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小話1

番外編直後くらいの話です。

本編に足りない要素を盛り込みました。

いつものようにレオン様に会うために王宮を訪れると、出迎えてくれた従僕が申し訳なさそうに腰を折った。

「レオン殿下は政務が長引いておりまして、お約束の時間より遅れます。ハーレイ嬢は私室の居間にてお待ちいただくようにと、言い使っております」

多少の時間の遅れはよくあることだった。でもわざわざこんなことをレオン様付きの従僕が言いに来るということは、遅れるのは少しではないということかしら。

レオン様の部屋の居間で待てというのも、そこなら本などもあるし、時間を潰しやすいからという配慮かもしれない。

「そう、わかったわ」

レオン様と会う約束の後に、予定を入れていることなどほとんどないので、わたしはいくらでも待つつもりで返事した。

従僕に先導されて廊下を歩く。もちろん部屋の場所は知っているけれど、だからと言って、じゃあ勝手に行っておきますとは言えない。婚約者とはいえ、王宮内ではやっぱりまだ客人扱いなのだ。

部屋に案内してくれた後、従僕はお茶を用意して来ると言って下がった。ここまで一緒に来てくれた侍女のセーラは控えの間で待機している。

わたしは本を読もうと思ってチェストに近づいた。

居間なので数は多くないけれど、インテリアの一部として何冊かの本が置かれているのだ。レオン様からはこの部屋にあるものは何でも勝手に使っていいと言ってもらっているので、遠慮なく本を一冊手にとって、ソファーに腰掛けた。

本を開くと文字がびっしりと埋まっていた。流通の専門書らしく、わたしでも何とか理解できそうな内容だった。レオン様は専門用語で溢れている外国語で書かれた本でも、難なく読めてしまうので、ここにある本の半分はわたしには理解不能だった。

しかしいざ読み始めてみると、内容が全く頭に入ってこない。

難解なわけではない。この部屋に充満している陽気のせいだった。

今日はとても気候がいい。おまけにここは陽当たりもよかった。そして今はお昼を過ぎていくらも経っていない時間帯。

はっきり言うと、猛烈に眠くなってしまったのだ。

昨日は眠るのが少し遅かったこともよくなかったのかもしれない。

淹れてもらったお茶を飲んで、眠気を覚まそうとしたけど、全くうまくいかない。とにかく居心地がよすぎて眠い。

意識を飛ばしそうになってからはっとする。ということを何回か繰り返し、それでもがんばって文字を追った。



すぐ近くに人の気配がある。

ぼんやりと誰だろうかと思った。

距離が近すぎるけどその人の気配はよく馴染んだもので安心感があった。だから警戒心など一切なく、何気なくその姿を確認する。

そしてわたしは固まってしまった。

レオン様が隣に座ってわたしの髪の一房を手に取り、顔を覗き込んでいた。

一瞬、ここがどこで、さっきまで何をしていたのかわからなくなる。

でもすぐに意識を覚醒させたわたしは、レオン様の部屋で彼を待っている間に眠ってしまったのだと気がついた。ウトウトとかじゃない。レオン様が部屋に入って来て隣に座ってもわからないくらいにしっかり眠っていたのだ。

