越境の道
今回より第9章となります。
拙作をお読みいただけたら幸いです。
あれから13時には再度出発して馬車を走らせている。
この越境道は右手は平原、左手は手前に平原と背の低い木々と更に前方に目をやれば山の麓の森が広がっている。
右手の平原は2kmほど行けば崖となり、その先は海だ。左手前方の森は山脈に霧が立ち込めていて、その先が見えない。その山脈の高さはビネンの森の北にあったボルネオール山脈を遥かに凌ぐらしいが……雲のせいで霞んで麓以外確認出来ない。
多少整備されたこの道も、少し横を見ればそこかしこに戦闘痕が残っている。それだけ魔物の襲撃が多いのだろう。
「――そうですね、越境の中間点には崖の下に川が流れていて、そこに土魔法で強化された橋が架かっています。その前後が一番魔物の遭遇が多いです」
そんな越境の旅の注意点をトニアさんから説明して貰いながら御者をしている。
途中で作った袋製の座椅子はまだ上手くいかず、あとで作り直しだ。
それと、メースの街を出て少しすれば茶の木の群生地があるとのことで、俺たちはその採取も狙っているのだ。それには俺が御者をして、鑑定スキルで確認しながら走らせていればそのうち分かるだろうって思って、座椅子の試作を使ってみながらここに座っている。
まぁ、失敗した座椅子を使ってるわけで。
やっぱり枠組みを入れないと安定しないなぁ。
それから2時間、途中でバグベアという熊のような体格の魔物や、そいつが従えていたゴブリンよりも強いホブゴブリンに遭遇するも、ユウの大盾を突破できるパワーの持ち主は現れず、足止めされた魔物はベラの槍と沙里ちゃんと美李ちゃんの魔法によって倒されていった。
「うん、やっぱり実践で使わないとね!次もボク達が先に出るからね!」
「ユウの気合入れる声、男と同じ……」
「え!?」
たまにこうした雑談を入れながらも、
ユウとベラが率先して戦闘を行い前衛をこなしていく。
新しい装備を試したかったのと、護衛という形で買って貰った装備代を返すんだと意気込むユウとベラに任せながらの戦闘が続いた。
いやこれ、結構な頻度で出てくるんだなぁ。
そりゃ他の商業馬車は隊列を組んで固めるわけだわ。
「はーい、怪我を治しますよ〜」
ユウが負ったかすり傷は、ベラから水魔法を教わった美李ちゃんが治療する。
こちらも随分慣れてきたみたいだ。
そして戦闘が終われば再び馬車は走り出す。
「ピィリたち、でばんないねー」
暇そうなピーリィが俺と一緒に御者台に座って……いや、ほぼ俺の上に座ってごろごろしてた。出番がないのはいいことなんだよ?って言っても暇でしょうがないんだろうなぁ。
「うーん……あ」
何かやることはとキョロキョロしていたら、待望の茶の木が見つかった!よくみれば確かに一帯に木がある。かなり離れた場所では他の冒険者も茶葉を採取しているみたいだ。
木の高さは俺の身長(170cm)より頭一つ低いから150cmもないようだ。どうせ手前はもう若芽が摘まれた後だろうから、少しだけ奥の木を狙って採取しなきゃだろう。さっそく準備開始だ!
「ピーリィ、皆を呼んできてもらえるかな?
お茶が見つかったって言えばすぐわかるから」
「おしごと!?はーい!」
ガバッと勢いよく起き上がってきたから危うく顎を打ち抜かれそうになったが、そこはピーリィの方が上手く躱したようだ。そして、任されたのが嬉しいようで飛ぶように居住袋の中へと駆け込んで行く。
「あ!木を抜かなくても大丈夫だよ。枝をちょっともらって――」
周りの土を袋に詰めていたら、美李ちゃんが茶の木を抜こうとしてたピーリィに説明していた。
今は馬車を近くに止めて茶の採取をしている。
沙里ちゃん・ユウ・ベラが茶摘み、美李ちゃん・ピーリィ・姫様が木の確保、そして俺とトニアさんが土の確保だ。
木の確保と言っても、太さ1cmほどの枝を切り取って、それを美李ちゃんがスキルでフォローしながら植木鉢代わりの袋に刺して根を張らせる。 切った木にもスキルを使ってダメージの無いようフォローしてるあたりもさすがの手際だ。すでに10株ほど確保出来たから十分だろう。
途中から姫様が茶摘みに、美李ちゃんとピーリィは土確保へと回って、大した時間をかげずに終了だ。あまり長くいると遠くに見えるパーティが来てしまうので、ここはさっさと退散しておこう。
気が付くとユウ達がやたらとごつい野生の豚を仕留めていた。茶葉を摘んでいたら襲ってきたから返り討ちにしたそうだ。捌いた肉の見た目もいいし、デュロップという野生の豚は食材として上等な物だとトニアさんも言ってた。内臓も含めて後での楽しみだね!
