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第三章 異端 肆

「君は──」

 先程誓へ気遣いをくれた生徒が、軽やかな声と足取りで割って入る。

「ボクは氷堂けい。慧でいいよ。属性は水だ。炎導くんのことをもう少し知りたいんだけど、どうかな?」

「ああ、俺は構わないけど……。というか、素直に嬉しいよ」

「いいんじゃない? 最初から六人分の席に座るつもりだったし」

 五人で学校の近くにあった洋風の喫茶店へと入る。

 六人用の席の窓際に鈴木が座り、反対側に誓とフィリエーナが、鈴木の側に希と慧が順に座った。

「両手に花ね。誓」

「そういう希も、見ようによってはそう見えるんじゃないか?」

 希のいつもの調子に誓も合わせる。

 いちいち男の子の反応をしていては身が持たないので、テキトーにお互い様だろと返す。

「それにしても、入学初日から赤口家に喧嘩売るなんて流石ね~」

 それぞれのドリンクが到着してから、希が他人事のように話す。

「誰のせいだ。人がなるべく穏便に済ませよとしてたのに」

「取り巻きに手を出させて、わざとそれっぽく受けて自省を促すつもりだった? それじゃ私が紗希吾ちゃんたちに顔を合わせづらくなっちゃうじゃない」

「いなかったことにすればいいだろ」

 自らの安易な策を見抜かれ、誓はややぶっきらぼうにもしもを答える。

「私の気持ちの問題よ」

「ん、それは……、悪い」

 だが、希からの返答があまりにもまともだったため、素直に謝る。

「誓は、本当にあの炎導家の人間なの?」

「うん」

 慧が少々気後れしながら疑問を発し、誓はそれに即答した。

「しかも次期当主候補の筆頭よ。見た目は冴えないけどねー」

「冴えない見た目は余計だ」

 いちいち反応を返していてはと思うのだが、気にしていることに触れられて反射的に返してしまう誓。

 残念なことに、希の場合放っておくと問題発言がポンポン飛び出すこともあって、華麗に流すのは難しい。

「精霊術士と妖精術士の仲を取り持とうなんて、考えはぶっ飛んでるしね」

 そして今回も、あまり大声では言えないような内容をあっさりと投下する。

「!? ……へぇ」

 事実、慧の誓を見る視線が変わった。

「別に、一部だけならそんなにぶっ飛んでもないだろ。現に鈴風とはそれなりに上手くやっていけてるし」

「ま、私としても、炎導の次期当主様がそういう考えならやり易くはあるだろうから助かるけどさ」

 湯呑み片手にウィンクを投げる希。

(洋風の喫茶店に入って緑茶を頼む奴がいるとは。しかもあったのか緑茶と湯呑み)

