お姫様の職業案内
せっかくなので2話もどうぞ。
静かな部屋に響く声。
「それでは、エンドウ様方とキヌマ様の今後についてお話しておきたいと思います」
そんな姫様の言葉から始まった。なんかハローワークで職探しに来た人の気分だ。
いや別に職にあぶれたわけじゃないぞ!?俺はすでに自分の道を見つけたんだから!
「まずはエンドウ様からにしましょう。お二方共に戦闘スキルではございませんでしたので、明日からの訓練には参加なさらなくて結構です。しかしこのまま何もせず、というわけにもいきませんので、スキルを利用して何かを手伝って頂けたらと思います。」
「そうなると……わたしは固有スキルである万能家事を生かすのなら、掃除か厨房のお手伝いということでいいのでしょうか?」
先に答えた長髪ストレートにヘアバンドをした女子高生、遠藤 沙里が先に返事をした。ちょっときつくみえる表情ではあるが可愛らしく、体型はスレンダーだ。
「じゃああたしは家庭菜園だから、お庭でお手伝いだね!」
元気いっぱいなランドセルを背負った幼い女の子は、遠藤 美李。先程の沙里の妹。こちらは肩を超えるくらいの髪を左右に結っている。顔立ちは姉に似て可愛いが、こちらはずっと笑顔だ。
うーん。姉の方も笑ったら妹みたいに可愛さが増すのかなぁ?是非とも見てみたい!
おっと。ずっと2人を見ていたらしく、姉に睨まれてしまった。いかんいかん。
一応自己紹介はここに残って待ってる間に済ませてあるが、人懐っこい妹と違って姉はちょっと近寄りがたい雰囲気を出している。突然こんな事になれば不安の方が大きいのかもしない。
「お二方がよろしければ、そのようにこちらから話を通しておきます。さすがに城内での勤務は難しいでしょう。ご不便かと思いますが、周りの目もありますので。万が一困った事が起きましたら私の名前を言ってくださればある程度抑止力にはなるかと思います。その時は遠慮なさらずどうぞお使い下さい。」
やっぱり厨房や畑仕事って城内じゃ無理だよなぁ。俺も職探しは城外になるんだろうな。
しかしそれだけに安心出来ない事がある。横槍だが聞いておこう。
「ちょっと横から失礼。そもそも小さい子1人を畑仕事に送って大丈夫なのですか?ここの治安もわからんのに美李ちゃんだったか、その子を大人の中に放り込むのは無理があるんじゃ」
「はい。その点でしたら心配には及びません。長く城と付き合いのある者が営む農園がありますので、今回はそちらでみてもらう事を考えていました。そしてサリ様もその農園直営の食堂にて勤めていただけたらと。これでしたらお二方がさほど離れ離れになることはないでしょう」
「なるほど、すでにそういった事まで考えていたのですね。失礼しました」
そう返すと、姫様は少しだけ憂いの無い優しい笑顔を向けてくれた。
ちょっとドキッとしたが、大人の余裕を見せて慌てずに微笑み返す。
(普段からあの笑顔だったらちょっとやばいだろうな。勘違いしないように気をつけよう!)
