靴と篭手
夕べから必死に編み上げていた靴を作り上げ、履いては調整して、やっと2足が完成した。まだ女性陣からは採寸してないから、今は自分のだけだ。
「よーしできた!見た目皮靴っぽくしたし、これなら普通の靴に見えるだろ」
朝、リビングに出て自分の靴を編み上げた。だって、夕べは疲れからか早々に寝すぎて、しかも何故か今日も全員俺の部屋(もはやこれからも怪しい)で寝てるんだもん。そんな中で作業できるわけがない。
「次は篭手を完成させておくか。こっちは紐通すだけだからすぐだな」
ある程度緩めにして紐を通しておいて、実際に装着してから紐を締める。ちょっと親指に違和感はあるが、これなら手のひらと手の甲も守れるし、後ろを長く作っているので、肘もある程度カバーできるかな?
最初この編み上げや型で防具全て袋で作ればいいとも考えたんだけど、もし抵抗値以上の攻撃を受けた場合、当たったパーツ全て消失しちゃうんだよね。
つまり、下着や肌着以外全て消失する恐れもある。どこのエロマンガだよっていう事体が、ね……?さすがにそれはまずい。
なので、今までどおり鎧は通常の物を使い、そこを補強していく。靴はまぁ消えても予備をすぐ出して履けばいいだけだし。篭手も同じだ。ただ、盾はちょっと仕掛けやポケットもあって複雑だから、これは絶対今の方がいい。
ボウガンの矢もナイフも武器も盾のポケット使ってるから便利なんだよね。それと、敵の魔法攻撃吸収もこの盾ならではってやつだ。
「おはようございます、ヒバリさん。もう起きてたんですね」
「おはよ、沙里ちゃん。昨日あれだけ寝ちゃったから目が覚めちゃったよ」
篭手の調整をしてたら、起きて来た沙里ちゃんに気付かなかったな。挨拶しつつも昨日の事で苦笑しつつ答える。
「夕べほとんど食べてないでしょう?先に何か作りましょうか?」
「大丈夫。起きてから勝手に少しつまんでたからね!」
「そうでしたか……あ。靴、完成したんですね。なるほど、これだと日本の靴とそう変わらないんですねぇ」
サイズが合わないのを承知で予備の俺の靴を貸して、それを試しに履いて歩いてみてる。日本のだって靴底ゴムだったり上部はナイロンや樹脂で作ってるだろうから、そんなには変わらないのかもしれない。
ただ、靴の中底には皮か布を敷いた方がいいかも。靴下を履いてるとそこまでは気にならないが、すっと履けないのはちょっとストレスだ。
「ほんとは袋を靴の形にして、袋を開けて履くようにしようと思ったんだけど、それだとちゃんと地面を踏んでるのか足の感覚がおかしくなるんだよね。だから編み上げにしたんだ」
そんな会話をして、あとは女性陣の採寸が終わったら順次作るよ、なんて言っているうちに、トニアさんと姫様が起きて来る。リビングのテーブルには俺が使ってた素材が散らばっているので、作業していた事を察したのだろう。
「おはようございます。今度は何を作っていらしたのですか?」
「おはようございます。察するに、沙里さんが履いている靴が今回作られた物ですか?」
昨日と今さっき沙里ちゃんに話した内容をもう一度2人に聞かせて、沙里ちゃんから渡された靴を順番に履いて試していた。ついでだからどんなデザインがいいか、採寸前に確認しておこうかな?
俺のは足首より上あたりまでのブーツだ。登山靴をイメージして作ってみた。靴底はでこぼこを作ってみたが、これは色々試さないと分からないし専門外だから適当だ。女性なら脛の半分以上隠せるブーツがいいのかなぁ?
「これもおもしろいですね!ヒバリさんの袋って、半分は袋の扱いしていない気がしてまいりましたね!」
ぺったんぺったんとサイズの合わない靴で歩き回る姫様。その隣では俺が履いていた方を借りていったトニアさんが、中にタオルを入れてサイズを調整して飛び跳ねたり反復横とびのような事を繰り返している。
「自分もこの形でお願いします。袋の性質上、蹴りは軽減されてしまうと言う事でしたが、それ以上にこの耐久性と運動性でしたらこちらがいいですね。そして音が出ない所も素晴らしいです!」
よほど楽しいのか、反復横とびの速度が尋常じゃない感じになってきたよ!?