「んー、でも精霊術士が炎導の当主って、おかしいように感じるけど」

 慧が至極当然の謎を突く。

「そこは誓だからとしか言いようがないわねぇ」

「ふーん」

 人様の御家事情など、傍から見たら奇妙なこともあるだろうと自身に照らし合わせて考え、慧は納得した。

「慧も物好きだな。わざわざ忠告してくれて、それが現実になった上に俺は炎導の人間だってのに係わって来るなんて」

「そうかな。それを言うなら炎導くんも結構な物好きだと思うけど」

 チラッとフィリエーナを見遣る慧。

 普通に考えるなら、外国のリートリエルより自国の赤口に与するだろうと暗に示した。

「あー、俺のことは誓でいいよ」

 否定するための一般受けする要因が見つからず、誤魔化すように関係強化を図る誓。

「うん。じゃ、物好き同士よろしく誓。それとボクの家は水術士だからね。赤口家との関係は別に気にしなくていいよ」

「ああ」

 正直、精霊術士の男友達を喉から手が出る程に欲しかった誓は、自然と相好を崩し、慧から差し伸べられた手と握手する。

 誓としてはもう少し友好を深めたい所だったが、それなりに時間も経っていたのでこの場はお開きとなった。

 解散際に慧とアドレス交換した誓は、ご満悦で帰路につく。

 みんなと別れて暫く経って、後ろから声が掛かった。

「セイ」

「ん?」

 フィリエーナの気配は感じていたので、別段驚くこともなく先を促す。

 だが、フィリエーナから語られた内容については驚くこととなった。

「……死んだ? あの怪我で?」

「いいえ。怪我が原因ではないわ。襲われたの」

 フィリエーナによると、フィリエーナたちが追っていたものとは別口の魔鬼──つまり誓たちが追っている連中に、あの時逃げた術士が襲われたらしい。

 そして、第一発見者は誓と同じようにこの辺を見て回っていた竜飛影斎。

 その竜飛影斎から、術式統括庁経由でリートリエル側に連絡がいったという話だった。

「私がこっちにいるのはそのお咎めや始末も含めたていのいい厄介払い。自分で言うのもなんだけどね」

 フィリエーナはやや自嘲気味に、困った風で自らの左遷理由を話す。

「それは──」

「そう、つまりあなたたち──いえ、御三家とはこの件でライバル関係という訳」

 リートリエルのご息女から炎導のご子息へ、いっそ軽やかに事件調査への介入が告げられた。



 上司である母にリートリエルの介入を報告した後、心機一転して、由紀への感謝の印である贈り物を探す誓。

(考えてみれば……、由紀への初めてのプレゼントになる、のか?)

 由紀が炎導家で暮らすようになったのは今年に入ってから。

 バレンタインチョコへのお返しでは、紗希吾たちや美姫への対応もあって無難に全員似たようなものにしていたし、お返しではあってもプレゼントには入らないだろう。

(う~ん、どうしよう。あまり高価な物にしても恐縮されそうだし、かと言って安価な物にしても由紀のことだから必要以上に大切にされそうだ。なら少し高めでも持ってて恥ずかしくない物を贈るべきか。一応、未来のお嫁さん候補だし、ここは少しくらい見栄を張っても……。ああ、ダメダメ。そう考えるとどんどん難しくなる。もっと簡単に。日頃の感謝のお礼なんだから。直感で選んで由紀にも重く捉えられないようなノリでサラッと渡そう!)

「ん? あれ、ちょっと進み過ぎたか?」

 悩みながら歩いていたせいか、いつの間にか知らない通りに入っていた。

 戻ろうと踵を返そうとして所で、そのお店が目に入る。

「陰陽郷 椿?」

 なんとも妖しい佇まいの建物の扉には、OPENの掛札というか神社で見掛けるような絵札が掛けられている。

「和風か洋風か、どっちなんだ。一応お店みたいだけど」

 和洋折衷が何処かずれているようで不思議と調和している変わった雰囲気に惹かれ、誓は直感で選ぶとした手前、お店の扉を開くことにした。

 頭上からカランカランと小気味好い音の木霊する中、誓は店の中に足を踏み入れる。

(意外と明るい)

 陰陽という文字と妖しい雰囲気に、店の中は仄暗いかなと勝手に決め付けていた誓は、周囲に泳いでいた視線を戸惑いながらも正面へと向ける。

「誰も……いない? というか──、と、図書館?」

 目の前には空席のデスクと呼び鈴らしきものがあるだけで、ドーム状に広がる内部を本棚がこれでもかと埋め尽くしている。

(明らかに店の外見と内部構造が違う。怪しさ満点だけど、実力は確かっぽいな。掘り出し物が見つかる期待は大きいけど、クセの少ないものがあるかどうかは心配かも)

 多少の不安を抱きながら、とりあえず誓はデスクの上にある呼び鈴を鳴らす。

「いらっしゃい」

 瞬時に眼前へと現れた傾国の美少女の蟲惑的な声に、ゾクッと、背筋に悪寒が走ると同時──

「果たせ。誓剣 愛火! 光り導け。不知火!」

 生存本能が叫ぶままに、召還して警戒を最大レベルに強めながら妖艶に過ぎる美少女と距離を取った。

 見た目こそ人の形だが、内に抱える圧倒的な力は人という枠組みを完全に超越していることが嫌でも分かる。

 いや、或いは妖魔のそれすら超えているかもしれない。

(詰んだ──)

 三十六計逃げるに如かず?

