街の用事と仕込みの続き
翌朝起きると、俺の左右には美李ちゃんと沙里ちゃんが、そしてお腹の辺りにはピーリィが寝ていた。
宿の大部屋にはダブルベッドが1つとシングルベッドが3つあり、どれも壁に寄せられて1つにまとめられている。そして部屋の半分は絨毯とちゃぶ台が設置されており、かなりレイアウトが変えている。
「んー……寝る時は1人だった気が……いや、すぐにピーリィが来たんだっけ?」
まだしっかりと目が覚めていない頭では曖昧な記憶しか出てこない。辺りを見回して姫様とトニアさんがいないとなると、きっと居住袋の中でルースさんと一緒に寝てるのだろう。
(トニアさん、寝てないかもしれないなぁ……)
「しかし……動けない、な。どうしよっかねぇ」
いまだ眠り続ける3人。外は陽が昇り始めたばかりなのか、やっと空が白んできた程度だ。俺が起きたのが早すぎただけか。
ぼーっとしているが、まだ眠気は戻ってこない。仕方ないのでそっと左手を動かしてピーリィを撫でる。右手は美李ちゃんがくっついてるので動かせなかった。
「ぴゅぃ〜」
撫でられるのが気持ちいいとばかりに擦り寄ってくるピーリィに癒されるので続けていたら、沙里ちゃんが唸りながらこちらに転がってくる。
元々触れるほど近かった訳じゃなかった距離がなくなり、脇腹にしがみつく形で止まった。これじゃ右腕が降ろせない……
「とりあえず、沙里ちゃんに毛布を掛けなおさないと体冷やしそうだな」
昼間は少し暑いとはいえ明け方が一番冷え込むのだし、今のままじゃ背中もお腹もまずいだろう。撫でていた腕を回して、何とか毛布を掴もうと動かすが、流石に沙里ちゃんの向こう側にある毛布には届かない。
「……だめだ。もうこっちの毛布に入れる方が早いや」
早々に諦めて、自分の毛布を広げて掛けておく。そんな事をしてたらまた眠気が戻ってきたので、そのまま意識を手放した。
「おー、ヒバリは随分と充実した生活を送っておるようじゃのぉ」
聞きなれない声に目を開けると、ルースさんが覗き込んでいた。そして、少し前に起きた時よりさらに身動きが取れなくなっていた。
喉元にピーリィの頭が見え、左右は俺が姉妹を抱き寄せているように手で寄せて、そのまま腕枕にされていた。これ、俺がやったのか?記憶に無いんだが……
「みんなー起きてくれー。晒し者にされてるぞー」
揺すって起こそうと思ったが、今動かすと腕がまずい所に当たりそうだから声で起こす事にした。まずはこの拘束を解かなければどうにもならん!
結局すぐには起きてくれず、ルースさんにピーリィを、沙里ちゃんをトニアさんにどけてもらって、後は美李ちゃんは俺が起こした。今日は3人ともずいぶんぐっすり寝てたなぁ。
「何のトラブルも無く楽しい晩餐の後でしたから、張り詰めていたものがやっと緩んだのでしょう。良い事だと思いますよ」
身支度に行った皆と入れ替わりに出てきた姫様が答えてくれた。
そういえば街に入って初めての宿泊だったのか。やっぱりちゃんとした家と時間を感じる陽の光は落ち着くのかな?居住袋も光を通すというか、外の景色が見られるようにしたいなぁ。これは次回の課題だ!
宿の朝食はまた5人分頼んで、沙里ちゃんと2人で朝食の準備をした。今日は軽めにサンドイッチと目玉焼き、そして昨日沙里ちゃんが試してうまくいかないと言っていたパンケーキを焼いてみた。
この世界にはベーキングパウダーはないから、酵母の醗酵以外は膨らませるのは意外と難しい。それを聞いていたので、今度はメレンゲを作って生地に混ぜてふわっとさせる事にしたのだ。
「ピァ〜!きょうはあさかラあまいのアルー!」
夕べ寝る前に何とか頑張ったのは蜂の子の処理だ。とにかく網焼きにして、中身を袋に詰めていった。50匹近くを頑張ったよ、よくやったよ俺!