「それでしたら、わたしの方は何も異存はないです。よろしくお願いします」
「あたしもだいじょうぶ!よろしくおねがいします!」
姉妹揃って姫様に頭を下げているが、そもそもはこちらは召喚に巻き込まれた被害者って事を忘れてる気がするなこの子ら。純真すぎる。変に騙されないといいなとおじさん風がまた出てきちゃったよ。
「お二方には明日の朝案内を出しますので、こちらこそよろしくお願いしますね。
さて、次にキヌマ様の件になりますが……正直どういった事が出来るのかこちらでも判断しかねるのですが、希望をお聞かせいただけませんか?その、ぱっけーじんぐ?でしょうか」
「あー、呼びづらいようなら俺の事はヒバリで結構ですよ。まだスキルを使ったわけじゃないけど、おそらくこれは俺たちの世界でいうチャックの付いたビニール袋だと思う。俺の仕事が袋に食材を詰めるものだったから、それが影響したんじゃないかな?遠藤さんたちなら想像つくよね?」
「は、はい。うちもよく冷蔵庫に小分けに入れてましたから」
「ぴーって閉めて、あとで食べるのにべんりー!」
突然話を振られて困りながらも答えてくれる沙里と、元気よく答える美李。うちらの世界じゃ常識だから分かると思ってた。でもさすがに姫様や従士の人達には通じなかったようだ。そもそもビニールなんてなさそうだもんなぁ。こればっかりは仕方ない。
「あの、でしたら実際にスキルを使ってその袋を作ってくださいませんか?」
ノーザリス殿下、危険です!と声を荒げる従士を抑えつつ、こちらを伺う姫様。
「爆発や攻撃なんて事にならないから大丈夫だと思いますよ。ただ、スキルってどうやったら使えるんですかね?やった事無いので何がなにやら分からないんですよ」
「スキルは自分の一部。使いたいと思えば自然と発動します。魔力を消費しますので、その辺りはどうぞお気を付けて」
促されるまま、意識を集中してみる。俺の中のスキル、俺の中の袋のイメージ。
毎日5000P近くを扱っていた手に馴染んでいたあのパックが浮かび上がる。
そして目の前に現れるウィンドウ
時間経過
・有り
・無し
開閉使用者
・本人のみ
・使用者個別指定
・誰でも
繰り返し使用
・有り
・無し
ああ、こうやって設定していくのか。意識すれば指定出来るようなので、決めていく。
今回は時間経過無し、誰でも使用可、繰り返し無しでいいだろう。この大きさなら消費MPは1で済むようだ。
すべてを決定し終えると、手元が一瞬淡く光りビニール袋が現れる。イメージどおりのものが出てきた事を確認してから姫様……っと、まずは従士に渡す。さすがに得体の知れないものを直接渡すのはまずいよなぁ。
「これは……なんだ?」
「袋です。簡単に閉じる事が出来ます」
「見たことのない材質だが」
「塩化ビニールかポリプロピレンでしょうね」
「ポリ……?で、これで何が出来るんだ?」
「ですから、袋に物を入れられます」
「それ、だけか……?」
「それだけですねぇ」
次々に質問してくる従士に答えていくと、最後には笑いを堪える者と材質を不思議そうにいじるものに
反応が分かれた。そして危険ではないと判断したところで姫様に渡される。
「これに食材を入れられるのですか?」
「そうですね。食材以外でもいいのですが、試しに何か入れてそのチャック部分を横に引いてみてください。」
不思議そうに袋をいじっている姫様をみていたいが、まずは物を閉じ込められるという事をみてもらおう。というか、自分もそれを確認したい。さて、商売に使えるかどうか……
「ではこちらの銀貨をお使いください」
従士が気を利かせてここの通貨(?)を渡している。一瞬鑑定ウィンドウが出るが、邪魔なのですぐ消した。そして、姫様が袋の中に入れてチャックを引いて閉じる。すると普段見慣れたチャック済みの袋が出来上がり、空気も入って膨らみのある袋の中で銀貨が転がる。
「その状態でしたらチャックを開けない限りは取り出せません。ああ、強い衝撃や尖った物で刺したりすると破けるとは思いますが、水も漏れず結構丈夫ですよ。ちょっといいですか?」
姫様から袋を受け取り、美李ちゃんに投げてみる。
「そーれ、いくよー!」(ぽーん)
「わーい!」(ぽーん)
急に遊びだした2人に呆然とする姫様と従士達。
「それは、そうして扱うものなのでしょうか……?」
