人族の横暴
「何故我々だけに戦わせるんだッ!」
「越境は協力し合うのがルールだろうが!」
「貴様ら亜人は亜人らしく魔物を叩けばいいだろう?それこそ何故私達が戦う必要がある?さっさと進め!そぅら、先にいる魔物は貴様らに譲ってやると言ってるんだ。感謝するがいい」
大きな笑い声をあげ、突き出した槍を振るう人族の男達。
じわり、じわりと追い立てられる獣人族。常に10m以上開くように後ずさる。
俺達が最後尾に追いついた時は両陣営とも臨戦態勢だった。
互いの陣営の間には怒号飛び交う。
全員が敵対かと思ったが、よく見ると人族側も混乱しているグループもあるようだ。明らかにおろおろと言われるまま横に広がっただけで武器すら構えていないものもいる。
特に山の麓側に広がった者達の中でも一番端の馬車は、いつ森から魔物が飛び出してくるのか、そちらの方に気が気ではない様子だ。
全員の意思が統一されていないからこそ、一番後ろに到着した俺達を見ても人族だからと興味を失ったように誰も気にせずまた前方を見ていた。
「ヒドイ!あの人達だけに戦わせようとしてるの!?」
「見たとこ全員じゃないけど、加担してるんだから変わらないかもね」
「このまま黙って見てるの!?ボクは勇者とし…モガ!?」
「バカ!勇者とか言うなよ!せめてそこは隠してくれよ……分かった?手を離すぞ?」
エキサイトし始めたユウが声を荒げて余計な事を言い始めたので、慌ててその口を塞いで小声で叱った。
まだ帝国領に入ってもいないのに、ここで勇者の関係者だなんてバレたらどこで狙われるかわかったもんじゃない。
「俺だってこのままにしたくないよ。でもその前にサリスさんの意見を聞かなきゃダメだ。幸い、まだ獣人達がどちらにも襲われる状況じゃない。で、どう思います?」
ユウから離れて姫様に意見を求めた。俺の意思は今言った通りだ。どう見ても2倍近い人族と囲まれた獣人族を目の前にそのまま見捨てるなんて嫌だ。
「はい。私もこの行為は許せません。かと言って身分を明かすわけにもいきません。ここはいつものように困った方々を助ける、召喚勇者ではない勇者として堂々と助けましょう」
そう言って姫様は俺が作ったローブを纏って姿勢を正した。
「わたしたちはいつもそうして来ましたよね!」
「うん!獣人さんたちを助けたい!」
沙里ちゃんや美李ちゃん、その後ろではユウとベラも気合を入れていた。
そしてトニアさんが、
「ヒバリさん、それでしたら自分の姿を、カモフラージュを解いて下さい。同じパーティに獣人もいるとなれば、あちらの方々も警戒が和らぐはずです」
「なら、ピィリも!」
確かに2人が元の姿で一緒にいれば……奴隷と勘違いされなければ問題はない。いや、それこそ繋ぎ役になってくれると助かるけど。
これは俺に決定権はない。トニアさんは姫様の従者だから。
ちらっと姫様を見た。小さく頷いている。
「……分かりました。名前は偽名のままで、姿だけ解除をお願いできますか?ただし、もしもの事があれば私の方も解除をお願いします」
「了解です」
一旦2人のカモフラージュを解除して、トニアさんだけニアという名前を付けて掛け直す。ピーリィは名前もそのままだったから大丈夫だろう。
その後作戦を話し合いをしていたが、幸い馬車の外では膠着状態が続いていて、あまり移動していなかった。そして改めてレーダーマップで周囲の状況を確認しておいた。
人族側は、道の中心に先ほど見下した発言をしていた男達を中心に馬車が10台ほどがいる。その周りには更に5台ずつが警護するように取り巻いている。乗っている者も合わせれば100人近い。
後の扇状に広がっている馬車は整列というほどでもなく適当に散らばっている感じだ。馬車にして30台もないだろう。だがこちらは荷物優先なのか、人数にすれば70人もいない。
対して獣人族側は20台ほどの馬車から降りた者達が、人族側に向けて小さく扇状に広がっていて、魔物の方には2〜3台の馬車の前に完全武装をした獣人が警戒している。全部で60人は超えているが、すべてが戦えるとは思えない。
