戦闘の後には
その日の夜は、泣き疲れて寝てしまった美李ちゃんが起きず、当然服を掴まれたままの俺もそのまま布団で横になることになった。
晩ご飯は各自適当って事にしてもらった。俺も今は食欲がないし、とにかく疲れた……実際に死にそうな目にあったんだし、これくらいで済んでよかったよ。
「あの、わたしもそちらで寝ていいですか?」
「……うん、そうだね。俺も今日は皆と一緒がいいな」
「はい、ありがとうございます」
俺と一緒に目の前で悪意に晒されていた沙里ちゃんも相当怖かったはずだ。今日は俺も側に皆がいて欲しい。ピーリィは今ご飯を食べてると思うが、寝る時になったらきっと近くに来るんだろうな。
「……あ。そういや風呂入ってないや。ごめん、ちょっと今日はもう動けそうにないから、それでもいい?」
「はい。わたしも今日は……すみません!わたしもその、このままで、いいですか?」
「勿論大丈夫だよ。とにかく今日は疲れたから寝ちゃおう。色々考えるのは明日起きてからってことで」
「はい。では……」
隣に布団を繋げて、そのまますぐに俺達の横に寝転がる。ちょっと顔が近くてドキッとしたけど、間にいる美李ちゃん共々五体満足で一緒にいられる事を喜ぼう。
「それじゃあ、おやすみ」
「あ、あの!その……手を、貸してもらってもいいですか……?」
「えっと、それじゃあ美李ちゃんに腕枕して、その手をそっちに伸ばしていい、かな?」
「はい!ありがとうございます」
凄く嬉しそうな顔で俺の手を包んでくる優しい感触に、かなり心臓がうるさくなってしまった。これ、気付かれないよね?あと、手に汗出てきたらどうしよう!?
動揺している俺をよそに、頬ずりする形で寝息を立て始める沙里ちゃん。安心して寝てくれるのは嬉しいが、無防備すぎてこっちの眠気が飛んでしまった……
(まいったなぁ……全然嫌じゃないけど、これじゃ落ち着かないよ)
それからどれほど時間が過ぎたか分からないが、風呂を済ませたピーリィや姫様達が部屋に入ってくる。
「あー!ピィリもー!」
「しー。2人とも寝てるから、そっとしてあげてね?」
まさに飛ぶ勢いでこちらに駆け出そうとしたピーリィに、口に人差し指を当てる仕草で理解してもらう。優しい子だからね、すぐに分かってくれる。
「はーイ。ねぇ、ピィリもいい?」
「うん、おいで」
空いている右側へ手招きすると、駆け出そうとして思い出して、そーっと右脇に丸くなって収まった。頭を撫でると気持ちよさそうに擦り寄る。
「あら、ヒバリさん今日も人気者ですね。ニア、私達の場所が残ってません。出遅れてしまいましたわ」
「では自分達はヒバリさんの顔に近くなるよう配置いたしましょう」
「それなら皆様のお顔も近くていいですね。さすがです!」
わざとらしい会話をする2人は放置して、結局皆小声でも届く距離で集まって寝る事になった。これって、この先部屋を大きくしても変わらないんじゃ?って思えてくるなぁ。
「女性用の大部屋、ただの物置と着替えの場所になってません?」
「あら、ヒバリさんはお嫌でしたか?」
「嫌っていうか、寧ろ嬉しいけど……一応男なんだけどなぁ」
クスクスと小声で笑いあう2人。
「勿論ちゃんと分かっています。それでも皆で一緒にいたいという好意からですよ?」
「自分もヒバリさんを好ましく思っておりますよ?」
……あれだな。過去に経験あるんだが、”やさしくていい人だけど、恋人はちょっと”ってやつだな。はぁ。
「あら、本気にされなかったようですね」
「この状況では仕方がないかと思われます」
いまだ楽しそうに笑いあう2人を見ていて、なんだか一気に力が抜けて、いい感じに眠気が戻ってきた。もうあとはこのまま寝てしまおう。
「そろそろ……寝ますね。おやすみなさい」
「はい。ヒバリさん、今日は本当にお疲れ様でした」
「護衛を優先し、お役に立てず申し訳ありませんでした」
2人の少し真剣味の帯びた声が聞こえたが、すでにヒバリの意識は眠りの中へ落ちていった後だった。
翌朝……にはまだ早い時間。
もぞもぞ動く気配に意識が呼び戻されて目を開けると、美李ちゃんがしがみついたまま動いていた。
「美李ちゃん……起きてるの?」
「ッ!ごめんなさい、起こしちゃった……?」
「俺も早くに寝ちゃったから大丈夫だよ」
「う、うん……」
答えつつも苦しそうな顔をする美李ちゃんに異変を感じ、一気に目が覚めた。
「どうしたの?熱があるのかな?」
「そうじゃなくて、その…………と、トイレに行きたい、の!」
……ん?ちょっと理解できず固まった俺に、切羽詰った美李ちゃんが、
「トイレに行きたいけど、怖くて一人じゃ無理なのぉ。お願い、一緒に行って!」
涙目になっている美李ちゃんを見てやっと理解でき、ああ!と返事していた。トイレを我慢しててもじもじしてたのかぁ。って、感心してる場合じゃないな。
「分かった。じゃあこのまま連れてくよ」
服にしがみついたままだったので、ピーリィから右手をそっと抜いて毛布を掛け直し、美李ちゃんを抱える。
「そっとね!そっとだからね!?」
かなり限界らしい言葉にこちらも少し緊張してしまうが、部屋を出てすぐだしさっさとこのミッションをクリアしよう!