 冗談、逃げを選べば即座に敗北すると、直感が告げている。

 いや、こと戦闘に関して言えば、例え何を選んでも目の前の相手には通じない。

 それ程の隔絶とした実力差と経験差。

 息が……、苦しい。

「あら、誰かと思えば炎導の子どもね。ふふ、そう警戒し過ぎなくていいわ。少なくとも、ここにいる間の生存は保証してあげる。だから、とりあえず武器は目に見えない形にしまってくれるかしら?」

「申し訳、ありません。まだ未熟の身故、そう言われましても、身体が──」

 理性では相手の言い分に納得出来ても、本能が言うことを聞かない。

 ここで術を解除すれば死ぬと、すっかり怯えてしまっている。

「クス、仕方ないわね。自分のお店でこれ以上抑えるのも面倒だから、ちょっとショック療法でいくわよ」

「!?」

 突如溢れ出した妖力。そのあまりの大きさに愕然とする。

 不知火を持つ誓だからこそ、その差を如実に感じ取る。

(嘘だろ。なんだよこれ。そんな──、桁が違うだって? 冗談だろ。特異能力か?)

「言っておくけど、特異能力ではないわよ? ──あなたと違ってね」

 これは文字通り次元の違う相手だと、誓の生存本能がとうとう生死の舵取りを諦めた。

「大変失礼しました」

 誓は漸く力の抜けた身体と意識で術を解く。

「名のある魔神とお見受けしますが、こちらはその、何を扱っているお店なのでしょうか? 見た所、術の施してある本ばかりのようですが」

 特異能力でなければどのようにしてそこまで至ったのか、一術士として気にならない訳ではなかったが、妖魔がそうそう手の内を晒してくれるとも思えず、本来の目的を達成することに意識を切り替える。

「呪術的なものなら大概のものはあるわ。試しに何が欲しいか言って御覧なさいな。後、私のことはそぅね……、本当の名前とは違うけど椿さんとでも呼んでくれればいいわ」

「椿さん、ですか。えっと、もしかしなくても紅雪の椿姫に所縁があったり……」

 これ程の計り知れない力量を持つ相手ならば、五大魔神の一つに数えられる紅雪の椿姫の側近クラスでもおかしくないと、誓は半ば確信を持って聞いてみる。

「ええ。そう呼ばれることもあるわね」

「ああ。なるほどご本人ですか。道理で──、……え」

 予想通りと思って軽く応えようとしたら、その実、予想を上回る内容に、誓の言動が停止した。

(参った。完全に予想の斜め上をいかれてる。これを人間のまま倒すのは不可能だろ。とても元人間とは思えないな。五大魔神の第二位。天才陰陽師にして聖水の鬼女、紅雪の椿姫。にしても、本当にあれでちょっとしたショック療法だったんだな。もし、聖水か鬼女として力を発揮していたら……止そう。凹むだけだ。あーもう、いくら殿様の意向があったからって、こんな非常識を誕生させてしまうとか出来るなら昔の陰陽師殴ってやりたい。割とマジで)

 その才能と尖った美貌が災いし、恋する男を恋された男の圧力を恐れた同胞に呪殺されてしまった少女。

 それだけならまだ悲劇で済んだだろうに、傍流でありながら陰陽師としての才溢れる少女を恐れた、源流の意向をも受けた同胞たちに少女はその場で殺されかけ──

 死の間際、悲しみと怒り、怨みを呪いに変えて恋した男の屍骸を喰った女は、日本を恐怖に陥れる鬼女と化す。

 周囲にとっては堪ったものではなかったろう。

 着物を着こなすためにある種の体型が好まれた当時の基準で言えば、絶対的に少数派と言える好み。

 胸部や臀部の肉つき豊かな長身の少女に心を囚われた美的センスのずれた殿様のせいで、巻き添えをくらうことになったのだから。

 今でこそ百六十センチくらい長身でもなんでもないし、西洋文化を伴っているので豊胸なら洋装にすれば映えるという認識もあるが、現代に照らし合わせた場合、百七十五センチ前後の客観的見解において衣服の似合っていない女性と考えて頂ければ少しは伝わるだろうか。

