テント袋から居住袋へ
「みテー!飛べルノー!」
練習場の中で木から木へ飛び移りつつどうだと言わんばかりにこちらに声を投げるピーリィ。すっかり羽の動かし方をマスターしたようだ。
「すごいな!たった4日でこんなに飛べるようになったのかぁ。ピーリィは言葉を覚えるのも早いし、びっくりしちゃうよ」
「きゃぁっキャ!」
こちらに飛んできて、勢いを殺しつつふわっと抱きついて来たピーリィを撫でながら褒めると、嬉しそうにしがみついてきた。
「あとは外でちゃんと飛べるか、皆がいる時に試してもらうかな?この中じゃ重力が違うから、あまりずっとここで慣れてしまうのはよくないだろうし」
その時はこの部屋はいらなくなるなーとぼそっと言ったらピーリィと美李ちゃんに反対された。木の上からクッションに飛び込む遊びが気に入ってるらしい。
聞けば他の3人もその遊びをしているらしい。え?俺以外全員?初めて知ったんだけど?まぁ、いいか。娯楽も少ないし楽しんでるなら残そう。
そして朝ご飯を食べ終えた後、昨日袋詰めスキルがLV5になった事を報告した。
「というわけで、袋の最大が10mになりました。そこで、今までのこのテント袋を含めて、部屋とかの収納袋作り直したいんだよね。ピーリィにも開閉許可を付けたいし。
それと、テント袋は袋の作り方をちょっと弄って部屋ごとに壁で仕切られるようにやり直すんだ。だから、間取りを皆にも相談したいんだ。
あと最後はトニアさんと俺が特に関わるんだけど、今まで入り口が縦横1mだったから交代で見張りをしていたけど、今度は最大10mまで作り変える事が出来るので馬車も中に入れます。勿論中では仕切りで分けるか別の収納袋で中に入れるかはこれから決めるけどね」
今回やりたいのはそういった事なのだ。
ただ、完全に見張りがいらなくなるかと言えばまだ微妙な所なんだが、テント袋を木々の間にするか何処かの岩陰にするか、その時によって隠す場所は異なるだろうが、そこはカモフラージュをかけるのでほぼ見付からないと言っていい。
外で火事のような突発的な出来事があると困るので、外枠は収納袋の二重構造にして、1層目が壊れたら感知できるからその時はこっそり外の様子を窺うつもりだ。
不安なら時折外を監視してもいいし。その時だけダークミストを発動すれば外の気配察知はすぐに出来る。ほんのちょっとだけ隙間を開けておいて魔法発動維持って手もあるけど。
とにかくこれで、今まで屈んでしか入れなかったのが普通に入れるようになるってことだ。パーティメンバーがほぼ女性だから間違って見ない様に気を使うのは大変なんだよ……
「全部いっぺんに作るのは魔力がもたないので、これからひとつずつ作って、最後に一気に入れ替える予定です。自分の部屋が欲しい人は間取りしっかり教えてね!」
個人ごとの部屋を考えるのかと思っていたら、全員で相談しながら決めるらしい。俺は自分用の寝室をちょっと広めにし、来客があった時はここに寝かせればいいかな?と考えていた。
それにベッドはいらないけど、入り口以外床を一段高く作って土足厳禁にして足を開放したい!布団も袋クッションををマットにして敷布団を乗せれば十分だし。むしろベッドより親しみがある。
なお、寝室は全員一緒という年少組の主張はやんわりと却下させていただきました。
主だった間取りはこうだ。
・玄関兼荷車置き場
・馬小屋(ここだけ更に別の収納袋部屋を作り、糞尿処理を楽にする
・客間
・キッチン
・リビング(一角にピーリィの練習部屋設置
・浴室と洗面所
・トイレ(男女それぞれの部屋の側に配置
・女性大部屋
・男性部屋兼和風リビング
・一番奥に空き部屋
・各部屋押入れ風収納袋設置
壁は床以外はアイボリー、床だけブラウンにして、押入れは使う人用に色分けするつもりだ。配色は、
沙里→水色
美李→ピンク
姫様→白
トニア→青紫
ピーリィ→黄色
の予定である。
まぁ、開けようと思えばどこでも出口は作れてしまうが、入り口は玄関にのみ繋がるようになっている。出る時もここを利用する癖をつけるほうがいいだろう。
二重構造なのでちょっと出入口は厚めになるが、開けるのに特に大した手間でもなかった。ただ、荷車が入る高さ(3m)だからちょっとコツというか開けようとする意識がいつもよりいるくらいかな?
