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3日前

「少しだけですからね、クリスティナ様」

出掛ける前に何度も口にした台詞を、セーラがまた言った。

王宮の廊下を歩きながら、わたしも「わかっているわ」と同じ言葉を返す。

外出することをとても渋っていた彼女は、わたしが長居しないように目を光らせるつもりらしい。

確かにこのところ慌ただしい日が続いていて、本来なら予定外のことをする余裕なんてない。でも今日だけだと説得して、なんとかここまで来ることができた。明日からの数日は死にそうな目に遭うかもしれない。

でも気分転換は必要だ。大事な大舞台を乗り切るためには、精神的な疲れが溜まったままではよろしくない。レオン様とだって最近はあまり会えていないのだから。

わたしはいつものようにカチュア様の部屋の前に立って、メイドに取り次ぎをしてもらった。

扉の前は物々しく、四ヶ月前よりも護衛の人数が二倍はいる。彼らはわたしにまで厳しい目を向けてくるので、内心ではちょっと怯みながらも、悠然と構えていなくてはいけない。

そして部屋に入れば、こちらも増えたメイドたちで溢れていた。こんなに居て何をするのだろうかという疑問が浮かばないでもない。

それにしても多いと思っていれば、エミリア様が在室していらした。王妃様まで居るのでは、この人数は仕方がないか。

「ティナ、いらっしゃい!」

「カチュア様、急に立ち上がってはいけません!」

上機嫌で迎えてくれたカチュア様に叱責が飛ぶ。そんなに怒らなくてもいいのでは。

「大袈裟だわ、これくらいで」

言われた本人もうんざりしたように肩を落とす。

「そうよ。少しは動かなくては、健康な子供を産めないわよ。カチュアが立つたびに大騒ぎするのではないと言っているでしょう」

王妃様の援護射撃に、騒ぎ立てたメイドたちがしゅんとうなだれた。

でも彼女たちの気持ちも少しはわかる。カチュア様のお腹は既に膨らんでいて、安定期だと言われても、見るからに妊婦という姿は心配を駆り立てられる。しかもお腹の中にいるのは未来の国王かもしれないのだ。なにかあったらと神経を尖らせてしまうのは致し方ない。

同時にカチュア様にも同情してしまう。病気でもなく、経緯も順調だと医者から太鼓判を押されているのに、ちょっと動いただけでこれでは、気詰まりでしょうがないだろう。

わたしは苦笑を浮かべるしかなかった。

「大変ですね」

「ええ、本当に。でも一番大袈裟なのはエルウィン様なのよ。すぐに慌てて医者を呼ぼうとするのだもの」

不満げに愚痴をこぼすカチュア様は、半年前まで夫に構ってもらえずに落ち込んでいた人と同一人物とはとても思えない。

彼女は妊娠してから大きく変わった。それ以前から少しずつ前向きにはなっていたけれど、エルウィン様の愚痴を言ったり、主張をしっかりするようにまでになったのは、子供ができたおかげだろう。

そんなカチュア様の変化に周囲が驚いているなか、一人だけ平然としていたのはエミリア様だった。

「カチュアのような子は、子供ができれば強くなるのよ」

とは以前こっそり教えてくださったことだ。

言われてみればエミリア様は、義理の娘を可愛がってはいるのに、彼女の不安定さをあまり心配してはいなかった。

時間が解決してくれるとわかっていたのだろう。さすがは子供を二人産んだ王妃様だった。

「元気そうで何よりです。でも三日後は無理をしないでくださいね」

「わかっているわ。ティナまで言わないで」

もうすでに何度も言われていたらしい。それは申し訳ないです。

「そう言えば、ティナのお兄様の結婚式はどうするの? いつにするか決まったのかしら」

わたしが三日後と言ったので思い出したらしい。エミリア様が尋ねてきた。

「はい、来年です。ちょうど一年後にする予定です」

婚約期間としては長いけれど、新しいティリル伯爵が社交界での地盤を固めるために、まだ手元に置いておきたいという思惑があることと、わたしの結婚が大々的なので、少し間を開けたほうがいいという理由でそうなった。

「お相手の女性はティナと仲がいいのよね。今度王宮に連れて来なさいな。四人でお茶をしましょう」

「はい。エレンにも伝えておきます」

そうなると王族三人の中に、一人だけ伯爵令嬢がいるという形になってしまう。でもエレンは気にしないかな。恐縮とか謙遜とか、そういうものは相変わらずあまり理解できない子だ。

ハーレイ伯爵邸に予告もなくやってくる行為も、改められる気配がない。

お兄様にからかわれるたびに、わたしにまで怒りをぶつけに来るのはやめてほしい。わざと怒らせているんだって、いつ気づくのだろう。

とにかく結局のところは、無自覚な惚気を聞かさせるだけなので、わたしとしてはかなり辛い。エミリア様たちにも同じことをしなければいいけど。

「ティナは準備は順調なの? こんなところで油を売っていて大丈夫なの」

「・・・本当はもう、ほとんどすることはないのですけど、周りが細かいことを気にしすぎて解放してくれないんです。だから息抜きをしに来たのですけど・・・もう行かなくてはいけませんね」

