中華な試作品と姫様到着
早朝、ヒバリはひとりで素振りをしていた。
体さえ疲れていなければ、DEXの影響で器用さにものを言わせて綺麗に源さんが見せた理想の型をなぞって振り切っていた。そしてそれが出来ると、源さんの振りがいかに綺麗だったのかを実感できる。
関心しつつもひとつひとつを丁寧に振る。そして一度素早く振ってみる。速度を上げるとまだぶれるが、以前よりもかなり安定していた。もっとも、このDEXによってさらに素早く振れるのだが、ヒバリにはそれを何度もやる体力の方がなかったのだ。
「うん。形は出来ているな。後は走りこみでもしてスタミナ付けるしかないのかなぁ?それとSTRが無いからきっと大した攻撃力にはならないかもしれないな」
「おはようございます、ヒバリさん。朝から訓練してたんですね」
もう一度型を見直しながら振っていたら、いつの間にか沙里が見ていた。
側にはまだ目を擦っている美李もいた。
「おはよう沙里ちゃん、美李ちゃん。ほら、俺だけ遅れてるから」
「おはよーヒバリお兄ちゃん。今日は早いんだねー」
大きなあくびをしつつ倉庫の鍵を開け、畑用の農具を出していく。固有スキルもあるが美李自身も畑仕事が好きなのだろう。声を掛けながら水をあげたり土を直したりと動き、最後は鼻歌交じりで収穫して、どうだと言わんばかりにこちらに持ってきてくれた。
「美李ちゃんが育てるとほんと美味しくなるよねぇ。さすが家庭菜園の先生だね!」
「えっへへぇ〜」
もらったトマトを齧りながら、手を拭いたあとで美李ちゃんの頭を撫でつつもらったお礼を言っておいた。褒められて満足したのか、残りを沙里に渡すために家の中にかけていく元気な姿が微笑ましい。
(今日は大丈夫そうだな。姫様達が来るからご機嫌なのかもだけど)
「っと、そうだった。ごめん、ちょっと朝食の準備は2人に任せちゃっていいかな?」
やる事があったのを思い出し、慌てて家の中に声を掛けた。
「はーい、大丈夫ですよ」
「あたしたちにおまかせでーす!」
今のうちに昨夜思いついた事を実験しておきたかったんだ。姫様が来る前に終わらせるためにも、朝製造が始まる前のこの時間しかないんだよね。
「えっと、まずは――」
大体の試したいことは終わって家に戻って再び声を掛ける
「やぁ二人とも。準備はどうかなー?」
「はい、もうすぐ出来ますから席に……」
「え?ヒバリお兄ちゃん?それどうしたの!?」
はい。今俺はカモフラージュの魔法で頭だけあのアンパンなやつの着ぐるみを被っているように見せていたのだ!ほうら、新しい顔だよ!
絶句してる沙里ちゃんと久しぶりにこいつを見て楽しそうな美李ちゃんに説明するために魔法を解いて落ち着かせる。
「えっとね、カモフラージュって魔法あったでしょ?あれで姿を消すというか誤魔化すのは見せてたけど、それを部分的に使えないかなーって試してみたんだ。 今日から姫様を家に匿うわけだから、どうせならバレないように出来ないかな?って。
それと、もしかしたら俺達も後で髪の色だけでも変えた方がいいかもしれないから、そこも考えた実験だったんだ」
ほら、と言いつつ自分の髪をブロンドにしてみた。
「あとこれは、元の姿のままで見せたい人に印を付ければ、他の人には変わって見えるけど、身内にはいつもどおりって事も出来るらしい」
しばらく3人で髪の色を変えたり印を付けて効果を消したりと、カモフラージュで遊んでからの朝食となった。今は全部のカモフラージュは消してある。さすがにいきなり姿変わってたら姫様達を脅かしちゃうからね。
朝食の準備をお願いしたから、食べた後は片付けはこちらでやらせてもらった。その後はいつもの商品製造、そして最近日課の非常用パックの製造を済ませてからまだ作ってない物にチャレンジしてみた。
