ピーリィの練習
「ピィちゃん、いくよー?馬!」
「ウーま?」
「そうそう!うま!」
「ウま!」
「次はー、馬車!」
「ヴ…ヴしぇ…」
「ば・しゃ!」
「バァ・しゃ!」
「きゃー!ピィちゃん言えてるよー!」
ピーリィに言葉を教える美李ちゃんが、言えたらきゃっきゃと褒める事を繰り返していた。どうやら呼び名は”ピィちゃん”で決まったらしい。
褒められて抱きしめられるピーリィも嬉しいらしく、その度にキュイキュイとご機嫌な声を上げていた。自分の妹だと言わんばかりの美李ちゃんの世話焼きを見て、ピーリィには「美李ちゃんの事をお姉ちゃんだと思って色々頼ってね」と伝えると、2人ともきゃっきゃぴーぴーと手を取り合って飛び跳ねていた。
すばらしいWIN=WIN関係である。
しばらくすると今度は歌で言葉を覚えさせるようにしたようで、馬車の中で2人の歌声が心地よく続く。御者台にいた沙里ちゃんとトニアさんに交代するよと声を掛け、後ろから聞こえてくる歌声に首を揺らせながら馬車を走らせる昼下がり。
そんな歌声が聴こえなくなったので後ろを見れば、歌い疲れたのか2人ともお昼寝タイムに突入だった。美李ちゃんは沙里ちゃんに、ピーリィは姫様に膝枕されている。ちょっと羨ましい。
そんな姫様も、ピーリィの頭を撫でて癒されているようだ。美李ちゃんと一緒で末っ子である姫様も、妹のような存在は嬉しいんだろうね。
手の空いたトニアさんが御者台の方に顔を出してきたので、思い出した事を聞いてみる事にした。例の殺されていた人の件だ。
「結局あの人たちの遺体は放置してきたけどよかったんですかね?」
「魔物に殺されたのですからこちらは何も気に病む事はありません。むしろ、ピーリィさんの母上にあのような所業ををしでかしたのですから、当然の報いとも言えるでしょう」
ああ、やっぱりトニアさんも相当頭にきてたんだろうなぁ。
「まぁ確かに俺としても気分のいい出来事とは言えなかったからいいですが、ギルドカードくらいは回収してギルドに届けた方がよかったのかなって」
「今は少しでも目に付く行動は控えた方がよろしいかと。それにあの遺体なら魔物の仕業だとすぐに分かりますから次に誰かが通りかかったら届けに行って下さるでしょう」
ちなみに、道で誰かが死んでたとして、それを発見したら荷物も所持金もその発見者の物になる。ただし、ギルドカード等身分証を持っていたら各街のギルドに届ける事が義務付けられているそうだ。あくまで義務だが。
だから今回は何も取らないし何も届けない。魔物は倒してから魔石を取ったので、そこに魔物の遺体は残らない。つまり”そんなの見てません”で通してしまおうと言う事だね。
「出来れば次の街までに、ピーリィにはある程度普通に話せるようになっててくれるといいんだけど、美李ちゃんのおかげで結構早く発音は問題なくなりそうですよね」
「ええ、あの子は賢いですね。母上を亡くされたばかりだというのに、強い子です。自分としてはあの子には早めに飛ぶ練習もさせてあげたいのですが……」
「そうですね……飛ぶ事を教えてあげられる人もいないですね」
さすがに鳥関連に知り合いはいないし、なにより魔物が多くなっているこの麓の森ではどこか飛んで離れてしまっては危険すぎる。ダメだダメだ!そんなことはさせるわけにはいかない!
でも、種族として飛べないのは同族と共に生きてはいけない。そして鳥人族はゲームで知るハーピーのように呪歌があるそうで、味方支援や敵弱体化など効果のある技があるとのこと。
本来なら同族からその教育も受けておかなければいけないそうだ。ただ、トニアさんも鳥人族が人の村や街で暮らしているのをほとんど見た事がないらしい。これも後でどうにかしないといけない問題だなぁ。
その日の晩、見張りをしながらピーリィの練習部屋を作れないか試していた。中は広く高く、色は水色。そしてその下には茶色で四角いクッションを敷き詰めた。このクッションの四方には引っ掛け用の穴が開いており、縦長に作った袋をロープ代わりにして次々と結んで一つの大きなクッションにする事にした。
あとはこのままだと止まり木がないので、そこは本物の木を切って四隅に1本ずつ立てかけてみようかな?下は倒れないようにあとで美李ちゃんに土魔法で固定してもらおう!
せっせとクッションを作っては結び、と繰り返しているとトニアさんから交代の時間だと言われて気付く。真面目に見張りしてなかった……いや、気配察知はしていたよ!
