第六章 炎導の─── 拾惨
(残るは──)
空中に足止めした見鶏をせっかくなのでそのまま撃墜したエミニガ。
大切な仲間がやられる中、嫌になるくらい冷静に防壁を削る誓にうすら寒いものと興奮を同時に覚えながら、次の獲物を見定める。
結や見鶏まで墜とされたことで感情を隠せないセラフィと、爆発させている環。
しかし、セラフィにはそんな中でも冷静を保っているクローネのサポートが手厚い。
こちらの処理は目の前の少年相手に防壁の維持をこなしつつとなると、少し危ないと感じるエミニガ。
誓の一番のアキレス腱と思しき由紀。
こちらも陰陽術で音速飛行を駆使しており、回復もあって片手間で倒すのは危なく思えた。
(少し順番が変わってしまいますが、アレを試してみましょうか。妖精術士や精霊術士には特に効果覿面でしょうし、ね)
作り物ではない嗜虐的な笑みを浮かべながら、そろそろ一度にまとめて掃除してしまおうと、エミニガは空間魔術でしまっておいたとっておきの短剣を取り出す。
運命操作系魔術を得意とした太陽のアルカナ──
今は亡き魔王エリトナと共に作った、呪いのマジックアイテム。
多少の無効化など力尽くで侵蝕する程に高められた、まさにとっておき。
強い繋がりを持っていたたくさんの供物を素に、その繋がりを断つ力を禍々しく強めた悪魔の道具である。
対象との絆、縁を断ちたい相手を思い浮かべながら、対象であるフィリエーナを切りつければあら不思議──
「!?」
鉄壁の防御ながら大きく削られるのを嫌って、魔術で攻撃しながらも一応の回避行動に徹していた魔帝。
誓と共に防壁の突破に腐心していたフィリエーナはしかし──
突如物理的にも攻めに転じた魔帝の手にした、怪しい短剣で切り付けられたことを自覚し、一度魔帝との距離を取った。
「大丈夫フィーナ!?」
「え、ええ。大丈夫、かすり傷よ」
見た目から禍々しい短剣。
何かしらの魔道具と推測は容易だが、フィリエーナや誓たちにとってその効果の程は不明瞭である。
風術士の風によって、こちらの状況が注目されていることを感じるフィリエーナ。
「リンクが切られたみたいね。そういう道具なのかしら? もう一度繋ぐことはできる?」
「?」
(リンクが切られた?)
当初の想定を遥かに超えて強大な相手。
フィリエーナが由紀とリンクできない以上、誓が3人リンクできる状況において、フィリエーナが誓とリンクするという選択肢はない。
昔から両親と関係の深かったフィリエーナ側のメンバーが倒された以上、どうしたってフィリエーナのリンク可能な相手はいなくなる。
「何を言っているの? セリフィーヌさん」
「「!!?」」
セリフィーヌ=リートリエル。
奇しくも、死んだ母と同じ名前の女性。
力を感じる切れ長の吊り目は、フィリエーナと同じくエメラルドグリーンの輝き。
腰まで届く緩やかにウェーブするふわりとした黄金の髪は、気品さを感じさせる。
身長はそこまで高くないが、腰の位置が高く、スカート丈の長くない純白のパフスリーブミルクメイドドレスから覗くスラリとした白く細い手足が映える。
30半ば程の年齢である筈だが、くびれを保ちながら母性や包容力を感じさせる豊かな胸部と臀部は健在。
術士故か、服の上からでも柔らかさのみならずハリ艶を感じさせる色香を放ちつつも隠し持っている。
気合を感じる勝負服に身を包み、在りし日の母の姿に瓜二つであるこの女性も、今回の戦いで頑張ってくれている術士の一人。
その姿は、自身の母が生きていればと容易に想像可能な程で──。
美しくも気高く、凛々しく、多少雑な所は見受けられたがそこがまた愛嬌があって、女のフィリエーナから見ても魅力的で魅惑的な女性であった。
(まああそこまで育つと戦闘は大変でしょうけど、防御型の戦闘スタイルによってはそこまで機敏な動作はいらないでしょうし)
尻に関しては戦闘でも重要な下半身。
そちらはともかく、メートルを超えたマジェスティックカップは、攻撃型のフィリエーナにはどうしても邪魔に感じられた。
とは言え、魔帝相手では流石に厳しいものの、防御型でここまで戦線を支え、また回復も使えるという有能ぶり。
無事この戦いを切り抜けたなら、リートリエルの名に連ねることを推薦してもいいかもしれないとフィリエーナは思う。
この危険な戦いに参戦したということは、そういうことなのだろうと。
ファミリーネームがリートリエル。
そうでありながらリートリエルの術士でないということは、血縁にリートリエルと離婚しながらそのままのファミリーネームを名乗り続けた度し難い輩がいるか、いたのだろう。
その内容にもよるし、今回の戦いでは間違ってもそのような輩の血縁であるセリフィーヌとリンクなどできないが──。
(何かしら? 妙に安心感があるのよね。母様に似てるのもあって包容力や母性を高く感じているのかしら?)
兎にも角にも、一つだけ確かに言えることは──。
(私なら30半ばでこの服は無理ね)
セリフィーヌとは容姿が似ているので、ある程度は似合うかもしれない。
だが、可憐さをも併せ持つこの服を着こなすまでは難しいと、フィリエーナは強く感じた。
「フィーナちゃん! 私があなたの───! わからないの! ────よ!?」
あの短剣に切りつけられた影響か、所々変に聞こえなくなることに気づくフィリエーナ。
何故かあまりに必死な様子のセリフィーヌに少々気圧されつつ──
「ごめんなさい。何か、所々聞こえないというか、頭に入らない感じが──そういう効果のある魔道具? 情報の遣り取りを妨害する類の? セリフィーヌさんは私の声が全て聞こえてますか?」
フィリエーナの目の前で、戦闘中であるにも係わらず無防備なまでに愕然として動きの止まるセリフィーヌ。
魔帝の魔術がその機を逃す筈もない。
「!」
「セリフィーヌさん!」
フィリエーナの注意喚起。
しかしそれは、魔帝の思惑に気づいて反応したセリフィーヌの動きを何故か更に止めてしまい──
伝えたくても届かない想いが溢れる涙となって、セリフィーヌが大地へと倒れ伏した。
いったい何に対する涙だったのか、その真実の意味を、フィリエーナが終ぞ理解できないまま──。