作ってみたのは、
・ミートソース
・鶏のから揚げの下味加工
・ユーリンソース(甘酢ソース)
・ホワイトソース
さらに調子に乗って、
・春巻き
・餃子
・ワンタン
・シュウマイ
・上記4種の皮
・醤油ラーメンダレ
いやほら、中華麺作っておいて試食の時以外使ってなかったから。また麺作るならいっそ他のもいいかなって、うどんの麺を作る時にちょっと追加で中華シリーズを作ってみたんだよ。
どうせ俺の作った袋に入れれば保存できるからね。ただ、後からだと面倒だからって全てを焼いて茹でて揚げなくてもよかったかなーて反省はしている。
みんなで試食しまくったせいで、お昼ご飯の用意の必要がなくなっちゃったのは誤算だったな。おかげで後から来た源さんが拗ねるし。じーちゃんいい年してほんともう……
姫様を連れ回してから来るって言うから、てっきり昼はいらないもんだと思うじゃん!しかしあの歳でラーメン・餃子・春巻き・シュウマイ・ワンタンスープ用意した全部を平らげるとは思わなかったよ。一緒に食べてた従士も含めてすごいわ。
そんなわけで、
試作品を色々作っているうちに源さんが姫様とトニアさんを連れて家にやって来た。姫様達も少しではあるが餃子以外の中華セットを食べてもらっていた。
その間に俺達は、今回作ったものを沙里ちゃんに教えながらもう一度おさらいをしていた。
「から揚げの下味は塩・胡椒・醤油・酒・片栗粉・油・卵で、あとは好みでおろしニンニクを入れるくらいかな?これで1日くらい漬けて味を馴染ませて、使う時に袋をもんで片栗粉の塊を無くしておくくらいか。
餃子のタネは塩・胡椒・醤油・酒・ラード・ゴマ油・おろしニンニク・がらスープと、みじん切りにして水気を良く切ったキャベツとニラを混ぜて皮で包んで、あとはフライパンに並べて水を入れて蒸し焼く。
シュウマイは塩・胡椒・醤油・酒・砂糖・おろし生姜・魚醤・ごま油・片栗粉をまぶしたみじん切りの玉葱だ。混ぜて皮で包んで蒸すだけ。
ワンタンはシンプルに塩・胡椒・醤油・おろし生姜・水をしっかりと捏ねて包むだけ。茹でるのはスープ作る時に一緒に茹でちゃえばいいから楽だね。
春巻きは入れたい具材をみんな千切りにして炒めて、がらスープ・酒・塩・胡椒・醤油・酒・砂糖・おろし生姜、最後に水溶き片栗粉でとろみを付けて、しっかり冷ましてから皮に包んで油で揚げる。
ここでは皮の作り方はうどんとあまりかわらないから省くよー。
ホワイトソースはバターと麦粉を弱火で炒めながらしっかりと混ぜて、温めた牛乳を少しずつ加えながら混ぜて、ナツメグを少し入れてしっかりととろみが出たら完成だ。
ミートソースは前に教えたトマトソースを使うから、油を引いて挽肉を油が透明になるまで炒めて、トマトソース・砂糖・ケチャップを入れて少し煮込んだら完成だ。
ユーリンソースは混ぜるだけで、って……
皆さん、何してるんです?」
気付くとここにいる全員が俺の作業を見ていた。トニアさんも含めて、だ。さすがにこれだけ視線が集まると気になって思わず聞いてしまった。
「いやぁ、お前さんあっちでは料理人だったのかの?随分慣れた手つきで次々こなして行くから感心しとったんじゃよ。しかもこれでまだ全てではないんじゃろ?」
「んー……そうですねぇ。まだ全然作り足りないですね。あ、それと料理人というより、食品工場なので流れ作業で作ってたんですよ。マニュアル化された製造です」
源さんに答えつつ、今手を出したものだけでも作り上げていく。どうせなら悪くなる前に袋詰めしちゃったほうがいいからね。最近ちょっと気温上がってきたから危ないし!
