旅の続きと出会いと別れ
翌日は丸1日を使って色々と用事を済ませた。
獣人のバーム一家にケチャップをもっと簡単に作れるようにしたトマトソースとポテトフライ・ポテトチップスの調理法を教え、子爵から贈られた屋台にコンロなどの道具や食材をセッティングして、実際にどうやって販売するかも指導した。
使う調味料も少ないし、食材もじゃがいもとトマトだけだ。これなら昨日市場を見た限り仕入れも問題ない。道具もスライサーの予備を渡したから、怪我にさえ気をつければ子供だって手伝える。ポテトフライも切るだけ、さらにどちらもちゃんと洗えば皮を剥く必要も無い。
入れる袋は紙だと高いから、他の屋台のように木の皮を薄くした包み紙代わりの物があるので、それに倣って同じ物を使ってもらう。
油を温める火の魔石、洗うための水の魔石、これらの魔力補充に多少お金を使うが、それは儲けから十分賄えるはず。子爵からの補助金には手を付けてないし、仮とはいえ宿泊場所も決まっているのだから頑張って欲しい!
ここまでしてもらった恩をどう返したらいいかと言われたが、
「今まで受けた待遇が不幸続きだったのです。これはその分報われた、運が向いてきたと思ってください。そして、幸せになれるかはこれから次第なのです。慢心せず、しかし楽しい生を送れる事を願っていますよ」
と、姫様が説法のような言葉を贈って締めくくってくれた。
うん。あの家族にはこれから頑張って欲しいよね。この町なら彼らもかなり安全なはずだし。後で子供達にこっそり餞別として蜂蜜を渡しておこう!
獣人家族を見送った後、俺は各種袋の補充をすべくガンガン作り続けていた。今朝やっとだるさの抜けたというルースさんには呆れられたが、こういう時じゃないとゆっくり出来ないからね!
美李ちゃんはピーリィと一緒に乾燥させた米の脱穀と精米、更には次の田植えの準備をしてるらしい。沙里ちゃんは食材の仕込みをしてる。袋作りはダイニングキッチンでやってるから、沙里ちゃんの横にいるから見える範囲にいる。ルースさんは相変わらず横のソファだ。
「ねえ、ヒバリ達に相談があるんだけどさ……」
作業を邪魔しないようにしてたのか、俺が一息入れて沙里ちゃんとお茶を飲み始めたらユウが話しかけてきた。
「あのさ……ヒバリ達はこの後どうするの?」
「んーと……まぁ言ってもいいか。今王都、正確には城の方でちょっとやばい事になってるんだ。だから俺達は助けを求めるために帝国領を目指してるんだよ」
姫様の方を見た時に頷かれたから事情を話した。
今王都では天人教の反乱が起こりそうな事、源さんや王子が何とか抑え込んでいたが、それも時間の問題かもしれないこと、そこで俺達がノーザリス姫様を帝国領へ連れて行き、王国が乗っ取られる前に助力を求めに行く途中だという事。
そして、俺達3人がスキルが戦闘向きじゃないという理由で追い出された同郷人である事、さらに天人教と繋がりの疑いのある第一王女とそれに付き従っている山内清史に狙われている事を話した。
勿論ピーリィとトニアさんを改めて紹介し、変装の魔法を使っている事もだ。ベラは匂いで、ユウは触った時の感じで何となく察していたみたいだけど。
「そっかぁ。やっぱりヒバリ達はあの時の人達だったんだね。あの時は全身白い服だったから自信なかったけど、声は覚えてたんだ。それにしても……ボクが飛び出した後、色々あったんだねぇ」
「そうだね。スキルを犯罪に使った日本人が1人処刑されたり、ね。ああこれは美李ちゃんには言わないで。彼女が危険な目に遭った事件だから思い出させたくないんだ」
これにはかなりびっくりしていたが、すでに俺達も命を狙われたと話していたからか、ユウははーっと溜息をつくだけだった。
「で、さ……ボクからの話は、ベラの事なんだ。ベラは、帝国の東に獣人達の領土があるんだけど、そこの近くで拉致されて売り飛ばされそうになった所を逃げ出して冒険者になったんだ。
それで、故郷へ帰るための路銀稼ぎしてた時ボクと知り合って、その後で今回の事件に巻き込まれてまた売られそうになったんだ。
だから、ボクはベラを故郷に返してあげたい。ヒバリ達はこれから帝国に行くんでしょ?なら、途中まででいいから一緒に連れてって欲しいんだ!……ダメ、かな?」
獣人が1人でいるだなんて珍しいとトニアさんに聞いたことがあったけど、そういうことだったのか。どこまでになるか分からないが、送るだけなら別にいいかな?
