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異世界に行っても袋詰め人生  作者: きつと
第7章 ビネンの湖と人攫い
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子爵への報告

 朝方に通った男爵領の橋からかなり南に下った場所にある橋を渡っていた。子爵家へ繋がる橋だけあって、こちらの方が幅も作りも大きい。

 高さはあまりないのは、湖から流れる川に高低差が少ないからなんだろうな、なんて日本で見る川と違って緩やかな流れを見てぼんやりと考えていた。



 そして橋を渡りきり、兵で囲まれた一角の大きな鉄扉の前で検問はせず、馬車も速度を緩めずに子爵領へと入っていった。

 東門を越えると、左右の離れた所に1箇所ずつ、中央に3階建ての邸宅があった。男爵の領地内と似てると思ったが、後で聞いた話では男爵がこの子爵の建物を真似たらしい。


 馬車は中央の邸宅前にある噴水を大きく回り、正面玄関前に馬車を並べて止まった。そして、左右に執事とメイドを5人ずつ並べた中央に、昨日着させた服とは違うお嬢様然とした真っ白なドレスを纏ったトレーヌが立っていた。



 こう見ると本当にお嬢様なんだなぁ。

いや、初めからお嬢様なわけだし、うちのパーティには姫様もいるんだから驚く事じゃないか。



 俺達が全員馬車を降りたのを確認してからトレーヌが挨拶をする。


「皆様、ようこそお越しくださいました。お疲れ、そしてお辛い心を癒す間もなくお呼び立てに感謝します。さっそくですが広間にて寛がれてお待ち頂き、巻き込まれた方から順にお話を窺いますのでこちらへ」



 しまった。グループごとの聴取だったか!

ユウが余計な事いいませんように。ベラ、頼みます!


 先に入っていくベラ達に視線でお願いしていたら、いつの間にかトレーヌが俺の前に立っていた。


「ヒバリ様、とおっしゃるのですね。今回は心からお礼を」


 そう言って、男爵邸で会話した時の限界であった3mをあっさり踏み越えて近寄り、俺の手を取って握ってくる。や、柔らかい!


「え……っと、その、大丈夫なんですか?」


「まだ父上以外の殿方は近づけませんが、助けて頂いたヒバリ様は怖くありません。本当にありがとうございました」


 お嬢様はよくてもこっちは緊張しちゃってそれどころじゃないって!それに、周りの視線が痛いほど刺さるんだけど!残ってるメイドさん達もヒソヒソ会話始めてるわ、うちのパーティの面々の視線も痛いわでどうしたらいいんだこれ……




「さ、どうぞ。案内いたしますわ!」


 ぐいぐい引っ張っていこうとするお嬢様と、後ろから無言で付いて来るパーティの皆。あと執事さんの中で何人か怖い視線を向けてくる人いるんですけど!


「お嬢様、周りの目がありますのでそこまでに」


「もう!爺はいつもそうなのだから!」


 一番年配で一番睨みつけていた執事がトレーヌの前に現れて窘める。いつもって、このお嬢様が町によく行ってたってのも、視察じゃなくて抜け出てただけで、実は毎回この人に怒られてたんじゃないか?


 なにより助かったのは事実だったから、一応お礼の意味で軽く頭を下げておいた。お、それだけで少し圧力が下がった気がする。よし、このままあのお嬢様には気をつけておこう!



 ただ、俺の腕を取った時のお嬢様は震えていた。


 まだ心の傷が癒えてないのに周りに心配させないために無理して今までどおり振舞ったんだろうな。あの執事さんには言っておいた方がいいのかも知れないが……判断に迷うなぁ。





 結局それ以降はお嬢様に絡まれる事無く事情聴取が始まった。俺達は一番最後にされたからかなり待たされたけど。

 ちなみに勇者ユースケ一行は別の部屋らしい。さすがに第2王女もいるから厳重な警備を敷いているそうだ。



 2時間以上は待たされたところで、やっと俺達の番だった。


 そして案内された広間に行くと、いくつか見知った顔が並んでいる。


「あれ?バフさんとマルーンさん達も呼ばれてたんですね」


「……アンタ、あれだけの騒ぎの後だってーのに薄い反応だねぇ。

勇者達を呼びに行ったアタシらの心配はしてくれなかったのかい?」


「あー、ほら。マルーンさん達ならちゃんと連れて来てくれると思ってましたから」


「ふーん。信用されてたってのなら、悪い気はしないね!」


 あ、マルーンちょっと照れてる。珍しい。

案の定他のメンバーにからかわれてたけど。



「おいおい、俺なんて何の音沙汰も無かったからどっちも心配してたのに、使いが来て伝言だけだったんだぞ?アイリンから急いで馬車を飛ばしてきたらもう解決しましたって俺の気持ちはどうなる?」


 相変わらずオーバーアクションで身振り手振りするバフ。

すみません、バフさんの事は完全に忘れてました!




