他種族と人族
あけましておめでとうございます。
今年も拙作を読まれる方がいらっしゃるといいなぁと。
「さて、今回の事はどうなったか分かっておるかの?」
対面に座ったルースさんと視線を合わせる。怒鳴られると思っていたが、感情を抑え込むように静かに問い質してきた。
「えっと……注意されていましたが、トラブルがあったとは言え遺跡に近づくだけじゃなく入り口まで行ってしまいました。すみません」
近づいて少しでも異常を感じたら離れろとは言われてたが、異常を感じた時にはもう魔力吸われて倒れちゃったんだよなぁ。魔力の高い者ほど危ないって意味が分かった時には遅かった。
「その件はすでに聞いておる。冒険者を助け、成り行きで遺跡に行った事もな。知りたいのはその後じゃ。おぬしは、」
「違うの!ヒバリお兄ちゃんは悪くないの!あたしが遺跡に入ってみたいって言ったから……だから……」
「ピィリも!なか、みたいっていった!から!」
ルースさんの言葉を遮って、見守っていた美李ちゃんとピーリィが俺を庇うように左右から乗り出してルースさんに迫った。言われたルースさんの方は困った顔で2人を見ている。
「ほら、2人とも落ち着いて。まだルースさんが話してる途中だよ?」
テーブルを挟んで座るルースさんへ向かって前のめりだった2人の頭を撫でて荒ぶる感情を鎮火させる。まだ不安そうな顔をこちらに向けるが、2人のおかげで緊張も解けたので、とにかく優しく撫でて宥める。
「皆も聞け。わしはヒバリを叱るために話しておるのではないのじゃ。叱るならきちんと説明せなんだわし自身を叱りたいくらいじゃからのぉ」
そう言って自嘲気味に笑い、そして深い溜息と間を置いて話し始める。
「そこの入り口は閉じてあるんじゃったな。それなら会話が漏れる心配もないからの。そうさなぁ……どこから話したらよいか……わしがおぬしらと同郷であった勇者と共に冒険者として大陸を巡っておった話はしたな?」
ルースは目を閉じて、懐かしむように語り出す。
「エルフであるわしらの一族では900年ほど前と聞いておるが、その頃まで大陸全土を統べていたそうじゃ。そこからは他の種族の中でも知性の高かった人族にその役目を引き継ぐと、森の一角のみを統治区として静かに暮らしておった。
人族も鳥人族もドワーフも、そしてその他の種族もみな虐げられる事のない国を維持出来るよう託したのが前ノロワール帝国じゃ。当時の国名は忘れたがの。
それからしばらくは大きな戦争もなく過ぎていったのじゃが、ある時期から急に魔物の出現が酷くなりおった。以前から魔力溜まりから生まれることもあったのじゃが、初めは東で、次は西でと次々に増えて行ったのじゃ。
国では対処しきれぬ物量に、冒険者と呼ばれる稼業が生まれたのもこの時期じゃ。人手の欲しかった国はギルドを作り、依頼という形で魔物から国民を守る手段を取った。
じゃがそれでも収まらぬほどに魔物が増えたため、わしら一族にも依頼という形で助力を願い出てきたのじゃ。
エルフの調査と冒険者や騎士団による魔物討伐。被害を拡大しないよう皆が支えあって、そしていつしかそれが日常となっていた。
そして魔物を倒す時に得られる魔石の利用開発をする者も現れ、民の……いや、大陸の暮らしは一変したのじゃ。便利な道具は次々と生まれ、そして普及していく。
この頃には魔物はすでに脅威ではあるが、お金になるという認識が根付いていったのじゃ。そして、人族は人族以外を魔物と間違う者達が出てきた。これには国は頭を悩ませた。わしらエルフとの約定は”種族差別のない国”だったからの。
そこである魔導技師が鑑定の宝珠を作り上げた。そして、その劣化品ではあるが、鑑定珠も数を作る事が出来ると。これがあれば種族を特定し身の潔白を証明する事が出来るとな。
この鑑定に間違いが無いと調査結果が出ると、すぐに鑑定珠の普及に動いた。冒険者ギルドを通じて全土へと伝えるのはそう時間がかからなかったのじゃな。
時を同じくして、エルフらは魔物の発生原因を突き止めていた。それが今で言う遺跡迷宮じゃ。あれは周囲の魔力を吸って、それを元に魔石を生成と同時に魔物として解き放つ。それらが自動で行われておるのじゃ。
それを報告するため皇帝を尋ねたが、調査結果を見た皇帝は決断を渋った。そのエルフの出した結論は”遺跡を全て破壊”というものじゃった。
この頃には人々は魔石を使った便利な生活に染まっておったのじゃ。それを今から全て失うぞ、とな。皇帝は民の暴動を思うと首を縦に振れなかったわけじゃな。