セーラの顔をちらりと見たわたしは、諦めて早々に引き上げることにした。

本当はレオン様に会いに来たのだけと、急な用事ができたらしく、それが済むのを待つ間にカチュア様の顔を見に来たのだ。そろそろ戻ろう。



クロードル国は現在、祝賀ムードに溢れている。

王太子妃の懐妊が明らかになり、母子ともに健康に過ごしているとあらば、国民がこれを喜ばないはずがない。王子か王女が産まれるのを、今か今かと待ちわびている。

隣国ウィルダムでも元王女の妊娠はこの上なく喜ばれた。

両国の関係がより一層濃密になるからだ。

関税の値下げによって、この二国が経済面で協力体制をとってから、名実ともに友好国であると、他国に知らしめることができた。更に両王家の血を引く子供が産まれれば、ウィルダムにとっても有益であることは間違いない。

そしてクロードルでは三日後に第二王子の結婚式がある。

すでに王都はお祭り騒ぎになっており、街中が人で溢れている。

式の様子を一目でも見ようと王都に人が集まり、そんな人々を目当てに商人が集まっている。

三年前の王太子の結婚式ほどではないが、王太子妃の懐妊と相まって、必要以上に盛り上がっていた。

こうなれば準備に取りかかる人たちは、緊張して常にピリピリしている。細かい事項を何度も確認したがり、間違いが見つかれば大混乱だ。

これで疲れるなと言う方が酷だろう。

わたしは常にピリピリしている内の一人、セーラをちらりと見た。

レオン様と会った後もすぐに帰るように言われるのだろうな。

それでも外出を許してくれたのは、彼女にとって大きな譲歩なのだろう。これ以上を望むとセーラの堪忍袋の尾が切れてしまうかもしれない。

レオン様の部屋まで行くと、従僕の一人がもうすぐに戻られると教えてくれた。

その言葉通りほとんど待つこともなく、扉が開かれてレオン様が入って来た。

「すまない。待たせたか?」

「いいえ。今来たところです」

レオン様は少し疲れた様子だった。

「こんな時に急な用事だなんて、大変なんですね。邪魔してしまって、ごめんなさい」

ちょっと顔を見れたらいいと思っていたけれど、迷惑だったかもしれない。

「いいや、私もうるさい連中から逃げたかったから助かる。さっきの件は結婚式前に急いで届けてくれた知らせだから、話を聞きに出向いたんだ」

何かあったのだろうか。

わたしの不安げな顔を見て、レオン様はさらりと言った。

「イングラル侯爵が捕まった」

予想外の名前が出てきて驚く。

半年前に騒動を引き起こした、あのイングラル侯爵がついに捕まったのだろうか。

「取り巻きの数を減らしたりして、どんどん権力を削いでいっていたみたいだな。黒い噂が多すぎて、味方をする者もほとんどいない。そろそろ頃合いだとジェラード宰相が判断して、逮捕に至ったらしい。罪状はいくらでもあると言っていた」

侯爵位を持つ貴族を逮捕するというのはかなり珍しいことだ。失脚させるだけでは安心できなかったのだろう。

「では一番大きな心配事がなくなったんですね」

「ああ、これで心置きなく結婚式を迎えられる」

レオン様は満足げに笑った。

もしかしてあちらの宰相たちをせっついたりしたのだろうか。レオン様に知らせが届くというところが怪しいのですけれど。

でもイングラル侯爵がもう何もしてこないとわかったのは嬉しい知らせだ。カチュア様にも安心して子供を産んでもらえる。

「その結婚式の準備が滞っています、レオン殿下」

無情な声が割り込んできた。

「カール・・・今座ったはかりだぞ」

レオン様の従僕がソファーの横に立って、紙束を抱えている。確認しなくてはいけない書類らしい。

「しかしもう三日後なんですよ。時間がありません」

「書類なら全て確認したはずだろう。なぜこうも後から増えてくるんだ」

「変更されたからです」

「━━━っ!」

レオン様は言葉もなく、ぐっと拳を握りしめた。多分、心の中で誰かを罵っている。

やっぱりわたしより大変そうだなあ。

「それではわたしは、おいとまさせていただきます」

「来たばかりだろう?」

「わたしもやることがまだあるので、早く帰らなくては怒られてしまうんです」

主にそこで何かを訴える目をしているセーラに。

レオン様は納得してから、お互い大変だなという顔をした。全くです。

立ち上がって別れの挨拶をしようとすると、右手を差し出された。来いという意味だろう。

目の前まで歩いて行くと、そのまま肩を抱かれる。

腕の中にすっぽり納まると、頬にキスをされた。

「では三日後にな」

「はい、三日後に」

顔を見合わせて笑う。


もうすぐ毎日会うことができる。だから今日は大人しく帰りましょう。


最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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