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番外編 ロディーの困惑4

会場を出るとほとんど人気はなく、屋敷の使用人が二人ほど歩いているだけだった。

ロデリックはしらみ潰しに部屋を開けて確認しているらしく、扉が開きっぱなしになっている。廊下を全力で走って行く彼に声をかけることもできず、使用人たちは呆然と見守っていた。

そのうちの一人を捕まえて話しかける。

「さっきこの扉から出て行った男がいるはずなんだか、どこへ行ったか知らないか?」

「えっと、その方かどうかはわかりませんが、さっき貴族の若い男性とすれ違いました」

「どこへ行った?」

「あっちです。突き当たりを右に曲がっていました」

彼女は屋敷の奥を指さした。

「そこには客間があるのか?」

「いいえ、普段は使っていない応接間です」

ほぼ確実だろう。私は反対方向に行っていたロディーに向かって、声を張り上げた。

「ロディー、こっちだ!」

言いながらもクリスティナの手を引いて走り出す。

しかしそいつは本当にこんな所でティリル嬢をどうにかするつもりなのか。

彼女に懸想している危ない男なのか、お金目当てで結婚するための既成事実を作ろうとしている輩なのかはわからないが、仮にも王子が出席している夜会で、そんな不埒なことをしようとするなんて、頭がおかしいのではないか。

だがこの状況でティリル嬢に何事もないと考えるのは、楽観的すぎる。とにかく急がなくては。

廊下を右に曲がると、その先はもうあまり部屋数はなかった。

私が一つ目の部屋を開けている間に、追いついたロデリックが次の部屋に向かう。

中に誰もいなかったので更に次へ行こうとすると、ロデリックの声が聞こえてきた。

「ティリル嬢」

慌ててその部屋を覗く。

部屋の中には二人の男女がいた。気障ったらしい雰囲気の若い男が、女性を隠すように立っている。

背後の女性は奥の壁に張り付いていた。いくら顔を隠そうと、ドレスでティリル嬢だということはすぐにわかる。

ロデリックがそちらに向かって歩き出した。

「ちょっと待ってく・・・」

何か誤魔化そうとでもしたのか、男が話し出したが、全く気にせずにロデリックは大股で歩いて行き、軽い仕草で男をそこからどけた。

乱暴なことなどしていないというのに、男はよろめいて尻餅をつく。・・・弱いな。

「いや、待ってくれ! 何も疚しいことはしていない! ちょっと話をしていただけじゃないか!」

しょうもない言い訳をし出した。

未婚の令嬢を人の来ない部屋におびき出しただけで罪はある。しかも彼女の顔を見れば同意の上でないことは明らかだ。

ティリル嬢は涙目でカーテンにしがみついていた。

「よくもそんなことが言えますわね! あなたと結婚するしかないようにしてやるとか言っていたくせに!」

「・・・へぇ」

男の顔を見ていたロデリックが目を細めた。かなり怒っているな。

「言いがかりですよ。僕はそんなこと口にしていません」

ようやく立ち上がった男は、媚びるような目をした。

「彼女にも指一本触れていませんよ。そりゃあ部屋に二人きりになったのはよくなかったかもしれませんが、たかがそれだけのことで大袈裟にするものではないでしょう?」

どうやら誤魔化しきることにしたらしい。ティリル嬢の証言だけなら、言い逃れができると判断したのか。

だがそんなことでロデリックが大人しく引き下がるわけがない。

「お前はもう黙れ」

ほとんど力が入っていない拳が、鳩尾に叩き込まれる。

男は体を折り曲げて、盛大に咳き込んだ。本当に弱いな。

これはまずいと、ようやく気づいたらしい。男は扉に向かって逃げようとする。当然ロデリックは追いかけようとするが、私が目線で制した。任せろという意思を込めると、ロデリックは足を止めた。廊下から数人分の足音が響いていた。

男の進行方向に立って邪魔をする。

「どけ!」

突き飛ばされてたたらを踏んだ。

部屋を出た男の後を追って廊下に出ると、予想通りようやく私の護衛騎士たちが駆けつけて来ていた。

「そいつを捕まえろ!」

騎士たちは瞬時に対応した。

男の腕を捕まえて捻り上げる。情けない悲鳴が聞こえた。

あっけなく捕まった男を見て、騎士の一人が眉をひそめて口を開いた。

「レオン殿下。何ですか、こいつは」

男が青ざめた顔で私を見た。

驚愕に目を見開いている。

とても不憫なことに、彼は私が誰なのか気づいていなかったらしい。

「私に危害を加えようとした。連れていけ」

護衛騎士はそれを聞くと、ビシッと背筋を伸ばした。顔つきも鋭くなる。

「かしこまりました」

そして乱暴な仕草で狼藉者を引っ張って行く。哀れな男は言葉もなく呆然とされるがままになっていた。

まあ、明日になったら勘違いだったということにしておいてやろう。

後から聞いた話によると、この男はティリル伯爵が爵位を後継者に譲るという噂を聞いて、ティリル嬢が伯爵になると勘違いしたらしい。

借金持ちの下級貴族であるこの男は、彼女と結婚できれば、金だけではなく爵位も手に入ると思い、一度失敗したにも関わらす、またしても強硬手段に出ることにしたそうだ。

しかし今日のところは王子も出席していると耳に挟んだので諦めようとしたらしいが、何やら周囲がティリル嬢に恋人ができたと噂している。早く実行に移さないと婚約されてしまうかもしれないと思ったようだ。夜会でそう何度も鉢合わせするのも難しく、仕方なしに今日、行動を起こしたらしい。