「蜂の子ソースと蜂蜜とバターがあるから、好きなのをかけて食べてね」
どれも自立する形に作った袋に入れてるので、近くに掬う用のスプーンと置き小皿を並べてある。すぐに袋を閉じれば鮮度は落ちないって、ルースさん以外は全員分かっているのだ。
ルースさんトニアさんピーリィが蜂の子ソース、俺沙里ちゃん美李ちゃんが蜂蜜、そして姫様は両方だ。バターは全員使ってる。
「これはたまらんのぅ!蜜は分かっておったが、このふわふわのパンが口の中で甘さが広がってすぐに無くなってしまうわ!いやぁこの食感いいのぅ」
結局みんな3枚くらい食べたんじゃないか?おれは1枚だけど、甘い物はそれくらいで十分だって。皆はフルーツや生クリームまで出して食べるの見てると胸焼けが……これ、朝食なんだよ?
朝食後は昨日買った薬の整理と、味噌醤油の仕込みの続きをする事にした。それと今日こそは街の散策をするぞ!昨日の宿の食事を見る限り、ここは森か湖かの食材が多いようだから、きのこや水草のような食材が手に入りそうだ。
「おぬしらはここにどれくらい滞在するのじゃ?」
「そうですね……道具の依頼したいから、それが出来上がってから旅を続ける予定ですが、長くても1週間くらいだと思いますよ」
口に手をあて思案顔のルース。今は俺達にはカモフラージュなしで見えるようにしてもらってるから、褐色の肌に尖った耳が見えている。こちらの姿の方が少し大人っぽく感じるが、体型が幼くてアンバランスだ。
(そこがいい!って言う奴もいるんだろうが、年上と扱いつつも妹としても見ちゃうんだよなぁ。対応が安定しないよね)
薬剤を全員に配り終わり、残りの在庫の置き場所を決めて街に繰り出す準備をし終える頃、ルースが決めたとばかりに手をパン!と打った。
「おぬしらがこの街を出るまでの間でよいから、同行を許してもらえんじゃろうか?その分の費用はちゃんと出す。どうかの?」
そういえばルースさんはピーリィの家族を探すためにこっちに来たんだった。そういう意味じゃほぼ達成してるけど、その後がまだ気になるのかな?
「俺はいいと思いますよ。皆はどう?」
トニアさんも含めて特に反対意見はないようだ。むしろトニアさんにとっては野放しにしたくないのかもしれないけど。
(……あ、そうだ)
「ルースさん、それなら費用はこちらで持つ代わりに、闇魔法というか魔法の使い方を教えてもらえませんか?長い時間じゃなくていいので、どこかの間の1〜2時間程度でもいいので」
「おお、そうじゃった!おぬしのその無駄遣いの魔力を治さんとな!見ててやきもきしておったわ!」
やった!これで魔力操作を少しでも上達させれば色々幅が広がるはず!ご飯も宿代もこちら持ちにさせてもらって、臨時師匠になってもらう事を了承してもらえた。
「ヒバリさん、出かける前に豆の仕込みをしなくていいんですか?」
「……あ。やるって言って忘れてたね。ごめん!」
沙里ちゃんに思い出させてもらったので、今日こそは樽もどきの袋へ仕込までやるぞ!