「ん……俺はいいと思いますよ。サリスさんはどうです?」
「ええ。嘘を言っているとは思えませんので賛成です。国境を渡るには戦力は多い方がいいですからね」
やったー!と喜ぶユウと、ペコペコ頭を下げるベラ。
じゃあ皆にも説明して、後で改めて自己紹介してもらうか。
「今の居住袋だとちょっと狭く感じるから、どうせなら作り直そうかなぁ。いまだとルースさんと2人に開閉権限がないから、丁度いい機会だしやるか。また全員で間取り会議しよう!」
「ヒバリ、そして皆にわしからも話がある」
話がまとまったと思ったら、ルースさんから声がかかった。
昨日からルースさんは考え込む時間が多い。初めは魔力欠乏で体調を崩していただけだと思っていたが皆も心配になり尋ねると、毎回「大したことではない」と言ってはやはり気付くと何かを悩んでいるようだった。そして、やっとその悩み事を話してくれるのかな?なんて思いながら言葉の続きを待った。
美李ちゃんとピーリィも集まった所でルースが話し出す。
「色々と心配を掛けたようじゃの。わしもようやっと考えをまとめたところなのじゃ。結論から言うと、わしはまた一人旅に戻ろうと思うのじゃ」
「えっ!?ルースさん出て行っちゃうの……?」
美李ちゃんが思わず声を上げる。その声で内容を理解したピーリィも不安そうな顔をしてルースに飛びついた。抱きとめたルースさんがピーリィの頭を撫でる。
「これ、落ち着かんか。出会ってから10日ほどだが、わしにはもっと長くおった気がするのぉ。勇者とパーティを組んで旅をした、あの頃に戻った気分じゃったわ……
おお、すまんの。話を戻そう。
一昨日の救出の時に使われた魔道具、あの魔物を呼び寄せた物じゃな。あれにちと覚えがあっての。わしはそれを調べに訪れたい場所があるのじゃ」
「それなら一緒に行けばいいじゃないですか?」
沙里ちゃんが問う。が、ルースは首を振る。
「帝国領の先にも用はあるが、まずはこの国の王都手前に行かねばならん。それとわしの、エルフ達の街にも行くつもりじゃ。おぬしらは帝都を目指すのじゃろう?わしとは正反対なのじゃよ。
それと、わしはまだキューウィの墓参りもしておらん。それがどうにも落ち着かんのじゃ。行かせてくれんか」
自分の母親の名を言われたピーリィが顔をあげる。そこには優しい顔を向けたルースがいた。じーっと見つめたあと、ピーリィが尋ねる。
「また、あえる?いっしょに、いる?」
「おお、勿論じゃ。わしもここが居心地が良いからの。用事を済ませたら、また皆と合流するつもりじゃよ。良いかの?」
ルースは全員を見渡す。状況を知らないユウとベラは様子を見守っている。それ以外のメンバーは渋々ではあるが頷いた。
美李もピーリィと同じようにルースに抱きついた。顔を埋めて見えないが、小さく聞こえる嗚咽が泣いている事を隠せずにいた。
「これこれ、おぬしらは本当に甘えん坊じゃのぅ」
ソファに押し倒される勢いで2人に抱きつかれたルースが、2人の頭をわしゃわしゃと少し乱暴に撫でる。そこには見た目の幼さを打ち消すほどの、母親の様な大人の女性がいた。
その日の夕ご飯も風呂もピーリィと美李ちゃんはルースさんの傍を離れずに左右を陣取っていた。勿論寝る時もだ。普段は俺の上で寝るピーリィも今夜ばかりは違う。
寝る前にユウとベラにはルースの許可を貰ってから、ルースの事を説明しておいた。魔王討伐で召喚されたはずの勇者の1人であるユウは、さすがに物凄く驚いていた。
それと同時に源さんの事も心配していたが、俺達が使命を果たせばいいと思いなおして、護衛は任せて!とやる気を見せていた。
そんな2人との話を終えて、彼女らも寝室へ入っていく。
そして、俺は追加で出来た作業を開始した。
何時間か経った頃、ふと物音がして振り返ったらルースさんが立っていた。いや、正確には気付かせるために音を出したようだ。
「ヒバリ、明日はまた馬車旅の再開じゃろう?今から夜更かしをしては身体が持たんぞ。休める時には休むのも必要じゃ」
「ルースさんこそ、明日からは1人なんですよ?ちゃんと休んで下さい」
「おお、これはしてやられたの!」
クックックと楽しそうにルースが笑う。
「して、何故夜更かししてまで作業をしておるのじゃ?」
