南の国境街メース到着
その日からトニアさんの訓練と姫様の字の勉強会が始まった。
そして、その成果を試すように皆からルースさんへの書き込みもした。しかし全員で書いたら、
「わしを好いてくれるのはありがたいが、読む方の身にもなれ!」
って苦情が来てしまった。ユウやベラは短い方だが、8人が書くとすごい量になってたね。
実はノート仕舞う時気付いてたけどね!
途中から代表としてピーリィが、ちゃんと書ける様になるまでは姫様がフォローしながら書くことに決まった。
数日経った今ではピーリィが頑張って1人で書いている。ルースさんへ伝えたい事が無いか、ちゃんと周りに聞いてから書く辺りはしっかりしてきたなぁって、娘を思う父親気分になったもんだ。
馬車旅も順調で、途中で寄る村では食材を買ったり売ったりと交渉しつつ、
油じゃない粒のゴマや根野菜類を買えたのは嬉しい結果だ。
たまにゴブリンやオーク、野獣に襲われたが事前に位置を把握して迎撃したため、特に問題なく討伐していった。
ただ、あまり他の馬車( 特に商人の馬車)が見える場所での戦闘は避けた方がいいと言われ、そこには気を使って馬車を走らせた。
商人達は、なるべく他の商隊と連携して進もうとするため、もし戦力がある事が分かると目的地までずっと後を付けられるそうだ。
主街道は比較的安全といってもこうやって魔物に襲われるんだから、誰しも死なないための策を弄するってことか。
「ここまで来ると、南の国境街であるメースまでは後1〜2日と思われます。ここまでも色々ありましたが、越境でも十分気をつけなければなりません」
「ああ、国境の間にある山脈は魔物が多いんでしたね。確か誰もが集団で行動して、お互いに協力し合って乗り切るんでしたっけ?」
「はい。ですので、居住袋が見つからないよう細心の注意を払い、魔物だけでなく人も警戒対象となるでしょう。2日ほどで越えられるはずですので、そこまでの辛抱です」
「面倒ですが、仕方ないんですよねぇ」
この数日で鞄型袋の作成や、共有化付与した棚型袋等作り直し、それにルースさん用に風呂場の居住袋を作り直したりと色々作業をこなしていった。ジャケットもどきは未だ完成してないけど、後は慣れればなんとかなるでしょ。
もちろん字の勉強もしている。でもこちらは元の世界でも字に癖がついてしまった俺にはあまり芳しくない。むしろ、真っ新から始めたピーリィの方がいい結果になっている。
ベラも俺と同じでどこかでハンパに覚えた所為で癖が抜けず、とりあえず書けるまでには習得していた。十分に頑張っている。補習を受けているのは俺達くらいだが、本気で覚えようとしているベラが隣にいるのはいい刺激になってると思う。
一方、ルースさんはまだピーリィの母親の墓には辿り着いてないらしい。アイリンで山脈経由の王都行きの乗合馬車を探したけどなかったから、馬を1頭購入して単身の旅に切り替えたそうだ。
その日記を読んだ日だけ俺にも書かせてもらい、前にあげた居住袋に設置出来る馬屋袋を送っておいた。これなら1人旅でも馬の心配をせずに休息出来るはずだ。
後はいつもどおりに食材加工や畑仕事、訓練、勉強をしながら2日が過ぎた頃、ついに南の国境街メースへ到着した。トルキスから出発して5日目のことである。
「よし、次の馬車!」
1時間ほど検問に並び、やっと俺達の馬車の番になった。
衛兵に呼ばれて御者台に座る俺とトニアさんが冒険者ギルドのカードを衛兵に手渡した。そしてもう1人の衛兵が幌の中の検めるため後ろへ回り荷物を確認していく。
中にあるのは野菜や魔道具の冷蔵庫に冷やされた肉や魚、乾物。