「さて、そろそろ話を進めてよろしいかな?」


 広間の奥で座る金色で長髪の男性が、入り口付近で集まってた俺達に声をかける。10m以上離れてるし大声を出してないのにしっかりと聞こえた。


 その男性がパートロフィ子爵だった。顔立ちは娘トレーヌと似ている。娘の方は茶髪に近い色だから、そこは母親に似たのだろう。ようするにかなりのイケメンさんだ。


 確かお嬢様は15歳だったから、この人30代ってことか?

まったくそうは見えないぞ……大学生でも通じるんじゃないか?




 そこからは雑談をやめ、俺、姫様、マルーン、バフを代表として子爵に事件に関わったいきさつを話した。最後の方でお嬢様の救出の所は少し言いよどんだが、そこは子爵が話を先に進めてくれたので端折らせてもらった。


 マルーンの方も魔物討伐部隊として野営地にいた勇者を呼びに行った途中で男爵の子飼いの冒険者に襲われたが返り討ちにして無事だったこと、勇者ユースケに取り次いでもらって、即座にトルキスへ来てくれたことを話していた。


 バフは……まぁおまけ程度で終わってしまったが。




「魔物を寄せる魔道具、か……」


「はい。ただ呼び寄せるだけで操る事は出来てませんでしたが、自分達がアイリンに来る時も、周りの商人達が魔物の群れがいつもと違うと言ってました。おそらくその魔道具を使って襲わせていたんだと思います」


「ふむ。その件についてもトランシュへの尋問に加えよう」


 今朝トルキスの町では全員強制で鑑定珠で罪状確認を行って、逃げ出したり不審な行動をしたものは問答無用で捕まえてたそうだ。

 それはアイリンや近隣の村にも伝達され、すでにトランシュ男爵とトルキス元町長の悪事は公になっている。トルキスの町も次の町長が決まるまではパートロフィ子爵が町長代行になった。


 トランシュ男爵は尋問当初トルキス町長が仕組んだ事だととぼけたらしいが、そこへすでに隷属印のないトレーヌお嬢様が来て、記憶していた悪事を全て証言した。その甲斐あって、トランシュは少しずつではあるが話し始めた。

 人身売買の帳簿もある程度残されていて、売った相手を記録しておけば、もし相手に脅された場合は各方面へばらす保険とするための物だったそうだ。その客は貴族が多く、それを聞いた第2王女がこれからの粛清相手の多さに頭を痛めていたそうだ。


 こうして素直に語り始めた理由としては、まさか半日で隷属印を解かれるなど思いもしなかった男爵には衝撃だったのだろうと子爵は言う。そして子爵からの温情を狙っているだろうが、すでに男爵とは扱わずに一切受け付けないつもりだと語る。



 それよりも、


 散々弄ばれた相手に会うとは……

このお嬢様はもう少し自分を労わらないといつか潰れるんじゃないかなぁ?


 俺の視線に気付いたトレーヌがにこっと笑う。

考えてた事が筒抜けだったっぽいな……えっと、不躾ですみません!




「最後に、娘を救ってくれて感謝する。しかも隷属印まで使うとは考えてもおらなかった。トランシュ男爵、いや、トランシュには尋問も含めて相応の扱いとなる。その断罪の機会をくれたことも重ねて感謝する」


 トランシュを裁く権利は、第2王女が自分の名を使って子爵に与えたそうだ。そして以前から攫われた人達の行方の捜索も国を挙げて行うよう伝える事も約束してくれた、と。

 そして弄ばれていた他の2名の女性については、子爵の家で預かり、心と体の傷を癒し、本人達の希望があれば家に送るそうだ。今はまだ保護された部屋からも出られないらしい。


「しばらく私が彼女らと共に過ごし、傷を癒していくつもりです」


「娘がこのとおりなんでね、あの2人は別の町の男爵家の令嬢なんだが預かる事にした。勿論彼女達の家にも報告させる者もすでに送ったが、今は会えないと言われても、私も親として思えば会いにきてしまうだろうから、そこは私が対応するよ」




 もうこういった処理は貴族側でやってもらえればいいと思う。それに、しばらくはトルキスも落ち着かないだろうし、引っ張って行く人がいれば大丈夫だろう。

 何より俺達の話題より勇者一行の話題が多かったのが助かった!ユースケも第2王女もパフォーマンス好きっぽいからこのままお任せだな!



