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異世界に行っても袋詰め人生  作者: きつと
第5章 北の国境街から副都市へ
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褐色の少女

「その方は、魔王です。やはり封印は解かれていたのですね……」


「ヒバリさんはこちらへ。さすがに分が悪すぎますので、逃げる準備をなさってください」




 溜息をつきつつ成り行きを見る魔王に戦う意思なさそうなんだけど、2人の方が焦りすぎているせいか勝手に戦闘態勢を取っている。



「待ってください!仮に魔王だとしても、今の彼女に戦う意思はないですよ?それでも襲い掛かるなんて俺は嫌ですよ。そんなの、ピーリィ達を襲った奴等と一緒じゃないですか……」


 ぐっと言葉を詰まらせた2人をチャンスと見て説得を続ける。


「それに、もし殺すつもりならこの間の戦闘の時に出来たはずです。しかもわざわざ姿を見せに来たんですから、話し合いを済ませてから判断して下さい。普段ならこれは俺が言われる事ですが、もっと冷静に状況を見て下さい」





 2人から戦闘の意思が消え、体の震えも収まったのを見た魔王ことスクセルースが頃合とみて声を掛ける。


「おぬしらも戦う意思はないと判断していいかの?改めて自己紹介をしよう。わしはスクセルース、ヒバリが言ったようにハイエルフじゃ。魔王というのも確かじゃが、意味合いは変わってしまったようじゃの?」




 魔王。それは魔力に優れた一族であるエルフ族の長に与えられる名であり、今は代替わりして元魔王となる。魔族とは魔物の一族では?という問いには呆れ、そして大笑いしていた。


「なんじゃこの時代では魔族と魔物を一緒くたにされておるのか。難儀じゃのぉ」



 魔物。それは魔石が周囲の魔力を吸収して擬似生命を得た生物。魔物は魔石無くして生まれない。周囲に影響を受けるため、それに似た生物が生まれやすい特徴がある。


 魔族は主にハイエルフであり、生命の理から外れた生まれはしていない。故に体内に魔石はない。それは他の獣人達も同じだ。つまり、魔族とはエルフにおけるエリート集団に送られる畏敬の念を表した呼称であったそうだ。



「それになんじゃ?わしが封印されとったという与太話は?わしは自らの意思で眠っておっただけじゃぞ。まぁ起きたのは最近じゃが、それを魔物の活性化にこじつけられてはたまらんわい。そもそも魔物を自在に操るなぞ魔族には無理じゃよ」



 見た目は幼いが、いたずらをした子供を叱るように溜息をつくスクセルースの仕草に、姫様とトニアさんが呆気に取られていた。

 今までの常識がことごとく否定されては驚くのも当然だろうな、と人事のように聞いていたら、スクセルースの目がこちらを向く。



「ヒバリよ、おぬしの能力も大概じゃぞ?元とは言え、元魔王(わし)の張った阻害魔法を事もなさげに見破ってくるなぞどんな真理の眼を持っておるのじゃ?」


「ああ、それなんですけどね……って、もう陽が暮れてるじゃないですか!沙里ちゃん達が心配するとまずいんで、俺達が泊まってる宿で晩ご飯を一緒にどうですか?詳しい話もその後でしたいですし」


「わしは構わんが、よいかの?」


 スクセルースがちらっと姫様達に目線を送る。


「はい、こちらこそ是非に」


「よろしく……お願い致します」


 まだ話し足りないといった姫様と、警戒を緩めないように気を入れ直すトニアさんを見て苦笑する。前を見るとスクセルースも同じようだ。



「じゃあ行きましょう、スクセルースさん」


「ヒバリ、わしの事はルースで構わんよ」



 こうしてルースを伴って宿に戻る事にした。ほんとは鍛冶屋にも行きたかったが、これは明日の食材買出しの時にでも済ませるしかないなぁ。





 宿に近づく前にダークミストの範囲を広げて、沙里ちゃん達に自分がそちらに向かっている事を気付かせておいた。宿の部屋には美李ちゃんとピーリィはいるが、沙里ちゃんは居住袋の中かな?あ、出てきた。きっと美李ちゃんが知らせてくれたのだろう。


「……ヒバリよ。おぬし、魔力の使い方に無駄が多過ぎじゃよ。なんじゃその垂れ流しは!いや、それでもまったく疲労が無い事も出鱈目過ぎじゃよ」


「はぁ、えっと、すみません?」


「国を出るまで他人の才を羨む事など無かったが、おぬしも勇者と言っておったか。まったく、おぬしら勇者はいつも出鱈目じゃから呆れるわ!」


「これは俺謝らなくていいですよね?」


「わしとて頭を下げろなどと毛ほども思っとらんわ!」


「えーっと、すみません?」



 ぶつぶつ言うルースの横を歩く俺。姫様とトニアさんはすぐ後ろに付いて来ている。10分ほど歩いて宿に戻り、受付で1人追加をして料金を支払う。

 聞けばルースは宿を取ってないと言う。どうせ色々聞きたい事があるし、それならこちらも腹を割って話しておきたい。


 トニアさんはかなり渋っていたが、姫様がこちら側についてくれたおかげで何とか説得できた。トニアさんだってこの話が重要な事は分かっている。でも護衛としては割り切れないのだろう。