「さ、着いたから降ろすよ」
「う、うん。ヒバリお兄ちゃんも、中に入ってくれるよね……?」
「すぐ外にいるから!大丈夫ここにいるから!」
「絶対だよ?いなくなったらやだよ!?」
ミッションが高難度になりそうな所を回避し、ずっと声を掛け合いながらのお花摘みに付き合うことになった。でも、トイレは別の袋の空間だからしっかりと開け口があるのに、完全に閉じると怖いからと隙間を開けて横に立つって……結局難易度は高いままだったよなぁ。
手を洗いに行くついでに立ち寄ったキッチンで、くぅ〜っと可愛らしい音が鳴った。そういえば俺達は夕べご飯食べてなかったんだった。
「軽く何か作ろうか?」
「う、うん……」
さっきはトイレの音が聞こえそうなくらいだったのに、お腹の音を聞かれる方が恥ずかしいのか、なんてよく分からない感想を抱きながら食料を漁る。
「俺もご飯食べずに寝ちゃったからお腹空いたんだよね〜。何がいいかな?」
「んーと、ご飯がいいな!」
美李ちゃんの要望に答え、おにぎりを作る事にした。今がっつり食べちゃったら朝食べられないからちょっとだけだが。ご飯は炊きたてを袋で保存してあるからすぐだし。
ツナもどきをマヨネーズと和えて、海苔の代わりに砂糖で少し丈夫にした薄焼き卵を作って包んでみた。
「甘い卵焼き美味しい、なぁ〜……」
「海苔がなかったからやってみたけど、結構いいね」
次は魚の塩焼きや別のおかずで試してもいいかも。おにぎりは色々遊べるから楽しい。これも米さまさまってやつだな!
夜食を食べ終えて、あともう少し寝直す事にした。戻って同じ体勢にした時、手に夜食の匂いが残っていたせいかピーリィが無意識に指を舐めてきた時は声を上げそうになって焦ったわ……
翌朝。
「おはようございます」
まだ寝ぼけてはいるが目を開けた俺に、沙里ちゃんが挨拶をしてきた。
「ん。おはよう……って、近くない、かな?」
確か夜食を食べた後また美李ちゃんに腕枕して、その時は沙里ちゃんは手を握ってなかったはずなんだが、何故か今度は美李ちゃんと俺の手の両方に擦り寄る感じでこっちを見ていた。
「夜中に美李とだけ美味しいものを食べてたんですから、これくらいいいですよねー?」
あの時少し遅れて沙里ちゃんも目が覚めたらしい。でも、甘えている美李ちゃんに遠慮してそのまま先に寝直したそうだ。目の前でおにぎり食べてるのを見て我慢したっていうんだから、それなら一緒に食べればよかったのに。
「あの時間に食べたら太っちゃうじゃないですか!」
……すみません、配慮が足りませんでした。
全員起きてから風呂に入った。その後また薄焼き卵で包んだおにぎりを作る事になり、今度はもっと具材の種類を増やしてみた。美李ちゃんとピーリィも作りたいと言い出したので、俺のスキル特製の手袋をしてもらって作らせた。これならほとんど熱さを感じないし手に付かないから安心だね!