朝食後出発したが、申し訳ないが御者はトニアさんと沙里ちゃん、そして姫様が覚えたいと言って3人が2人ずつ交代で行ってくれた。
まずは外枠となる収納袋を作り、魔力が回復してから今度は間取りを思い浮かべながら袋の内部に壁や扉をイメージしつつゆっくりと、確実に、いつもより多くの魔力を消費して作り上げていく。
出来上がったら内部を確認してみる。男部屋の床の段差が気に入らず、作り直すために袋を消す。そして魔力が回復したらもう一度じっくりと作る。
俺と遊びたがっていた美李ちゃんとピーリィも、真剣に取り組んでる俺に遠慮して2人で遊んでは昼寝していた。
結局昼間を目一杯使ってやっと完成させた。一度失敗して魔力回復待ちになったのが大きなロスだった……消費魔力がすごいからなぁ。
まだ押入れは出来てないが大枠は完成したので、外用テント袋に内装用袋を重ねて一応は完成した。もはやテントというレベルじゃないねこれ!居住袋とでも言っておこうかな。
夕方というには少し早い時間だが、今日はここまでということで馬車を止めた。引越しに時間がかかるってことは伝えてあるからね。
まずは外見はなんちゃらドアの大型版のような形をした居住袋を岩壁に固定し、馬車をそのまま中へ入れる。玄関に荷車を置いて、馬は隣の藁を敷いた部屋へ移す。
入り口を閉じる前に外からカモフラージュで岩と同化させて隠してから中に戻ってドアを閉じた。これで外からは見えないので、何かの偶然でもない限りは安全だ。
「うわぁ…広いですねぇ。あ、わたしはキッチン周りを整えますね!」
「ほんと広ーい!ピィちゃん、一緒に中をみてこよ!」
「うン!」
沙里ちゃんはさっそくキッチンを使えるようにと、前のテント袋から道具を引越しさせている。年少組は中を探検だ。
「では自分は浴槽を移動させましょう」
「私も手伝いますよ。あ、先に各部屋に明かりを作っておきますね」
トニアさんは浴槽や洗面所周りの備品の引越しを始めていた。あとはトイレもこちらの指定場所(扉は赤)に設置している。姫様は玄関とキッチンに光魔法で明かりをつけたあと、各部屋も灯してくれていた。
俺も男用の居間(和室だから和名で呼ぶことにした)に衣服や布団、ちゃぶ台にクッションと引越しを始めた。
あとは男用トイレ(扉は青)も設置し、押入れ袋を作って中に木で作った衣装掛け台を立てる。中に使わない武具も入れる予定だ。
声を掛けて女性用大部屋に皆の分の押し入れも作って置いておく。どこに誰のをというのは分からないから、作って並べただけだ。中では美李ちゃんとピーリィが「えっほえっほ!」という掛け声を出しながらベッドを運び込んでいた。
他の部屋も見て回ったが特に問題ないかな?客間のテーブルセットがないから、これは後で調達しないとだめだなぁ。といっても、街に行かないと手に入らないからほんと後回しだけど。
リビングの片隅に飛ぶ練習部屋を置いて、一番奥の空き部屋に訓練用の木剣等を入れておく。これで粗方片付いたかな?あとは自分の部屋に専念しよう!
床に広い布を敷いて、その上にちゃぶ台。試しに隣に布団を敷いてみる。
「うん、和室というか日本の部屋だ。あとは畳とPCと本棚とTVがあれば完璧だな!」
もちろん本棚以外はここにはありえないが。
「うわー。ここだけすっごく元の世界みたいだねぇ」
「ここ、入っていいノ?」
振り向くと入り口から2人が見ていた。関心してる美李ちゃんと、見たこともない形(今までのテント袋の部屋でも初めてだったらしいが)にキョロキョロするピーリィ。
「いらっしゃい。そこで靴を脱いで入っておいで。あ、ピーリィはそこのマットで足を拭くだけでいいよ。こうやって、ね?」
実際に足を擦るように拭く動作をしてみせ、2人を招き入れる。8畳程度の広さだから3人でもまだまだ余裕がある。日本の自宅よりも広い上に道具が少ないから余計に広く感じるなぁ。
「あたしもこういう部屋にしてもらえばよかったかな〜」
クッションを枕にごろごろしてる美李ちゃん。
「でも姫様もトニアさんも靴を脱いだままの生活は知らないだろうから、なかなか難しいところだね……あとは女性部屋を半分そうする?」
「んー……なんかわるいきがするぅ」
気を使わなくてもいいんだよ?と隣に座って頭を撫でていると、美李ちゃんと同じようにごろごろと布団の上で遊んでいたピーリィが、何時の間にやらにじり寄って膝枕にされていた。
「こうやって、遠慮せずに過ごしてくれればいいんだよ」
と言いつつ、もう片手でピーリィを撫でる。ふぴゅぅと気持ちよさげに弛緩するピーリィを見て、美李ちゃんも膝枕をしたいらしく倒れこんできた。
撫でるのも膝枕も全然いいけど、これは座椅子が欲しいな……
