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9話 見直し(ティナ)

ハーレイ伯爵邸にレオン様から花束が届いた。

会う予定のない日は、たまにこうやって花やお菓子を贈ってくれる。結婚間近なので、当たり前といえば当たり前の行為なのだけど、装飾品でないというところが、レオン様らしくて嬉しくなる。

身につけるものは必ずわたしかエミリア様の意見を仰いでから贈ってくれるのだ。そういうセンスはないから、無駄なことはしないらしい。

「お前は私が贈ったものは必ず身につけるだろう。私がセンスのないものを選んだら、恥をかくのはティナだ」

そう言ってくれたのだけど、何か一つくらい、レオン様自身が選んでくれたものを、持っていたいという気持ちもある。

今度ねだってみたらくれるだろうか。ほしいものはないかと訊かれたときに、いつもないと答えてしまうので、お願いしてみたら、叶えてくれるかもしれない。

ちょっと勇気がいるけど、言ってみようかな。

顔を緩ませながら、わたしが好きな白バラの花束に添えられているカードを抜き取った。

いつものように一言だけ文字が書かれていると思っていたら、十行くらいの文章がある。

それを読んでわたしは落胆した。

五日くらい、急用で王都を離れると書いてあったからだ。

もう発ったらしい。お兄様も一緒らしいけど、お兄様一人で行ったら駄目なんだろうか。急に会えないとなると、一層がっかりしてしまう。

でもこのことは内密に、という一文もあり、心配にもなった。レオン様の王都不在を、誰にも知らせるなということだろう。

やはり王宮で何かあったんじゃないだろうか。

数日前のエミリア様の部屋での出来事が、頭に思い浮かぶ。

気になって仕方がないけれど、今のわたしにできることなど何もないに違いない。

レオン様が王都を出たことだけでも教えてくれたのだから、そのうち話してくれるはずだ。全てとはいかないかもしれないけど。

わたしは花束を自分の部屋に飾ってもらうように頼んだ。

そろそろ到着する頃だから、サロンで待っていよう。

今日はエレン様が我が家にやって来るのだ。



「ごきげんよう、エレン様」

わたしは膝を折って、エレン様を出迎えた。

「ごきげんよう、クリスティナ」

対して彼女は言葉を返すだけ。いきなりやらかしてくれますね。

「エレン様、わたしとあなたは対等の立場です。ここは膝を折って、挨拶するのが礼儀です。侯爵の娘であったときのように振る舞ってはいけないと言いましたでしょ。それに許可なく人の名前を呼び捨てにするのもいけません」

エレン様は不満気にわたしを睨みつける。

もう、子供ですか。

ここは初めが肝心でしょう。ビシッといきます。

「エレン様、わたしの話に乗るとおっしゃいましたよね。それはつまり、エレン様が女としての自分を磨く決心をなさったということですよね。まさかただ待っていれば、素敵な男性が現れるなんて思ってるわけありませんものね」

エレン様は反論しようとして、何も出てこなかったのか、口をぱくぱくさせた。

よかった。お前が言うなって言われなくて。

「礼儀のなっていない女性は男性から敬遠されます。自分の妻が礼儀を欠いたら、自分が恥を掻きますもの。いい女になるには場をわきまえた礼儀を身につけることが、必要不可欠ですわ。大丈夫です。エレン様は侯爵令嬢であったとき、もててらしたんですもの。ちょっと環境が変わって混乱しているだけで、がんばればすぐに、伯爵令嬢としても、いい女になれますわ」

エレン様はきっと注意するだけだと、反発して人の言うことなど聞かない人だ。おだてればその気になってくれるはず。

という思惑通りに、エレン様はしぶしぶ頷いてくれた。

「わかりましたわ。これからはちゃんとします。クリスティナ様」

わたしはにっこり笑った。

「はい。がんばりましょうね、エレン様。よろしければわたしのことはティナとお呼びください。わたしはエレンと呼んでもよろしいかしら」

「好きになさって、クリスティナ」

なんでしょうね、この微妙に無駄な反抗心。別にいいんだけど。

「それでは早速、夜会について話し合いましょう」

「わたくしがあなたたちと一緒にいればいいのではないの?」

「それだけではありません。エレンは近頃どなたにエスコートしていただいているの?」

わたしが聞くと、エレンは腹立たしそうに、顔を歪めた。

「分家筋の男性よ。会場に着くと、すぐにいなくなるけどね。以前はやたらとわたくしを褒め称えていたくせに」

やっぱりエスコートの男性は、エレンをほったらかしにしていたみたい。

一人でも彼女を丁重に扱ってくれる男性がいれば、周りの印象も変わると思うんだけど。

でもわたしの親しい親戚の中には、エレンのエスコート役にちょうどいい年齢の男性がいない。未婚なので、親戚と婚約者以外に、親しい男性なんているわけがないし。そうなると・・・。

わたしはエレンの顔をじっと見た。

いや、でもなあ。うーん、でも他にいないし。

「なによ」

エレンが黙って凝視するわたしを、警戒するように身を引いた。でも自分の考えに没頭しているわたしは気にしない。

━━━いないのよね。お兄様以外には。

でもお兄様なのよ。そしてエレン。

もしかしたら何の問題もないかもしれない。でも甚大な被害がでてくるかもしれない。だってお兄様。

お兄様はあれでも、夜会に出れば貴族らしく振る舞うこともできる。ボロがでないように、あまり出席はしないけれど、一応あれでも、伯爵家の跡取りとしての教育は受けているのだ。あれでも。

わたしがエレンのエスコートをして、ずっと傍にいてほしいとお願いすれば、してくれるだろう。でもその間、エレンを怒らせないでいられる可能性は低い。

そうなったらどうなるんだろう。

わたしはエレンから、ふいっと目を逸らした。

まあ、他にいないしね。いいや、お兄様に丸投げしよう。

「エレン、今度の夜会はわたしのお兄様にエスコートしてもらってね」

「あなたのお兄様? ふーん、まあいいわ」

エレンは了承した。よし。

その後は彼女に新しいマナー講師をつけるかどうかで揉めた。

次の夜会にももう、失敗のないようにしなくてはいけないのに、エレンは聞き入れない。

「今更マナー講師なんてつける必要ないわよ。こんなのすぐにできるようになるんだから」

あれこれ言っているけど、授業を受けなくてはいけないことを嫌がっているのが見え見えだ。

「エレン・・・」

わたしは全身から、怒りのオーラを撒き散らした。

さっき言っていたことは嘘ですか? と目で尋ねる。

「・・わかったわよ」

怯んだエレンが折れた。

もちろん、わかってもらう。

「わたし厳しく育てられたので、甘ったれは嫌いですよ?」

そう宣言すると、彼女はぶるっと震えた。

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