少女の初めての戦闘
「はぁッ!!!」
相手の剣をしっかり最後まで見てからかわし、そのがら空きの脇腹をすれ違い様に一閃してゴブリンを斬り伏せる。たった一撃で勝負は付いた。
そんな沙里ちゃんの姿を、盾でゴブリンの攻撃を受け流しながら見た。
俺の方はまだ終わっていない。攻撃を受け流しつつ突き、そして何度目かの突きでついにゴブリンが倒れ、首元に剣を降ろして止めを刺した。
いやいや、沙里ちゃん怖くないのか……?
なんかあっさりとゴブリンを片付けた沙里ちゃんを呆然とした目で見てたが、今はトニアさんが魔石の回収を教えている。頷きながら躊躇いも無くナイフを突き入れていた。
そっちも抵抗ないの……?
もはや完全に格の違いを見せ付けられたような敗北感を味わいつつも、俺も解体を始めることにした。うげぇ、やっぱりこの肉を裂く感触気持ち悪いよ……
「ありがとうございます!おかげさまで助かりました。いやはや、お嬢さん達はお強いですなぁ。私共も冒険者を護衛に雇っていたのですが、不意打ちを食らって離されてしまったのですよ」
お嬢さん達ってのは、投げナイフだけで倒すトニアさんとこちらも一撃で倒した沙里ちゃんのことだね。俺は含まれてないのはわかってるよ!
話を聞くと、この人は商人であり南回りからジバル(王都を出て東に少し向かった先の村)経由で王都へ行く途中であり、戦闘中だった冒険者の方から逃げている最中だったとのこと。
しばらく世間話のような相手の一方的な会話を聞いていると、馬車が近づいてくる気配を捕まえた。中には冒険者4名が乗っているようで、この人らが護衛で雇われたという人達なのだろう。
「馬車が近づいてきてるようですね。もしかしてあれが話にあった人達ですか?」
目が良いようなフリをして馬車の来る方角を見ていると、まだ商人達には見えないのか目を細めていた。次第にその姿が見えてくると、喜色を浮かべて手を振っていた。
「無事でしたか!よかったぁ〜……」
リーダーと思われる剣士が真っ先に声を掛け、安堵していた。全員なんらかの怪我をしていたが動けなくなるほどじゃないようだ。
聞けば20匹近いゴブリンの集団が潜んでいたらしく、なんとか大半を自分らに引き付けて商人を逃がしたそうだ。だから4匹だけで済んでいたってわけか。
それでも非戦闘員である商人には死ぬ思いで逃げていたのだろう。というか、俺だって初戦は1匹でも怖かったんだし、一般人じゃステータスなんて低いどころじゃないからなぁ。
「本当に助かりました。ありがとうございました!お時間がございましたら、王都までおいで下さい!是非ともお礼をさせていただきたいです」
いや、その王都から逃げてきた所なんだが……
「私達はこのまま南下して山脈を迂回しつつトルキスへ向かっている所なのです。お礼はありがたいですが、戻って時間を費やすわけにはいきませんのでお気遣い無く」
すぐに姫様が対応し、その間に沙里ちゃんや美李ちゃんにお互いの名前を呼ばないようにそっと注意しておく。情報を漏らすとどこに繋がるかわからないからね。
あの偽勇者の時もトニアさんとお互いの名前を呼ばなかったのはそのためだ。名前がばれていないなら、わざわざ教えてやる必要はないってね。
「でしたら何かお困りの物はございませんかな?わたくしは商いをする身、何かございましたらそれをお礼として受け取っていただきたい!」
「あー……それでしたら王都であまり見かけないような食材って何かあります?俺はこのパーティでの料理担当でもあるんですよ。出来たら新しいものが作れたらいいなって」
それならば、とさっそく馬車の中に入って探し始める商人。するといくつかの麻袋を出してきた。
「一般に麦と言うと小麦の粉ばかりですが、こちらはパンにも使われることもある大麦でございます。そのままスープ煮込んでも召し上がれますので是非どうぞ それとこちらは帝国領ではよく見かけますが王都ではあまり使われていない香辛料をいくつかいかがでしょう?普段とは違う味付けと言う意味ではよろしいかと」
大麦の粒もあったのか!粉ばかりみてたから粒は他地域で直接購入じゃないと無理って言われてたんだよなぁ。米が欲しいけど、これならちょっと似た様な料理が作れるかも!
