第六章 炎導の─── 第二婚約者
『そうですね。壁役を突破して希望を見つけた相手の、そんなもの最初から必要なかったということを知った時の絶望に染まる顔を見るのも嫌いではないのですが……』
エミニガという魔帝はなかなかにいい性格をしている。
美姫もそうだが、こと戦場という場面ではそういったある種歪んだ精神性を持っている方が相手の弱点を察し易く、立ち回りも的確になりがちである。
誓などの万能型も、総じて相手の弱点を探すのに長けるが、それはこうした方が状況的に好ましい、好ましくないという判断による部分が大きい。
一方、美姫やエミニガはというと、こうした方が気分がいい、よくないという感情による部分が大きい。
感情が判断する前から既に自身の最適解を選んでいる。
行動の前に思考を要しないなら、当然思考を挿んだものより速い。
そして本末転倒にも思えるが、それは思考を挿む余裕を生む。
しかし問い1に対する答えを模索しながら出された答えより、問い1の答えが出ていてその確認や問い2に対する答えを模索しながら出された答えの方が優位なのは自明の理である。
さて、そういった点から現状を鑑みるに──
5人リンクを阻まれ回復力の上がらなかった由紀やセリフィーヌといった回復役を後回しにしているのは、思ったように回復ができなくて困り、弱る相手を見たいから。
同時、それは2名の思考の選択肢を回復優先へと狭める要因にもなっている。
条件が揃えば何でも斬れるセラフィを放っているのは、その条件が揃わなくて困り、弱る相手を見たいから。
同時、それはセラフィがなんとか斬ろうとする対象の選択肢を狭める要因にもなっている。
攻撃をある程度引き寄せられるクローネを放っているのは、対抗手段の1つでありながら魔帝との綱引き故、常に劣勢を強いられて困り、弱る相手を見たいから。
同時、それは本来一度に多岐へ亘るサポートを可能にするクローネの行動の選択肢を狭める要因にもなっている。
どうやら虚光術が効かない見鶏を放っているのは、他の魔術でどうとでも料理可能な上、効かないからと言って見鶏からはエミニガに何もできず困り、弱る相手を見たいから。
同時、それは最低限リンクだけでも貢献できるよう、倒されないために守りへ特異能力を使い続けざるを得ない見鶏の心情の選択肢を狭める要因にもなっている。
戦力的に無意味に思えるフィリエーナを残しているのは、誓がこの場に来ることになった大きな要因となったから。
そのせいで誓たちまで倒れたとなれば、エミニガにとっては反応が実に楽しみな娘と言える。
(最後まで何もできずに困り果て、弱る様相は見ものでしょうね)
となると、残しておけないのは炎浄なる悪食でエミニガの守りを削り、超高威力の爆発を起こしている結。
最大霊力値まで上がっていくとなれば煩わしいことこの上なく、潰さない手はない。
その結と誓に大きなバフを配っている環。
(そうですね。魔術の先達としてお情けを与えるのも吝かではありませんか)
勝利を彩る炎導誓は最後。
見せたい相手がいるので、順番としては最後の前になるが、そんなに時間は変わらないだろうとエミニガは思った。
死を告げる視線が向いた──
──結はロックオンされたことを正確に認識していた。
(参ったにゃー)
炎浄なる悪食は上位次元を喰らう。
だから完璧に防ぐことはできないが、抵抗して結果的に防ぐことは充分に可能。
そのためエミニガの防御魔術を削ることはできても、突破はできない。
炎浄なる悪食に流星乱射、更には誓の『ガ・ジャルグ』による魔術無効化。
それでも、きちんと魔術無効化対策の施されているエミニガの魔術の前に結果は同じ。
とは言え、相手の魔力量の消費もバカにならない筈なので、続けていれば恐らく最終的には勝てる。
問題は──
(継戦厳しぃねー)
過去を攻撃する防御の難しい高決定力魔術。
傷の回復を妨げる補助魔術。
本人を守る絶対的とも言える防壁魔術。
そしてそれらを魔術無効化から守る対無効化魔術。
どれか1つだけなら攻略も可能だが、組み合わせが極悪であった。
(だからこそ、この組み合わせなんだろうけど。参ったにゃー)
結の最大霊力値もかなり高まっている。
この調子で続けば勝ち筋も見えるのだが──
(継戦無理っぽいなー。全く残念)
見鶏がエミニガとの射線に入ってくれているが、全ての見えない射線を防ぐのは土台無理というもの。
誓と拓真と由紀。
この3人のリンクが切れても、即座に誓と由紀とセラフィの3人リンクが繋がったので『雷公鞭』は健在。
由紀には十二天将によるサポートがあるし、セラフィはクローネの守護精霊によるサポートが手厚い。
そういう意味ではまだ大丈夫。
一度戦線を退いた老魔王が復帰するまでには、恐らく至らないだろうと結は考える。
(参ったにゃー)
誓の助けになりたいが、どうもここまでらしいと悟る。
婚約者というよりは、一緒にいて楽しい仲の良い後輩の男の子。
こんな関係が続けばと、こんな関係が続いて欲しいと思っていた。
『そういう関係ではないと? 本当に?』
過日由紀に問われた台詞。
あの時、由紀の言霊相手で咄嗟に言葉は出なかったが、嘘ではないと、今でも思っている。
婚約者というよりは、一緒にいて楽しい仲の良い後輩の男の子。
しかしながら、その関係は婚約者という立場があればこそなのもまた事実。
少なくとも、この先誰かと誓が結婚したとなれば、婚約者でもない立場で今の関係の継続は難しいだろう。
そう考えると、モヤモヤした何かが結の中に生じるのは確かだった。
ちょっとだけ格好いいと思う姿を見てしまったことも、間違いなく影響しているのだろう。
(ホント、参ったねー)
なんだかんだ言って──
結自身どうやら──
「す──」
突如胸に咲いた赤い花。
それまで元気に宙を火走りしていた結の小柄な身体が力を失くし、流れ星のように大地へと流れ落ちる。
衝撃──はフラウにより免れた。
当然、傍にいた見鶏は逸早く気づいたが、エミニガの氷炎が燃える雹となって三方から多数襲い掛かり、空中で足止めされていた。
結はやけに眠い瞼の閉じる前に、その姿を目に映そうとしたが──。
(重い)
身体は動かせそうにないと瞳を閉じた結は、消えそうな意識の中、熱で感じることに切り替える。
そして見つけた。
熱くも冷たく、落ち着いているのにどこか焦りのある炎はしかし、それでもなお──
(温かいにゃー)
心地よい熱を見つけ安心した結は、ここに至り抵抗を手放した。
描かれる……、空中での追いかけっこ──
炎導家の敷地内の池へと一緒に墜落したあの日──
水の中でも変わらず温かだった──、婚約者の日溜まりの笑顔。
(──き、だよ)
「せ、ぃ……」
想いは口から零れた朱い雫に包まれ──
人知れず大地へと流れ落ちた。