人族側に向けて立っている獣人も、相対する人族も共に武装している。獣人族側は魔物の待つ方へ追い立てられるばかりで戻ることも出来ずに苦しい立場に追いやられている。
「なんで人族は全員あのおっさんに従ってるんだろう……?」
「ヒバリさん、あれの周りにいる馬車はすべて同じ紋章が描かれています。
それ以外の者達はあれに着いてきただけで戦う力が弱いのかもしれません」
つまり、コバンザメみたいにあのおっさん達にくっついて守ってもらってたってことか?それでよく越境しようと思ったもんだ。
「おそらく、護衛の冒険者を雇う金を渋ったのでしょう。
中央の集団もそれが分かっているからこそ利用して包囲させたのでしょう」
「もういいよ。ボクが中央突破してどーんって、」
「だからその中央が一番危険なんだってば!」
ユウがしびれを切らしていた。
「守りが薄い森側の端から両陣営の中央へ躍り出ましょう。その時は馬を獣人側へ向けて人族側から見えないように止めてください。矢を放って来たらユウさん、お願いしますね?」
「防ぐくらいどーってことないよ!」
姫様がユウに役割を与えてやる気の方向を修正する。
「ベラ、まだ獣人にも目立つのまずい。ごめんなさい」
「無理しなくていいんだよ。皆を守るのは一緒に頑張れるよね?」
「はい、まかせて……!」
その辺の事情は聞いてないから知らないけど、
今は気にしてる場合じゃないから放置で!
「では、名乗り上げは……」
「あ、俺がやりますよ。大声を出すのは朝礼で慣れてますからね!」
こちとら毎日蒸気釜やウォーターハンマーがうるさい中で50人以上のパートさんの前で朝礼やってたんだ。それくらい務めてみせるさ!
これ以上睨み合っていても埒があかない。かと言って正面の人族はこちらの倍以上の戦闘員がいる。道の先の魔物だって単体ではないのだから討伐もギリギリだ。
そしてもし魔物との戦闘中に奴等に襲われたら……
思考が堂々巡りする獣人達。
「くそッ!昨日辺りから急に奴等の馬足が遅くなり始めた時に気付いていればこんな事には……」
「元々嫌な臭いをさせる連中だとは思っていたが、ここまでしてくるとは誰も思わなかったんだ。俺達全員の油断だ」
「しかし、ここからどうすれば……」
獣人達の焦りが、突然の騒がしさに更に緊張感を高めた。
それは、森側から1台の馬車が飛び出して、彼らの前に突っ込んできたのだ。ついに人族との戦闘が始まってしまった、と嘆きの声をこぼしていた自分に気付かない。
「はいどいてどいてー!怪我したくなかったら通して!」
森側から飛び出して両陣営の少し獣人側に馬車が止まり、そこから複数の人族が幌から飛び出した。そして反対側では獣人の前に2人が降り立ち、その1人が静かにお辞儀をした。
呆気にとられた獣人達だが、その2人も同じ獣人である事に気付き困惑する。ただ、御者台には人族が1人いるため気を抜けない状況ではないかと、またしても緊張し始めていた。
そして人族側では……
「あなた達は何をしてるのですか!?獣人達を無理矢理戦わせて、それを高みの見物ですか?それは王国にも帝国にも逆らう行為と分かってやっているのでしょうね!?」
「ふん。どこの商人の回し者かしらんが、この儂を知らんと見える。儂はドルエス商会の王国内副支部長のカールだぞ?亜人なんぞ儂らが使い潰してやってやっと役に立つというもの。それも分からぬ小僧は引っ込んでおれ!」
俺の言葉に、一際豪華な馬車から出て来た男が言う。
カールと名乗った毛の薄い肥えた中年の男が、隣の部隊へ目をやると突然ナイフが飛んできた。
が、にやつくカールと周囲の男達の顔はすぐに固まる。
トスッと軽い音がしてナイフが落ちる。
更にいくつか飛んでくるが、すべて同じ音を残して力なく下へ落ちた。
「へへーん!そんなの当たるわけないじゃん!」
その原因は、勿論ユウの大盾だ。
表面には耐久値を上げた袋を巻き付けてあるので金属音はしなかった。
飛び道具が当たらない事にイラつく男を無視して、俺は淡々と語りだす。
(えーっと、相手がすぐに手を出してきたから、プランBか)
ちらっと沙里ちゃんを見た後に、カールと名乗った男を見据えて話しかける。
