畑仕事と稲刈りと
今年はここまでとなります。
あとは正月に1本……なんとかあげられたらいいな、と。
宿に戻ったら、ルースさんに短時間で作ったワニ団子味噌汁とおにぎりを食べさせてからトニアさんに風呂へ入れてもらって、そのまま居住袋の中の布団で寝てもらった。
「ヒバリさん、今ようやく寝付いたようです」
「ありがとうございます、トニアさん。俺達も昼ご飯にしましょう」
ちょっと遅くなってしまったが、俺達もやっと食べられる。ピーリィや美李ちゃんがよく我慢できたなぁって思ってたら、鍛冶屋に行っている間の沙里ちゃんの手伝いの最中につまみ食いをしまくっていたそうだ。
無理して我慢してたんじゃないならいいか。
「さて、それじゃ皆いいかな?いただきます」
「ヒバリ!これ、ミリのときたべたの?これ、ピィリすき!」
自身も魚を獲って食べていたピーリィはもとより、生魚を食べる習慣が無かった街の人である姫様やトニアさんにも刺身は気に入ってもらえていた。
「あ〜……こんなに贅沢に乗せて食べるイクラ丼は美味しいです」
「だよね〜!サーモンとイクラの親子丼?これ、すっごくおいしー!」
日本人組はイクラ丼にご満悦だ。勿論俺もたっぷり乗せてる。漬けイクラを作ってみたが、いやぁこれは贅沢だわ。
トニアさんなんてすぐにおかわりするぐらい気に入ったみたいだ。普段はおかわりなんて見た事ないし。やはり猫の獣人ってみんな魚が好きなのかな?
「海に行ったらマグロあるのかなぁ?」
「どうだろう?似たようなのはありそうだよね」
トニアさんの言ったとおり、やはり海の物の魚は加工品しかなかった。買えたのはアジとカツオっぽい魚の干物だった。カツオがいるなら他の赤身魚もいそうだよね。後に期待しておこう!
「このミソスープも美味しいですね。貝からいいお味がスープにも広がっていて、ダシでしたか?一層深くなっていますね」
これは市場で買い漁っていたら、気持ちのいい買いっぷりだ!と感心されておまけに付けてくれたしじみだ。日本では二日酔いにも効くと言われているが、幸いここには大酒飲みがいないからそういう出番はなさそうだ。
「ごちそうさまっと。まだルースさんは寝かせておくとして、今のうちに醤油と味噌の様子見と美李ちゃんの畑を見に行こうか。まずは片付けだね」
「ああ、片付けなら運んでもらえたらあとは洗っておきますよ」
「じゃあ、お家の中に行こー!」 「いこー!」
美李ちゃんとピーリィに急かされるように中に入っていく。ついでにその後ルースさんの事を話し合う予定になっているので、宿の部屋の鍵を確認して全員で居住袋の中へ行く事にした。
姫様も自分の使った食器を自分で運んでいる。トニアさんが運びたそうにしているが、パーティでは全員が平等だ!と言い張った姫様の言葉に従っているから手伝うに手伝えないのだ。
そんな2人の姿を肩越しに見て和みつつ、全員が入り扉を閉じる。後には静かな宿の部屋に少量の荷物が残されていた。
「さて、味噌と醤油はどうかなー?」
樽型に作った透明容器に入った醤油麹と味噌麹をみる。
「えっ?まだ数日だけどかなり醗酵が進んでる……さすが美李ちゃん仕込み!」
「えへへぇ〜」
褒められた事で照れている美李ちゃん。頭を近づけて来たので撫でておいた。ついでに寄ってきたピーリィも撫でておく。
「それじゃ味噌は一旦中を混ぜるために取り出してまた詰め直そう!」
綺麗に消毒した(魔法でだけど)容器に一旦移して、混ぜながらまた樽容器に詰め直す。これは醗酵を促せるスキル持ちの美李ちゃんにしか出来ない。
「移し変えるとこまでは俺も出来るけど、混ぜて詰め直すのはよろしくね?醤油は混ぜるだけでいいからね〜」
