居住袋の引越し
「さぁ、さっそく引越しだ!」
あれから1時間ほど落ちていたヒバリだが、その後はよく寝たとばかりに起き上がって、何事も無かったように夕ご飯の準備をして皆を呼んで食べた。
が、沙里ちゃんにあっさりと魔力欠乏で倒れた事をバラされ、食べ終わってから各方面に攻められた。それから逃げるように元凶でもある居住袋のお披露目兼引越しへと話をずらす作戦にでたのだ!
さぁ、とっとと逃げよう!
引越しを始めてしまえば、皆はテキパキと動く。
でも移動距離はほぼ無いに等しい。
例えば、キッチンや風呂場の隣に引越し先の居住袋を仮設置して、隣の部屋に荷物を置き直すだけだ。しかも重いものはほぼスキルで作った袋に入れてるため重くもかさばりもしない。
まぁ唯一と言えばシャワー設備とキッチンのコンロくらいかな?それも隣の部屋に移すだけだから一瞬重いだけだし。
「キッチンは俺がやるか」
「わたしはお風呂をしましょう」
「あたしの畑はそのままでいいんだよね?だったらピーリィのお手伝いするね!」
「ぴゃー!ミリ、ありがとー!」
「じゃあ、ボクとベラはどうしよ?」
「でしたら、ベラさんは自分と一緒に馬屋を手伝ってください。ユウさんは沙里さんの方をお願いします」
「ん。わかった」
「私は……そうですね、女性部屋の荷物を移しましょう」
それぞれが自分の分担を決め、各自一斉に動き出す。
あと数時間で村に着くが、ここで無理してもしょうがないので主街道から少し外れた林で野営する事にした。その晩ご飯後に俺が言い出した所為で急遽引越しを始めたわけだ。
いや、ほんとすんません……
俺としては前の職場で片付けに慣れてるからさっさと終わらせて、男性部屋だった和室の荷物も移動させた。俺の荷物と皆の布団を移しただけだからこっちもすぐに終わってしまった。
ついでに皆の様子を見てみると、どこもほとんど終わっていた。特にピーリィは、まず俺が元の訓練場の袋を新しい訓練場の中で解除して、中に散らばった丸太やクッションを並べるだけだったから力のある美李ちゃんが一緒だったおかげですぐ終わっていたみたいだ。
今は美李ちゃんを足で掴んで空中遊泳へご招待中だった。
「きゃー!ピーリィすごーい!」
うん。ここは大丈夫だな。
次に姫様の様子は……っと。
よし!やめとこう!何か下着っぽいのが見えた!あっぶねー。
「ヒバリ、馬の部屋、終わった!」
お風呂か馬屋かと悩んでたら、ベラから終了のお知らせをもらってしまった。じゃあ次はお風呂行くか。
「ニアさん、サリスさんの所手伝ってあげてください。ベラは沙里ちゃんとユウの手伝いで風呂場よろしく!ついでに俺も浴槽を設置してみるから一緒に行こう」
「分かりました。馬車はもう中に入れてるので外へはもう出なくて問題ありません」
「わかった。ベラ……が、がんばる」
これで姫様の方は大丈夫だろう。俺も浴槽の設置はまだ試してないから、ついでに一緒に済ませておこう。どうせこの後交代で入浴するんだし、皆にも知っておいてもらわないとね!
まずは終わった和室兼寝室と訓練場、そして男女のトイレを新しい居住袋へ設置しなおす。ピーリィ達はまだ中に入るけど、移動で揺れるわけじゃないからさくっと済ます。
それから沙里ちゃんたちのいる風呂場に顔を出すと、引越しの方はほとんど終わっていた。シャワーの設置もスタンド式だから持って行って足場に重りを乗せ直すくらいだもんな。2mのスタンド、重り、シャワーで使ってる魔石回収用の踏み台、これに洗面用具で全部。
「こっちももう終わってるね。じゃあ浴槽と排水溝用の袋を作っちゃうか」
今回は広くしたから排水溝用の袋のサイズを作り直して以前のは全て交換した。以前の浴槽は引越ししないで残してある。新しい浴槽は、風呂場を形成する時に1段高くした場所に、例の落とし穴の袋をあてがう事を考えた。
風呂場全体が12畳以上の広さで排水溝へ向けて勾配と水の流れを誘導する横線のような溝をつけた。その部屋の奥に1/3である4畳分を浴槽の場所として高くして、そこに深さ50cmの茶色い袋を置く。
「うん、こんなもんかな。」
「浴槽いらないっていうのはこういうことだったんですね」
「この間作った落とし穴で思いついてやってみたんだ。深さ大丈夫かな?」
「ちょっと浅いけど、これだけ広ければいいじゃん!木のお風呂みたいな色もいいし!あれ?これ、底がちょっとざらっとするのって滑り止め?」
「そうそう。そのままいつもの袋で作ると、水入れた時滅茶苦茶滑るんだよ」
「あー……美李とピーリィがびしょ濡れになったアレですか」
沙里ちゃんが苦笑する。ビニールプール以上に水の遊び場になっちゃったからなぁ。暑い時にはいいかもだけど、この世界に夏ってあるのかな?