「トニアさん!採寸してサイズ調整したのを渡しますから、今は待って!あと、どうしてもそれで暴れたいなら奥の空き部屋で!」
さっきまで姿がぶれるほどだったトニアさんがピタッと止まって、
「……失礼しました」
「まだ侍女としてではなく、私に打ち解けてくれた頃を思い出しますね」
クスクスと笑いながら言う姫様と、ばつが悪そうに横を向くトニアさん。そっか、昔はもっと活発と言うか無邪気な行動が多かったのかぁ。
じーっとトニアさんを見ていたらしく、こちらに気付いた途端、
「ヒバリさん、お時間がおありでしたらすぐに作ってくださいますとありがたいのでお願いします。採寸ですか?じゃあヒバリさん、どうぞ」
一気に捲し立てた挙句、靴を脱いでその素足を俺の前へと差し出して見下ろす。何これ?俺がマゾだったら足を舐めてるような絵面……
「じゃあせっかくですので、私も採寸お願いしますね?ヒバリさん」
トニアさんと並んで素足を差し出す姫様。
「わたしは美李を採寸して、あとで渡しますね」
「ん、よろしくね。ピーリィのはちょっと特殊になるから、後で俺が直接聞きながら作るよ」
話しつつも足を出す2人に椅子を用意し、床に紙を敷いてそこに足を置いてもらう。そこからペンで足の形をなぞる様に滑らせていく。まずはトニアさんから。
「んっ……ぁ…………ん!」
もじもじと体を揺らしながらも足を型紙から離さない様に耐えるトニアさん。時折声が漏れて…その……ひっじょーにヤバいんだが。
「……え、えっと、私は沙里さんに採寸していただきますね!」
そそくさと逃げ出す姫様。トニアさんは意地でもこれで終わらせると言わんばかりにこちらを睨みつけながら作業を促す。分かりましたすぐやりますってば!
悶々とする気持ちを抑え、そういえば肉球はないんだなーと別な事を考えてごまかしつつ進める。紐をメジャー代わりにしたりと、なんとか靴底と上部の採寸が終わった。
「じゃあ早速作っちゃいますか!」
2度自分の靴を完成させているので、パーツ袋を作るのはイメージしやすくなった。あとは調整がいるから、本人がいるうちに実際に合わせてもらった方がすぐに済む。
靴底の裏に適当な溝と紐を通す穴を付けて、上部も型紙に合わせて縫い上げる穴と靴紐を通す穴を付けて、さっと作り上げる。色は同じ茶色だ。
「仮だけど編み上げてみますのでもうちょっと待ってくださいね」
「はい、お願いします」
袋が作られるのが面白いのか、俺の手元をじーっと見ていた。
「これで一旦履いてみてください。それからどうして欲しいか遠慮せず言ってくださいね。一度決めちゃえばちゃんとした型紙が出来るので、次が楽になりますから」
美李ちゃんやピーリィは成長期だからぐんぐん大きくなるから毎回合わせた方がいいだろうけど、それ以外はそうそう変わらないはず。
「そうですね……では、もう少し底を広くして、つま先はもう少し高くて――」
しばらく意見を聞いて調整し、決まったところで型紙に落とし直してから2足分のパーツを作り上げる。後の縫い上げは自分でやるそうなので、お任せしておいた。
あ、姫様の靴のパーツが出来たら、こちらもトニアさんが編み上げたいって言ってたので、作ったら渡しておこう。
そんな作業をしていたら、やっと美李ちゃんとピーリィが起きて来た。
「おはよー……」 「おはヨぉ〜」
「2人ともおはよう。まずは顔を洗っておいで。そしたら2人も靴の採寸するから、美李ちゃんは沙里ちゃんに、ピーリィは俺のところに来てね。ああ、でももう10時だから少ししたらお昼ご飯だからね」
今日こんな時間でも動かないのは、さすがに対人戦後は精神的に疲れていたようで、トニアさんが今日は昼過ぎから移動しましょう、と提案してくれていたのだ。だからじっくりと靴や篭手を作る時間があるってわけだ。
「ピーリィ、靴を作りたいからご飯の後で声かけてくれるかな?」
「ハーい!」
「じゃあまずは顔を洗っておいで。美李ちゃん、そこで寝ちゃだめだよ」
気付くとリビング横のソファでぐでーっとしてる美李ちゃんがいた。
そのまま休ませてあげ、俺は次の篭手の型紙に入る。こちらは紙を直接折り曲げて型を作り、それに合わせてパーツと紐をつくるだけだ。篭手の形は俺のと同じでいいと言っていたので余計に簡単だ。
ただ、袋としての開け口を手のひらの部分にして、収納量を少し増やして欲しいと言っていた。
「ここにナイフや小道具を仕込めば、盾が無くとも何かしら緊急時に使えるでしょうし。しかしこうなると、服も靴も盾も、鞘ですら収納量が多い上に機密性の高い隠し場所になってしまうのですね……
ヒバリさんに身体検査をしても何も見つけられない恐ろしさを改めて実感いたしました。本当に敵にならなくてよかったですよ。一流の暗殺者に知られたらと思うと……いえ、これ以上はやめます。ヒバリさんを信頼しております。」
まただよ。褒められたと思ったらやっぱりまた危険人物扱いだった!