「はーい!まっかせて!」
味噌と醤油の攪拌は美李ちゃんに任せて、俺は付いてくると言うピーリィを連れて美李ちゃんの畑の部屋袋に来ていた。サラダに使うようなトマトや葉物野菜はここで作ってもらっている。他にも少しだが果物もあるしじゃがいももあるが、種類は美李ちゃんの好きなようにさせているので、正直把握しきれていなんだけどね。
その一角には稲穂が広がっているのだが……
「昨日水を抜いてもらったんだよなぁ?何かもう枯れ始めてるんだけど、早すぎるのはまた何か固有スキルの影響なのかな?」
「どーしたの?」
昼ご飯を食べた後だが、畑ではちょっとならつまみ食いしてもいいと許可を貰ってるピーリィがトマトを食べながら隣に並んだ。
「ここは昨日水を抜いてもらったんだけど、もう稲が枯れ始めてるからどうしたのかなー?って思ってね」
「んー?さっき、ミリがえーい!ってみずうごかしてた。みず、ぜーんぶなくなってたよ?」
「あー、水は魔法で取り除いたのか。だからカラカラに乾いてるんだね」
土を触ると見事に乾ききっていた。これは魔法によるものだったのか。でも枯れるのは早すぎる……いや、枯れるのだけが早いんじゃないな。田植えをして10日ちょっとでここまで来るのが早いんだ。じゃあこれもスキルの影響ってことなんだろうな。
食べられるものはいいけど、花みたいな観賞用はあまり早く成長してもすぐ枯れるんじゃないかな?それはそれでもったいない気がする。
「これならもう刈り取って乾燥させてもいいかもね」
「しゅうかく?しゅうかくする?」
仲のいい2人だから、普段から美李ちゃんの手伝いをしてるピーリィは収穫がどういった事かも理解している。でも今回は稲だからちょっと違うんだよね。せっかくだし覚えてもらおう!
「いつもの収穫とちょっと違うけど、手伝ってくれるかな?」
「うん!まっかせてー!」
言葉が上手くなってるのは美李ちゃんの影響が一番強いのかもしれない。さっきの言い方なんてそっくりじゃないか、となんだか面白かった。いい影響を受け合っているならやっぱり嬉しい。
「じゃあ鎌を……お、あったあった」
道具置き場には綺麗に並べられた農具があり、そこから鎌を2本持っていく。実際に稲の束を掴んではザクッと刈り取るのを見せながら教える。しかし、ピーリィは鎌が上手く握れないからやりにくそうだ。どうしようかな……
「あ、ヒバリさん。こちらにいらしたのですね。あと1〜2時間ほどで日も暮れますので、宿の方が夕食を注文するならお早めにと言付かっております。どうしますか?」
「もうそんな時間でしたか。じゃあ4人前宿で注文して、残りはこちらで作りましょう」
「はい、そう伝えておきます……これはゴルリ麦の収穫ですか?他の麦とは違う実をつけるのですね」
一生懸命刈り取るピーリィを見て、これがゴルリ麦と分かって稲穂を触って確認していた。そしてもう一度ピーリィを見て少し考え込んで、
「ピーリィなら鎌が無くとも刈り取れると思います。ピーリィ、ちょっとこちらに来てもらえますか?」
「?、はーい!」
なんだか分からないけど、呼ばれたから来ました!というのを体で表現してトニアさんの前に立つ。
「ピーリィは爪に風の魔法を纏う事が出来ますよね?その爪で刈り取って見ましょう。やり方は、こうです!」
ザシュ!ザシュ!と手刀に鋭く薄い風を纏わせて器用に稲を刈っていく。それをじーっと見ていたピーリィも、手を鉤爪のように揃えた手刀で構えて、風を纏わせて稲を刈り取る。始めこそ強すぎて根元をズタズタにしてしまったが、すぐに修正して安定した刈り取りが出来ていた。