あとはこの香辛料ってクミンじゃないか?もの凄いカレーの匂いだし。唐辛子とコリアンダーもどきもあるし、これならカレーが作れるかも?ちょっと試してみないとだな〜。
「どうやらお気に召したようでなによりです。香辛料の方も帝国領へ行けばさらに色々な種類がありますので、いずれそういった物も仕入れられたらと思っております。是非ご期待下さい!」
あれこれ考えていた俺は相当周りが見えてなかったようで、何か暖かい目を向けられていた。うん、もうこれ交渉どころじゃなく決定で。
「それでは、よい旅を!」
商人さんと護衛任務の冒険者さんのグループに別れを告げ、俺達も馬車を走らせる。俺達と反対方向へと走っていく馬車は、やがて林の陰に隠れて見えなくなった。
「とりあえず追手とかじゃなかったようで何よりだったね。ちょっと疑ってみてたけど、鑑定した限りじゃ王宮貴族との繋がりは大したことなさそうだったし」
「雇っていた冒険者達の強さからもそう大きな商会ではないでしょう。ただこちらは全員が表に出てしまっていたので、メンバーの数が割れてしまいました。次回からはそちらも気をつけておきましょう」
トニアさんと御者台にて反省会をしたあと、沙里ちゃんに話しかけた。
「初めての戦闘だったのに、すごい落ち着いて倒してたね。俺なんて震えちゃって全然だめだったよ。まぁ今回も似たようなものだったけどね」
ちょっと暢気な口調にしてみたが、沙里ちゃんは少し苦しそうな顔を見せ、
「ゴブリンの攻撃は源さんのおかげでよく見えましたが、あの…斬る時の感触は、こう…嫌な感じが残りますね。魔物だと言い聞かせて魔石を取りました。食材の解体と思えば、それなりに大丈夫になりました」
そういや女性の方が身体上、血や怪我に強いとは聞いたことがある。やっぱり男は血を見るのが苦手な人の方が多いし、女性の方が抵抗ないのはそのせいかもしれないな。
以上、俺のヘタレ言い訳はおわり!
だって斬るとか解体以前に、落ち着いて相手の攻撃見てかわしてるんだもん。つまりは俺がどれだけヘタレかってことでしょ?はぁ。次の戦闘の時には少しでもうまく立ち回りたいなぁ。
そこから数時間ほど走って陽が真上に昇る頃にお昼休憩を取る事にした。また馬車の外にテーブルを出して、美李ちゃんのリクエストであったサンドイッチを並べる。
「ツナ(マグロ使ってないけど)って意外と簡単に作れるから、あとで沙里ちゃんも作ってみる?材料煮込んで油に漬け込むだけだしすぐだよ」
「はい。あとでお米が見付かったらおにぎりにも入れたいです」
先程からツナばかりを狙ってる沙里ちゃんをみて、相当好きなんだなと眺めていた。会話からそれを察したようで、少し頬を染めながらもはむっと食べる姿は普段より幼く見える。
「あたしは卵サンドがいちばん美味しいなぁ。今度は卵サンドにもお肉が入ったのも食べたいです!」
リクエストする時何故か元気に敬語を使う美李ちゃんにOKを出して横を見ると、姫様が野菜とチーズを、トニアさんが肉が入ったものを中心に食べていた。なんか好みがよくわかるような光景だな。
昼食後にのんびりしていると、姉妹が揃ってどこかへ行こうとしていた。
「あれ、どこかいくの?危ないから付いていこうか?」
「いえ!2人で大丈夫ですから!」
慌てて断る沙里ちゃんの盾の隙間から黒い袋が見えてしまった。ああ、トイレのアレを外に埋めに行く所だったのか……そりゃぁ恥ずかしいよなぁ。
「んー、とにかく気をつけてね?」
なるべく気づいている事を悟られないようのんびりと答えておいた。
……急に動く気配が範囲内に入ってきた事に驚いて飛び起きた。
数は6匹だが、何か違うのが1匹混ざっている……これは、オークだ!ゴブリンじゃないぞ!一際体格の違う気配が伝わってくるがこれ、
「沙里ちゃん達に向かって走ってる!?」
テント袋内で片付けをしてる姫様とトニアさんにオークの事を伝え、俺はすぐに馬車を飛び出した。そんなに遠く離れていないので、オーク達より先に合流できるはずだ!
