番外編 ロディーの困惑2
「ちょっとは手加減しろよ」
部屋に入って来るなり、ロデリックは抗議した。
それでもこの短時間で、いくらか回復しているのだから大したものだ。
「あれは予想外だったな。あんなにヤる気になるとは」
「いやだから、レオンがけしかけたんだよな」
「想定外だ」
まあ、見ていて面白かったが。
「それより座れ。どうやってティナをあそこまで怒らせたんだ」
だいたいのあらましは聞いたが、それでも基本的にあまり怒ることのないクリスティナが、かなり怒り狂っていたのだから、もっと詳しい経緯を知りたい。その上でフォローするかどうかを決めよう。
「・・・聞いたまんまだ」
どうやら話す気はないらしい。考えてみれば当然か。
「なら、疑問なんだが、お前はどうしてそこまで女に相手にされないと思い込んでいるんだ。ちょっと度が過ぎていないか」
こいつは馬鹿っぽいが馬鹿ではない。恋愛に関心がない上に、一番身近な妹からあんな態度を取られていれば、自己評価が低くなるのも仕方がないが、夜会で近づいて来る令嬢たちに下心がないと本気で思っているのだろうか。
「別に女全体に相手にされないとまでは思っていないぞ。でも貴族令嬢には、俺みたいなのは願い下げだろう」
同じことじゃないか。そもそも結婚相手に貴族令嬢以外を選ぶはずもないのだから。
「俺が貴族の家に産まれたのが間違いだったな。父上にも貴族令嬢に相手にされないからって、平民の女を連れて来たりするなよって、もう何百回も言われている」
それか。刷り込みか。
ハーレイ伯爵の気持ちもわからないではないが、いくらなんでもそれはないだろう。こいつが身分差の恋に燃えるよりかは、令嬢に本気で惚れられる方が、よほどあり得る。
「でもそれならティリル嬢は、お前にとってもハーレイ伯爵にとっても、願ったりかなったりの女性だろう。なんで断ったりしたんだ」
「断ってはいない」
「じゃあなんて言ったんだ」
「・・・大人になっても同じ気持ちなら、結婚しようって」
「はあ?」
何を言っているんだ、こいつは。そりゃあクリスティナが怒るわけだ。
「そんなもん煙に巻いたようなものだろう。ある意味はっきり断るよりもタチが悪い」
「そんなつもりはなかったんだが」
「じゃあどんなつもりだったんだ」
ロデリックは弱りきった表情で頭を掻いた。どうやら反省はしているらしい。
「ティリル嬢は今は他の貴族があまり近づいて来ないだろう?」
「そうだな。かなりマシにはなったが」
クリスティナが夜会でよく一緒にいて、ロデリックが毎回エスコートをしているせいで、彼女に対する風当たりは大分よくなっている。だがティリル伯爵の評判は相変わらずだ。そのせいで彼女は社交界で無視されることはなくなっても、結婚相手としてはまだ見てもらえていない。
彼女自身に何の問題もないとわかっても、用心はしていたいのだろう。
「でもそれも今だけだろう。あと一年か二年もすれば、求婚者もたくさん出てくるんじゃないか? そのためにティナががんばっているんだし、俺が協力しているんだろ」
「あぁ・・・」
なるほど。ロデリックにしては、相手を思いやっての行動だったというわけだ。
だが、それが実際に相手のためになっているかどうかは別問題だ。
「つまりティリル嬢は、今は貴族の男に相手にされていないから、お前に目がいっているだけで、求婚者が出てこれば、気が変わるだろうと思っているんだな」
「いや、そういうわけじゃ・・・・・・ないこともないな。ああ、そういうことになるか」
ロデリックは片手で顔を覆って、天を仰いだ。そこまで深くは考えていなかったのだろう。ただティリル嬢の選択肢を増やしてやっただけのつもりなのだ。
「でもそれは仕方ないだろう。他にいなければ、俺みたいなのでもいいように見えてくるだろうし、他がたくさんいれば、そっちがよくなるのは当然のことだ。別にティリル嬢が軽い女だと思っているわけじゃない」
「どっちにしろ本気ではないと思ったんだな」
「ぐ・・・」
どんどん墓穴を掘っていくロデリックが、恨みがましく睨んでくる。
「そんなのわかるわけないだろ! ティリル嬢が本気かどうかなんて、俺に! だいたいさっきから偉そうなこと言ってるけど、レオンはティリル嬢の気持ちがわかるのかよ!」
「わかるわけあるか」
「おい・・・」
その場にいたわけでもないのに、わかるわけがない。だいだい私に恋愛事に関する理解があると思うほうがどうかしている。
「だがティナのことなら少しはわかる」
「いや、ティナの話じゃなくて・・・」
「ティナはティリル嬢の味方なんだろうが、同時にお前の味方でもあるだろう」
私がそう言うと、ロデリックは驚いた顔をした。
「そんな上っ面な好意で兄を慕っている女性に、協力なんてしないだろう」
クリスティナはロデリックに色々と嫌な思いをさせられてきたが、それでもちゃんと兄だと思っている。兄よりも本気で兄を好いてはいない友人の味方をするなんてことはないはずだ。
そう説明すると、ロデリックは沈黙した。
知り合って間もない女性の気持ちはわからなくても、妹のことならこいつも少しはわかるだろう。
何もない一点をじっと見つめて、思考に没頭しはじめた。
私は放置して、自分の仕事を片づけることにする。
机に向き合って、従僕に領地の報告書を持ってこさせた。
しばらくロデリックの存在を忘れて書類整理をしていたが、一段落ついたので顔を上げる。
ロデリックは同じ体制でまだそこにいた。
こいつがこんなに長い間、考え事をしているのは初めて見るな。
「ロディー」
呼びかけると、ゆっくりこちらを向いた。
「その気がないなら、もうあまり近づかないほうがいい」
ロデリックは何も言わなかったが、表情が反発していた。何でそんなことを言われなくてはいけないのだと思っているのだろう。
「お前とティリル嬢のことが噂になっている。ティナが否定はしているが、このままパートナーを続けていれば、噂では済まなくなるぞ」
そうなれば結局のところ婚約しなくてはいけなくなる。ティリル嬢のことを考えるのならば、距離を取って拒絶するか、なし崩しな形になる前にさっさと婚約してしまうか、どちらかだろう。
ロデリックはまた微動だにせずに考え込んでしまった。
こんなに真剣な顔も初めて見るな。
だかしかし、ずっとここで悩まれても邪魔だ。
「あと、いい加減出ていけ」