4話 家族会議(レオン)
王宮の四階へと続く階段へ向かっている途中、兄と出くわした。
彼はこちらに気づくと、歩調を早めて、何か言いたそうな顔をしたが、思い直したらしい。いつもの穏やかな微笑みを浮かべて、当たり障りのないことを言い出した。
「急に二人共呼び出すなんて、すごく久しぶりだね。何があったんだろう」
義姉上と何かあったな、と思ったが今は兄の夫婦間の相談を受けている場合ではない。
「割と大事のようですね。結婚前にいざこざは遠慮したいんですが」
「確かに、そうだね」
階段を上がって談話室の前まで行き、扉をノックする。
この階は極力、人を配備しないようにしているので、取り次ぎのための人員がいないのだ。護衛も階段前に固まらせて、階上には最小限しかいないため、部屋の前で警備している騎士も、護衛優先のため動かない。
入れ、という父の声が聞こえたので、扉を開けて中に入る。
するとそこには予想通り、母もいた。
父が眉間に皺を寄せているのはよくあることだが、母が沈んだ顔をしているのは珍しい。
私がさっさとソファーに座ると、父が顔をしかめた。
「まだ何も言っていないぞ」
「誰もいないし、公務じゃないでしょう?」
人がいたらちゃんと、許可をもらってから座る。
「そういう問題では・・・」
「飲み物がありませんね。お茶でもいれますか?」
父の小言は長い。私はさっさと話題を変えた。
「部屋の中は誰もおらん」
「いや、私が淹れるんですが」
一応この中では一番下っ端なので、それくらいはする。
しかし父はぽかんと口を開けて、私を見た。こういう顔は本当に兄に似ているな。
「なんでお前はそんなことが出来るんだ?」
「出来ますよ、普通は」
「えっ、そうなの?」
素直な兄が反応した。この人はきっといつか人に騙される。
「そんなわけあるか!」
「あら、出来るわよ」
母が便乗しだした。この人の場合は本気でそう思っているのか、冗談なのか判断がつかないが。
王家に近しい人たちの言では、兄は顔も中身も父に似ていて、私は顔も中身も母に似ているらしい。私はそんなに落ち着きのない性格はしていないはずだが。
「・・そうなのか?」
母のせいで父まで信じ始めてしまった。
父はなんというか、母にとてつもなく弱い。惚れた弱味というわけではなく、とにかく弱いので、過去に浮気でもしたのではないかと半ば本気で思っている。
「いや、まあ、茶はいい。それよりも大事な話がある」
どうやらのんびりお湯を沸かしている場合ではないらしい。
王と王太子が、お茶はほとんど誰でも淹れられるもの、という誤認識をしてしまったが、まあいいだろう。
元凶であることは棚の上に置いた。
「ウェルダイン公爵を覚えているか? いや元ウェルダイン公爵だな」
父は厳しい顔をして聞いた。
ウェルダイン公爵とはね━━━。
その名前が出てくるとは、かなり大事らしい。
私と兄は頷いた。しかし私たち兄弟は、彼と直接面識があるわけではない。兄が生まれる前に、隣国へと国外逃亡したからだ。
逃亡の理由は犯罪の容疑がかけられたから。そしてその犯罪の内容は国王の━━当時の王太子の暗殺未遂。
国外逃亡した時点で、容疑を認めたようなものだが、実際には誰も死亡してはおらず、証拠もほほ証言のみだったので、どうしようもできなかったらしい。
そして逃亡してから22年間、一度も帰国していないはずだ。
そんな理由から、私も兄も彼のことは小さい時から教えられていた。王族殺害を企てていた人物が隣国とはいえ、野に放たれたままなのだから当然だ。
兵や騎士を率いて元ウェルダイン公爵を、隣国まで捕まえに行くことはできないが、一般人を装った監視が隣国に留まることは出来るので、彼が国境を越えたなら必ずわかるようにはなっているが。
ただ彼が当時、王太子暗殺を企てたのは、王位継承権第二位を持っていたからだ。
しかし彼は父の兄弟でも、祖父の兄弟でもない。祖父の従兄弟にあたる。