「あれ?そういやベラも一緒に来たはずなんだけど、どこいった?」
「ああ、そこでほら……」
今度はユウも苦笑する。指差す方向には、
「…ッ!」
風呂場の外の脱衣所部分でこちらをそっと覗くベラと目が合うと、びくっと震えて姿が消える。
「ベラは水苦手なの?」
「いやー、この間風呂初めてって言うから一緒に入った時にさ、ふざけすぎて耳に水が入ったのがものすごーく嫌だったみたいでちょっと怖がっちゃってさー」
ユウのせいじゃん!完全に怖がってんじゃん!
たった2日でトラウマ作ってどうすんのよ……
「ほら、今は水無いから大丈夫だよ」
「……水かけない?」
「かけない。服だって脱いでないでしょ?」
「…うん。わかった」
俺の答えに納得がいったのか恐る恐る風呂場に入ってくる。ユウが飛び付こうとするのを沙里ちゃんが肩を捕まえて止める。それを見てベラがほっとしたようで、引き返そうとした足を前に戻した。
「水、適合あるけど、浴びるの、苦手だから」
確かベラは水の適合者だったっけ。魔法として使えるけど、自分が浴びるのは苦手なのか。犬や猫が嫌がるのと同じなのかな?ベラは狼だけど。
浴槽と排水溝袋の調整も終わらせて、試しに浴槽の中に座ってみる。袋で作ったから開いたフタの様な部分を丸めて端に寄せると、これが丁度いい枕みたいになった。
「おおー。これは寝ちゃいそうだ」
「ほうほう。これはいいですなぁ」
ユウが俺の隣で同じように枕代わりの縁へ頭を預けて寝そべる。2人入ってもまだまだ余裕の広さだ。うん、これなら女性陣も問題ないだろう。
「じゃあ風呂場もこれでいいね!早速使うなら女性陣からどうぞ。皆の様子を見ながら伝えてくるよ」
そう言って風呂場を後にした俺は、まず姫様とトニアさんに、そしてまだ訓練場で遊んでいた美李ちゃんとピーリィ達を風呂場へ行かせた。
その間に、今まで使っていた馬屋と、荷物が全部片付いたと確認を取ってもらった女子トイレと女子部屋、キッチン、和室……これで大丈夫かな?
「長く使ってたからちょっと感慨深いなぁ。ほんとに引越しって感じがする。お疲れさん」
ぽんっと手を置いてから旧居住袋を消す。
そしてそこには何も残らなかった。
と、思ったら何かが落ちた。
手に取ると、使い込まれたボロ布で、広げると、
「……なんでパンツが残るかなぁ?おおいちょっと誰かぁ!」
誰のかはすぐに判明した。
「ごっめーん!それこっちに来る前からので気に入ってるんだ。ないなーと思ったら部屋に落ちてたんだね!あっはっは」
慌てて俺の手から奪って隠し、頬を染めるユウ。羞恥心あったんだな、と俺は失礼な事を考えてた。
「ユウさん、そんな穴の開いた下着使ってたんですか!?」
「しょうがないじゃん……こっちの下着ってぶわーってしててやだったんだもん!」
「だからユウも、ベラといっしょに、布、巻けばいいんだ」
驚く沙里ちゃんとあの見せる下着みたいなドロワーズはいやだと言うユウ。そこにふんどし発言をするベラ。なんだこれ……
服は私が縫いますから!と叫びながら2人を押していく沙里ちゃん。それで終わりとばかりに女性陣が風呂へと戻っていく。姦しさは変わらないなぁ。
後で聞いた話では、騒動の前にすでに風呂へ飛び込んでいた美李ピーリィコンビは2人だけの間に泳ぎ捲くったらしい。美李ちゃんの教えでピーリィも少し泳げるようになったそうだ。
今は順番に俺が髪を拭いてあげている。風呂上りの2人が髪を乾かす前に俺に報告してきてくれたから、聞きながら頭をわしわしする。
「そっかー。ピーリィは泳いだ事なかったから美李ちゃんが教えてあげたのかー。ピーリィ、泳げるようになってよかったね!」
「うん!」
拭き終わった頭からタオルを取ると、にぱっと笑う。美李ちゃんは先に拭いたのだが、ピーリィはこれから翼も拭かなきゃだ。
「それなら、ニアさんかサリスさんか沙里ちゃんが横に付いてるならって条件で、美李ちゃんの畑の隅っこにプール作る?深いのはダメだけど、2人の肩までくらいなら泳ぎの練習になるでしょ」
「いいのっ!?」
一緒にピーリィの翼を拭いてた美李ちゃんが顔を上げる。ピーリィはプールといいのが分からないらしく、首を傾げていた。
「泳げないと何かあった時に怖いし、水なら美李ちゃんが魔法で準備出来るでしょ?終わったら畑に撒けばいいし。水着は……プールと一緒に沙里ちゃんにお願いしてみてね」
「やった!ピーリィ、さっきよりもーーーっとおっきい水で泳げるよ!」
「水浴び!?ピィリもっと遊びたい!」
なんかちょっと食い違ってるけど、まぁいいか。
他のメンバーの許可が取れたら作ってあげよう!