しかしティリル伯爵の後継者が誰かなんて、調べればすぐにわかるというのに、頭が悪すぎる。



部屋に戻るとクリスティナがティリル嬢に抱きついていた。

「本当にどこも触られていないの? 何もされていない?」

言いながら彼女の全身を見回す。見たところで触られたかどうかはわからないはずだが。

「大丈夫よ。すぐに来てくださったから」

ティリル嬢は心配で動転しているクリスティナを宥めるように言った。しかし心底ほっとしている様子からしても、やはり怖かったのだろう。あんなに弱い男でも、女性の身では適うわけがない。

「ティリル嬢・・・」

ロデリックは情けない顔で彼女を見ていた。

「すまない。俺がもっと早くにあいつのことを思い出していれば、こんな所で二人きりになることもなかったのに。怖い思いをさせて、すまない」

「ロデリック様・・・」

とても悔やんでいることがわかる表情を見て、ティリル嬢は感動していた。

しかしすぐにはっとなる。

「いえ、平気ですわ、これくらいのこと!」

「え?」

「何もなかったのですから、どうということもありません!」

あからさまな強がりを言い出した。涙目のままなんだが。

「でも嫌なことを言われただろう?」

ロデリックが聞くと、ビクッと体を震わせた。

どう見ても平気ではない。

「ええ、でも大丈夫ですわ。これくらいのことで子供のように泣いたり、動揺したりはいたしません!」

言い切った。涙目のままで。

なぜそんな嘘をつく必要があるのか。これは子供ではなくても泣いていい状況だろう。

ロデリックが気にしないようにと、なんでもないフリをしているのかと思ったがそうではないらしい。

彼女は自分が大人であることを主張したいようだ。

ここで泣いて怯えていれば、またしても子供扱いをされると思ったのだろう。

クリスティナは感心した目でティリル嬢を見ていた。

ロデリックは唖然とした後、彼女から顔を背けて口を手で抑える。

肩が震えている。笑っているだろう、これは。

「くっ・・・! 子供じゃないから、平気なんだな」

「ええ、わたくし至って落ち着いていますわ」

ムッとしつつも、ティリル嬢は主張を曲げない。どこからその意地が来るのか。

「でも泣きそうだ」

ロデリックが右手の指先で彼女の頬にそっと触れた。怖がらせないように配慮した触れ方だった。

途端に堪えていた涙がぽろぽろと零れ出す。

慌てるでもなく、ロデリックは優しい眼差しでそれを見た。そして何を思ったのか、急にティリル嬢を抱き上げた。

「きゃっ」

ちなみに世間で言うところのお姫様だっこというやつではない。顔が向き合う形になる、幼い子供によくやるアレである。

「なっ、なにをなさるんですの?! わたくしは子供ではありませんと言いましたでしょう!」

当然ティリル嬢は怒る。涙も引っ込むぐらいに憤慨している。

「でもすぐに危ない目に遭う。心配でしょうがないんだが」

「そんなに何度も遭っていません。今回は不可抗力ですわ。もう絶対に心配なんてさせませんから。すぐに大人になります」

ティリル嬢は必死に言い募る。

しかしロデリックはそれがおかしいかのように、くすくすと笑った。実に嬉しそうだ。

「あぁ、やっぱり君がいいな」

心の声が漏れたみたいな呟きが、微かに聞こえた。

「結婚しよう、ティリル嬢」

およそこの場に相応しいとは思えない言葉を、躊躇いなくロデリックは口にした。

抗議を続けようとしていたティリル嬢の動きがぴたりと止まる。

いや、ロデリック以外の、この場にいる全員の動きが止まった。背後で待機している残った私の護衛もである。

なぜ今言ったんだ。

いや、今なのはまだいい。いきなり過ぎるが、この際おいておこう。

問題はやり方だ。

人のことは全く言えないが、それでもそんな、ちょっと出掛けようかみたいな軽さで、しかも跪かないのはともかく、抱き上げることで見上げるという反則技。更に言い回しが「しよう」というのはおかしい。

プロポーズは普通、懇願の形をとるものだ。そんな断りにくい言い方をするのはマナー違反になる。

だがティリル嬢の顔を見れば、断るつもりなどまるでないことがわかった。

あんな幻滅されても不思議ではないプロポーズで、真っ赤になって動揺している。言われたことが信じられないかのように、ロデリックを凝視していた。

しかし返事をしなくてはいけないことにようやく気づいたらしく、か細い声で一言だけ言った。

「はい・・・」

ロデリックはにっこり笑う。笑顔の彼に対して、赤くなって顔を俯かせているティリル嬢。

私は思わずクリスティナに近づいた。

「いいのか、あれで」

彼女にしか聞こえないように囁く。

「エレンが嬉しそうですから、いいのだと思うことにします」

しかし釈然とはしない。と目が語っている。

本人たちがいいのならそれで構わないが、結局ロデリックは子供扱いをやめていない。ティリル嬢は少しくらい怒るべきではないか。

「とにかく邪魔者は退散いたしましょう」

クリスティナの提案にそれもそうだと同意する。あんなのでもたった今から婚約者同士になった二人だ。ここは気を利かせるべきだろう。というか後は勝手にやってくれ。

恥ずかしさと感動で泣き出したティリル嬢と、それを嬉しそうに見ているロデリックを後目に、私とクリスティナは、さっさと帰ることにした。



ティリル伯爵の一人娘と、ハーレイ家の跡取りが婚約したという話は、瞬く間に社交界に広がり、噂を耳にしていなかった人々を驚愕させた。

そして世間の大方の予想を裏切って、双方の父親たちは、この婚約に大いに喜んでいたらしい。


エレンとロディーのお話はこれにて終了です。

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