛い的な言い方だが、どうせ鬼畜的に強調しているのだろうと誓たちは流す。
「誓。次は」
「ああ。品川だ。行こう」
拓真に答え、誓は鈴風の顔見知りに後を頼むと即座に移動を開始した。
 




