番外編 ロディーの困惑3
かなり気合いが入っていた。
どこがどうというのはわからないが、とにかく気合いが入っているということは理解できた。
女性のドレスや髪型など流行もセンスも知らないが、若い娘があまり着ないような、大人っぽい格好をしていながら、あまり違和感もない。
ただ彼女のどうだと言わんばかりの態度が、やや台無しだと言えなくもない。大人っぽさを演出したいのなら、それに至る努力を臭わせるよりも、このくらいは簡単にできると見せかけたほうが、効果的ではないだろうか。
これではむしろ可愛いと思う男が多数を占めるような気がする。
実際にロデリックの褒め言葉は「可愛い」だった。
彼女の意図など、察していないに違いない。
それを聞いたティリル嬢がショックを受けてよろめいても、困惑しているだけだ。
隣にいるクリスティナがぎゅっと扇を握り込んだ。ここが夜会会場でなければ、投げつけていたかもしれない。
「本当にロディーをオトすつもりなんだな」
目の当たりにすると、感心してしまった。少し前まで男にちやほやされることを当然と思っていたであろう令嬢が、こんな貴族らしくない男を振り向かせることに苦心しているとは。
一度落ちぶれたことがいい薬になったのか、それともこれが噂に聞く、恋をしたら女は変わるというやつか。
「本気ですわ、エレンは。お兄様には全力で意思表示をしなくてはいけないのだと悟ったようです」
「確かに・・・」
もう、同情する。こんな面倒な男に惚れてしまうとは。
そのティリル嬢は気を取り直して、ロデリックに話しかけていた。
「このドレス似合っていますか? いつもより大胆にしてみたのです」
「ああ、似合っているよ。でも社交界デビューしたばかりなのだから、あまり大胆なドレスを着ていると、悪い男に狙われるんじゃないか?」
お節介夫人か母親のような口振りである。しかし心配してもらえたことが嬉しいのか、ティリル嬢の頬が緩んだ。
「平気ですわ。わたくし今日はロデリック様としかダンスを踊りませんから」
はにかみつつもしっかり押している。
しかしいつの間にか名前呼びになっていた。異性でこの呼び方は、親類縁者でなければ、親しい人間にしか使わない。こんな人目の多い場所で言えば、当然いろいろと勘ぐられるだろう。
「外堀から埋めることにしたのか?」
「いえ、きっとそこまで深くは考えていませんわ」
自覚なしか。しかしクリスティナもそのことを注意する気はないらしい。もう外堀でも埋められてしまえとでも思っていそうだ。
一方のロデリックは言葉に詰まっていた。
ここまではっきり主張されては、おかしな解釈もできないだろう。しかも前回は変に誤魔化してクリスティナにかなり怒られていた。
どう出るのか観察していれば、ロデリックはティリル嬢をダンスに誘っていた。
無難な判断だ。女性に恥は掻かせられない。
だがティリル嬢は相当嬉しそうだ。顔が輝いている。
近くにいてたまたまそれを目撃した男たちが、ぽかんとなるくらいの笑顔を見せた。
ロデリックがつられて笑みを浮かべている。子供に向けるような微笑ましげなものではあるが。
二人はにこやかにお互いを見ながらダンスホールに向かっていった。その後ろ姿が注目されていることには気づいていないだろう。
「あれはもう、恋人同士にしか見えないんじゃないか?」
「自分たちで噂を拡張させていますわよね・・・」
このままではなし崩しの婚約に一直線だ。一体どうするつもりなのか。
しばらくクリスティナと二人で挨拶まわりをした。
その間もちらちらと様子を伺っていると、二人は二曲続けてダンスを踊り、その後は談笑しつつも、噂好きそうなご婦人方に何度か突撃されていた。
そのご婦人方が満足そうな顔で去っていくのを見るたびに、ため息を吐きたくなる。
ロデリックにさっさと決断しろとは言ったが、まさかここまで猶予がないとは私も思わなかった。ティリル嬢の本気を甘く見ていたということか。
本人はわざと噂を広めているつもりはないどころか、噂の存在を知っているかどうかも怪しいが。
果たしてロデリックは決断をしたのか。もしまだなのだとしたら、今日がギリギリの期限だ。忠告しておかなくてはいけないだろう。
集まってくる人の波が落ち着いたので、私とクリスティナはロデリックの元へ行った。
近くにティリル嬢の姿はない。女性たちに連れ去られたのだろうか。
ロデリックは遠くに視線を向けて、眉間に皺を寄せていた。何か考え込んでいる。
「どうかしたのか?」
「いや・・・さっき会場を出て行ったやつが、どこかで見たことあるような気がしたんだ」
貴族の夜会なのだから、見たことがある顔などたくさんあるだろう。だがロデリックの表情からして、いい印象を持っていない人間らしく、そのことが気にかかるようだ。
「そいつと諍いでも起こしたのか?」
「そんな覚えはない。貴族と喧嘩なんて面倒なことはしねぇよ」
確かにロデリックは面倒だという理由で、近衛騎士以外の貴族とは当たり障りのない付き合いしかしない。
「ならそいつは本当に貴族か? 変なやつが紛れ込んで来たんじゃないだろうな」
貴族ではない人物が夜会に参加することはあるが、悪印象があるのなら、よからぬことを企んで紛れ込んだ人間かもしれない。
「ちょっと待て、今思い出すから」
ロデリックは必死に記憶を辿っている。
「お兄様、エレンはどこに行きましたの?」
きょろきょろと辺りを見回していたクリスティナが聞いた。見当たらないらしい。
「ああ、ティリル嬢ならさっきメイドが、家の者が呼んでいると・・・」
話しているうちにロデリックの顔色が悪くなっていった。
重大な失態に気づいたかのように血の気が引き、口に手を当てる。
「あいつ・・・以前ティリル嬢を誘拐しようとしたやつだ」
「は?」
意味がわからなかった。誘拐ってなんだ。
「それって街中でエレンによからぬことをしようとした男のことですか?」
クリスティナが極力声を落として言った。
「そう、そいつだ」
ちょっと待て。
「すぐに思い出せよ、そんなやつ!」
「ちょっとしか顔を見てなかったんだよ。さっきだって遠目だったし!」
いや、言い争いをしている場合ではない。ティリル嬢がまた狙われているのかもしれない。
ロデリックはその男が出て行ったであろう扉に向かって駆け出そうとした。慌ててその腕を掴む。
「待て、ロディー。会場を出るまでは普通にしろ。騒ぎになる」
大事になれば、ティリル嬢の評判に傷が付きかねない。
ロデリックは反射的に何か言い返そうとしたが、堪えて口を引き結んだ。
手を離すと不自然ではない足取りで歩き出す。幸い周囲には、訝しげな目で見られてはいない。
「わたしも行きます」
後を追おうとした私にクリスティナが言った。
迷ったがここは貴族の屋敷だ。悪漢が大勢いるわけもないし、私が近くにいれば危険もないだろう。
もしティリル嬢が本当に危ない目に遭っているのならば、男ばかりで助けに行くのも問題がある。
「側を離れるなよ」
クリスティナがしっかり頷くのを見て、ロデリックの背中を追った。