再度馬車を走らせて2時間後。時刻は日も暮れようとする17時前。
晩ご飯の準備や訓練、茶の木の植え替えとそれぞれがやりたい事をしに居住袋の中へ入っている。今馬車に出ているのは俺とトニアさんだけだ。
「山脈がかなり近くなりましたね。でもほんとに麓より上は雲で見えないのかぁ。
実際に目で見ると雲の位置が不自然っていうのが納得出来ましたよ」
「はい。あれが王国と帝国の間にある山脈、通称”蛇の道”と呼ばれる山々が見せる異常さです。山から発せられる魔力で雲を作り、その姿ははっきりと見えません。そして魔物の発生も多く、魔王の居城もこの中にあると言われ……真実は違っていましたね」
俺達はルースさんという魔王的な存在を知ってるからなぁ。そもそも魔王が国を亡ぼす侵略者じゃなくて、魔力溜まりから発生する魔物が溢れる事が問題なわけだし。
「じゃあいずれは召喚勇者達はこの山に挑むってことですよね?」
そう言って山脈の方を見る。レーダーマップでも確認したけど、魔力探知であるこの魔法では山脈は麓以外どこも真っ赤に染まって役に立たない。こんな場所もあるんだなぁ。
「そのために訓練や遺跡迷宮での強化をしていますので、時期が来ればそうなるでしょう。ただ、現状はどう転ぶかも分かりません」
あのニング卿の従者からの情報では、今も王国内は現国王と第一王女率いる天人教一派で割れてしまっている。召喚勇者も残る14人の内俺達4人を除いて10人。それがほぼ半分に分かれて対立しているそうだ。
「帝国はどう判断するんですかね……」
「そればかりは何とも言えません。ですが、粘り強く交渉するほかないかと」
勇者召喚を独断で行った挙句のお家騒動だからなぁ。いくら友好国だったとしても、いつ攻め込まれるかわかったもんじゃない国相手に仲裁に行くかなんて普通は嫌だよね。いっそ攻め落とす方判断されてもおかしくないし。
それに、魔王と言う悪役を作って民衆の目を誤魔化した経緯がちゃんと伝わってるのかも分からないから、魔王復活の噂を民衆と同じように信じてたら……
「結局話し合いが始まらないと分からないってことですねぇ」
そんな会話をしながらも、トニアさんはたまに襲い掛かってくる蝙蝠型の魔物であるヴァンパイアバットを、分銅を紐で結んで作って渡した流星錘を振り回して叩き落としている。
普通の蝙蝠は蝙蝠で、魔力を吸うついでにダメージを与えてくるあの魔物はヴァンパイアバットと言う。血なんて吸わないのに。精気を吸うって意味なのかな?
それにしてもトニアさん……
いくらサスペンションで揺れが小さくなったからって、走る馬車の幌の上でやらなくてもいいのになぁ。倒し終わるとまた会話の相手してくれるからありがたいんだけどね。
他に魔物がいないかレーダーマップを確認していた時、道の先に反応があったので範囲を広げていると、そこにはたくさんの人達がいた。グループごとに固まってるから、それを数えてみると30を超えた辺りで面倒臭くなってやめた。人数にしたらその3倍じゃきかないんだろうなぁ。
「あー。この先で多くの馬車が止まってますね。
もう日も暮れるし、野営準備してるのかも」
「……そうみたいですね。この先は強力な個体や群れを成す魔物が出る恐れのある橋と崖がありますからね。地図上だともっと先とは思いますが、無理をせず進行を諦めたのでしょう」
「じゃあ俺達はもっと手前で離れて止めますかね」
道を挟んで左手の森の手前、その一角の木々に居住袋を立てかけて馬車を片付ける。馬達も慣れたもので、進んで厩舎用の部屋へ入って寛ぎ始めた。初めの頃は相当嫌がってたが、外敵もなく常に清潔にしてある部屋は気に入っているみたいだ。
「今日は失敗しちゃった醤油……いや、醤油麹みたいだと思えばいいし、味は全然失敗じゃないこいつを使って晩ご飯にしよう!」
一瞬美李ちゃんの顔が沈みかけたので慌ててその先を言い切った。
いやほんとこれ失敗じゃないんだって。これから証明するから!