「沙里ちゃん美李ちゃん!気配察知を!オークとゴブリンが来てる!」
叫びながら必死に走ると、丁度ゴブリン達が俺と同時くらいにその場に姿を現した。オークは足が遅いのか少し後方にいるようだった。
走りながら用意したボウガンを構え、沙里ちゃん達に撃つ事を伝えて横に飛びのいてもらう。ダート矢を番えては撃ち、3匹は減らした。
その間に沙里ちゃんも1匹を倒していた。これでゴブリンは残り2匹。それとゴブリン3匹を片付けている間にオークが姿を現した。ゴブリンよりも筋肉と脂肪で体の大きい、鉈のような武器をもった魔物が構える。
「GYAAAAAAAAAA!!!」
威嚇するかのように大声で叫び、それによって美李ちゃんが腰を抜かしてしまった。まずい、オークがそれをチャンスと見て飛び掛っていく!
ゴブリンをもう1匹ボウガンで仕留め、あと1匹の注意がこちらに向いたところで沙里ちゃんを見ると、なんとか盾で受け流してはいるが攻撃出来ないでいる。
すぐ後ろには立てない美李ちゃんが。これでは避ける事も出来ない沙里ちゃんはいい的になってしまっていた。くそ、ゴブリン邪魔だ!
盾でゴブリンの顔面を叩いてよろけたところを剣で斬り裂く。2度目の攻撃でゴブリンが倒れた。これであと1匹……オークのみだ。
そこには少しずつ切り傷を増やしている沙里ちゃんと、それをしゃがんで泣き叫んでいる美李ちゃんがいた。俺はボウガンで牽制するが、痛みを感じないのかこちらに向かない。
剣で突撃するしかない、と切り替えていると美李ちゃんが盾の収納ポケットから槌を取り出しているのが見えた。そして立ち上がり、
「おねえちゃんをいじめるなあああああああああああッ!」
沙里ちゃんが盾で攻撃を流したところへ、美李ちゃんが大きく振りかぶってオークの脳天へ強烈な撃ち下ろしを繰り出し、そのままオークの頭部ごと地面へめり込ませて……痙攣したあとに動かなくなった。
泣き顔でぐしゃぐしゃになりながら、肩で息をしながらも槌を離せないでいる美李ちゃんに、沙里ちゃんが後ろから抱きとめてやっと槌から手を離した。
わんわん泣きながら沙里ちゃんに抱きつき、やがて安心したのかそのまま意識を失って寝てしまったようだ。
「よかった……どうなるかと思ったけど、美李ちゃんが動いてくれて助かったね。しかし、オークを一撃かぁ。とんでもないパワーだな」
「美李が動けない時はどうしたらいいか焦りましたが、無事でよかったです」
いや、沙里ちゃんは無事じゃないでしょ。女の子がそんなに切り傷作っちゃって。確か姫様が魔法で治療出来るはずだから……って、姫様達どうしたんだ?
「やっと追いつきましたか。さすがに馬車を放置するわけにも行かず、木々を迂回していたら今までかかってしまいましたよ。どうしてこんなに離れた場所まで来てしまったんですか?さすがに無用心ですよ」
愚痴をこぼしつつ叱るトニアさんと、まあまあとフォローに入りつつ沙里ちゃんの治療をしてくれる姫様。そういや馬車の事忘れてたわ。
「治療は馬車の中でもできますし、後は移動しながらにしましょう。美李さんもベッドで寝かせた方がいいでしょうしね」
ひとつ手を打って指示を出す姫様に従って、まずは馬車を走らせる事にした。ダークミストの範囲を広げてみたが、今のところ進路上に魔物はいないようだし、とにかく進んでおこう。
「すみません。ちょっと花畑が見えて、それに釣られて2人で見に行っていたんです。そしたら後ろからヒバリさんの叫び声が聞こえて……」
「次回からは気をつけてください。3人はまだ初めてこの世界を見ているところなのです。何が危険で何が失敗に繋がるか、経験しつつ生き抜いていかねばなりませんから」
今度は沙里ちゃんとトニアさんの反省会になってしまったか。
そうして夕方まで走り、周りに異常がない小さな木々の陰に馬車を止めて、今日はここで野宿することに決定した。
晩御飯の準備でテント袋に入ると美李ちゃんが騒がしさに目が覚めたようだ。少しボーっとしてから先程の事を思い出したのか、表情を硬くした。
そして、こう宣言した。
「これからはあたしも戦います。おねえちゃんと、皆といっしょに!」
美李ちゃんもついに戦う覚悟を決めたのだった。