人攫い事件の解決
途中、不快な表現も含まれますので、苦手な方は避けていただける方がいいかと。
内容としては、全員助け出せました。
トランシュ男爵の別邸である中央の建物。
トルキスの町の貴族用地である西区の中でも一番北に面したこの土地は、ビネンの湖にも森にもすぐそばの位置になる。
その分危険ではあるが、周囲を塀で囲み、北と東にのみ門を作り、四方を駐屯所(実際には2つは牢屋だったわけだが)として兵を置き、中央に男爵の住む邸宅を建てた。
南向きの2階建て。東側からは湖とトルキスの町を眺められるリゾートのような立地だが、森に近いのは無理矢理この地を自身の土地だと宣言したため、周りの貴族は良い感情を持っていない。
木材は森にある。その森に近ければ特に作業が行いやすい。魔物の危険はあるものの、それを私兵の増量という力技で維持している。これにはさすがに周りの貴族、特にこの地の筆頭であるパートロフィ子爵も抗議したのだが、いつの間にか男爵が取り込んだトルキスの町長の協力もあって阻まれてしまった。
おかげで他の貴族は木材を運び入れる際には、トランシュ男爵領を回り込んでビネン湖南に伸びる川沿いを通ってから自身の領内へ行く事になっている。
そして日を追うごとに財力を上げていったトランシュ男爵と、筆頭であったパートロフィ子爵の力のバランスが逆転してしまったのだ。町の噂によれば、よく視察に来ていた子爵の令嬢がここ最近まったく姿を現さない。行方不明か駆け落ちなんじゃないかと噂まで広がり始めている。子爵は娘の事で手一杯で、トランシュ男爵の相手をする暇も無い、と。
こうなると他にいるのは男爵位のみ。誰もトランシュ男爵に手が出せず、ついには爵位はそのままにこのトルキスを牛耳るようになっていた。
そんなトランシュ男爵の邸宅。
その2階では男爵が護衛を自身の周りに配置し、現在は状況がどう転ぶかじっと判断に迷ったまま動けずに居た。
「ええい!東の騒ぎはまだ治まらんのか!?」
「申し訳ありません!トルキスの庶民を追い払ったら報告に来る事になっておりますが、ここから見た限りはまだ揉めているようで……」
バン!と持っていた杖で机を叩く肥満気味の男、彼こそがトランシュ男爵である。主人のご立腹に、執事としては動きが洗練されていない男が脂汗を垂らして頭を下げる。
怒鳴られた男は何度目かのテラスへ出る。この南のテラスから東を見れば、未だに松明を持った大勢の庶民が押しかけているのが見える。衛兵は槍と門の格子扉で侵入は防いでいた。増援は送ったので破られる事はないだろうが、そもそもそんな強引な手を打つ者がいるとも思えない……
思考しながらテラスから室内に戻り、ガラス扉を閉めようとしたその時、
テラスに面したガラスが、
ゴゥ!…………ガシャーン!
一斉に叩き割られた。
さらに暴風によって破片が撒き散らされる!
「何事だ!?」
「ご主人様、窓際は危険でございます!こちらへ!」
慌てふためく室内で、切り傷を負いながらも必死に声を上げた執事に従い、戸惑いながらも兵が動く。すぐに周りの兵士が男爵を囲み円陣を組んで周囲を警戒するが、テラスの方から……追撃は来ない。
「何が起きたと言うのだ……」
震えながらそうぶつやく男爵の声に答える様に、今度は1階の方が騒がしくなる。
そして、バン!と荒々しく扉を開けて来る衛兵。
「報告します!1階台所脇の食材庫より侵入者です!数は3、魔法の使用は見られませんが、腕の立つ者がいる模様!現在応戦しておりますが、階段を押さえられる前にここより退く事を進言します!」
攻め込んできた!?一体何処の家の者が!?いや、今はここから逃げなければ!この男に付き従った事で自身に犯罪歴が付いてしまったのは、男爵が町長から借り出した鑑定珠を見せられたから知っている。
(ここで捕まるわけにはいかない!)