まずは水に浸けて1日放置した大豆を半分に分けて大きい鍋に入れ、醤油用と味噌用にする。味噌用は新しい水に浸して弱火で3時間煮込む。醤油用は蒸しておく。ここからは作業が変わるので、沙里ちゃんと二手に分かれて続ける。
さすがにこれを全部待ってると出かける時間が無くなってしまうから、俺と沙里ちゃんは居住袋の中のままで、皆は馬車で街中を移動してもらう。馬車に居住袋があればいつでも出られるから安心だ。
味噌用の大豆を煮てる間に醤油からだ。炒って潰した麦と麹菌を蒸した大豆に入れて潰し混ぜて醗酵させる。この混ぜる作業は美李ちゃんの出番だ。
美李ちゃんのスキルを使いながら混ぜると醗酵が一気に進むそうだ。今も見る見るうちに醗酵が進むのが目で見てわかる。本来は3日以上かかるはずの作業がものの10分くらいだ。
更に塩水も加えてよく混ぜ、ここからは俺が樽形の保存袋に醤油のタネを入れていく。後はこれで1週間くらいは毎日振って混ぜて、以降は3日ごとに同じく混ぜる。これで半年〜1年もすれば完成だ。美李ちゃんのスキル効果で半年ももいらないんだろうけど。さすがに醤油は初めてだからドキドキだな。
ここで一旦外の市場を見に行く事にした。馬車の方はトニアさんが、煮豆は姫様が見ていてくれるらしい。一国の王女を煮豆番なんていいのかなぁ?まぁ吹き零れるか焦げないかみてるだけだが。
道沿いにいっぱいの露店と、店先にテーブルを出して売る人、そして通りには人が溢れていた。商人ばかりかと思ったら、ここは冒険者のような人達も食材や生活用品の買出しらしいグループもかなりいる。
この辺りは木造の家が多く、商業区でも重要施設より店舗が多いため、市場としても栄えているのだろう。
まずは食材が売っているエリアから店を回ってみる事にした。
「きのこがいっぱいだなぁ。ああ、日本と同じものは同じ名前だから分かりやすいな。舞茸、エリンギ、椎茸……えのきとなめたけはないか。ん?あの隅っこに投げられてるやつ、マツタケじゃないか!」
「マツタケもあるんですか?」
「あたし食べたことない!」
俺の声に姉妹が反応する。俺も2回食べただけなんだよね。田舎の叔父が山を持っていて、この季節になるとくれるんだが、俺には松臭くて無理だった。しかしこちらでは捨て値か……確かヨーロッパの方だと俺と同じで臭くて嫌われてるってTVで見たな。
「どうする?買ってみる?俺は好物じゃないけど、土瓶蒸しは美味かった記憶ある程度なんだよね」
「安いなら買いましょう!食べてみたいです!」
「あたしもー!」
ピーリィはこれがどういうものか分からなくて匂いを嗅いでるだけだった。まぁ木の匂いがするものが美味いのか想像つかないんだろう。ルースさんは食べたことがあるのか、あまりいい印象を持っていないようだ。
食材を買い込んでは馬車で収納袋に入れて、ここの特産品だけではなく常備品なども仕入れていく。お金は蜂の子で儲けた分を差し引いても余裕だ。
王都での稼ぎが大きいが、美李ちゃんの畑に沙里ちゃんの家事という家計の要の2人が頑張ってくれているのも大きい。後で何か労ってあげたいね。
……あれ?俺って生活面で袋以外役に立つような行動してないんじゃ?
やばいな。後で何か用意するくらいは甲斐性見せないと!
