番外編 ロディーの困惑1
うららかな昼下がり。王宮の近衛騎士の鍛練場では、数名の騎士が模擬剣で打ち合いをしていた。
気合いの入った掛け声と、剣がぶつかる音、講師役の罵倒が飛び交っている。
その中で目的の人物を見つける。騎士の中でも実力が頭一つ出ているそいつは、すぐに目につく。
鍛練が一段落つくまで、その様子を眺めて待っていた。
私の存在に気づいている者もいるが、わざわざ中断したりはしない。そのように言い含めている。週に三日ほど訪れる私が、来るたびに敬礼させていたら、それはもう邪魔をしているだけだ。
全員の勝負がついたところで、この場の責任者が私に向き直った。
「鍛練ですか? レオン殿下」
「ああ、ちょっと普段とは違ったやり方をしたいのだか、構わないか?」
「もちろんです。レオン殿下がご指導なさいますか?」
「ああ、そうさせてもらう」
早々に主導権をもぎ取った私は、鍛練をしていたメンバーを見渡して笑みを浮かべた。
何人かが顔を引きつらせているが、別に鬼畜な訓練をさせようというわけではない。ちょっとしたゲームをしようというだけだ。
講師役を入れると、十人近い人数がいる。少し前に罰ゲームを加えた試合をした時のメンバーがほとんど被っていた。
「これからルール無用の生き残り戦を行う」
私が宣言すると、騎士たちが顔色を変えた。
「とは言っても、一人を除けば状況はかなり有利だ。生き残れば褒美も与える」
騎士たちの警戒心は解けない。その一人というのが誰なのかわからなければ、安心できないのだろう。
「場所は近衛騎士の管轄内をすべて使え。武器は模擬剣のみだが、どんな手を使ってもいい。相手に膝を折らせれば勝ちだ。これを一対六で行う。希望者優先だ」
どこからともなく「ひぃぃ」という悲鳴が聞こえた。六人の中に入れれば儲けものだが、一人の方になっても損をするだけに決まっている。誰が希望するのだと、表情が語っていた。
「ちなみに一人の方はすでに決まっている」
騎士たちがびくりと体を震わせた。恐る恐る私を見て、祈るような目をする。ちょっと不気味だ。
「ロデリック・ハーレイだ」
そこかしこで安堵のため息が漏れた。拳を振り上げている者もいる。
名指しされた本人はやっぱりか、という顔をしていた。
「ちょっとばかり横暴ではないでしょうか、レオン殿下」
「ないな」
ロデリックの抗議をばっさり斬り捨てる。
「先に準備していて構わないぞ。不利だからな」
「いや、不利っていうか・・・」
口調が砕けたものになってしまっている。ロデリックは近づいてきて、小声で囁いた。
「ティナと喧嘩でもしたか?」
「それはお前だろ」
イラッとした。
「そんな理由で八つ当たりなんかするか。だいたいティナとはすこぶる良好だ。遠方にある領地に、来週向かわなくてはいけないのが嫌になるくらいだ」
「八つ当たりじゃねーか!」
そんなことはない。それとこれとは別だ。
「自業自得だろう。さっさと準備しないと余計に不利になるぞ」
ロデリックは恨みがましい視線をよこす。
「同じ男としても、あれは同情できないからな。甘んじて受けろ。その方がティナの怒りも収まるぞ」
「くっ・・・」
ようやく諦めたロデリックは、すごすごと引き下がった。
私は残りの騎士たちに目を向ける。
彼らは複雑そうな顔をしていた。ここにいる騎士のほとんどがロデリックよりも身分が下だし、寄ってたかって一人を攻撃するということにも抵抗があるのだろう。
その抵抗を無くすべく、私は口を開いた。
「そんなに肩肘張るな。あいつには少し制裁が必要だ」
「はぁ・・・」
一体何をやらかしたのかと、興味深げな顔になる。
「美人を悲しませる男は、それだけで万死に値するよな」
私はよくわからないが、世間一般ではそういう認識らしい。彼らは当然だと頷く。
「それも好意を寄せてくれている美人を、無自覚に傷つけるような男は、ぶちのめされても仕方がないよな」
男たちから怒気が立ち上った。
「もちろんです!」
「そんな男は滅びるべきです!」
「容赦する必要はありません!」
「というかなぜあの人が美人にモテるのか! 女心なんて爪の先ほども理解していなさそうなのに!」
「顔か? やっぱり顔なのか?! 俺なんて今年に入ってから五回もフラれているのに!」
お前がフラれているのは、多分それが原因ではない。
男たちは怨嗟の言葉を吐き出し、全身にやる気を漲らせた。多勢に無勢という騎士道精神からかけ離れた行いにも、自ら参加するのに躊躇いがなくなったらしい。
結果的に当たり前だが、ロデリックは負けた。
人数で圧倒的不利な上に、モテない男たちの怨みが予想以上に凄まじかった。まるで親の敵であるかのように、躊躇なく攻撃を繰り出していく様は、見ていて悲しくなってくる。
近衛騎士という人気職に就いてなおモテないのならば、恨みを晴らす前に自分自身を顧みるべきだと思うのだが。
そしてそんな状況でも、ロデリックは半数を返り討ちにしたのだから、その辺はさすがと言えるだろう。
行動範囲内ぎりぎりで逃げ回りつつ、反撃もしっかりしていた。
そのせいで今は口もきけないくらいに疲労困憊している。両手を地面について、息をするのもしんどそうだ。
「おつかれ」
「・・・・・・おい」
お前のせいだろうが、という視線は無視する。
「まあ、ティナへのフォローはしといてやるよ。それより話があるから来い」
「・・・ちょ・・・待て・・・」
「着替えたら私の部屋に来い。お前の言い分もちゃんと聞いてやるよ」
今度は今更だろ、という視線が送られてきた。