「食事は5人分部屋までお願いします」


「ヒバリさん、少なくないですか?」


「どうせならこちらで作ったものも一緒に出したいですからね」


 もし本当に勇者を知っているなら、きっとどれかの料理を知っているはず。ただし、召喚された勇者が俺達と似た時代の人だったらだが。こっそり姫様に伝えると納得してくれた。





「おかえりなさーい!」 「おかえリー!」


 部屋のドアを開けるなり飛びつく美李ちゃんとピーリィ。ちゃんと俺が倒れないように手加減を覚えたらしく、最近は余計に飛びつきたがる。


「ただいま。遅くなってごめんね。それで紹介したい人がいるからちょっといいかな?はい降りて〜」



 大部屋だがベッドは壁際に寄せられており、中央には絨毯とちゃぶ台と座布団が設置されている。よく見るとドアの側には靴が並べられており、この部屋は勝手に土足厳禁が発令されたようだ。


「すみませんルースさん、この部屋靴を脱いでもらってもいいですか?無理でしたら場所を作るのでちょっと待ってもらえれば準備しますよ」


「おお、素足の部屋か!懐かしいのぉ……奴等は何かと言うとタタミだ風呂だと騒いでおったものじゃ。よい、わしも脱ごう」


 嬉しげに靴を脱ぐルースに、美李とピーリィが手を貸していた。まだ自己紹介してないんだけど、まぁいっか。





「じゃあ改めて。こちらがスクセルースさん、ピーリィのお母さんの知り合いらしいよ。今日は一緒に泊まってもらうから、よろしくね」


「わしの事はルースでよいぞ。ピーリィ、おぬしの事は聞いておったが会うのは初めてじゃな。おぬしの母キューウィ、そしてそのさらに母達とも古くからの友じゃ。今回は誠に残念な事になってしまったが、今の生活は事足りておるか?」


「コトタリル?」


 言葉が難しすぎて理解出来なかったらしく、首を傾げているピーリィ。


「今が楽しいか?幸せであるか?」


「うン!ヒバリたちといっしょ、すごくタノしーの!あのね、ヒバリたちね、ピーリィをたすけてくれタノ。マーマのオハカもね、つくってくれタノ」


 隣にいたピーリィが俺の腕を抱きしめて感謝の念を伝えてくれている。ほんとはもっと早く気付けたら、母親も救えたんだよなって気持ちが蘇り、ピーリィの頭を撫でてお互いを落ち着かせる。



「そうか、キューウィの墓か。それはわしからも礼を言おう。友のための尽力、そして娘を救ってくれた事に感謝する」


 あぐらをかいていたルースさんが頭を下げる。こうも簡単に、魔王ともあろう人がすべき態度ではないのだろうが、俺達にはそれが嬉しかった。



「済まぬが後でキューウィの墓の場所を教えてくれぬかの?わしも花を添えたい」


 美李ちゃんが花がいっぱい咲くようにしたんだ!と身振り手振りでピーリィと伝え、微笑ましそうに聞いていたルースさん。地図を持っていたトニアさんが教えてくれていた。





 夕食も大騒ぎだった。俺と沙里ちゃんはこのアイリンの特産を知るべく宿のご飯を、他の皆は半々で食べる事にしたようだ。

 ただし、ルースさんは沙里ちゃんが作ったご飯に夢中だった。それには勿論理由がある。彼女の故郷であるエルフの国の特産のゴルリ麦だ。



「まさかこちらに来てゴルリ麦、しかも勇者達と同じ調理法でいただけるとはの!ハクマイのオニギリ、ミソスープ、卵焼きか……懐かしいわ。確か、ニホン食と言ったのじゃったかのぉ?」


「はい、そうです。俺達も日本人ですから。黒髪で気付いていたんですよね?」


「ふふっ……初めておぬしを見た時は驚いたわい。まだそうだと決め付けるわけにもいかず、様子を見させてもらっておったんじゃ。

 この街には他の勇者もおったから、そやつらも見ておきたかったのでな。色々と見て回っておったが、友の危機の知らせを受け駆けつけたがすでに間に合わなくてな……」



 他の勇者?まさかまた奴等が追ってきたのか!?


