魔物との初戦闘
「では、ヒバリさんが一人で戦ってみてください」
……え?いきなり一人?ゴブリン3匹同時???
何を言ってるの?と後ろにいるトニアさんを見ると、いたって平然とそちらこそ何で驚くの?といった顔をしていた。
「…ああ。そうですね、馬車にカモフラージュをかけて隠して、馬が混乱しないように影響受けない印をつけておいてください」
「えっと、そっちはやりますけどそれじゃないです。初めての戦闘なんですが、3匹を一人で相手、ですか?自慢じゃないですが俺のDEXって素早さにあまり影響ないただの器用貧乏ってやつですよ?」
「ああ、そちらの心配でしたか」
いや、あとどちらの心配があるってんですかこの人は。
「ヒバリさん達の世界は平和な場所だったと聞いておりますが、源様との訓練を見ていた限りではまったく問題はないかと。大丈夫です。ゴブリン程度でしたら、源様の威力・速度・威圧のどれを取ってもまったく比べ物になりません。まずは落ち着いて敵を見てください。
ですがそうですね……2匹は自分が排除しますので、残り1匹と戦ってください」
そんな値引き交渉のような話をしているうちにゴブリンたちも俺達の存在を認識してギャギャ!と声のようなものを発していた。あちらは殺る気満々である。
ボウガンを出そうとしたら止められ、まずは盾でいなして剣で倒せとトニアさんに言われ、渋々ボウガンを仕舞いなおす。
「あーもー、やるしかないか!」
駆け寄ってくるゴブリンの内、2匹が短くギ!と叫んだと思ったら首に深々とナイフが刺さっていた。そのまま倒れ、ビクビクと体を震わせている。
残り1匹は仲間が倒れた事に気付いていないのか、そのままこちらに向かってくる。血の跡かただの錆なのか、片手剣は少し古ぼけてはいるがそれが殺傷出来る武器であると見せ付けられる。
怖い……覚悟を決めたと思ったが、そう簡単にいくわけないか……
こいつは俺を殺す為に向かって来ている。そしてゴブリンは人を食う。その現実がここにはある。そして俺はこいつを殺さなければならない。
足が竦み手が震え、喉が渇く。
俺が怯えているのが分かり、一際大きい声で叫びつつ剣で襲い掛かってくる。無意識に盾を構え、その後ろに頭を隠し受け止める。
ゴッ!という鈍い音と共に来る衝撃。踏ん張れていない俺は軽く後ろへ数歩飛ばされた。盾の表面に装着された袋に当たったため、手に伝わる感触がおかしかったのか、ゴブリンが動きを止めて自らの手を見ている。
「ヒバリさん、今の相手は隙だらけですよ!止まっていては勝てません!それに相手から目を逸らして受け止めていては、もし今のが牽制だったら次に足を斬られていましたよ。
源様との訓練をよく思い出してください。そして、相手を倒さなければ死ぬのは自分ですよ。動けなくなったものから死ぬのですから」
トニアさんの檄にゴブリンも戦闘中だと思い出し、俺に向かって構えなおす。冷静にいるトニアさんの目を見て少し落ち着きを取り戻した。
また剣を振り下ろしてくるゴブリン。それを今度はなんとか受け流す。確かに源さんの様な衝撃は来ない。それに一撃ごとに本当に長い隙を見せるゴブリン。
確かに耐えられる威力だった。トニアさんの言うとおり源さんと比べたらまったく問題なかった。もう一撃を振ってくる剣を盾で押し返し、体勢が崩れた所を一気に脇から斜めに斬り上げると、呆気なく上半身が斬り飛ばされて落ちるのが見えた。
手に肉を斬った嫌な感触が残り、また震え始めた。
周りを見ると死体が3つ。2つはトニアさんのナイフによる刺殺、そしてもうひとつは、俺が斬り飛ばした肉塊がそこにあった。
トニアさんへ振り返ると、
「お疲れ様でした。初めは体は固まっていましたが、その後はお見事でしたよ。では、魔石を取り出しましょう。まずはナイフで胸を開きます。
……ああ、これは魔石ごと斬って傷付けてしまったようですね。これは使えませんね。お教えしてなかったこちらのミスです」
戦闘評価をしつつ、ゴブリンであったものの死体の胸を切り裂き内臓を避けて魔石を取り出す。これ、やらなきゃだめですか……?