女性陣が全員出たのを確認して、1人で風呂を堪能する。
「おお、うっすらとだけど外見えるな」
あえて風呂の明かりを消し、今回試しに窓に作り変えた奥の壁と天井の半分を見た。当然湯船は一番奥に設置してある。
「あれ?見える景色って何処の窓でも同じなのかな?」
確か、訓練場の明かりを消して眺めた景色がここの一部とまったく同じだった気がする……小さい岩と木が並び、一部折れた木があって。
「うーん?やっぱ見覚えあるなぁ。もしかしてこの窓って、外に設置した居住袋に映る景色しか反映されないって事か?」
いいのか悪いのか、朝になってみないと分からないか。いや、今は夜空を見ながら風呂に入れるんだから、これはこれでいいな。
「ヒバリさーん?いないんですかー?」
ふと視界の端に光が差し込む。そして沙里ちゃんの声がする。
「あ、ごめん!今外が見たくて明かり落としてるんだ!」
脱衣所にいる沙里ちゃんに聞こえるように大きめの声で答えた。
「えっ?外に出てるんですか?」
「違う違う。今回の居住袋で外から見えない窓みたいなのを試したんだ。他の部屋、特に訓練場は床以外全部だから、今だと明かり消せば星空がみえるよ!」
「へぇ〜!そんなことしてたんですか!あっあの……」
「ああごめん、今明かりつけるね」
「あ!いえ、そうじゃなくて、今少しここの星空見てもいいですか?」
「え?今!?俺入ってるけど……」
「星空だけここでみたいなって……だめですか?」
「あー…うん。ちょっとタオル投げてもらえる?さすがに隠すものないとちょっと、ね」
「は、はい!それじゃ、失礼しまーす」
そーっと入ってきた沙里ちゃんに、手を挙げるとタオルを投げてくれた。
あまり湯船にタオル入れたくないが、今は非常事態だ!
「わぁ……」
天井を見上げて声を漏らす沙里ちゃん。
「綺麗……よく考えたら、この世界の夜空って王都で少し見ただけでした。やっぱり綺麗ですね」
「そうだね。同じ星座は見えないけど、この世界にも星ってあるんだなって改めて考えちゃうね。純粋に見れないおっさんでごめん」
「わたしも星座探しちゃってましたよ」
くすくす笑いながら沙里ちゃんが俺を見下ろす。
「す、すみません!わたしそろそろ出ますね!窓の事皆に伝えてきます!じゃあ!」
タオル1枚の俺を見て慌てた沙里ちゃんがとたとたと小走りに風呂場を出て行った。明かりがあったら、赤かったのかなとぼーっと思いながらまた夜空を眺めた。
「で。結局全員こっちで寝るわけね。ユウとベラも?」
一応男性部屋と言う名目だったはずの和室には、計8組の布団が敷かれている。それぞれが寝そべるか窓に張り付いて外を眺めている。部屋の明かりはいつもより暗くしているのは窓のため。
「みんないっしょでいーじゃん!」
複数の布団に跨ってごろごろ転がるユウと、窓の外を眺めて反応の無いベラ。以前より広くしたからかなり余裕あるし、君達がいいならいいけど。
俺の布団の横を陣取ったピーリィはすでに丸まって寝てる。そんな姿を見てたらまあいいかって思えちゃうよね。
「じゃあ俺ももう寝るよー。ユウ達も明かりっていうかこの光の消し方教わったんだよね?消すの任せた。おやすみー」
もう何も考えずに寝ちゃおう!