そして先延ばしにされる事にエルフは怒りを覚えた。
”人族のみが便利な暮らしが出来れば、他種族が迫害されようと構わぬ”
という結論を出されたのと同じだったわけじゃ。それには他の種族らも同じ感情を抱いておった。結果、主だった獣人族は東の森へと移住していった。皇帝も他種族の怒りを買うわけにも、これ以上エルフらの怒りを買う事のないよう、これを認めたのじゃ。
エルフは遺跡の破壊を訴え続けたが、曖昧に答えを濁す皇帝はついに病に侵され、次代へと移り変わった。そして、エルフらが痺れを切らし遺跡破壊へと動き出したのじゃ。
まずは村や町から近い遺跡へ挑み、その核を破壊し機能を停止させた。この成功を他のエルフへと伝え、次々と破壊していったのじゃ。
当初は村や町が魔物の脅威から守られた事に喜んでおった人々じゃが、遺跡のない町に冒険者が寄り付かなくなった事で経済が傾き、さらに魔石の需要があっても供給源が潰された事による価格の高騰。
いつしか、わしらエルフの事を”魔族”と呼び、忌み嫌われていったのじゃ。過去には、いや、今でもエルフらは魔力・魔法に優れた者を魔族と呼ぶが、人族は魔物と連想される意味で魔族と呼ぶようになっておった、と言うことなんじゃなぁ」
悲しげな表情に変わったルースの言葉を、全員が静かに見守る。と言っても、ピーリィはすでに寝ているが。美李ちゃんもちょっと限界かな?エアマットのような袋を作って膨らませ、2人をそっと横たえる。そこへ沙里ちゃんが毛布を掛けてあげていた。
「……おっと、すまんの。まだ続きがあるのじゃ」
その様子を優しげな目で見つめ、自身の話が途切れていた事を思い出したようだ。トニアさんがお茶を入れ、全員が席に着いたところで再開する。
「人族の皇帝は民衆の嘆きに困り果てた。民衆は魔石が無くなる生活は有り得ないと叫び、他種族らは間違いで殺される者を考えた事があるのかと怒る。
時の流れで増えていった人族は、結局他種族を見下すようになって行ったそうじゃ。知性の高い人族は、奴隷として身体を縛る魔法も開発しておった。魔力の低いものはこれに逆らう事は出来ず、種族特性として魔力の低い獣人は殊更狙われたらしいの。
一刻も早くこの状況を打破したいエルフは、遺跡破壊にさらに力を入れた。そして、やはり諍いが起こり、エルフは人を殺めてしまったのじゃ。原因は奴隷とされていた獣人を救う為じゃ。
じゃが、相手が帝国の貴族の重鎮の子であったのが災いしたのじゃ。その貴族は多大な嘘を交えてエルフの悪評を撒いた。そしてついに、エルフは人族を見限ったのじゃ。
これより200年ほどあとかの?わしが生まれ、100を過ぎた頃にわしも遺跡調査と危険であれば破壊、そして獣人族らの救助の使命を受けて旅立ったのじゃ。
その頃帝国では召喚の宝珠が作られての、わしらエルフを魔族だ魔王だと仕立て上げ、召喚された勇者に討伐させるという暴挙にでおったのじゃ。
召喚された者らはヒバリらと同じニホンジンと言っておった。偶然襲い掛かって来た下衆共から救ってくれたのがその中の1人じゃよ。奴はわしの話をしっかりと聞き、周りの状況も調べ、表立ってではないが色々とエルフとの関係にも動いてくれたのじゃ。
そして特に他種族迫害は、こちらは堂々と皇帝を諫めた。そして、彼らがいかに優れておるか、種族ごとの有用性を示したのじゃ。もちろん、奴隷として使い潰されないよう気を使っておったの。
じゃが、勇者とて全てを見て回れるわけではない。そこでまずは一番高い評価を得ていたドワーフ族に街を作って統治してもらったのじゃ。皇帝の許可を得てな。
そこでは亜人だと貶す者は過ごせない、種族差別の許されない街じゃ。これで大陸の東側に目処がつき、次は西側をと勇者は進んだ。
この時わしもパーティに入れてもらったのじゃよ。本来は使命が優先されるが、エルフの一族も勇者の成す事に賛同したのじゃ。
そして、最大の問題である遺跡について調べ始めたのじゃ。
皆で必死に駆け回り情報を集めた。わしも姿を変えて人として溶け込んでいての、人族の他種族への罵りを聞き流す術を覚えるまでは苦労したわ……
この頃大陸には人族が神より使わされた者の末裔であると、人族至上主義である天人教の存在が大きくなりつつある事が分かっての、いよいよそれを怪しばむ結論となったわけじゃ。
結果としては勇者が天人教を排して差別や迫害を撤廃させたが、遺跡との繋がりは見付からなかったのじゃ。しかし、遺跡が増える事がなくなり、更にエルフらが破壊し続ける分、少し危うい状況になりつつもあったのじゃ。