「ああ、あまり時間をかけちゃうと訓練の時間が無くなっちゃいますね。沙里ちゃん、ラーメンのタレとユーリンソースは次回教えるね。あとはやってみたいのがあれば、もし俺が知ってれば教えるからどんどん言ってね!知らなくても試しながら作るのも楽しいからさ」
「はい!」
後片付けを済ませ、姫様たちが家に荷物の運び込みをしている間に訓練を開始してもらった。昨日の素振りは3人とも合格点をもらい、今日は武器と盾による攻撃の受け流し方だった。
初めは俺の低く構えた盾に源さんが棍で打ち込む。
きっちり抑えたはずがすぐに上体が浮いて軽く飛ばされてしまった。
「今は動かぬよう受け止めてもらったが、分かるとおり力の差で簡単に飛ばされてしまうじゃろう?だが、相手の力を受け流せれば自分は最小限、うまくやれば相手の体勢を崩す。特にお前さんはこの3人で一番力が出せないが、一番器用でもある。その特徴をしっかり生かすのじゃ!」
横で見ていた2人も交互に従士さんの棍を受け止めて体感し、受け流し方を教わりながら繰り返す。動きが理解出来たら次は武器で打ち込ませ、棍で捌いてみせる。盾の次は武器での受け流しだ。
「まずは傷を負わぬこと。そして、相手の動きを見てチャンスを待つことじゃ。もしもの時お前さんらは魔法も使えるじゃろ?隙があれば撃ち込んでもいい。が、ただ撃つだけなら簡単に防がれてしまうぞ。じゃから、近距離戦になってしもうたらとにかく食らわぬ事じゃ」
「……源さん、俺、攻撃魔法使えないっす」
「おおすまんかった!お前さんは飛び道具がなかったんじゃったな!そうさのぅ……ならいっそボウガンや弓、投げナイフも覚えたらどうじゃ?ステータスで器用さが高いのは聞いとるし、向いてるんじゃないかの?」
なるほど。何も飛び道具は魔法だけではないってことか。銃のない世界だからすっかりそこを考えていなかった。いや、最初は考えたが未経験者が扱える分けないと切り捨てたんだった。ステータスで補えるなら試す価値あるなぁ。
ちょっと遅めに訓練を始めたけど夕方ですぐ終了させ、改めて姫様とトニアさんの話をさせてもらった。本当は先にするはずだったけど、邪魔をしたくないから後でって言われちゃったから、その分訓練は少しだけ早めに終わらせたのだ。
「では。ヒバリ様、サリ様、ミリ様。本日よりこちらで過ごさせて頂く事に了承して頂き、ありがとうございます。こちらでは私とトニアも表向きは住み込みで働く従業員という事ですが、実際に皆様のお仕事のお手伝いもさせて頂きます。
何もせずに居ては怪しまれますから。ご迷惑をおかけするとは思いますが、ご指導頂ける様お願いいたします」
「姫様共々自分もよろしくお願いいたします」
と、2人に挨拶をされた。
ここで働くのか……ていうか、姫様に労働をさせてもいいの?と、源さんに視線を送ってみたら頷かれたから、これはやらせるしかないんだろうなぁ。
「あまり無理のないようお手伝い頂けるとありがたいです。こちらこそよろしくおねがいいたします」
「よろしくおねがいします」
「よろしくおねがいします!お部屋はあたしたちといっしょだよ!」
2人も挨拶を済ませ、とりあえず女性陣には交代で風呂に入ってもらう事にした。初めは姫様達だけど、城とは違うから沙里が使い方を教えてあげることになっている。
トニアさんだけすぐに戻ってきて、俺に確認を求めてきた。
「ヒバリ様。自分の部屋は屋根裏をいただいてもよろしいでしょうか?」
「え?姫様と一緒じゃなくていいんですか?」
「はい。この広さでしたら十分対応出来ますので。それと、屋根裏部屋に1つ窓を追加させていただきたいのです。施錠はきちんと行いますので、いざ外に出る事がある時に窓がないと不便ですので」
「ああ、旦那様に借りてる家だけど、姫様の許可があれば窓はやっちゃっていいと思いますよ。それと多分初日は美李ちゃんがみんなで寝たがると思いますので、出来れば一緒にいてあげてほしいですね」
「……そうですか。かしこまりました。では」
やっぱり主と一緒の部屋ってのは侍女にはまずいのかなぁ?でも出来ればみんな一緒の方がいろいろ助かるんだけどな。ていうかなんかもう窓作り始めてる!?
