美李バースデイ
第5章7話後の話です。
「あ、やっぱりだ」
皆のステータスを確認した時になんか違和感あったんだよね。
「美李ちゃん、10歳になってる……」
何かお祝いしてあげたいが、この世界で買える物で何かいいのないかな?
「と言っても買える物も限られてるしなぁ。服なら沙里ちゃんに頼んだ方がいいし、宝石で喜ぶような歳でもないし」
部屋で座って悩んでいる所に、トニアさんが布団を運び込んできた。もう皆この和室で寝るっていうのが日常化しちゃったから、衣装ケースの様なあまり広すぎない収納袋を作って皆の布団を仕舞ってもらう事にしたのだ。
「失礼します。こちらに片付ければよいのですね?」
「はい。毎回動かすのも面倒ですからね」
せっせと布団を運び入れて、片付いた後で俺の前に膝を付く。
「先程の独り言が聞こえてしまったのですが、何か自分に役立てる事はございますか?」
「あっ……そうですね、美李ちゃんの誕生日って何を贈ったら喜びますかねぇ?女の子、美李ちゃんくらいの子だと何が嬉しいのか分からないんですよ」
口元に手をやり考え込むトニアさん。
「自分の場合は、身分の低い者が着飾る事は危険も伴うので、ちょっとした菓子包みを頂いてましたね」
「そうか、犯罪に巻き込まれないという意味でも宝飾品は避けた方がいいんですね。危ない危ない」
じゃあそうなるとお菓子、か……新しいお菓子を何か考えるべきなのかなぁ?
「菓子に限らず料理はなさるのでしょうから、ここは沙里さんにも意見を聞いた方がよいと思います」
ここは素直に頼ろうと言うトニアさんの意見に従い、沙里ちゃんがいるキッチンへと向かう。
「……そうですか、美李が10歳になってましたか」
美李ちゃんの誕生日は元の世界で言う7/21だ。これは鑑定でもわかる。確かこっちに来た日が6/24だったから、もう1ヶ月は過ぎている事になる。長かったようなあっという間だったような、不思議な感じだ。
「それなら、家でやっていたようなパーティをしてもらえませんか?」
沙里ちゃんから提案されたパーティの準備が迅速に行われた。
看板と調理補佐担当の俺、調理担当の沙里ちゃん、追加食材調達のトニアさん、子守……もとい、美李ちゃんとピーリィの引止め役の姫様。
一番大変なのはトニアさんだと思う。今回作るに当たって、出来たら生魚がもっとないか街へ見に行ってもらう事になったのだ。といっても馬車は使えないし、徒歩で10分もかからないとはいえ夜の女性の一人歩き。
最初は俺も行くと言ったのだが、姫様とトニアさんの2人に大丈夫だしむしろ1人の方が安全に駆け抜けられると言われては、身体能力で確実に足手まといになる俺には反論出来る訳も無く。
こうして全員が分担して動き、途中の看板作製では姫様と美李ちゃんが風呂に行った隙にピーリィに誕生日を説明して色塗りを手伝ってもらった。
看板は俺の袋作成で作り、色は馬車の塗装直し用の染料を使った。ピンクの板に白い字、字の輪郭は黒で描けば字がはっきりと浮かぶ。
近くで根ごと採ってきた花を鉢っぽくした自立する袋に移し替えて並べ、ここから料理の手伝いに入る。
ピザと唐揚げは沙里ちゃんに任せていたが、酢飯は作った事がないそうで、そこは俺が担当だ。それと先にプリンだけ作っておく。冷やすのは魔法で氷が作ってあるから早いんだよね。
赤身と白身の魚を棒の様に切り皿に並べる。野菜もサラダで使うような物だけ同じように切る。後は一旦冷やしておき、酢飯に取り掛かる。
酢と砂糖と少量の塩をお椀でしっかり混ぜて、大きいボウルにご飯を入れて、少しずつ合わせ酢を入れては切るように混ぜる。その間だけ沙里ちゃんにご飯を扇で扇いでもらう。しっかりと熱が抜けてご飯に酢が馴染んだところで一旦袋に仕舞う。
手巻き寿司のつもりだが海苔がないので、この間美李ちゃんと一緒に食べたおにぎりで使った薄焼きの甘い卵焼きを作る事にした。せっせと何枚も焼き続ける。皆がどれくらい食べるか分からないからね!
と、そこでトニアさんが帰ってきた。往復で1時間掛かってないとはさすがだなぁ。やっぱり俺が行かなくて正解だったか。
「生で食べられる魚ということでしたので、このマスをオススメしておりました。それと、少し早いですが中に卵もあるそうですこちらは鍋にと話していましたので、そちらも確保してみました」
中身を見せてもらうと、マスというかもうどうみても鮭だった。そういや海に出るかで無いかの違いなんだっけ?でもこの大きさは鮭だわ。その卵と言う事は……
「おおー!いくらだ!」
「値段ですか?」
「あ、いえ、そうではなくてですね、俺達の世界では鮭……いやマスの卵はイクラと呼ばれていて、生で食べてたんですよ」
沙里ちゃんが笑いを堪えてる。言ったつもりも無いジョークを真顔で返された事でちょっとテンションが落ち着いた。確か鮭は生で食べるには殺菌しないとだめなんだっけ。
その事を話しながらマスを解体していたら、沙里ちゃんがすぐに解決してくれた。
「元々生で食べるものには美李に消毒魔法をかけてもらってるので、これもすべて美李に頼むつもりですよ」
魔法便利だった!