とにかくすぐに始めてしまえ!とばかりにとりかかった。
沙里ちゃんにはご飯と味噌汁の準備をお願いしてある。
美李ちゃん達は精米機……じゃなかった。脱穀機を使って玄米→精米と機械で出来るのが楽しいようでせっせと精米しては袋に入れている。
あっちは俺達2人以外全員が見てるから怪我の心配もないか。
こっちはこっちでやってみますかね!
まずは穀物の粒が残ったままの醤油麹をボウルに入れてブレンダーでペースト状にする。これを味噌とごま油と砂糖と酒を入れて混ぜながら煮詰める。全部がなじんでどろっとしたところで冷ましておく。所謂甘味噌だ。
醤油と言うより八丁味噌みたいなイメージで使ってみたわけだ。
これを使えば中華料理の幅がかなり広がるぞ!
「贅沢を言えば豆板醤も欲しいとこだなぁ。あれってそら豆と唐辛子の醗酵品だったっけ……豆は確か大豆も入ってるって原材料に書いてあったっけ」
「えっ?ヒバリさんて普段からそこまで見てたんですか?」
「ああいや、工場で使う時は指定された材料を使うからさ、特に季節ごとに代わるメニューのレシピを見る時はその材料も間違いがないかチェックしないといけないんだ。
本部から商品開発の人が見に来る場合にも間違った物を使っていませんって言えないとまずかったからね。じゃなきゃさすがに日常ではいらない知識だから覚えてないさ」
へぇ〜、と感心した目でこっちを見てるけど、ただの社畜だっただけだからね?普通はもっと分業してそこまでやらなくていいって他工場の同僚に言われた時ショックだったんだよ……
それはさておき。
今ないものはしょうがない。後で作ろう!
「じゃあこれと唐辛子、ニンニクと生姜のおろし、酒で軽く炒めてソースが出来た、っと。残った甘味噌は袋に保存しておいて、こっちのソースも多めに作ってるから保存しておこうか」
「このソースって、もしかして麻婆豆腐ですか?」
「正解!ちょっと味を変えれば回鍋肉にもいいね。ああ、肉みそ炒めって言えば分かる?あとは、甘味噌も他に使い道があるけど今はいっか」
「今日は中華な気分になっちゃいますね!」
「おー、後で春巻きや焼売も作って中華尽くしやってみよっか?」
「あ〜……食べたいです!ラーメンもあったらいいのになぁ」
「パスタとうどんは作ったことあったけど、ラーメンはまだだったっけ?メンマはタケノコがないと無理だけど、焼豚は出来るからいけるか。うん」
白身魚も結構あるし練り物も作れるんじゃないかな?それにスープも鶏の骨でだしを取ればガラスープ、豚の骨なら豚骨スープもいける。麺もかん水が無くてもそんなに問題ないし、パスタマシーンで伸ばして切るのは余裕だ。
「……っと。これを考えるのは後でにしよう」
今日は麻婆豆腐だけにしようと思ったけど、ついでに回鍋肉も作っちゃおう。丁度美李ちゃんが野生の豚の一部を挽肉にしてたからそれを貰って、あばら肉もスライスさせてもらって肉はこれでいいか。
先に準備の簡単な回鍋肉のためにピーマンとネギとキャベツを切って油通しだけしておく。残りの作業は肉とソースを炒めてから野菜も入れるだけなのでちょっと放置。
麻婆豆腐の方は、挽肉を油が透明になるまでしっかり炒めてから醤油と塩コショウを入れて更に炒める。隣では豆腐を湯通ししてスタンバイ。挽肉にソースとお湯を入れて沸かせて、そこに豆腐を入れて鍋を回す。
最後に醤油とネギを入れて水溶き片栗粉でとろみをつけてからごま油を垂して回せば完成。とろみをつけると冷めにくくていいよね!