「まだ話も終わっていないうちにこちらに手を出しましたね?」
「小僧と話す気なぞさらさらないわ!」
「そうですか。では……上を見てみるといいですよ?」
「はっ!そんな言葉に騙されると思って、」
「お、おい!あれは!?」
周りがざわめき出したおかげでやっと上を見た商人の男。
そこには、朝日を思わせるほど大きな火球が空に浮かんでいた。
作っているのは沙里ちゃんだ。
しかも火球をゆっくりと下げている。
朝陽で作られた火球の影が、徐々にカールの乗る馬車へと覆っていく。
「仕方ないですよねぇ。話を聞く前に攻撃してくる人達ですから。俺達だって本当はこんなことしたくないんですけどねぇ」
途中で矢が飛んできたが、これもユウが難なく防ぐ。
ついでだから俺も次の矢を番えている弓だけをボウガンで撃つ。
「おい!早くあの魔法をなんとかしろッ!」
「み、水魔法を当てていますがまったく効果が」
ああ、小さい火魔法しか飛んでこないのは火球で手一杯だったからか。そりゃおっさん守る方優先させないとなんだろうな。こっちは助かるよほんと。
「さて、どうします?」
「くそッ!……いくらだ?いくらで手を引く!?」
「要求は、獣人達に手を出すなってだけですよ」
「……は?奴らを使役するのは当然だろう?何を言っているのだ小僧、正気か?」
一瞬ぽかんとした男は、こちらが常識はずれみたいな言い方をする。
「えー……それは犯罪だと国で定められてるのに平然とそれを言うの?」
ユウが呆れたように呟く。
「そっちこそ何を言ってるのかわかりませんよ。獣人を隷属させる事も、それと同じ事も禁止されてるのは知ってるんですよね?」
「はっ!そんなものもうすぐ……」
「もうすぐ?」
「えぇい!いいからあれを消せ!」
自分が何かボロを出しそうだったのを誤魔化すように叫ぶ男。
これはどうしたものかと幌の中に声をかけて判断を仰ぐ。
まさかステータスにはなかったけど天人教と関係ありそうな人物にあたるとは思ってなかったからなぁ。
「仕方ありませんね。荷物を人質代わりに預かりましょう。
その時に相手の兵の半分は意識を奪っておいてください」
幌を出るとユウに弾き飛ばされた槍兵が何人か転がっていた。なんだ、結局手を出してきたのか!俺が幌の中に行ったからチャンスとでも思われたかな?この中じゃ俺が一番戦闘向きじゃないのに……
「美李ちゃん達も気を付けてね」
そっと2人に声をかけて、またユウの隣へ並ぶ。
「さて、準備してきました。手を出すなと言ってもこの有様なので信用出来ません。力づくで制圧させてもらい、荷物は帝国領に入るまで預からせて頂きます」
「勝手なことをッ!」
「だってそっちが勝手な事言ってるんですからしょうがないんですよ。ああ!周りの人達も、もし抵抗するならこっちもそうします。獣人達に手を出すつもりがないなら武器は仕舞っておいてくださいね!伝えましたよ?」
そう宣言すると、カールの息のかかっていないと思われる人達が慌てて武器を仕舞って両手を上げていた。
「じゃあユウ、やっちゃおうか。勿論殺しちゃダメだよ?」
「それは難しいなぁ〜」
聞こえるようにわざとそんな会話をしておく。
少しは効果あるといいけど。
「まずはあの火球を……!」
と指差して言って意識を向けさせて、その隙にダークミストで目眩ましを発動させて周囲の視界を奪った。
さすがに100人全員を一瞬でというのは無理なので、まずはカールと周辺の武装集団だけだ。しかし、徐々に範囲を広げていく。どこまでが敵か分からないから範囲は適当だ。
それを合図に、目眩ましの影響を受けないうちのパーティはそれぞれ動く。
「ッんだらぁ!!!」
ユウが周りの武装集団に盾で突進を仕掛けて蹴散らす。それに気を逸らされた集団に、美李ちゃんが飛び込みながら鎚で地面を叩いて小規模地震で立てなくする。
ベラは沙里ちゃんの護衛で動かず、沙里ちゃんも火球を風魔法で熱を煽って周囲を脅していた。
俺はカールと名乗った男を中心にブラックアウトを発動させ、完全に意識を刈り取った。あとは美李ちゃんが転ばせた連中の元へ走って同じくブラックアウトを仕掛けていく。