「あ、ヒバリさん違いますよ。ほら、以前第二王女と旅立った勇者が、この街の東にある迷宮遺跡に挑んでいるそうです。宿で噂話してましたから」


 一瞬険しくなった俺の顔を見て、沙里ちゃんが慌てて教えてくれた。


「男だったとしか覚えてないや。まぁ俺達は追い出された身だしね」


「なんじゃ、勇者同士の交流はないのか?見た所その2人も召喚されたのじゃろう?」


 苦笑してしまった俺と沙里ちゃんを見て、横で申し訳なさそうに俯く姫様に視線を移し、訝しげな顔になったルースに説明することにした。





「――と、言うわけで俺達はお尋ね者として逃げつつ帝国領へ助けを求めに向かってる最中なんですよ」


 ここまでの経緯を聞いたルースがまた溜息をつく。姫様の事についてはまだ触れてないけど。



「人という者は相も変わらずじゃなぁ。それにしても、天人教とは一度滅んだのではなかったかの?」


「はい。数百年ほど前に消えたと思ったのですが、ここ数十年でどこからか布教を始め、今ではこの王国の1/3ほどが信者になったと言われております」


 まだ国教にしたわけではないが、今いる王族を考えるとちょっと恐ろしい感じがあるよなぁ。亜人、じゃなかった獣人達を嫌う宗教が蔓延したら、今住む獣人達は国を出るしかないだろう。



「これ以上獣人達が悪政に苦しむ事の無い様、手を打たねばならん、か。しかしおぬしたちは災難じゃったな。戦闘系固有スキルを持たぬが故に迫害され狂ってしまった者も大昔にはいたらしいが、その時に比べればおぬしらは頑張っておるよ」


 優しい面立ちになったルースが俺達3人を見る。ちょっとその過去の人の事が気になるけど、そこまで聞いていいものなのかな?



「おおそうじゃった。ヒバリ、おぬしの固有スキルがよく分からんのじゃが、袋に詰めるとなんじゃ?」


「魔力で袋を作って、それに色々入れられるんですよ。えっと、こんな感じですね」


 ぱっといつもの1Lサイズの袋を目の前で作り、ルースに渡す。


「ふむ。これは入れるだけかの?閉められないんじゃが……」


「ああ、すみません。権限を設定した人しか開閉出来ないんです。じゃあこっちをどうぞ」


 ルースの魔力は覚えたので、権限をつけた袋を作り手渡す。先の袋は消去しておいた。そしてルースが開け閉めを繰り返す。


「なるほどの。確かにこれだけでは戦いには使えぬか……」


「それが、そうでもないんですよ」


「沙里さん!」


 沙里ちゃんが説明しようとしたところをトニアさんが慌てて止める。どうやらまだ彼女はルースを信用しきれていないようだ。



「ニア!ヒバリさんの鑑定にもあったとおり、人物に間違いはありません。そしてルース…さんは自らも答えてくださった。そのお二人をまだ疑いますか?」


「……申し訳ありません」



 2人のやり取りが終わったところで、


「構わんぞ。わしとてヒバリがおらんかったら全てを話すつもりも無かったのでな。そうか、ヒバリの眼は鑑定によるものか。しかしその力は鑑定の域を超えておるのぉ」


 ルースが2人をなだめ、俺の目を見るために近くに寄る。ほんと近い……




 そこから鑑定と袋詰めスキルの説明を散々させられ、あげた袋に実演として光魔法を撃ち込んだ時には少し焦ったが、保存に闇魔法の特性も入ったレベルアップ効果にはさすがのルースも驚いていた。

 特に居住袋の中に案内した時は大はしゃぎだった。これで500歳超えてるとか嘘みたいに子供のように弄り倒していた。壊さないように約束はしてたがドキドキしたよ……。


 皆が順番に風呂に行き、俺はルースの持っていた肩がけ鞄に収納袋の機能をつけていた。ほんとはあまり開け口の小さい鞄には収納袋は向かないのだが、本人がこれに付けて欲しいと言うから引き受けた。

 魔力を大量に使って自宅の物置へ出し入れは出来るらしいが、かなりの消費のためそう簡単には使えないのだとか。まあこれくらいなら正直大した手間でもないしいいかなって。



「おー、出来たのじゃな!?ほうほう、これは確かに広いのぅ」


 風呂から上がってバスタオルを巻いただけのルースがやってきて、楽しそうに鞄を弄っている。が、美李ちゃんよりは大人な体つきが今にも落ちそうなタオルだけで隠されていた。


「ルースさん!濡れたままで出歩くのはうちでは禁止です!ちゃんと女子部屋で拭いて、着替えてから来てください!」


「今更こんなババァの体に慌てんでもよいじゃろうが」


 カラカラと笑いつつも、俺の声に事態を察した沙里ちゃんが飛んできて引き取って連れて行かれた。勿論鞄も持っていった。




「ダメだ……今日はもう疲れてやる気が起きないから、醤油と味噌作りは明日にしよう。せめて時間経過の無い袋に入れ替えておこう。あ、あとあれだけはやっておかないと」



 戻ってきた沙里ちゃんに大豆の移し替えを手伝ってもらい、フルーツ牛乳を作って皆で風呂上りに飲んだ。あ、俺だけ風呂の前だったわ……



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