そして自衛のための武器がいくつか。
「よし、確認は済んだ。ようこそメースへ!」
先ほどまでの真面目な顔から笑顔で迎え入れられ、こちらもお礼を言いながら馬車をゆっくり走らせた。
町並みとしては北の国境街とあまり変わらない気がするが、メースの方がかなり活気がある。道幅も広く、馬車がすれ違っても余裕があるし、歩道は別に確保されているので危険も少ない。
すぐ南は海に面しているが、高い崖の上に街があるために港どころか漁業はまったくないらしい。越境時に大きな川を渡る時も高い崖の上に架けられた橋を渡るので、海どころか川にも降りられない。どうしても
海に下りたければ大回りで東へ戻るなりしないと無理だとか。
生活水は山から小さな川がいくつも流れてきているし、地下へ井戸を掘って汲み上げているので問題ないそうだ。水の魔石も出回っているからそれで済ませる家庭が3割はいるから取り合いにもなっていないらしい。
はっきり違うとすると、海からの風が強いからか木造建築物がかなり少ない事。ほとんどの建物が石かレンガのようなもので壁が作られていた。その分2階や3階建てになると迫力が増しているのかもしれない。
「ここは随分発達してるんですね。副都市と言われたアイリンと同じくらいですか?」
「広さはアイリンの方が1.5倍以上ありますが、道の整備などは頻繁に行われるので、寧ろこちらの方が商業としては上かもしれません。
それよりも、そろそろ皆さんに声を掛けた方がよろしいと思いますよ?ここまでくればもう大丈夫でしょうし」
「うおっと、忘れてた!おーい、そろそろ……うわっ!」
御者をトニアさんに任せて居住袋を少し開けて中に声をかけ……
ようとしたらすでにほぼ全員が玄関に集まっていて、すぐに飛び出してきた。
ここ出たら馬車の幌の中なんだから危ないってば!
姫様と沙里ちゃんだけがゆっくりと出てきた。でも、沙里ちゃんも初めて訪れた上にかなり活気のある街だから、俺同様感嘆の声を零しながらキョロキョロ見渡していた。
幌の後ろと前の御者台に人が集中したので、俺はひとまず真ん中でのんびりと休ませてもらった。ああ、宿を見つけたら市場は行きたいなぁ。あと金物屋で調理器具……あ、そうだ!
「そういやユウとベラの装備もなんとかしなきゃだよね。これからの越境でもかなり戦闘あるみたいだし。やっぱり鍛冶屋かな?
でもそうなると数日はここで泊まってかないとだから、宿を取る前に鍛冶屋行く方がいいか」
ユウとベラはトルキスで貰った皮鎧と盾、余っていた短槍と片手剣という装備なのだが、ユウはここ最近鍛えている盾をもっと大きい物にしたいし、2人の鎧ももうちょっといい物にしておきたい。
俺達は鉄と皮の複合鎧に盾という特注品なので問題ないが、ここはあまり日数のかからなくとも少しでもいい物を選びたいところだ。
「んー、ボク達は大丈夫なんだけどなぁ。あ、でも盾はやっぱり大きいの欲しい!結構いい感じになってきたんだけど、小さいと厳しいんだよね〜」
「片手剣、出来ればもっと重いのほしい。それと、盾、もっと丸い方が、避けられる」
ユウとベラの意見ももらえたし、まずは直接鍛冶屋へ行くことにした。と言っても場所が分からないので近くにあった布生地屋で沢山買い込み、そこで市場や鍛冶屋の場所とオススメの宿を聞いて、改めて鍛冶屋へ向かうことになった。
……うん、服じゃなくて布だけでも女性の買い物って凄いなぁ。
俺だけ馬車に残ってたけど、すぐにピーリィが戻ってきて一緒にお菓子をつまみ食いしながらぼーっと待ってたわ。全然帰ってこないし!
