森の中の戦闘
「う〜ん……あと2匹かぁ」
あれから昼休憩後に1時間ほど採取しながら辺りを探してマンティスを3匹倒した。そこまではよかったのだが、依頼の討伐数である5匹までまだ足りない。
薬草の方は無事に30株集まったので、あとは適当に採取している。針葉樹のが多い場所ではマツタケも見つけた。遠藤姉妹が喜々として採っていたが、俺としてはマツタケなのに松の根元に生えるわけじゃないのか、と不思議に思った程度だ。
「やっぱり遺跡のそばじゃないと無理みたいですね。2匹倒せたらすぐに街に戻るってことで行っちゃいますか?」
「感知範囲を広げても遺跡周辺以外に見当たらないなら、それしかないでしょう」
ルースさんの忠告はあるが、まぁ遺跡に入るわけじゃないから大丈夫だろう。それに遺跡の入り口には駐屯所のような、期間ごとに交代しつつ衛兵が常駐している施設もあるらしい。
そこには有料ではあるものの簡易治療所も備え付けられているので、遺跡でちょっとした怪我をしても無理せず帰還すればまた挑み続けられると意気込む冒険者も多いという。
街としても魔物を減らしてもらえばそれだけ安全になるのだから、税金で運営させているのも納得できる所だろう。といっても宿泊施設はないので、各自遺跡側で野営を行っているそうだが。
とにかく、トニアさんの同意も得られた事で早速行動開始と行こう!
「じゃあ行ってみますか!」
採取に精を出していた姉妹とピーリィにも伝え、早速移動を開始する。途中で現れたビッグボアはピーリィが戦いたいと言ったので任せたが……
なんだろう……木々を蹴りつつ飛びまくるだけだと思ったが、よく見ると真っ直ぐではなく軌道を曲げたり急上昇したりと、要所要所で気流操作を使って先を読ませない。
「はぁ。木は障害物じゃなくて、足場として活用するのはちらっと見てたけど……改めて見るとすごいなぁ」
2匹程度はすでに楽々と討伐し終えたピーリィが、沙里ちゃんと解体していた俺の背中に飛び乗ってくる。
「ぴゃーってとぶの、ヒバリがつくってくれたへやでおぼえたの!」
「ん?……ああ、あの練習場に置いた木を使ってやってたのかぁ!そういやあの部屋狭いからそういう使い方してたんだね。ピーリィは工夫するのがうまいなぁ」
手は猪で汚れているので、撫でる代わりに隣にあった顔に自分の顔を寄せてスキンシップを図ると、嬉しそうにさらに寄せてきた。
猪肉を収納鞄に仕舞い、再度移動を開始する。ダークミストの範囲では遺跡らしき魔力溜まりと周囲に冒険者達と思われる反応が多数見えた。
そして肝心のマンティスは……そこからもう少し北、俺達の進む方向で言う斜め右に進んだ先に3匹確認出来た。
「マンティスが見つかりました。少し右に行った先に3匹いますね。遺跡からちょっと距離を取れるから都合がいいからあれを狙おう!」
全員に向かう先を示し、後は実際に地形状問題が無いかくらいかな?ダークミストはあくまで感知であり地図ではないので、地形がどうなってるかはよく分からないのだ。
「今回は遠距離攻撃でさっさと終わらせよう。ここから遺跡側との間にダイアウルフっていう狼がいるから、気付かれずに終わる方がいいからね」
遠距離攻撃手段のないピーリィがつまんなそうにするが、先程ビッグボア2匹を1人で相手させたことで納得してもらった。しょうがないなーと言ったところだ。
「じゃあグラスディアの時みたいに一斉に攻撃しよう。飛ばれない様に胴体か、確実に頭を落とすかは任せるよ。じゃあ、いくよ?」
小声で沙里ちゃんと美李ちゃんに話しかけ、目を合わせてタイミングを取り、一斉に……撃ち放つ。
美李ちゃんは胴体部分を丸ごと抉り取るような弾丸を、沙里ちゃんは上半身を刈り取る刃を、俺は飛び出た目から脳へと突き刺さる矢を。
今回は上手くいった様で俺が攻撃したやつも即死だった。止めを刺しに飛び出そうとしたピーリィがすぐにやめたので感知を確認するまでもなく分かった。
よし!と小さく拳を握るヒバリを横目で見る姫様とサリスさんの目は優しい。攻撃力不足の相談をしている2人には、それで悩むヒバリにどうしたものかと相談された方も悩んでいたのだ。