「さて。ではここから昨日の反省会をいたしましょう」
全員にお茶が行き渡った所で、姫様がそう切り出した。
皆の表情が重苦しいものに変わるが、これは絶対やっておかなければだめだ。次は同じ目に遭わない様にここできっちり原因を潰す!
「回復薬や解毒薬といった魔法を使わないで使えるものは揃えたいですね」
「あと、魔法は出し惜しみなされない方がいいと思います。あ、サリスさんの場合は秘匿なので別としますが」
そうなんだ。道具類が足りないのもあるが、あの時沙里ちゃんや美李ちゃんの魔法に頼ってもよかったんだよね。さすがに殺せとは言えないが、それでも妨害になる程度なら離れた場所から確実に出来たはず。
それを指示出来なかったと言うより、そこまで苦労しないだろうと高をくくった。考え自体が甘すぎたんだ。
それから戦闘面でのダメ出し等も行い、粗方話が出来た所で姫様が〆る。
「以前にも申しましたが、皆様の世界と比べてこちらは命の扱いが軽いとは思いますが、どうか、まずは皆様が無事に戻るためにも生き延びて頂きたいのです。
勝手な事を言っていると自覚もありますが、ご無理をさせますが、これからの旅でもご自身を、仲間をお守り下さい」
深々と頭を下げる姫様。
「召喚の事は前にも言ったとおりもう今となってはしょうがないです。今回は人の悪意に慣れてない俺達にはショックでしたが、助けもあって全員無事でした。
次はこんな事にならないように、少しずつでもいいから訓練する時間が欲しいですね。魔法も武器も使い慣れれば間違いを起こす事も少なくなるでしょうし、何より俺達は鍛えた分だけ成長しますからね。簡単にはやられなくなりますよ」
ただ……
「沙里ちゃんと美李ちゃんは、どうする?」
「わたしは……」 「うぅ……」
昨日の事を思い出して躊躇してる2人。
「強制は出来ないけど、素振りや魔法の練習だけはしておけばステータスは上がると思う。まずは基本からやり直してみない?」
しっかりと目線を合わせて2人の表情を見る。ダメなら無理はさせない。
「それだったら」 「うん……」
「ちゃんと準備もしてステータスが上がれば、ただ力に倒れる事もなくなる。だから、2人にも成長してもらえると嬉しい。
……ほんとはここで”俺が守る!”って言い切れたらかっこいいんだろうけど、ステータスは魔力以外俺敵わないからなぁ。何で俺、ここまで力が上がらないんだろ?」
ふう、と溜息をつくとピーリィが背中に飛びついてきた。
「ダいじょぶ!ヒバリのこと、またピィリがまもるよー!」
「うん、ありがとう。でも無茶だけはダメだよ?俺だってピーリィが傷付くの見るの嫌だからね?」
「じゃアいっしょにツヨクなる!」
「よし!それならピーリィに訓練付き合ってもらおうかな!」
「マカセテー!」
ピーリィと訓練の約束をしてそのまま背負って立ち上がると、右腕に美李ちゃんが飛びついてきた。さすがにそれくらいじゃ倒れはしないが、ちょっと驚いた。
「どうしたの?」
「訓練、あたしもやるよ……!」
小さい声だが、しっかりと宣言する美李ちゃん。
「そっか。じゃあ一緒に頑張ろうね!」
すると、空いていた左手をそっと握る沙里ちゃん。
「わたしも。皆が怪我しないように、もっと強くなります!」
「もう前回みたいに油断しないで対応出来るよう頑張ろう!」
なんかいっぱい背負ってるお父さんみたいな格好になってしまったが、そのまま姫様とトニアさんを見て、
「そんなわけで、最低限身を守れるよう俺達を鍛えてください。お願いします!」
首だけだがお辞儀をすると皆同じく首だけ動かした。くっつくのが優先なようだ。俺も慣れた……嘘、嬉しいからこのままでいいのだ。
俺達だけで話が纏まるのを待っていた2人が、お願いされて快く了承してくれた。訓練はお昼の前に行い、もし敵が現れたらその時はずらして行うということに。
「あ、それと今はまだ薬は何も手に入らないから、後でマスクを作ってみますね。ないよりは絶対いいですから、早めにやってみます」
よし、やれる事はやろう。