「おはよう、ティナ。気持ちよさそうに寝ていたな」

レオン様はそう言って優しく笑った。

顔に熱が集まって赤くなる。レオン様のこんな顔、滅多に見られない。しかも普段の距離感よりも近くて、恥ずかしくなる。

「す、すいません。眠ってしまって」

自分で思っていたよりも動揺していたわたしは、どもりながら俯いた。

「いや、遅れたのは私だからいい。それに珍しいものが見れたしな」

声のトーンまで優しい。でも珍しいものって何ですか。わたしの寝顔とか言わないですよね。

ますます俯いていくわたしにも、レオン様はお構いなしだった。

距離は近いままで、髪を弄るように手で梳いている。飽きないのか、何度もさらさらとこぼしては、また指ですくい上げて絡めたりしていた。

指先が時折わたしの頬をかすめる。くすぐったい。感触が、ではなくて気持ちが。

子供がお気に入りを見つけたみたいに、熱心にわたしの髪を弄るレオン様を上目使いに見る。目が合った。

「・・・柔らかくて触り心地がいいな」

倒れそうになる。ただ髪質のことを言われただけなのに、どうしてこんなに恥ずかしくなるの。

きっとレオン様の瞳のせいだ。とても大切なものを見ているかのような目をしているから、心臓が早鐘を打って苦しい。

「乱れてしまいます」

やめてほしかったわけじゃない。

むしろレオン様の気が済むまで続けていてほしかった。

でも何か言わなくてはいけないと思ったわたしの口から出てきたのは、そんな言葉だった。

嫌だったわけではないのに、誤解させてしまったらどうしよう。

でもわたしの髪をじっと見たレオン様は、予想外なことを言った。

「櫛でとかせばいいのか?」

まさかそんなことを言われるとは思わなくて、ポカンとしてしまう。

「い、いえ、手で直せます」

レオン様の部屋に櫛などあるとは思えず、わたしは慌てて言った。

実際わたしの髪は毎日メイドに手入れをしてもらっているので艶があり、手櫛でも十分元に戻る。

自分で直そうとして手を上げる。それをレオン様がやんわりと遮った。

そしてわたしのものよりも大きくて固い指が、丁寧に髪を梳いた。

毛先までしっかりと指を通して、また根元から梳く。何事にも無駄な時間など掛けないレオン様が、これだけゆっくりと動いているなんて。

「これでいい」

終わったらしく、レオン様はわたしの姿を確認して、満足そうに頷いた。

緊張して身動きのとれなかったわたしはほっと息を吐く。

でもここで油断してはいけなかった。

レオン様はまたわたしの髪を一房手にとり、その手を顔に近づける。何をするのだろうかと思っていたわたしは、そのままレオン様が目を閉じてわたしの髪にキスをするのを、しっかり見守ってしまった。

髪から手を離し、わたしの顔を見る。その途端に顔が沸騰しそうになった。

たかが髪。髪にキスをしただけ。

でもそれは恋人同士でなければやらない行為だ。

わたしは元々赤くなっていた顔を更に赤くした。きっと耳どころか、全身が赤くなっている。

「くくっ・・・」

レオン様が噴き出した。

ええ、わかっていますよ。からかわれていることは。

「まさかそこまで過剰な反応をしてくれるとは」

本当に楽しそうにレオン様は笑っている。わたしも自分でどうかと思いますよ。

「もうすぐ結婚するんだぞ。そんなことで大丈夫か?」

「え・・・」

今更な事実を突きつけられただけだというのに、呆然としてしまった。大丈夫な気がしない。

わたしの反応に、笑っていたレオン様はちょっと困った顔をした。

いえ、でも、言い訳をさせてもらえるのなら、これは仕方のないことですよ。

「だって、そんなことって言いますけど、今までレオン様だってこんなことほとんどしなかったじゃないですか」

だから慣れていないのだ。もうすぐ結婚するからといって、いきなり大丈夫になるわけがない。

「ああ・・・」

レオン様は納得した。

「人前でこういうことをするのは好きではないからな・・・」

確かにレオン様は人前では、挨拶のような頬にキスがせいぜいで、それ以上のことは絶対にない。

そうなるとこういう行為が少なくなってしまうのも頷ける。婚約してはいても、結婚前の若い男女が二人きりになるのはあまり褒められたことではなく、ましてレオン様は王族なので、常に誰かが側にいなくてはいけない。よく撒いてはいるけれど。

「でも、そうだな。もう結婚式の日取りも決まっているし、四カ月を切っている。そろそろ二人きりでいても、そう文句は言われないだろう」

レオン様の出した結論に、わたしはあれっと思った。

それって、つまり・・・。

「ちゃんと慣れないとな」

いたずらっぽく笑うレオン様に、わたしはかなり焦った。

つまり、さっきのような行為が、これからは増えるということだ。わたしに慣れさせるために。

どう答えろと言うのですか。

嫌ではない。それだけは絶対にない。でもそれならしてほしいのかと問われれば、そうだとは言えるわけがなかった。

でもわたしが何と言おうと、嫌がってはいないと気づいているレオン様は、実行に移すだろう。

なぜか機嫌がよくなってしまったレオン様を見て、わたしの心臓はまたしても鼓動を早くした。

















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