幸い、ルースという闇魔法の使い手による指導のおかげでサポートとしての技量は上がっている。元々サポートとしてはかなり優秀なのだから、無理に攻撃力を求める必要はないのだが、ヒバリは前衛に立ちたがるのだから余計に悩みどころなのだ。
「先程も、戦闘前に敵の周囲の音を消して気配を悟られないようにしておいて、それで自身に力が無いと嘆くのですから対処に困ってしまいますね」
「はい。ヒバリさんは自己評価が低く適材適所を弁えてくださらないのでこちらの気苦労が絶えません。そもそも、矢で敵の目を射抜ける事もすでに並みの冒険者の技量ではない事も理解して頂きたいです」
素材と魔石を剥ぎ取りに行ったヒバリ達の後を付いて行きつつ言葉を交わす姫様とトニアさんの声はヒバリには届いていない。聞かせるつもりではないただの愚痴なのだから。
「あ。ダイアウルフ達が移動してる」
剥ぎ取りも終わって魔石とカマを収納鞄に仕舞っていると、逐一様子を窺っていた狼達が南の方、つまり遺跡よりちょっとずれた方へ移動し始めていた。俺達とは離れていくから問題はないが……
「う〜ん……どうやら遺跡の西側に向かっているようだなぁ。数は4匹だけど、向かっている先に4人パーティがいるみたいだ。足取りが遅いから、採取してるか怪我人がいるのか、さすがに判断できないけど」
どうしたものかと独り言のように報告していると、
「遺跡前では他パーティも協力して敵の哨戒に当たるという暗黙の了解はあるようですので、そこまで逃げ延びれば問題は無いのでしょう。
ただ、ダイアウルフ達があの距離でも見つけて移動を開始したというのは気になりますね。今の気流ですとおそらく奴等はそのパーティの風下。しかも距離があっても気付ける臭いと言うと、血の臭いの可能性が高いです」
トニアさんもまた独り言に近い形で自身の考えを告げる。
「見捨てるのは……嫌だな……」
ちらりとピーリィを見て思う。それに、あまり悩んでいると手遅れになりかねない。ピーリィは分かっていなかったようだが、他のメンバーには伝わってしまったらしい。
「じゃあ、行きましょう!」
「そうだね!あたしたちならすぐだよ!」
沙里ちゃんと美李ちゃんが元気よく言い放ち、姫様とトニアさんは仕方ないといった様子ではあるが賛同してくれたようだ。
決断してからすぐに行動を起こし、全員で走りながら打ち合わせをしていく。幸いダイアウルフが通った道をなぞっていけば特に障害物はなさそうなので迂回も迷う事もなさそうだ。
「本当ならピーリィが飛び跳ねるのもあまり見られたくはないけど、このままだとあいつ等の方が先に到着しそうだし……やっぱり一番早いピーリィに先行してもらった方がいいか。お願いできる?」
「まっかせてー!そらとぶ?」
「いや、さすがにそれはマズい。それに間違って攻撃されるかもしれないから、木より高い所はいかないようにね」
「りょうかーい!」
速さでいうとピーリィ・トニア・沙里・美李と俺・姫様という順番だろう。特に姫様は俺達召喚された者と違って身体成長は低い。と言っても城内で訓練もしていたので常人よりは高いが。
トニアさんや沙里ちゃんのように風魔法による加速もないし、防御は常に魔法による障壁を得意とする姫様にスピードを求めるのは酷だろう。
「申し訳ありません。足手まといになってしまいましたね」
結果、俺が背負って行く事になった。美李ちゃんでは背が低すぎて姫様を背負うにしても走っている最中にどこかをぶつけて姫様に怪我をさせそう、というのが理由だ。
「これぐらい気にしないで下さい。それに、もしかなり重度の怪我をしていたら姫様に頼るかもしれないので、居住袋に入っててもらうわけにもいきませんからね。あれを見せるのはまずいですし。本当はサリスさんの魔法も見せない方が――おわぁ!?」
「あら、どうしました?」
「耳は触らないでもらえると!それに、肩に手を掛ける程度でも大丈夫じゃないですかね!?」
後ろからぎゅっと抱きしめ、首に回したのとは逆の手を耳に触れさせていた。それだけ巻きつけば、当然背中には柔らかいものが押し当てられていて……
「落ちたら怖いですからね。それにこれは先程のピーリィの真似ですわ」
今度は顔が近い!それと、少し先を走ってた美李ちゃんが気付くと真横まで近づいてるし。あまり道という道がない森で並走はちょっと危ないんじゃないかな?