「おおそうだ。お前達、私の家に仕える気はないかね?あれほどの実力者がただの冒険者とはもったいない!どうかな?」


「まぁ、父上!それは名案ですわ!ヒバリ様、いかがでしょう?」


 いよいよ話も終わり、というところで最後に面倒な事を……


「いえ、ありがたいのですが、自分達は商売をするために旅をしている途中ですので申し訳ありませんが。実は冒険者はついでに登録しただけなのですよ」


「ふむ……ヒバリ殿らは、権力や地位は嫌いか?」


「え、ええ。実は、以前巻き込まれまして、少々辟易としておりまして……すみません」


「やはりか。顔に出ていたので分かりやすかったぞ」


 うわ……そんなに分かりやすかった!?


 横、後ろと皆を見ると苦笑していた。そして正面の子爵とお嬢様もやはり笑っている。他の貴族だったらまずかったかもだなぁ。今後は気をつけないとだな……


「まぁよい。とにかくだ、此度の件、真に感謝している。追って報酬を渡すが、希望があれば聞く。何かあるかね?」


「それでしたら遠慮なく。自分達は商売のためのたびの途中なので、頂けるなら全部お金よりここトルキスの特産品で頂きたいです。えーっと、ビネン湖や川からの水産物がありがたいですね。


 あ!それと、今回攫われた人達の中に知り合いの獣人家族がいまして、彼らは荷馬車ごと全てを失っているのです。

 出来ましたらあの男爵の持ち物からでもいいので、馬車を与えて頂けると。ここはそうでもないですが、他では獣人の扱いはまだどこも酷いですからね。彼らも商売を始めようとした矢先のこの事件でさすがに不憫でして」


 事前に皆と話し合っておいた事だからスラスラ言えた。獣人家族の事は朝に急遽決めたからちょっと言葉に不安はあるけど、周りを見る限りは大丈夫、かな?



「ふむ……攫われていた者達にはそれなりの生活費を渡すつもりでいたが、そうか……確かに獣人の家族には暮らし辛いであろうな。よかろう。私の名において用意させよう。

 して、お前達は水産物を報酬にあててよいと?漁業が盛んなトルキスから買い取って報酬とさせてもらえるとあれば町民も喜ぶであろうが、それだけの量を保存する手立てはあるのか疑問なのだが?」


「うちのパーティには水魔法で凍らせる手段があるので大丈夫です。それに、他の町に行けばここの魚は喜ばれるでしょうから、自分達にとっても益はありますよ」


「ううむ……ただ報酬を受け取るだけでなく、トルキスにも金を流す形を求める、か……さらに知人とはいえ、自身の報酬の話に他者の世話まで気を回すとはな。


 本気で我が家に使える気はないかね?」



 何か勝手に俺達の株価上昇みたいな反応してるけど、別に町に気を使ったわけじゃないよ?単に俺達が魚やイクラ欲しかっただけなんだけど!?


「えっと、申し訳ありませんが……次の商売も楽しみに旅を続けているところでして、すみません」


「ああよい。分かってて聞いただけだ。先ほどの報酬は全て望む物を用意させよう。それと、話に出た獣人家族の件だが、せっかくだ、ここトルキスで商売を始めてはどうかね?権利や仮の住居の用意もさせよう」


 お。それはあの一家は喜ぶかもしれないな!

住むところもあれば馬車で寝泊りしないで済むのは大きいだろうしね!


「あ、出来ればそれは直接彼らに言ってあげてもらえませんか?俺が言うより納得してくれると思います」


「そうだな。私から告げる方がよかろう。お前達の後にもう一度呼ぼう。おい」


 「は。」と一礼して執事の1人が出て行く。

うん、これであの家族の問題はほとんど解決……


 あー!そうだ、商売といっても何で商売するかも相談されてたんだった!こっちもどうしたもんかねぇ。



「では、私からは以上だ。ご苦労だったな」



 途中から別な事を考えてて挨拶が遅れてしまったが、最後に報酬として欲しい食材を挙げてリストを作ってもらって、子爵との話はとりあえず無事に終わった。



 勇者一行だけはそのまま子爵邸に滞在するらしいから残り、それ以外の全員は帰りも馬車で送ってくれるらしいので、他のグループの話が終わってから子爵邸を後にして、また宿の前へと戻ってきた。



 さて、まだ夕ご飯にはちょっとだけ早いし、時間があるうちに何か屋台メニューを考えてみるかぁ。手軽に作れて食べられて、こっちでまだ見てない物か……うーん。


「では、部屋へ参りましょう!」


「あーはい……って、なんでお嬢様一緒に馬車降りてるの!?」


 子爵邸を出る時トレーヌお嬢様が「送る」と言って一緒の馬車に乗って来たのはいいとしても、なんで宿にも一緒についてきてるの!?ほら、周りの人も全員唖然としてんじゃん!



 あーもー、どうするのこれ……?

 





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