丁度良い所まで終わったので体を伸ばし、ルースと自分のお茶を淹れて椅子へ促す。
「あとでこっそり渡そうかと思ったんですけどね」
俺のスキルで作った肩掛け鞄をテーブルに置く。
それだけでルースは察したようだが。
「これをわしにか?」
「はい。中には小さい小屋程度の大きさの居住袋、生活用袋、試しに作った風呂部屋袋や簡易トイレ部屋袋のセット、靴やローブの予備、時間経過なしの袋に入れた食材、予備の袋製鞄などが入ってます。
それと、これを作っている最中にスキルレベルが上がったので、ちょっとした試験もしてたんですよ。まぁその所為で一部作り直したりしてこんな時間になっちゃいましたけど」
ルースさんは、俺の説明を聞きながら鞄の中身を確認する。
「まったく……これではわしの指導料では払いきれんのぉ。ヒバリ、これらはありがたく頂くのじゃ。そして、わしが教えた事はまだ基礎じゃが、それ故にこれからも精進するのじゃぞ?」
「はい、ルース師匠!」
「うむ!」
ぷっと2人同時に吹き出して笑い、まだ皆が寝てる事を思い出して慌てて口を押さえる。まったく同じ動きにまた肩を震わせて笑いを堪える。互いの涙を笑い涙へと変えながら、そんな優しい夜を過ごした。
翌朝。
他の宿泊関係者に挨拶をして宿を出た。
そのまま冒険者ギルドへ向かい、所長に子爵への出立の挨拶の伝言を頼んで、今日トルキスの町を出る事を告げた。
ただ食材を買いに来ただけだったのに、凄い大事になったもんだなぁ。
スパイ映画みたいな事したり、出会いと別れがあって……
そんな俺達の馬車が東門へ到着すると、後ろから馬車が追いかけてきた。レーダーマップで確認したらトレーヌお嬢様とギルド所長だったから、一瞬走った緊張もすぐに解かれた。
「間に合いましたわ!」
馬車から駆け下りて来たトレーヌが俺達の馬車の横に立つ。
「今日出立なさるなら、前もっておっしゃってくださらないと挨拶も出来ませんのよ!?まったくもう!」
「いやぁ、今は忙しいでしょ?だから伝言でいいかなって」
「恩人の見送りくらいさせてくださいませ!」
一応衛兵に検問を受けていたため降りていた俺が対応したが、どうにもお怒りのようだ。実際抜け出してる暇なんてないはずって聞いたんだけどなぁ。そこの侍女達に。
2人の侍女は目を合わせてくれない。逃げるつもりか!
「とにかく!ヒバリ様方のこれからの旅路、無事をお祈り致しております。そして、いつかまたトルキスを訪れてくださいましね?」
「はい、ありがとうございます」
手袋を外して手を差し伸べられたので握手をする。トレーヌがちょっと不満そうな顔をしたが、しっかりと両手で包んで握り返してくれた。
「では、再会出来る日を楽しみにしておりますわ!いってらっしゃいませ!」
手を振り馬車へと戻り、ギルド所長も慌てて頭を下げてトレーヌを追いかけるように去っていった。その後衛兵さんに「そこは手の甲にキスするもんだろ!」と突っ込まれたけど、そんな作法知らないから!
そして門を出る前に、ルースが降りてアイリン行きの馬車へ乗り換える。沙里ちゃん、美李ちゃん、ピーリィはすでに泣いていた。
「今生の別れではないんじゃから、そう泣くでない。わしも用事を済ませたらまた戻る。それにヒバリから貰ったこれがあるのじゃ!心配せんでもよいぞ?……それでは、次に会う時まで達者での!」
ルースはにっと笑って元気よくアイリン行きの馬車に乗る。そして馬車から手を振り、やがて東の平原へと走り去って行く。
「さあ、俺達も行こう!」
さっきまで泣いていた3人は、まだ寂しさでお互い寄り添っていた。そうなるだろうと、御者は俺とトニアさんで務めると決めていたので、まずは俺からさせてもらった。
ここからまた旅は続く。
今度こそ帝国領へ行き、やるべき事を果たそう。あと、ルースさんが戻ってきた時のために魔力操作訓練もしっかりやって、成長した所を師匠に見せないとね!
今はまだ、寂しさを紛らすように御者に集中して馬車を走らせた。
スクセルースさんとはここでしばらくお別れです。
後でまた登場します!
そして、第7章はここで終わりになります。
閑話をいくつか挟んでから第8章を始めたいと思います。
拙作を読んで頂けたら幸いです。