執事の男も必死だった。
実際にはここにいる兵も全て、男爵に与えられた女を抱いて、侵入者を始末しろと言われて殺した事もある。しかし、それも全部兵達に犯罪歴をつけさせる罠だった。犯罪歴は王都の、しかも王族直属の限られた機関でしか消す事ができない。
強姦、殺人、強盗。大抵の兵はこの3つが犯罪歴にある。尤も、初めから犯罪歴のある荒くれ者を雇っていたが、その者達は主に人攫いとして動いていた。
この領地に住む男達は、誰もが犯罪歴を持つ、あるいは付けられた者しかいなかったのだ。誰もが逃げたい気持ちと、男爵が何とかしてくれるという気持ちで揺れていた。
「階段を押さえられる前に外へ出ましょう!北門から出てトルキスの町まで行けば、町長に連絡が取れるのではないですか!?」
「お、おお!そうであったな!あの町長もたまには役に立ってもらわんとな!」
警戒しながらも男爵を中心にして部屋の外へ出る。
先行している兵の合図で静かに階段へ急ぎ降りていると、奥の方から剣戟と悲鳴が小さいながらも聞こえてくる。まだこちらには来ていない。そこに多少の安堵はあったが危険なのは変わらない。
先行の兵が正面口の扉を開け放ち、外を警戒する。
ややあってまた扉の前に立つと、男爵を促した。
「こちらです!急いでください!」
「よ、よし。馬車はあるな!出発を急げ!」
建物から少し離れた場所にちょうど馬車が見えた。
幌も開いているので中には誰も乗っていないのがすぐに確認できる。
扉を出た集団は駆け足で馬車に近づこうと勢いをつけた先で、
小さい悲鳴と共に、突然姿を消した。
「……え?」
周囲を警戒しつつ先行していた2人の兵が振り返ると、誰もいない。
また振り返ろうとしたその時、誰かに蹴られ、2人の兵もまた、姿を消した。
「うまくいった……んですかね?」
「はい。幸い落ちた者達も自身の剣や槍での負傷は特にないようです。あの高さですから骨折している者はいるかも知れませんが」
「ピーリィもがんばった!」
「そうだね、あれだけ派手にガラスを割ってくれたおかげで、こいつらすぐに外に出てくれたんだ。ありがとう!」
すでに頭を出して撫でてもらう準備をしていたピーリィに笑いつつもちゃんと撫でてあげた。
こんな事で喜んでもらえるならどんとこい!
そう。今回の作戦は、ピーリィとトニアさんによる陽動で外に誘い出して、仕掛けておいた拡張袋で作った落とし穴に嵌めるものだった。
この男爵の家の前には、バラエティ番組で見るような四角い大きな落とし穴がある。勿論ヒバリが作った袋の落とし穴だ。
縦横8m、深さは4mほど。大人が肩車をしても登れない高さ。そしてヒバリのブラックアウトが届くギリギリの範囲。当然すでに全員の意識は落としてある。ついでに、先に意識を刈り取った南の宿舎の兵と、北で捕らえた兵もこの穴に投げ込んでおいた。後から屋敷で倒した兵も投げ込んだが。
おかげで穴の中は30人以上になっていて、見張りをつけることになってしまった。そこでピーリィに西の家屋にいる全員を呼びに行ってもらい、解放した男性陣にこの落とし穴を見張っていてもらう事にした。
全員が駆けつけてきて、男性陣に報酬は別途上乗せだと言ったら喜んで務めてくれた。身一つになってしまったのだから、今は少しでも稼ぎたいんだろうなぁ。
「武器はピーリィとニアさんが取り上げましたが、飛び道具を隠し持っている可能性もあります。油断せずに見張っておいて下さい」
奴等から取り上げた槍を男性陣に配り、警戒していてもらう。
「サリスさん、ニアさん。急ぎで話があります」
少し離れて2人を呼び、さっき気づいた事を言う。
「まだレーダーマップで立体には出来ないせいか気付かなかったんですが、2階に全員いると思ってたら、あの男爵達が居た下の階に弱っている女性達がいました。状態が衰弱と隷属印になっているので、その、おそらくですが……」
「あの男達の慰み者になっていた、と?」
「はい……ですから、男の俺だけではまずいかなって。
でもそんな荒れた場所に誰を連れて行くのかも、その……」
「私は行きます。治療が必要になるでしょう」
「自分も。身なりを整える人員もいるでしょうから」
姫様とトニアさんは行くと答えた。
「ルースさんは休ませたい。でも、あの3人は……あまりそういう現場は、見せたくないです」
まだ体調の悪げなルースさん、女性陣の世話をする沙里ちゃん、美李ちゃん、ピーリィを順に見て自身の考えを言う。
「分かりました。屋敷の中を調べると伝えて、我々だけで行きましょう」
姫様には申し訳ないが、詫びと礼だけは言って同行してもらった。
場所はすぐ見付かった。
初めはただの書斎だと思ったら、トニアさんがあっさりと地下への扉を見つけて降りていった。
中は男の独特な臭い、そして陽の当たらないカビのような臭いが充満していた。そして、その牢獄のような部屋には3人の女性が倒れていた。
「……なんてことを。急いで治療をします!ヒバリさんは隷属印の破壊を!」
「布と服はあるのですが、水を用意してまいります!」
姫様とトニアさんがすぐ動く。
あいつ等への怒りが湧くが、2人の声に我に帰って自分のすべき事を思い出してすぐに駆け寄った。