こうして皆で準備をし、いつものようにご飯だと美李ちゃんを呼びに行く。
「うわ!今日はすっごく豪華!どうしたの?」
ニヤニヤする俺達を訝しげに見回す美李ちゃんに、声をそろえて言う。
「「「「「誕生日おめでとー!」」」」」
一瞬呆けてから、俺とピーリィで看板を掲げつつもう一度おめでとうと言うとやっと飲み込めたようだった。
「……あたし、誕生日だったんだぁ」
「ほんとは数日前なんだけどね。でも、10歳の誕生日を迎えたのは変わらないよ」
ぼーとテーブルの料理や花、看板を見ていた美李ちゃんが俯く。
「……みんな、ありがとう!大好き!」
泣き笑いな顔を上げて1人ずつ抱きしめてお礼を伝えていく。
「さあ、食べよう!と、言いたい所なんだけど……美李ちゃん、この生の魚とイクラに消毒魔法をかけてもらっていいかな?普通なら生魚は危ない事もあるけど、魔法で消毒してもらえば大丈夫だからね!」
「イクラもあるの!?うん、まっかせて!」
すべてに消毒魔法をかけて、改めて皆で賑やかにパーティを再開する。果物のジュースで乾杯し、薄焼き卵の上に酢飯と具材を自由に乗せて食べる。具を乗せすぎたピーリィがこぼして笑い合ったり、ピザのチーズがどこまで伸びるか普段なら怒られそうな事で遊んだ。
「さて。最後は、ケーキはないけどプリンを飾ってみたよ」
カラメルソースもしっかり作ったプリンを中心に、周りに果物や生クリームを盛り付けた。プリンアラモードだ。美李ちゃんやピーリィ、いや、全員が釘付けだ。
「ふわぁ……すっごいキラキラしてる。これ食べていいの?」
「皆の分もあるから大丈夫。一番力を入れたそれは美李ちゃんのだよ」
えへへと照れている美李ちゃんの頭を撫でて、他の皆の分もテーブルに並べる。大きさも内容もそんなに変わらないが、見た目が一番綺麗に出来たのはすぐに分かる。俺頑張った!
終始ニコニコと食べていた美李ちゃんを見て癒されつつ、すぐに食べ終わってしまったピーリィのおねだりに答えて俺の分を食べさせていたら、
「あたしもー!」
と飛び込んできて膝の上に座って催促された。まだ自分の残ってるのに。
「はい、あーん!」
「はいはい、お姫様。召し上がれ〜」
2人に交互に上げてたらあんまり食べられなかったけど、その後で美李ちゃんの残りを食べさせてもらった。いやこれ美李ちゃん用だったんだけど、よかったのかな?
パーティが終わり片付けて風呂に入る。
「あれだけ喜んで貰えたなら、やってよかったなぁ……」
湯船に浸かりつつ心地よい疲れを癒す。
「ヒバリお兄ちゃん」
少しだけ開けた隙間から美李ちゃんが顔を出す。
「どうしたの?もうすぐ上がるから、また入るなら湯は残しておく?」
「んーん。そうじゃなくて、1つだけ我侭言っていい……?」
言いにくそうに顔を引っ込めたり出したりしている。
「んー……俺に出来る事なら?」
「うん。一緒にお風呂入りたいの……だめ?」
そっちかぁ。ちゃんと許可を取る辺り、前と違って沙里ちゃんを呼ぶわけにもいかない、よなぁ。
「あ、お姉ちゃんはね、お兄ちゃんがいいよって言ったらいいって!」
美李ちゃんも前回の事を思い出したのだろう。しかしすでに了承済みか。
「……うん、わかった。結局誕生日プレゼントは渡せてないし、いいよ。ただし、ちゃんと体にタオルを巻いてね?」
「やった!えっとね、パーティがプレゼントだよ!すっごく嬉しかったの!」
そういいつつ脱衣所で服を脱いでちゃんと体にバスタオルを巻いて入ってきた。いつもの元気のいい美李ちゃんに戻ったようだ。
危ない位置は避けたものの、狭い浴槽ではぴったりくっつく以外ないのはしょうがない。嬉しそうに浸かる美李ちゃんを見れば動くに動けないなぁ。
「今日はありがと。こっちに来てから日にちなんて分からなかったけど、ヒバリお兄ちゃんのおかげで教えてもらえて、祝ってもらえて嬉しかったなぁ」
ふぅ、と寄りかかって寝ちゃいそうなくらい気を抜いていた。
「次は、そうだなぁ……2ヵ月後の沙里ちゃんの誕生日が一番近いかな?」
「そっか!次はお姉ちゃんなんだ!その時は絶対教えてね!」
今度は自分が祝う側だと分かると、どう祝おうか今から想像しては2人で計画を考えた。そんな事をしてたらちょっとのぼせそうになったのはお約束かな?