仕方ないんだろうなとは思いつつ、袋詰めのスキルで装備品やら暗器かと言われてもおかしくない隠しポケット作ってるんだもんなぁ、と自分のスキルの使い方に苦笑してしまう。
「はい、じゃあこの篭手のパーツも紐で調整してくださいね」
「ありがとうございます」
沙里ちゃんと姫様の分も同じサイズでいいと言うので、6セット分を手渡す。そしてそのまま女性用大部屋へと運んで行った。
「まだ沙里ちゃんは採寸終わってないようだし……ああ、美李ちゃん達は風呂行ったのか。じゃあせっかくだし何かいつもと違う料理を作るか!」
キッチンで豚肉・魚・貝・海老・を取り出し、肉類を下味処理しておく。あとは小麦粉・溶き卵・パン粉を用意して油を温めれば揚げ物の準備は完了だ。
「これだけじゃちょっと重いか……」
トマトとバジルとチーズを使ってカプレーゼを作り、パンも焼き始める。あとはつけ合わせキャベツの千切りを先に盛り付けて、ウスターソースも出しておく。
「しまった。揚げ物って下処理さえ終わっちゃえばすぐなんだよなぁ」
うーん、と唸りつつテーブルを見て、チーズに目を止める。デザート、か。チーズケーキならすぐじゃないかな?クッキー砕いて生地にして、ゼラチンと柔らかめのクリームチーズっぽいものと、あとは砂糖と生クリームだっけ?
久しぶりなので必死に思い出しながら材料を準備していると、昼ご飯の支度に来た沙里ちゃんが声を掛けてくる。
「ヒバリさん、レアチーズケーキを作るんですか?なら、あとはレモン汁も用意した方がいいですよ」
「ああ、レモン汁かぁ。何か忘れてると思ってたんだよ、ありがと!そういや揚げ物にもレモン汁使うから丁度いいのか。うん、そうだな」
「じゃあわたしは揚げ物をしますから、ヒバリさんはそのまま続けてください」
俺の独り言にクスクス笑いながらも、昼ご飯は何を作るかはすぐに察して手早く進めていく。
「沙里ちゃんの手際のよさはスキルもあるんだろうけど、家でも普段料理してたの?」
「そうですね……両親とも働いていましたので、家の事は美李も手伝ってくれてましたが、毎日やっていました」
「そっか、だから作る姿も様になってるんだねぇ。お母さん……って言い方は失礼か。家だから、奥さんって感じなのかな?うん、似合ってるよ」
「…ッ!」
隣でビクッとしながら肉を油に投げるように入れてしまった沙里ちゃんが、油はねに後退って俺に抱きつかれるように収まった。
「大丈夫?火傷しなかった!?」
「は、はい!だいじょうぶです!」
勢いよく離れてテーブルに足をぶつけつつ菜箸を持ったままぶんぶん手を振ってアピールする。やがて怪訝な顔をした後、少し落ち着いたのかすぐに揚げている肉の様子を見ている。
「深い意味があるわけじゃないのはわかってますが、そうですか、天然の方ですか……」
なんかブツブツと言いながら揚げ物の続きをしているが、火傷もなさそうだし大丈夫だろう。それにちょっと顔怖いからこれ以上聞けない……
「そういえば、このゼラチンって作るのに苦労したよなぁ」
「ああ、骨を煮込むのはあの家の時は臭いが凄かったですよねぇ」
がらスープや豚骨スープもだが、骨を煮込むととにかく脂の臭いが凄い!トニアさんが特に嫌そうな顔してたっけ。今は収納袋の中だから臭いは拡散せずに消えてしまうから、これのおかげで相当助かってるんだよね。
骨を煮込んで煮込んで濃度を増し、そこから冷めない内に布でろ過して不純物を一切飛ばす。たったこれだけの作業だが、煮込むのもろ過もめんどくさいのだ。