父が王太子だった頃、王位継承権を持つ人間自体が少なかったうえに、国王の一人息子である父の次が、国王の従兄弟というかなり危うい状態だった。
当然、父は厳重に守られるわけだが、それでも元ウェルダイン公爵は、父がいなければ国王になれると思ってしまったらしい。
従兄弟の息子という、血縁の遠さも、暗殺を決行させる理由のひとつになっただろう。おまけに当時の国王は病で伏せりはじめたので、父はすぐに結婚してから、王位を継ぐ予定だったので、彼からしても父がいなければ、すぐに王位を継げる。
ちなみに当初、元ウェルダイン公爵の娘が父の結婚相手だったらしい。
「今更、彼が何かしているのですか?」
今はもう、彼が国王になるには、父と兄と私を殺さなくてはいけないし、もしそれが出来たとしても、長年海外にいた人間が国王になるなんて、誰も認めないだろう。
「いや、わからん。もしかしたら無関係かもしれない」
なんだそれは。
勿体ぶった言い方が好きな父を置いて、私は母に目を向けた。
「当時の暗殺未遂が、証言から発覚したのは知っているわよね」
「ええ」
「その証言をしてくれた人は、公爵に脅されて協力させられていたんだけど、いろんな理由から、王都にはいられなくなって、名前を変えてチェスロで生活しているのだけどね」
チェスロはこの国の三大都市のひとつだ。東側に位置している。
「チェスロの有名なドレス店のお針子をしているらしいのだけど、なぜかそこへ隣国の王城の使いという人が来て、腕のいいお針子を探しているから来てくれって言われたんですって」
私は思いっきり顔をしかめた。
隣で兄もええっ、と声を上げている。
腕のいいお針子は重宝されるものだが、いくらなんでも国境を越えて、引き抜きに来るなんておかしい。しかも、
「王城からですか・・」
私は兄の顔を見た。驚いた顔のまま血の気が引いている。
「兄上、王族はおそらく関与していませんよ。義姉上がいるのですから」
「あ・・ああ、そうだね」
「義姉上が沈んだ様子なのもいつものことです」
「そうな・・・・・・なんで知ってるの?」
なぜか信じられないものを見るような目で見られた。
「ティナが言っていました」
これはクリスティナがおしゃべりだから知っているわけではない。義姉の悩みがほぼ兄に絡んでいるからだ。
彼女の立場では王太子に進言などできないので、私に相談するしかないだけだ。
地味にショックを受けている兄を放っておいて、私は母に話の続きを促した。
「それでどうしたんです?」
「彼女は公爵が隣国にいることを知っているし、勧誘が強引だったのが怖くなって、すぐにわたくしに知らせてくれたのよ」
賢明な判断をしてくれる女性だ。
「手紙が送られてから、どれくらい経っていますか?」
「大丈夫よ。いざという時のために、わたくしの侍女のマリーの連絡先を教えておいたから。しかも緊急速達で送ってくれたから、彼女が手紙を送ってから今日で多分、三日目くらいね。手紙が届いたのは、昨日の昼過ぎよ」
王妃宛てに手紙が送られたなら、実際に届くまでにかなり時間がかかっていただろう。さすが母。父より頼りになる。
「返事はもう出してある。王家で彼女たちを保護することにした。しかしその、王城からの使者という者に、気づかれるのはまずいからな。自然に彼女たちにチェスロからこっそり出てもらい、王都に入ってから騎士に護衛させることにした」
説明をすべて取られた父が付け加えた。
確かに危険はあるが、直接迎えに行って気づかれた場合、相手が何をするかわからないというのがある。
「彼女たち、というのは?」
「娘と孫もってことよ」
なるほど、今は到着待ちということか。
「一旦は王宮に呼ぶのですよね」
「そうよ。詳しい話を聞かないと」
「なら、その時は私も呼んでください」
「わかったわ」
どんどん話を進めていく私と母に、王と王太子の二人は釈然としない表情を浮かべていた。