空いた鍋を洗ってすぐに回鍋肉も仕上げる。まぁ肉が焼けたらソースと野菜を入れて鍋を回して炒めるだけだからこっちはほんの数分だ。
匂いに釣られて皆も作業を終わらせて片付け、すでにテーブルで待っていた。
今日は全員傍で食材の下ごしらえしてたから呼ぶ必要もなかったわけで。
「はーい。この回鍋肉はトングで取り皿に好きに取ってもらって、麻婆豆腐はスプーンで取り分けてね。俺は直接ご飯に乗せちゃうけどね!では、」
「「「「「「「「いただいます!」」」」」」」」
綺麗に声が重なったなぁ……
皆もこの挨拶に慣れたもんだわ。
ここからは皆わいわいと楽し気に食べては味を語り合っていた。今回は初めて作ったし調味料も足りないから辛さを抑えてあるけど、俺としてはもっと辛い方が好みなんだよね。
「カレーの時も思ったけど、ラー油で好きに辛さを増したいなぁ。
大体の材料あるし、今度やってみよっと」
「わたしも辛いの好きだから教えてください!」
「私も辛いものに興味がありますので、出来上がりを楽しみにしてますね」
沙里ちゃんはラー油作りからやってみたくて、姫様は純粋に辛い物を食べてみたいってことか。獣人トリオは苦手みたいだし、やっぱりラー油みたいに個人で調整できるものは欲しいよね。
食後はアイスティを作って口の中をさっぱりさせた。ついでに作ったシロップで甘くしてある。あまり貴重な蜂蜜に慣れすぎると怖いから、砂糖を煮るだけのシロップならいつでも作れるから安心だ。
「水魔法で氷が作れると本当に助かるよ。ありがとう美李ちゃん。
氷を作る魔道具もあったけど高かったからやめたんだよね」
おかわりのアイスティを作りながら、氷を提供してくれた美李ちゃんに手渡す。ちょっと甘めでミルク入りだ。ついでに袋に溜めてくれた氷を受け取る。
「あれは氷を作るだけではなく、それを維持するための装置がついているから余計に高かったんですよ。お2人が難なくこなしてしまうから分かりづらいのでしょうけど」
トニアさんにも美李ちゃんと同じように作って渡す。
ベラも同じものが欲しそうだったので作っておいた。
意外にもピーリィはミルクは要らないみたいだ。
でも甘さは同じだったけど。
「これから暑くなる時期ですので氷の需要が高まりますから、私達は贅沢していると思いますよ。あまり外では見せられませんね」
ふふっと笑いながらストレートのアイスティを受け取る姫様。
この中でストレートは沙里ちゃんと姫様だけだ。
日本ほど落差はないもののこの世界にも四季のようなものがあり、俺達が来た時は春の半ばだったそうだ。そうか、暑くなるならもっとストックあってもいいかもなぁ。
「お風呂上りにも飲みたいからもっと作っておいてね!ボクは甘い方が好きだなー」
「アイスティは作って入れておくけど、シロップは自分のコップにだけ好みで入れてね?皆もシロップやミルクは自分のコップで入れるんだよ」
はーい、と年少組+ユウの元気な返事を聞いて笑いながらゆっくりと食後のお茶を楽しんだ。
後片付けと仕込みも沙里ちゃんと2人でさっさと済ませ、いつもの順番で風呂に入って、いつも通り和室で全員布団を並べて寝た。
翌朝。
いつもの訓練や作業、朝食を済ませて馬車を出発させた。
その先ではおかしな陣形をした商隊の集団がレーダーマップに映った。
夕べより少しだけ進んだ集団は二重広がった扇状になっていて、
まだ接敵はしていないがその先には魔物の集団がいるようだ。
そして、
その商隊集団が肉眼で見えた時、その異様さが分かった。
手前に見える扇状に広がった集団は人族で、
その先の人族より少ない集団は獣人族だった。
人族が獣人族を後ろから追い立てて下がらせず、
獣人族だけで魔物と戦わせようとしてたのだった。
消費期限や先入先出のチェックは勿論、使用材料に間違いがないかも初回だけはチェックしていましたね。しばらくしてからは在庫管理者がそれをしてくれました。食品偽装問題がニュースで上がるたびに厳しくなってます。原材料を見ていたのはそのせいですね。
今の時代にはファミレスやコンビニで売る商品には保存料を使う事はないので、尚更先入先出はうるさいです。まぁ当然でしょうけど。
職場ではラー油は作ってますが豆板醤は作ったことありませんので、作中に出てきた際は妄想なんだなと生温かい目で見守ってやってくださいね!