そこで勇者はエルフと交渉し、他種族への迫害や隷従化を行わせない代わりに、これ以上は危険度の低い遺跡は破壊しないよう取り付けたのじゃ。
そして、ただ収まりましたと言っても誰も信じぬであろうと、今まで破壊した遺跡の核の半分を集めてエルフの魔力で結合させ、魔王を倒した魔石として勇者に持ち帰らせたのじゃ。
残り半分の核で霧の結界を生み出す宝珠を作り、エルフ族の暮らす森全体を覆わせたのじゃ。魔王であるわしが最後の力を振り絞って自らを封印した、と偽っての。その後勇者は帝国を作り直し、初代ノロワール帝国の皇帝としてわしとの約束を守ってくれたのじゃ」
ふぅ、と一息ついてからお茶に手を出す。
そのルースに釣られて俺もお茶を飲む。冷めてしまった分、渇いた喉には丁度いい。トニアさんが次のお茶の準備を始める。
「そうでしたか……私がルースさんを魔王、いえ、魔族だと分かったのは、以前に帝国でその宝珠の魔力を知っていたからだったのですね」
姫様が得心した顔で頷いていた。
「……サリス、おぬしは王国の関係者かの?」
休憩とばかりに緩んでいたルースさんの目が一瞬で鋭くなる。
「失礼しました。きちんとした自己紹介をさせて頂きます。私はシルベスタ王国第三王女、ノーザリスと言います。訳あってヒバリ様方と共に帝国領を目指しております。こちらは従者トニア、勿論強制で雇ってなどおりません」
しばし黙り込んでしまったルースを見つめ続ける姫様。視線がトニアさんに向いて、トニアさんは力を籠めてルースさんを見つめ返している。
「シルベスタ王国の王族とはの……わしが共に歩んだ勇者が建国した、あの国の血筋か……おぬしらの話では、天人教が蔓延しておったと聞く。もし彼の者が生きておったら、さぞ嘆いた事だろうのぉ」
「王族として、先祖の思いを踏み躙る現在の有様に謝罪を述べさせて頂きます」
頭を下げようとする姫様を制し、ルースも視線を緩める。
「謝罪などよい。おぬしとてどうにかしたくて、こうして旅をしておるのじゃ。その気持ちは伝わっておるわ。
それよりも、以前言っておった第一王女とやらが天人教と繋がりがあると言う事なら、おぬしの敵は姉と言う事になるのじゃな?よいのか?」
「……よくは、ありません。ですが、今のこの状況がよいものでもありません。そして、召喚の儀を行った私が責任を持ってヒバリ様方を手助けせねば……いえ、手助けさせて頂きたいのです」
しばらく2人は見つめ合っていたが、やがてルースが目を閉じる。
「おぬしの目は勇者によう似ておる。じゃから言わせて貰うが、あまり責任だなんだと自分を追い込む出ないぞ?自分がしたいようにしたらよいのじゃ。
そして、それを手助けしてくれる者はすぐそばにおる。それを忘れてはならんぞ?」
「……はい。ありがとうございます」
そう言って斜め前に座る姫様の下へ移動し、そっと手を重ねる。その行動に俯いて泣くのを我慢する姫様をしばらく眺めた。
「たまには素直に泣く方が、男共がぐっとくるそうじゃぞ?」
意地の悪そうな笑顔で姫様の顔を覗き込むルース。その発言に驚いて涙が引っ込んでしまった姫様が、バッと辺りを見回す。そして俺と目が合う。そして顔を真っ赤にして手をあわあわと振る。
今の発言だと、男心をくすぐらせるって意味なんだろうけど、そもそも男って俺1人しかいないじゃん!姫様だってそんなつもりなかったわけだし、場を和ませるにしてもひっどいおっさんなモノぶち込んできたなぁ。
あっはっは!と豪快に笑うルースさんの声で美李ちゃんとピーリィが目が覚めたらしく、のそのそと上半身を起こしてぼーっとこちらを見ていた。
「お話おわったぁ?」 「ぴゅぃ〜」
目を擦る美李ちゃんに、ピーリィが寄りかかってまた寝ようとしていた。それをそばに座っていた沙里ちゃんが支えに行きつつ、ルースさんに尋ねる。
「それで、結局ヒバリさんが遺跡に触れて倒れた件はどうなったんでしょう?」
その言葉にルースさんが首を傾げ、はてな顔をしていた。
「……おお!肝心な話をまったくしていないではないか!」
えぇー……まったくしてないってことは、今までの話はなんだったの!?
いや、無駄な話じゃないのは確かなんだけどさ、それは別じゃないかなぁ?
すまんすまん、と笑いながら言うルースへと集中するジト目。ゴホンと仕切りなおして、ようやく本題へと入るのだった。
説明話になってしまいましたが、次の展開からそんな話出来ないのでここでやるしか!と書いてしまいました。
世間の連休明けに、なるべく早めに次を投稿したいと思います。
※設定違いを見付けたため修正させて頂きました