結局その後、女性部屋の奥半分近くを新たな袋を重ねて20cmほど床を底上げした。LV5になったおかげか、前は最大厚1cmが今は10cmまでいけたのだ。
沙里ちゃんも靴を脱いで生活したかったらしく、2人はベッドよりも敷布団を選んだようだ。やっぱり日本人だとこうなるよねぇ。もっと早くに提案してあげればよかったな。
新しいテントというか家での晩御飯は、いつもどおり賑やかで美味しかった。ピーリィが鶏の唐揚げを美味しそうに食べているのは大丈夫か心配になって聞いたが、元々肉も野菜も食べてたんだから平気なのは当然か。
そろそろ新しいメニューも考えたいなぁ。とはいえ、山脈の北側は魔物も多いため、町どころか村も存在しない。ここを越えれば点々とあるらしいからそれまで新しい食材の購入は我慢だ。
一応、猪や鶏などの野獣も仕留めてるし、まだまだ大量に保管してある食材も手付かずだから空腹の心配がないんだけどね。
それでも今多いのはゴブリンとオークを筆頭に、水辺が近いとブルーリザードという水棲の魔物もいた。意外と素早い大トカゲだが、パワーファイターである美李ちゃんにとってはまだまだ余裕のようだ。俺じゃ傷は付けられても斬り飛ばす事も叩き潰す事も出来ないのに……
見張りの必要もないし、女性陣から先に風呂に行ってもらい、俺は最後にゆっくりと浸かってから浴槽を洗ってお湯を排水袋に捨てる。後の処理は朝に外へ出た時でいいだろうしこのままで。
キッチンで飲み物を用意して部屋に戻ると、何故かピーリィが寝床の大籠を持参で座っていた。ピーリィは丸くなって寝るため、籠がベッドになるのだ。
……って、そうじゃなくて。
「どうしたー?みんなと一緒に寝ないの?」
「ピィリこっちがイイ」
籠を置いてぺしぺしと翼である腕で叩く。
「皆にはちゃんと話してきた?」
「うン!ヒバリがイイならイイッテ!」
んー……寝相と言っても籠の中だし、特に問題はないのかな?
「わかった。じゃあピーリィはそこでいいのかな?俺はこっちに布団敷くか。えっと、まずはマット代わりの袋敷いてっと……」
布団の位置を決めると、即座にその横に籠を持ってきて中に入ってこっちを見るピーリィ。そういや、いつもは美李ちゃんのすぐ隣で寝てるって言ってたっけ。
「まぁいいや。それじゃ、おやすみ」
「オヤスミー」
光度を落とすサインとして光球に触れ、ピーリィの頭を撫でてから毛布をかけつつ寝転がる。あまり緊張感がないのも問題かもしれないが、見張りの必要もなくぐっすり寝られるのは久々だなぁ。しっかり休もう。
「んぅ……ん?」
足が動かし辛いなぁと思いつつ目が覚めると、俺の敷布団の上で丸くなってる羽毛というかピーリィがいた。昔飼ってた猫と同じことしてるし!
「ほら、朝だぞー」
起こしながら魔道具である時計を見ると、すでに7時は過ぎていた。こりゃぁもう沙里ちゃん達はもう起きて朝御飯の準備しちゃってるなぁ。
「んーーーっ!」
ぐぐーっと伸びをするピーリィ。ハイちょっと待った!なんで服着てないの!?寝る前はちゃんと着てたじゃん!って、服が籠に投げ出されてるし……
「はい、ちゃんと服を着る!もしこれからもここで寝るなら、ちゃんと服を着ないとだめだからね?」
「えぇ〜服、寝るの邪魔だヨぉ」
「それなら女の子達の部屋に行ってもらうしかないなぁ」
「むー。わかっタぁ。しょーがナイなーヒバリお兄ちゃんハー」
なぜ拗ねる時は美李ちゃんの真似するの……?ま、まぁとにかく約束はしたし、次からは気をつけてもらうしかないな。女の子なんだから、羞恥心ってものも覚えてもらうしかないだろう。
「と、言うわけで。沙里ちゃん、ちょっとピーリィに女の子としての行動を教えてあげてください!まずは人前では服を脱がない事から!」
「ああ、朝騒がしいと思ったらそういう事だったんですね。分かりました。ヒバリさんの部屋は楽しそうですね。わたしも今度お邪魔していいですか?」
クスクスと笑いながら料理を並べ、珍しく沙里ちゃんがからかってくる。
「ハッハッハー。布団持参でどうぞ!」
「あ、言いましたね?美李ー、今度ヒバリさんの部屋でお泊り会やるってー」
奥の女性部屋に聞こえる様にちょっと声を大きくして言うと、何故か俺の部屋からピーリィと一緒に出てきた。ちゃんと服を着ているところを見ると、どうやら美李ちゃんが着せてくれていたらしい。
ドタドタパタパタ駆け寄ってきて、
「ほんと!?じゃあ今日の夜ね!」
と、沙里ちゃんに約束を取り付ける美李ちゃん。横のピーリィも喜んでいるけど、キミはもう俺の部屋に居付く事になってるでしょ?
ていうか、なんか勝手に話が進んでる気がする……
結局その日の夜は、全員が8畳の部屋に布団持参で泊まりに来た。皆ノリがいいなぁ。もしこれ毎回やってたら、部屋分けた意味があまりないよね!?