次は鍛冶屋へ向かうのだが、今のうちに味噌作りの方を進める。煮ていた豆は湯を切り、ミンサーで一気に細かく潰す。
「これ使うの久々だな。そろそろハンバーグ食べたくなるね」
「確かに最近ハンバーグ作ってませんね。今夜作りましょうか」
沙里ちゃんと2人で交代で大豆を潰しながら久々のミンサーの活躍を楽しんだ。こういう時間っていいよね。
「こうじと塩を混ぜたよー!ここに入れていいの?」
美李ちゃんが持ってきた麹を、潰した大豆にふりかける。ここでまたもや美李ちゃんの出番だ。ここで粘土よりも更に柔らかくなるようにしっかりと混ぜる。この時にスキルを使ってもらって、一気に醗酵を進める。
「美李ちゃんお疲れ様!あとはこれをボールにしては容器に押し込んで空気をしっかり抜きつつ詰め込めば……仕込み完了っと!」
樽袋にみっちりと詰まった味噌の素。さらにきっちり空気を抜きつつ袋を閉めて1年ほど寝かせれば完成だ。これも半年もしないうちに出来ちゃいそうなんだよなぁ。
「ヒバリさんもお疲れ様です。大豆で味噌や醤油は初めて作ったけど、これなら豆腐もチャレンジしたくなりますね!」
「ああ、豆腐もいいなぁ。海水さえあればにがりも採れるし、あとでやってみよう!」
作業が終わって3人で居住袋から出てみると、すでに馬車は鍛冶屋に到着していたらしい。ルースさんがピーリィの相手をしていてくれていた。
さすがにさっきの市場と違って、炉を扱うし木造の建物はほぼない。大きくはないが石材建築の作業場兼自宅が多いようだ。
「お待たせしました。ではちょっと鍛冶屋行って来ますね」
「では行こうかの。じゃがよいのか?わしにまで鎧だなんだと世話して」
俺達の鎧を珍しがるルースさん、実は防具自体を持ってないらしい。そこは魔法でなんとかしてきたそうだ。無茶にもほどが……いや、元魔王なら有り得るのかな?
とにかく、ただの金属と皮の合わせ鎧だし、高いものじゃないのだから作ってみる?と提案したら、お金はちゃんと払うから欲しい、と。ついでにうちの予備も含めて盾も作っておくか。
「と、言うわけでこれと同じものをこの人……この子のサイズで作って欲しいんですよ。ここの溝と内側の皮ポケットは実物を置いていきますので参考にしてください。」
「おう!この溝はよくわからねぇが同じに……いや、もっときっちり仕上げてみせらぁ!」
鍛冶屋にいたドワーフの店主が、製作依頼とあって張り切って引き受けてくれたんだが、鎧にある製作者刻印を見て俄然やる気を出してくれた。
ランブさんの弟弟子らしく、久々に見たランブさんの鎧に負けられない!と早速作業に入るそうだ。2日もあれば出来ると言っていたし、あとは任せよう。
次はマスクや鞄の肩紐調整用の金具だ。と言ってもこれは「目」の形をした3〜4cmの枠だからそう面倒な事は無かった。どうやって使うのか聞かれたけど、それは出来上がったら実演しますよと言っておいた。
最後がちょっと時間がかかった。以前の携帯用組み立て式捕獲網「ケロ口君」を改良した物の製作依頼だ。これは自分で簡単にだが図面を引き、さらに動きをケロ口君を使って説明した。一応こちらも参考に置いていったので、大まかな形が変わる事は無いだろう。
その後はナイフや矢の補充、美李ちゃん用に短槍、沙里ちゃん用に刺突剣を買ってみた。姉妹の武器についてはトニアさんからの提案だ。どうせ収納ポケットで武器の持ち運びは自由なんだから、色々覚えておこうって。
俺は……力が付いたら考えるそうだ。最近皆が俺を後衛にしたがる。理由を聞いたらHPだそうだ。沙里ちゃんの半分、美李ちゃんの3割しかない俺のHPはそこら辺に居る衛兵と変わらないんだってさ。
だから、前回の戦闘で半死になったのが怖かったらしい。最近寝る時も一緒なのはこれが影響してるって姫様がこっそり教えてくれた。
倒せるパワーと回避するスピードと耐える生命力がない、と。
だからこそ魔法を使いこなしたい。
今日の昼間はこうして買い物や観光で終わった。この後は宿に帰ってルースさんが魔法を教えてくれるらしい。
ちょっと緊張するが、闇魔法を教わる機会なんて今しかないだろうし、やるしかないな!