ただこの気配察知、今回の件で更にひとつ欠点が見えた。
”魔力や魔石の無い物には反応しない”
(何か魔力遮断で隠されていても反応しない)
判明したのは、ピーリィの母親がすでに亡くなっていた事にも気付けなかったし、魔物に襲われてた人も死んだら反応は消えた。そして当然だが魔力を使っていない罠にも反応しない。
例えば、何かの遺体を使って別の魔物や野獣を誘き寄せる罠があったとしても、実際に見ないとそれに気づけない。少しでも生きてさえ入れば誰にでも魔力はあるので動物だろうが分かるけど。
つまり、目視はやっぱり重要なのだ。
そして今までの内容は、作業に没頭していた俺がトニアさんに怒られていた内容でした。すんませんでした!!!
「ヒバリさん、せっかく交代したのですから寝ていただかないと……」
「もう少し!もう少しでキリのいい所まで終わるんで!」
トニアさんに見張りを交代してもらった後も、総MPが半分を切った倦怠感と戦いながらせっせとクッションを繋げる。どうせMPは寝てる間に回復するし、鎧や盾の袋補修はピーリィの胸当ての調整をやってもらってる時に一緒にやればいいだろう。
結局残りMPが1/3切った途端に抗えずにぱたりと寝落ちた。ダークミストも途切れただろうが、トニアさんからは叱られなかった。絶対そうなるってオチが見えてたんだろうなぁ。ほんとすんません……
すぐに夜が明けて朝になった。
賑やかな声に目が覚めて、身支度を整える。
それからまた沙里ちゃんに家事を押し付けてしまう事に謝りながら、美李ちゃんにピーリィの飛ぶ練習場を作ってるから止まり木として使えそうな木を4本伐採するのを手伝ってもらう。
そのままだと入らないので、丸太にした上で中に入れて土魔法でT字にしてから四隅に固定してもらった。俺、指示ばっかりでほとんどやってもらっちゃったけど。
あとは姫様に光魔法で明かりを灯してもらい、残っていたクッションを仕上げる。縦横15mくらい、高さ10mくらいだろうか?かなりMPを注ぎ込む事にはなったが、持ち前の総量&回復スピードを生かして何とかなったよ……
「さあ、ここがピーリィの飛ぶ練習場所だ!」
朝食が終わった後にテント袋内に設置した箱型の袋の中へ皆を案内する。テント袋自体は閉じてないので、外の気配は感じる事ができるようにしてあるので、トニアさんにも見てもらっている。
「壁が水色だからぶつからない様に気をつけてね。木から木を目指して練習して、もし落ちても下はクッションになってるからね!
ただ、攻撃するようにクッションに強い衝撃を当てると割れちゃうから気をつけて欲しいのと、この中は身体が軽くなるから外ではもっと大変なのは覚えておいてね?」
「一人で練習させるのは危ないですから、必ず誰かもう一人を付けた方がよいでしょうね。それとここの扉は常に開けておいた方が声が届きます」
姫様が補足して話をまとめてくれた。
当の本人は美李ちゃんと一緒にクッションに飛び込んでぽんぽん跳ねて遊んでいた。うん、だから途中から大人組だけで会話になっちゃったんだけどね!
「実際に飛び方を教える人はいませんが、ここなら安全に飛び方を覚える事が出来るでしょう。夕べ魔力枯渇手前まで頑張った甲斐がありましたね?」
ちょっといたずらめいた顔で夕べの顛末を話してしまうトニアさん。ここ最近笑顔が増えたと姫様にからかわれて、今度はトニアさんも焦る番となっていた。
姫様が人をからかうのが好きなのは分かっていたが、トニアさんもそういう事をしてくるとは……でも、楽しんでいるようだしいい傾向なのかも?
馬車が走り出しても美李ちゃんとピーリィは練習場で遊ぶとの事で、今日も仲良く一緒に過ごすようだ。そして遊びつかれて出てきてすぐに寝ちゃうのも一緒だった。ほんと仲がいいなぁ。
少しずつ羽ばたき方を覚え、実際に飛べるようになったのは(練習場限定だが)それから4日後だった。この分なら外で飛べる日ももうすぐだろう。まだ危険だから少しずつにするけど。
そして試行錯誤で色々袋を作っていたら、その日の夜に袋詰めのスキルがLV5になっていた。その内容は、
”LV5:袋の最大範囲が10㎥に拡大される”
えぇー……
これ、もうちょっと早く覚えてたら、練習場のクッション4枚くらいで作れたんじゃ?あれだけ苦労して倒れるまで結んだ苦労が台無しだよ……