「……これなら大丈夫そうですね。では、自分は宿の方へ注文してきます」
刈り取る事に集中してるピーリィはそれ以外がまったく耳に入っていないようで、トニアさんが去った後も黙々と刈り続けていた。
それなら俺は稲を束ねて干す方に回るか。物置?からちょっと太めの棒を持ってきて紐で組めぼ干し台にする。あとは数本の藁でくるっと巻いて下げておくだけだ。
2人で分担したおかげで効率よく進み、全部刈り取ったピーリィがあれ?と言う顔をして振り返る。凄い集中力だったな。
「もうおわり?」
「そうだね、お疲れ様。凄い速さであっという間だったね。おかげで助かったよ!」
最後の束も掛け終わり、手の汚れを払ってからピーリィの頭を撫でる。気持ちよさそうにしながらも、さっきの風の纏い方が相当気に入ったのか、何度も纏っては振っていた。
「それは危ないから、戦う時や今の様な手伝いの時以外はあまりやっちゃダメだよ?練習ならいつもの訓練部屋でなら使っていいからね」
「はーい!」
魔力操作の練習はやめて、俺に抱きついてくる。練習よりスキンシップを優先したみたいだ。お互い畑仕事で汚れているから、ここは気にせず好きにさせておこう。
「あ、そうだ。今のうちに皆にこの”ケロ口さん”の使い方を説明しておきますね!以前のケロ口君と違って、今回は折り畳み式だからバラバラにしないで出し入れ出来るんですよ!」
ダイニングに戻った俺とピーリィ。そこに全員居たから、ちょうどいいやとケロ口さんの使い方を説明し始めた。網代わりの袋の取り付けや軸部分に予備の袋を入れられる等利点を力説していたら、美李ちゃんに「TVのオススメの人みたい!」と笑われてしまった。通販の人に見えたらしい。確かに、さっきの自分はどこのセールスマンだ?って思えちゃうわ。反論できん!
「それよりもお風呂入っちゃって下さい!そんなドロだらけのまま動き回っちゃだめですよ!」
夕食の準備をしていた沙里ちゃんに叱られた。そこで自分とピーリィを見て思い出した。さすがに食卓前でこの格好はまずいね。でも、ケロ口さんの説明が終わるまで待ってくれていたのは優しさだろう。言うほど怒ってないし、どちらかと言うと母親みたいな顔してる。俺も子供側に入ってる!?
お風呂の湯を温め直してる間に美李ちゃんに稲の乾燥を見せておいた。この分だとまた半月後には収穫になりそうだから、出来れば今のうちに見ておいてもらって、何となくでも覚えてもらえば次に役立つだろうし。まだ脱穀もしていないが、これは普通の麦で使う脱穀機(手動だが)があるらしいから、あとで買いに行かないとかな。
そのままの流れで美李ちゃんの畑を2人で手伝ってみた。雑草や害虫の心配はほとんど無いが、虫がいない分受粉は全て手作業なのだ。言ってくれればいつでも手伝うのに。収穫も終わらせて、農作業はここまで!
「……言い出すとは思ったんだけどねぇ」
以前美李ちゃんの誕生日に一緒にお風呂に入った事は本人が楽しげに自慢していたらしい。あとで沙里ちゃんにそれとなく注意されたけど、反対はしないとも言われた。
そしてここに誕生日が特別な日だと理解してないピーリイは「ずるい!」と騒ぎ、その時は「後で機会があったら」と言って逃げていたんだが……
今、ピーリィの背中を洗っている。湯船にはタオルを巻いているが美李ちゃんが浸かっている。次は自分だと予約待ちだ。しかもその次は俺の背中を2人が洗うらしい。2人の髪も洗うのだが、さすがに俺の髪は勘弁してもらった。
なんとかミッションをこなして狭いが3人で湯船に浸かることが出来た。まぁ2人が子供だから入れたけど、これじゃ狭いなぁ。女性陣はどうやって複数で入ってるんだろ?