「ああ、すみません。こんなことしても大丈夫ですよっていうアピールでした。では今度は開封してみてください。同じチャックの所を開けるだけです」
もう一度姫様に渡し、今度は開けてもらう。開けた瞬間チャック部分が消えてなくなった。おそらく繰り返し設定にしなかったせいだろう。そして無事に銀貨を取り出し、従士の手元に返す。
「はい、確かに。ただ、その……これをどう生かして今後に繋げるかが、私には想像がつかないのですが。キヌマ様……ヒバリ様はどういったお考えを?」
もう従士のほとんどが呆れているが、ここはもう開き直ってしっかり交渉しなければ!今後の自分のため、出来うる限りの条件を獲得できなければ生きて行くことも怪しいからなぁ。
「俺はこのスキルを使って、食品加工の卸業をやってみたいと考えています。以前の職業の知識や経験を生かしていけるなら、自分にとってかなり負担がなくなりますからね。そしてこれはお願いなのですが、」
ここで聞いてみた事は、
・販売利権を得る事ができるか
・自分で加工をしたいが、調理道具を用意又は作ってもらえるか
・火や水も使える作業小屋を用意出来るか
・上記の資金提供は可能か
「そうですか。自分でお店を持つのではなく、鍛冶師のように自分の技術を売るような形なのですね?そうなりますと……販売許可証は商品を見てからですが、味や衛生に問題が無ければ可能でしょう。道具はこちらの伝手で鍛冶師を紹介できます。火や水は魔石で賄えますし、作業小屋もすぐに準備しましょう。最後の資金ですが、こちらもまずは商品を見てからになると思います。確認が取れましたら私の方で資金をご用意いたしましょう」
おお!モノさえよければクリア出来るってことか!資金も姫様が受け持ってくれるなら心強い!
「ただし、これはエンドウ様にも関わる事ですが、」
あれ?さっきまでなかった憂い顔がまた……実はここからが本題だったりするのか?
「皆様に給金をお渡しするという話なのですが、こちらは通常10日ごとに金貨10枚です。しかし、大変申し訳ありませんが非戦闘職ということで、金貨1枚となってしまったのです。財務長がこれ以上は出来ないと頑なになってしまい・・・」
そうだろうなぁ。戦闘職は命張って装備やそのメンテ、道具も全部タダってわけじゃないだろうし、こればっかりはしょうがないんだろうな。勝手に呼ばれてそれはないだろう、って姫様が思ってくれるだけマシだう。
「そして住居なのですが、本日は城内でお泊りいただき、翌日からはその……
城外で宿の部屋か家自体をご用意しますので、そちらで生活していただきたいのです。どうしてもその、他の貴族や勇者様との軋轢を産まないためにと、こちらも宰相に押し切られてしまい、力不足で申し訳ありません」
また腰を折って謝罪してくる姫様に従士が慌てて止めるも頑として聞き入れない。
「俺は構いませんよ。だから頭を上げてください。どのみち作業小屋が借りられるならそこに住むつもりでしたし。仕事場と一緒の方が都合がいいですから。それに、かたっくるしいの苦手なんですよ!気楽が一番!」
本当の事だけど、どうにも沈みがちな姫様を見るのが嫌でわざとおどけてみせる。
そしてそれを察してくれたかどうか分からないが、遠藤姉妹も声をかけていた。
「私も出来れば仕事場近くのほうがいいです。無理してここから通うのはどうかと思いますし」
「あたしもおねえちゃんといっしょならいいです!」
そんな姉妹の援護もあり、姫様も少しは安心してもらえたらしい。その後は色々と質問したりして、あらかた聞き終えたところでお開きになった。先に姫様が退出し、それを見届けてから大広間を出る。
遠藤さん姉妹も俺も各々従士に連れられ今夜宿泊する部屋へと案内される。広さは10畳くらいで城の中の割には広くは無いが調度品などを見ても決して悪い部屋じゃないことくらいはわかる。
綺麗なガラスの水差しからコップに水を注いで一気に飲み干す。
(そういえば何も飲まず食わずで立たされていたんだなぁ。そりゃ喉も渇くさ)
(この後運ばれてくる料理を食べて、ちょっと色々整理しよう)
そう思いつつ長靴を脱いでベッドに横になろうと……
慌てて起き上がって外の従士に声をかけた。
「ああああああああッ!すんません!出来たら着る物と履物を用意してもらえませんかね!?」
やっと自分が作業着である白衣のままだったことに気付くのであった。
時間があればこのあと3話も・・・
できたらいいのですが!