 話を戻して──

 嘆き、怒り、怨み、狂い、傷つきながら込み上げる衝動に突き動かされ、雪原を紅く染め上げるまでに殺戮の限りを尽くした鬼は、十数年も彷徨った先で西洋の鬼と出逢い理性を取り戻した。

 人間たちにしてみれば最悪の出逢い。

 推定魔鬼クラスだった鬼女が、魔神クラスにまで至ることとなった転機。

 その出逢いがなければ、いくら霊刀でありながら妖刀ともなった『染め椿』を擁していたとしても、今頃誰かに討たれて目の前の女性は存在しなかっただろう。

 しかも、当時はまだ体系化していなかった妖精術でも才能を開花させ、妖魔でありながら神領域である聖水にまで至った。

 神魔妖霊。

 四つの力を最高位で扱うこの鬼女を単独で倒せるとしたら、それこそ二大魔帝か、『碧き光夜』や『ラストヴァンパイア』、『ワールドクリエイター』など数々の伝説的異名を持つ五大魔神第一位の吸血鬼。

 この三名くらいだろう。

 尤も、碧き光夜に関しては、紅雪の椿姫と千年以上も続いている鴛鴦夫婦の間柄だから、例え世界地図の変更を要する程の壮絶な痴話喧嘩が起きようと望み薄だが。

「ゴホン。あー、その、俺が欲しいのはですね……」

 あまりの現実に、魔帝相手ならともかく、魔神相手に今すぐ打倒手段を講じずともいいだろうという現実逃避で別の現実へと走る誓。

 ここに来るに至った経緯をかいつまんで話す。

 土台、こんな規格外に鬼女として力を発揮されたら、由紀のように陰陽術を嗜むか、もしくは魔術にでも長けていなければ、神領域でもない術士では魂ごと毒されかねない。

「そぅ、なるほどね。つまり、日頃味方になってくれるキープちゃんにサラッと気づかれないようにこれからも味方になってくれる呪いを与えるものが欲しいと」

「いやいや、キープちゃんでもないし、呪いを与えるつもりもありませんから!」

 何か凄い解釈をされ、魔神相手に畏れも忘れてつっこんでしまった。

「でも表現が違うだけで、やることは同じよね」

 返されたのは、実に情の欠片もない合理的な言の葉である。

「それは、そうかもしれませんが、でもそういう意図ではなくてですね」

 女性の立場から見ればそうかもしれないと、たじたじになりながらも、誓は弁明を試みる。

「ふふ、分かってるわ。でもそのにしてみれば、あなたからのプレゼントを重く捉えないなんて無理な話ではなくて?」

「うっ。確かに……」

 由紀の立場と性格を踏まえれば、誓からのプレゼントはどうしても意味が重くなる。

「いっそ、俺の女にして幸せにしてやるくらいの心意気で贈ってあげた方がいいんじゃない? それとも、他に一番にしたい女性でもいるのかしら」

「いえ、そういう女性はまだ……」

 誓とて多少好意を持っている娘はいるが、一人への『好きだ!』ではなく、複数への『ちょっと気になるかも?』で、謂わば精神的な友人以上恋人未満状態だった。

 そう考えると、好感度的に由紀は同率一位と言っていいだろう。 

「なら、別にその娘が一番でも構わないでしょう。私も中途半端な気持ちの人間にここの品を売りたくはないし」

「そう、ですね」

(言われてみれば、別に由紀を必ず二番目にしなきゃいけないこともないんだよな。子どもが木の妖精術士になる可能性もあるけど、由紀は健康に問題もないし、三人も産めば一人か二人は火の妖精術士が生まれるだろう。母さんだけでなく身近な女性陣の覚えもいいから、下手な炎術士と婚姻を結ぶよりは抵抗も少ないだろうし。外見も余裕でストライクゾーン。性格だってお互いにそこそこ知ってるから、釣られたー、これなんて罠ってこともない。あれ? っていうかもう、由紀が一番でよくね?)

「分かりました。なら、彼女が心から俺に嫁ぎたいと思えるくらい喜んでくれそうな品物をお願いします」

 そうして目の前の女性──椿に見事に釣られた誓は、真面目な顔で真剣な気持ちを伝えた。


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