カンカン響く音に姫様以外が何事かと驚くが、すぐにトニアさんが謝って作業に戻って行った。どうやら姫様の風呂は姉妹に任せたらしい。出てくる頃にはすぐ飛んでいくんだろうけど。
「あ。そうだ……美李ちゃーん!今日の晩御飯食べたいのあるー?今だと、から揚げ・ハンバーグ・オムレツ・クリームシチュー・グラタン・スパゲティ、あとは中華か和食が作れるよ〜」
「グラタンがいいです!あとから揚げも食べたいです!」
バッ!っと奥の風呂場から脱ぎかけのまま飛び出してきた美李ちゃんを、こちらも脱ぎかけの沙里ちゃんが慌てて奥へと連れ戻していった。一瞬だけど、見てしまった。
しばし呆然としたあと、取り繕うように返事をする。
「お、おう!じゃあ今日はグラタンいくぞー!」
この世界には陶器がないので、底の浅いフライパンを使うことにした。バターを塗ってから茹でたショートパスタ(ペンネ)を敷き詰め、玉葱と塩漬けした豚肉をニンニクと油で炒めてからホワイトソースと絡めて、ペンネの上にかけてさらに上にチーズを敷き詰めてからオーブンへ。
焼いている間に玉葱をじっくり炒めてオニオンスープを、油で下味を付けた鶏を揚げてから揚げを、それぞれ同時に進めていく。
風呂から上がった姉妹が皿とパン、フォークにスプーンと用意していく。姫様も楽しそうに運ぶのを手伝っている。本来座っているだけでいいのに、むしろ動く事が嬉しいようで止められずにいるわけで。
源さんたちが出たところで沙里と交代し俺も風呂に入ってきた。トニアさんは食後でいいと今は断ってきたため、最後はまだ湯を捨てないでおく。
なんか体を拭くだけで、後は掃除して済ませそうな気がして姫様に相談したら、美李ちゃんが聞いてて「じゃああたしが使い方を教えてあげる!」と食後に一緒に入る約束をトニアさんに取りつけていた。なんという行動力!
晩御飯はサラダも含めて自由に取り分けられるようにしたら、トニアさんが働きまくってしまった。失敗した。本人が生き生きとしてるのが救いだが、出来れば一緒に食べたかったんだけどなぁ。
「ごちそうさまでした!おいしかったぁ…ヒバリお兄ちゃん、またあとでグラタンお願いしてもいい?ほんとにおいしかったの!」
「おう!毎日は飽きちゃうからだめだけど、食べたいと思ったら言ってくれると嬉しいな。あと今度はコーンポタージュも作っちゃうからまた味見してくれると助かるんだけど、お願いしていいかな?」
「コーンポタージュも大好きです!もちろんまかせてね!」
食後のお茶で落ち着いたと思ったら、トニアさんを連れて風呂へと駆け出していく美李ちゃん。源さんたちはニンニク入りの方(女性には人気がなかった)のから揚げを手土産にほくほく顔で帰って行った。
「ヒバリ様、サリ様。少し遅い時間になりますが、ミリ様が休まれた後にお時間よろしいでしょうか?城内の現状と、闇魔法についての報告があります」
「あ、こちらも1つ提案があります。お二人の見た目を隠す方法についてです」
ついでだからこちらもカモフラージュを提案する事にした。
今日はまだ休むには早いようだ。
あと1~2話で2章が終わるので、この勢いでなんとか書き上げたいところです。
よろしくお願いします。
中々内容が進まなくてすみません!