「お姉ちゃんたちと入る時?順番で入ってるよ。みんなで入れたら楽しいのにね。もっと大きいお風呂があればいいのになぁ」
「そっかぁ。じゃあ今度この居住袋を変える時はお風呂を大きくしようか?」
「いいの!?やったー!」 「おっきいおふろ!」
2人が手放しで喜ぶのはいいが、タオル落ちそうになってるから!暴れない約束で一緒に入ってるんだと言って落ち着かせる。すぐに大人しくなるし、最近はどんどん行儀良くなってるんだよね。
美李ちゃんはピーリィのお姉ちゃんになったから、ピーリィはその美李ちゃんを手本として、いい関係を築けているようだった。
「今度からずっとヒバリお兄ちゃんも一緒にお風呂に入れるね!」
「ほんと!?ぴゃーーー!」
「それは無理だからね!?」
心の中で2人の関係を微笑ましく見てたら、何かこちらを巻き込む発言してきたよ!まるで俺が狙ってたみたいに言うのやめてね!?
そそくさと風呂から出てキッチンへ向かうと、あからさまに不機嫌ですといった沙里ちゃんが料理をしていた。
「えーっと、俺に手伝える事ある?」
「いーえー。3人で楽しくお風呂に入ってたみたいだし、湯冷めしないようにしててください」
「えーっと、ごめん。断りきれなくて勝手に一緒に入っちゃったんだけど、決して2人に変な事してないからね?美李ちゃんに確認してもらっていいよ?」
「……そこは信用してます。ごめんなさい、怒ってるわけじゃないんです。でもなんか、仲間外れにされたみたいで、ちょっとその」
謝ってる俺の顔を見て、沙里ちゃんが寂しげな顔をする。どうしたらいいか困ってただけなんだが、迷惑をかけてると思ってしまったようだ。
「俺が勝手に妹と一緒に風呂入っちゃったからマズかったかなって」
「いえ、それはいいんです」
「いいの?じゃあ今度は沙里ちゃんも一緒に入る?」
ちょっと空気が和んだようだったから、そんな軽口を叩いてみる。
「……あれ?いいんですか?じゃあお願いしようかなぁ」
一瞬驚いた顔を見せるが、俺が冗談で言ってると分かってか、沙里ちゃんも乗って来た。お互い笑って言えてるから、ちょっと暗かった空気を飛ばす事は出来たようだ。よかった。
「今度お願いしますね?」
沙里ちゃんがにっこりと笑ってもう一度言う。
……冗談、だよね?え、どっち?分からないから怖いよ!?
聞き返ししづらい内容だけに、あえて触れずに仕込みを手伝う事で逃げた。よし、とにかく仕込みと晩ご飯の準備だ!
「ヒバリ、おぬしにちょっと話がある」
2人で準備を進めていると今度はルースさんが怒り顔で現れた。
衰弱していた雰囲気は無くかなり回復したらしいが、その分怒り顔にも力が籠められている。何かやっちゃったっけ?
……あ!
そうだ、遺跡の件だ!
きっと姫様かトニアさんが報告したんだろうなぁ。思い当たる節があるんだから、ここは素直に怒られてきますか。成り行きとはいえ、師匠との約束を守らなかったんだから仕方ないよねぇ。
そう思いつつも鼓動が早くなる心臓と変な汗が流れる感覚に気持ちが重くなりながら、ルースさんに言われて椅子に座った。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
せっかく教えていただいた誤字や欠落を直す時間が取れず、はがゆい気持ちのまま年明けを迎えそうです……
正月を過ぎれば仕事も通常に戻るので、そこでなんとか修正していければと思います。来年もこんな物語にお付き合いいただければ幸いです!