治療が終わった人から隷属印を破壊して上の書斎へ運ぶ。一刻も早くこの部屋から出たい。3人だけだから長く居たわけじゃないが、それでもとにかくこの部屋を出たかった。
そして、意識を回復した者が、
「イヤァ……もう、私を殺してぇ……」
「………………」
「うっ、ううううううううぅ……」
それぞれが、心に大きな傷を負っていた。
隷属化されている間も記憶は残るそうだ。
いっそ残らなければどれほど救われただろうか……
そして案の定、男である俺は1人以外に怯えられてしまったのですぐに離れる。こればっかりは姫様達に恩人だと言われても、男に嬲られた恐怖が薄まるわけじゃないだろうし仕方ない。
屋敷の前に出たところで3人を女性陣の輪に入れて少しでも安心出来る状況を作ってもらった。ついでにおかゆも食べてもらって少しでも体力を回復してもらわないと。
やり場の無い怒り……いや、やり場はある。その落とし穴の中だ。でも、それをやるのは俺じゃない。そんな怒りを籠めて、意識の戻りそうな奴が見えたので即座にブラックアウトをぶつける。
「はぁ」
念のため落とし穴の中の全員に再度ブラックアウトをけしかけていたら、さすがに魔力を使いすぎただるさが体を襲う。
「……まだ、終わらないのかなぁ」
そうつぶやいて東門の方角を見る。
男性陣も守りに参加しているので、あちらで何かあれば声を掛けてくれるはず。それに、あっちは冒険者ギルドで何とかすると言っていたから、もしこちらに逃げてきたらまた捕まえるだけだ。
「あの、よろしいでしょうか?」
ふと、後ろから女の子の声が聞こえてきたので振り向くと、先ほど助けた女性のうちの1人が立っていた。
一瞬ビクッと体を強張らせたが、それでもまた毅然とした姿勢を取り戻す。あれだけの目に遭ってもなお男と会話しようとする……強い子だな、なんて考えていた。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ!すみません、なんでしょうか?」
一定距離以上は近づいてこない。きっとこれが今の限界なんだろう。
俺もこれ以上行かないよう注意しよう。
「私達を隷属から解放してくださったのがあなたと聞き、感謝を述べさせていただきます」
そう言ってわずかだが頭を下げる。
そういやあの3人って貴族の令嬢だったっけ。状態を見るために鑑定しちゃったから、申し訳ないけどそこも見てるんだよなぁ。
「ああそれですか。俺……ああ、自分もああいった奴らは心底嫌いでして。少しでも役立てたならそれで結構です。それで、あの……残りの2方は?」
「今はまだ、取り乱しております……時間が解決すればよいのですが、こればかりはどうにも……」
それは君もだと言いたいが、蒸し返すようで言えなかった。
「えっと、あの男達の処遇はお任せしていいのですかね?」
落とし穴の下を指差すが、さすがに飛び道具の危険もあるから近づかないよう注意しておいた。ただ、あいつ等はこの中だと言った。
わずかの間、恐怖と憎悪の混じった顔で震えていたが、深呼吸をしてどうにか自制させていた。我慢しすぎてる気もするけど、どうなんだろう?
「あ、申し遅れました。私、パートロフィ子爵家長女のトレーヌ・パートロフィといいます。そしてあの者達の処遇ですが、よろしければ我が家名において断罪させていただきたいのです。勿論、相応の報酬を用意致します」
「はい、構いませんよ。状況は聞いたかも知れませんが、今東門から冒険者ギルドの面々が陽動も兼ねた突破を試みてるのですが、おそらくその中にパートロフィ家の関係者もいるはずです。早く無事な姿を見せてあげたいですね」
「……ッ!そうでしたか。もしかして、私がここに捕らわれている事をご存知でしたの?」
「あー……そこに関しては偶然です。でも、あの男爵が人攫いを指揮していたのは分かったので、パートロフィ子爵もあなたがあいつに攫われた可能性を考えたようで、今回の作戦に協力してくれたみたいですよ。ギルドからはそう聞いてます」
「そうでしたか……」
トレーヌは、小さな声でお父様と言って俯いてしまった。
近づくわけにもいかず、周りを見たら沙里ちゃんが気付いてくれたので、このお嬢様をお願いした。そして立ち去る時、再度俺に、今度はしっかりと頭を下げてから連れて行かれた。
しばらくして、東門を制したギルドの面々が怒声を上げてこちらへ駆け寄ってくるもんだから、まずは「大声を出すな!」と怒声で返して睨みつけたら何故か全員がびっくりしていた。
「女性陣が全員怯えているから気をつけろ!」
と、その後にちゃんと言ったんだけど……
「ヒバリさんもああやって大声で怒る事があるのですね」
と、仲間内からは珍しいものを見たとからかわれ、
「お前も男だったんだな。いや、中々の迫力だったぞ!」
と、ギルドの面々には感心に似た声でからわかれた。
あーもー!いいからさっさと攫われてた人達を保護して、こいつらを逮捕してくれませんかねぇ!苛立ちで大声を出した事は後悔してるんだってば!
夜明け前の薄暗い中、大勢の松明と歓声に沸く邸宅広場。
まだトルキスやアイリン、その周辺には仲間が残っているかもしれないが、それは時間の問題だろう。あとは統治者達に頑張ってもらいたい。
こうしてトルキスの人攫い騒動はひとまず終息を迎えた。
自分で考えているとはいえ、こういうのは苦手ですね……