すぐに美李ちゃんを沙里ちゃんの元へ下がらせたが、俺と一緒で顔が緊張で強張っていた……怖い思いさせてごめんね。
「さあ!あと抵抗するのは誰だい?ボクはまだ準備運動も終わってないよっ!」
大盾をガイン!と地面に突き刺してユウが叫ぶ。
どうやらユウは対人戦も慣れているみたいだ。
この大盾、野球のホームベースを縦長にしたような形をしていて、その先端は実は金属を追加してもらって非常に頑丈で重くしてある。
ユウはその盾の先端を使ってスキルで突進したわけだ。槍の時と違って自身を庇いながらも重量感のある突進が出来るよう訓練した結果がこれだ。
もっとも、本来はこれに炎を纏わせるらしいので、
これでも手を抜いているという話は後から聞いたわけで。
ユウの口上が効いたのか、次々と武器を地面へ投げる者が続出し、戦闘は終了した。投げ出された武器はすべて回収してこっそり袋へ仕舞う。
そしてカールと名乗った男とその傍にいた連中は全員縛り上げて一人ずつカールのいた馬車の中で拡張袋の中に入れておいた。誰かひとりでもいるとなにをするかわからないから当然だ。
特に魔法使いの方は確実に目眩ましをかけた上で縛り上げて袋へ入れる。鑑定しながら選別したから漏れはないはず。
「あなた達のボスはこちらで捕縛させて頂きました。無事返してほしければ、俺達にも獣人達にも手出しせずに自分たちの馬車で付いてきて下さい。
それと、食料以外の荷物も預からせてもらいます。もし、誰かが裏切って持ち逃げしたのを俺達のせいにされてはたまりませんからね。ちゃんと帝国領へ入ったら返しますので安心してください。あなた達と違って約束は守ります!」
再度荷物も預かると言われた時にはざわつきは酷くなったが、
ユウが再び大盾を叩きつけるとすぐに静かになった。
「何もやましい事はないんでしょ?ちゃんと返すって言ってるじゃん。だったらいいよねー?」
幾人かが舌打ちをしていた。その顔を覚えておき、
縛る時にブラックアウトで意識を刈り取ってから袋に放り込んでおいた。
「サリスさんが心配してたから言ったけど、結構騒いだね。
こりゃーほんとに何かあるかもよ?」
ぼそっとユウが囁く。
その後もすべての武器を素直に出した者は自衛分の武器を戻してあげ、隠し通そうとした者はトニアさんが見破ってくれるので、俺はそいつらも気絶させて袋へ放り込む。
「これであの男の武装集団は解除出来たかな?」
同じ防具を付けていたから分かりやすかったけど、もしかしたら他にも紛れているかもしれないので見渡す。
いくつかの冒険者パーティが護衛としていたが、彼らは特に犯罪歴もなく雇い主を守ることで手一杯だっただけのようだった。
そんな冒険者パーティの中の1つに呼び止められ、
「もしかしてあんたら、守護する衣じゃないか……?」
……そんなの知ってる人いたのか。
むしろこっちが忘れてたよそんな二つ名!
苦笑いで返したら何故か、
「そうか、今回も名乗らず守ってくれるのか。
分かった、俺達もこれ以上追及はしないから安心してくれ!」
と、勝手に納得された。
どんだけ英雄視されてるんだその名前……
それを皆に報告したらユウとベラ以外が同じように苦笑いで返してくれた。
うん、2人にはあとで説明するから勘弁!
武装解除と捕縛は終わったので、これから馬車の荷物を預かって行く訳なんだけど……
「ほんと、やな感じしかしないよねぇ」
「やっぱそう思う?俺もなんだよなぁ」
まぁうだうだ言っててもしょうがない。
さて、それじゃあ鑑定先生に頑張って頂きますか!
補足:
ウォーターハンマーとは、配水管や蒸気管内部の圧力変化で発生する音の事です。
知らなかった時は何がコンコン鳴っているのか不思議でした。そういった配管が多い食品工場内では、稼働中いつもどこかで鳴っています。
補足2:
プランAは話し合いが出来た場合の権力を盾にした時は姫様が名乗りを上げるもので、プランBはすぐに手を出してきた場合の制圧、プランCは逃げ出した場合のその後の警戒を考えていました。
本編で書くまではいかないかなと思いつつもこちらで補足させて頂きました。