「一度に大量に作れるからいいけど、そうそうやりたくないんだよねこれ……」
「手間を考えるとそうでしょうね。普通なら魔法で乾燥させるべきでしょうが、保存袋なら大丈夫だし、溶かさなくていいのは使いやすくていいですよね」
そんな雑談をしていたらいつもの沙里ちゃんに戻っていたのでこっそり安堵の息を漏らしたのはないしょだ。よかった。
「昼から豪勢ですね。何かあったのですか?」
「いやぁ、今日は靴と篭手作製しかしてなかったからなんとなく持て余してしまって……で、たまには俺がご飯作ろうかと思ったらやりすぎました」
やっぱりミックスフライはやりすぎたかなぁと苦笑していたら、お風呂上りで濡れた髪や翼のまま美李ちゃんとピーリィがやってくる。
「おおー?エビフライがある!とんかつもー!?」
「えびふリャー?」
途中で沙里ちゃんに捕まって、ドライヤーの魔法を使って2人の髪を乾かし始めた。ほんとにいいお母さんだな!姫様も拭くのを手伝っているが、やっぱり妹が出来たようで嬉しそうだ。
2人が2人を構っているので、トニアさんが残りの配膳を手伝ってくれた。
「ありがとうございます。今のうちにタルタルソースも作っちゃいますね」
といっても、酢漬けの胡瓜もどきとゆで卵を刻んでマヨネーズと混ぜるだけだけど。
「はい、ちゃんと乾いたかな?こっちは準備出来たから食べられるなら座ってー」
髪を梳いている途中だったらしく、ピーリィが一番に抜け出して席に着く。さすがに翼の手で箸は無理だからフォークを握ってスタンバイOKってところだ。
美李ちゃんは綺麗にしてもらってから席に着く。おお、なんか女の子っぽい(本人には言えない)お淑やかさが!ピーリィが来てからお姉ちゃんっぽさが出てきたなぁ。
トニアさんも焼きたてのパンを中央に置いた所で席に着き、全員集合した。
「では、いただきます!」
「エビフライいただきっ!」
食べ始めた途端お淑やかさが吹っ飛ぶ美李ちゃん。短い時間だったな……
「タルタルソースとウスターソースを混ぜても美味しいですねぇ」
さっそくアレンジを楽しむ姫様。それを真似するトニアさん。そして、ソースでべたべたにしたピーリィの世話をしながら食べる沙里ちゃんは、やっぱりお母さんだ。
「まだ食べられそうなら、最後にデザートあるからね」
「「「ッ!」」」
作っている所を見ていた沙里ちゃん以外が反応する。あ、だから沙里ちゃんちょっと控え目に食べてたのか!なんだかんだでカロリー気にしてたのね。男料理は茶色だったりカロリー爆盛りだって言われる理由は自分で分かったわ……
「おおー!」
食後のレアチーズケーキを切り分けて皆の前に並べてから俺も食べた。
「甘いものとチーズというのは相性がいいのですねぇ」
お茶を飲みつつ、簡単な方法で作ったケーキを喜んでもらえて少し申し訳ないなぁと思いながら、もうちょっと工夫すればとあれこれ考えていた。
喜んでもらえてるのに、素直に嬉しいと思えてない自分に呆れるが、まぁこれは納得の出来じゃなかったんだから仕方ないかなぁ。
食べた分は動きたい所だが、今日はまだ馬車を走らせていないので、さっそく出発して北の街を目指す。予定ではペースがいいので明日には着きそうという話だ。出来れば今日なるべく進んで、明日は陽が暮れる前には街に入りたい。
そして、この日夕方まで走ったおかげか、翌日の昼過ぎには北の国境街であるカルバクロールへと到着したのである。
第4章はここまでとなります。
次回から第5章開始です。よろしくお願いします。