「あとであたしもおんぶしてもらうからね!」
「はい!」
何故か叱るように言われ、反射で返事をしてしまった。ふざけ始めたのは姫様の方なのに……。
そんな俺達後続組が変な揉め事?を起こして落ち着くまでの間に、先頭を行くピーリィがダイアウルフに追いついた。奴等は獲物としたパーティの様子を窺うために、手前の崖の上で身を潜めて留まっていたので時間が稼げたのだ。
「おーかみがきたぞー!にげろー!」
ピーリィが声を上げると、休憩していた4人の女性は一斉に武器を構える。その中の1人は槍を杖代わりに立ち上がったが、おそらく戦力にはならないだろう。
その声に反応したのはダイアウルフ達も同じ。一斉にピーリィの方を向くが、獲物である人間も気になるのか、首が迷いを表すように前後を見比べた。
その隙にピーリィはダイアウルフの真横を通り過ぎながらも1匹の後ろ足を斬りつけ、女性たちの前に降り立つ。これで敵は正面だけだと4匹全てが顔を向けた次の瞬間に、更にもう1匹の体に後方から投げられたナイフが突き刺さる。
トニアが追いついたのだ。少し遅れて沙里の姿も見えてくる。
状況が分からないのは女性パーティの方。突然警告とともに前に立つ少女。そして襲い掛かってくるであろう狼達を見据えていたら、その狼達は自分達じゃなく後方を気にしている。
襲って来るのか来ないのか……高めた緊張は混乱へと変わる。
「ピーリィ、そちらは任せます!」
「まかせてー!」
「ニアさん、ウィンドカッター撃ちます!」
更に2人の女性の声が増え、少なくともこれで襲われる危険度が低くなった事に安堵し、少女達の戦闘を見守る事にした。
まだ構えを解いていない分、彼女らは気力が残っている方だろう。そう判断したトニアはピーリィに任せ、自身は沙里と共にダイアウルフ討伐に意識を集中させた。
「さすがに投げナイフでは仕留められませんね。沙里さん、手負いの2匹から撃ち込んで下さい!無傷の2匹はその後にお願いします!」
「はい!いきます!」
トニアが無傷の2匹を片手剣と盾で追い立ててその場から引き剥がす。意識が完全にこちらに向いたところでヒット&アウェイに切り替え、小さくとも確実に傷を負わせていく。
その間に沙里はウィンドカッターを撃っては風防御で突進を逸らし、2匹に前後を取られない様に気をつけて位置取りをする。
「さすがに魔法1発じゃ倒せないです、ね!っと」
「はい。ダイアウルフは今までの2段階は強いはずです。ですが、当たらなければ問題ありません」
強いと言いつつも会話出来る余裕がある時点でそうでもない様に思えてしまうが、話の内容からこれがダイアウルフとの初戦闘であることを知った女性パーティは今度こそ呆けてしまった。
崖と言ってもそんなに高い段差があるわけではないので、少女2人が戦う姿が見えているのだ。中堅クラスの冒険者が相手をするダイアウルフに、1人2匹を相手取って無傷で戦う姿が。
「さすがに鬱陶しいですね……」
「!沙里さん、森で火魔法はだめです!」
確実に動きの悪くなった1匹にファイヤーショットを撃ち込もうとした沙里に気付いたトニアがすぐに注意する。今延焼したら美李が来るまで消火の手立てがないのは危険すぎる。
すると突然狼達が獲物を見失ったように首を左右に振り始めた。そして、警戒したまま攻撃をすべきか迷っているようにも見える。
「視界を、封じた!……止め、を!」
奥から叫んだ声に反応して、2人が……もとい、ピーリィを含めた3人が一気に攻撃を仕掛ける。匂いである程度は判断が付くようだが、その程度では攻撃は避けられずにやがて4匹全てが動かなくなった。
調子に乗って書いていたら8000字になってしまったので分けました。