「勿論です。素材の一部は加工品として使えますし、魔物の核である魔石はそれこそ需要に対して供給が追いついておりません。
ゴブリンでは大した素材はないので魔石だけ取りますが、素材が必要な場合は魔石は後回しにしないと、魔石を取り出したらほら、」
と言ってゴブリンを指差すと、死体が黒い灰の様にさらさらと崩れて消えていった。魔物の死体はこうして崩れて消えてしまうらしい。魔族はと言うと、こんな消え方はしないと過去の書物に記載されているそうだ。
「結局、魔物っていったい何なんですかね?」
「詳しい事は分かってはいませんが、大陸各地で”発生”しています。魔物には繁殖力は無いのですが、行動は生物のそれと同じようにするそうです。ですので、先程のゴブリンやオークなどは女性を攫って犯すといった行動をとるのです」
「最悪だなほんと。でも増えるからには母体となるものがあるはずだし、そこが魔族と繋がりがあるから魔族が嫌われてるのかなぁ」
「一般的に魔族と魔物の違いは話が出来るほどの知性があるかないかと言われているのはお話しましたが、魔物は核となる魔石があり魔族にはありません。勿論亜人にも魔石はありません。
ですから、本来は魔族と魔物は別物と考える説が有力視されていたのです。あの宗教のせいで同一視される事がありますが、複数の研究者は繋がりはないと公表していたのです。
その発言力のあった者もすでに数名が病気や事故で亡くなっています。おそらくかの者達に消されたと思われます。それからは研究者達も表立っての発言を避け、鳴りを潜めているようです」
「やっぱり魔族と魔物って繋がりがないと思っていいんですか?」
「過去に村を襲った魔物は魔族の命令に従っていたように見えた、という話も有りますので、一概にはそうとは言い切れないところですね」
結局魔石の採取はトニアさんに任せてしまったが、こうして会話することでなんとか落ち着いて来た。自分が殺したという現実を受け止めるにはまだまだだが。
その後は特に異常はなく、眠れなくなった俺はトニアさんと見張りを交代させてもらって夜を明かした。
朝起きてきた皆と入れ替わるようにテント袋に入って顔を洗ったり身支度を整えてから朝食作りを行う。途中で中に戻ってきた沙里ちゃんが手伝ってくれたので、今回はパンを焼くことにした。
酵母はワイン製造所で分けてもらい、時間経過の無い袋で保存してある。それと、生地を醗酵させるために時間経過のある袋で、人肌くらいの温度の風を入れてから閉じておいた。
あとは成形して魔石オーブンに入れて焼くだけだ。結局手間がかかるのは醗酵であって、焼くのは時間さえあればいいんだもんな。どうせなら柔らかいパンがいい!この世界のは硬いんだよ……
食材入れ収納鞄から卵と塩漬け猪肉を取り出し、ベーコンエッグもどきを作り、温かいまま保存してたコーンポタージュを取り出して注ぐ。
せっかくの旅なので、テーブルセットを馬車の外に出してそこで食べることにした。
「こんなにふかふかで柔らかいパンを外でも食べられるのは、ヒバリさんのおかげなのですが、旅を始めた事を忘れてしまいそうですね」
「はい。こんな贅沢が出来る冒険者はそうはいないはずです」
姫様やトニアさんもこのパンに慣れたら王宮ですら味気なく感じてしまって大変だった、と言われるほどに気に入ってくれていた。喜んでいいところなのかな?
「そうですね、こちらには食パンがなくて硬い小さいパンばかりでしたし、こうしてトーストを食べられるのはほっとしますね」
「今度はサンドイッチも食べたいなぁ。ヒバリお兄ちゃん、作れる?」
「おう。ツナもどきマヨ、卵、ベーコンレタスもどきと、あとはポテサラあたりかなぁ。それくらいなら余ったパンで今作っておく?」
「あ!じゃあお昼はサンドイッチがいいです!」
沙里ちゃんがコーンスープにパンを浸して食べて一息ついていた。美李ちゃんは今日も元気一杯なようでなによりだ。相変わらずコーンポタージュのお代わりもしていたしね。
朝食を済ませ、全てが片付いたら移動を開始する。今日は沙里ちゃんも御者経験を積んでもらうために、トニアさんが教えながらとなっている。その間に俺は仮眠して、あとでトニアさんと交代して彼女にも仮眠を取ってもらう予定だ。
そしてしばらく馬車を走らせ、徐々に大きく見えてくる山脈。平野部より林の方が多くなる景色。すると進路先に、ダークミストの範囲内でゴブリンが4匹と、それから逃げるような馬車がいるのが分かった。
「ゴブリンに追いかけられている馬車がいますね。それに街道から少し外れてきていますから、あのままでは林の中に入って追いつかれるでしょう。どうなさいますか?」
「どうせこのままだとこっちが追いついちゃうから助けましょう」
「厄介な相手でしたら助けた後はすぐに立ち去りましょう。ここで城へ通報されては危険ですから」
会話をしつつも武器の準備をし、速度を上げる。美李ちゃんは姫様にお願いして今回は沙里ちゃんも戦闘に参加する事になった。前回同様2匹はトニアさんが受け持ち、残りを1対1で戦え、とのことだ。またやらなきゃ、か……
そんな溜息を沙里ちゃんに見られてしまい、苦笑いで返した。
「すごく嫌だけど、やらなければこちらが殺されるだけだからね。これも慣れるしかないんだろう。でも大丈夫、1回戦ったけどよく見れば全然大した事ないよ。源さんの訓練を思い出すと拍子抜けするぐらいだからね。とにかく怪我だけはしないように頑張ろう!」
「はい!」
こうして早くもゴブリンとの第2戦を行う事になった。