「皆もお菓子食べたから少しは大丈夫だと思うけど、まずは宿を確保しようよ。その後で鍛冶屋の用事、終わって時間があれば市場へ行こう。昼ご飯はどこか何とかしようか。それでいいよね?」
まだ買い足りない様子だったが、予定が詰まってるって分かってくれたらしく反対されなかった。
「じゃあ宿取れたらそこに料理屋があったら食べちゃえばいいんじゃない?また移動してっていうより楽だし」
「ユウさんの案がよいかと思います」
姫様を筆頭に、こちらも反対はなかった。
「じゃあ馬車を出すから皆乗って〜」
ピーリィを膝の上に乗せたまま全員乗ったのを確認してから、馬に軽く鞭を入れて馬車を発進させた。
「さっきの店で聞いた話ではこの先にあるはずですけど……」
10分ほどゆっくりと西へ走らせていると沙里ちゃんが御者台に顔を出してキョロキョロする。一応3つまでオススメの宿屋を聞いてきたらしい。
「あ!あれですね、”山海亭”って書いてあります!あそこは料理も美味しいって評判らしいですよ。近くの村から魚も仕入れてるって言ってました」
「へぇ〜。そこで取れるといいねぇ」
目の前には3階建てで横にも長い宿がある。1階の半分は食堂として商売をしていて、昼時の今はまさに大賑わいだった。店の外にまで客がたむろしている光景はこちらの世界では初めて見た。
「これは……すごいね。この状況で宿の部屋取れるのかなぁ?」
「なんだか申し訳なくなっちゃいますね」
全員で行くと人ごみで危険なので、他の人に倣って道端に馬車を止めて俺と沙里ちゃんだけで店に入ってみた。一応食堂と宿は受付が分かれているようだが、この忙しさで宿の受付に人がいないわけで。
「あー……これは、いっそここでご飯食べてからにしよっか?」
「そうですね。並んでから食べれば、その頃には落ち着くかも」
早々に切り替えて、店員に8人席の順番待ちと厩舎の使用を依頼して、一旦馬車に戻って皆にその事を伝えた。
馬車を預けて順番待ちすること30分。
「はいよ、お待たせ!」
体格も雰囲気も貫禄のある女性が俺達に声を掛けて奥の席へ手を向ける。疲れている素振りをまったく感じさせない笑顔に、俺は心の内で感嘆の溜息をついた。
俺もファミレスで数年間ウェイターのバイトをしたことあるけど、
あれだけの客をさばいてまだその姿勢を崩さないってすごいなぁ。
「ヒバリさん?行きますよ」
「ん?ああ、ごめんごめん」
俺達が昼のラッシュの最後の方らしく、席に案内されている間にも次々と客が去っていく。おかげでテーブル2つ繋げて8人席にするのも問題なかった。やっぱり食事は全員一緒がいいよね!
「はい、注文は何にする?今日のうちの料理は、魚は煮付けで肉は野豚のステーキだよ。別料金でエールか果実水もあるから、好きなものを選んで頂戴!」
「あ、そうだ。食事の後にこの8人が宿に泊まれるか確認をお願いしていいですか?」
「ああ、宿泊もしてくれるのかい?嬉しいねぇ!あたしがここの女将だからここで受け付けるよ。8人……男はアンタ1人か。じゃあ部屋は4・3・1人ずつの3部屋か、ベッドが少なくていいなら7・1に分けて2部屋用意すればいいのかね?」
まぁそうなるよなー。じゃあ俺が1人でいいだろうから、後に言った2部屋が無難か。どうせ別の部屋にしても居住袋の中か外で自由に分かれる気もするけど体裁を考えると、ね。
じゃあ2部屋で、と言おうとしたら2つ隣に座っていたピーリィが手を挙げて席を立ち、
「みんないっしょ!」
「……え?このにいちゃんも?」
「うん!みんないっしょ!ぜったい!」
てててと移動して俺の腕に捕まって繰り返し言った。言い切った。
「えーっと……」
ちらっと皆を見回しても「それでいいんじゃない?」といった、特に問題ないという雰囲気だった。
ここの女将さんだと言う女性も周りを見て首を傾げていたが、全員がそれでいいならそうするよと1部屋で受け付けてくれた。そして料理の注文を取ったあと、
「ただし、変な問題は起こさないでおくれよ?」
と、俺の肩を力強く叩いて警告してから厨房へ行った。
「部屋を分けるのなんて今更ですよねぇ」
「だよねぇ」
向かいに座る沙里ちゃんと俺の隣の美李ちゃんの言葉に、皆も笑っていた。寝る時も同じ部屋が通例になっちゃったんだから、それもそうか。
小ぶりだが脂の乗った魚と数種類のハーブをつけて焼いた香ばしいトンテキを美味しく頂き、食後に案内された部屋に荷物を置く……フリだけしてきて、遅くなる前に鍛冶屋へ急ぐために一行は馬車に乗り込み再度出発した。