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番外編 エレンの葛藤4

エレンは馬車の中で、両手で顔を覆って俯いている。

あの爆弾発言を後悔しているんだろうなぁ。

貴族の女性があんなことを言ったら、はしたないと思われるのが普通だし。

「エレン、大丈夫よ。あれくらいでお兄様はあなたの評価を下げたりしないから。むしろよくやったわよ」

「・・・・・よ」

「え?」

「何がよ! わたくしあんなことを言うつもりなかったのよ。きっと貰い手のいない女が、付け込もうとしたんだと思われたわ!」

「ないないない。あなたお兄様の話を聞いていたの?」

お兄様は本気で自分よりもエレンのほうが、相手にしてくれる人間が多いと思っている。

「それにお兄様にはあれくらい言わなきゃ伝わらないわよ」

エレンはうっと言葉に詰まる。そこは同意見なのね。

「でもこんなの本当に付け入っているみたいだわ。あの方わたくしの評判が悪いこと知らないのでしょう」

すっかり気弱になってしまっている。この子最近、性格変わってないかしら。

「あのね、いくらお兄様でも、あなたのお父様が王家の怒りを買ったことくらいは知っているわよ。でもそれとあなたを結びつけて考えていないだけ。お兄様にとっては、わたしとエレンが友達なら、その他の情報はたいして意味はないの」

エレンは眉尻を下げて、また泣きそうな顔になる。

「あとウチはエレンとお兄様が結婚したところで、世間の風当たりが悪くなるなんてことはないから。わたしの兄というだけではなくて、個人的にもレオン様と仲のいいお兄様は、それくらいじゃあ立場が悪くならないわ」

彼女の不安を取り除くように、一つずつ説明するけれど、相変わらず顔色は晴れない。俯いて考え込んでしまう。

「でもやっぱりわたくしの気持ちだけではどうしようもないわ。あんなこと言ってはいけなかったのよ」

「それはあなたに縁談の話が来ているから?」

「そう・・・え?」



エレンは数度まばたきをしてから、わたしを凝視した。

「わたくしあなたに縁談の話していないわよね」

「そうね。聞いていないわ」

「だったらどうして知っているのよ」

「コニーに聞いたから」

誰それ。

そんな顔をしてから、エレンははっとした。

「あなたなに人の家のメイド長を懐柔しているのよ!」

人聞きが悪い。

「わたしはただ、エレンの恋を応援するのに協力してちょうだいとお願いしただけよ。懐柔も買収もしていないわ」

「それが懐柔なんじゃないの。なんであっさり信用してしゃべっているのよ」

エレンはメイド長に怒りを向けた。

「それは仕方がないわ。わたしを信用するなというほうが無理な話よ」

なんといっても未来の第二王子妃である。

それだけではなく、なぜかわたしはエレンの使用人たちからの信頼が厚かった。

「まあ、その話は置いておいて、縁談のことよ」

「・・・なによ」

エレンはぶすっと返事をする。

「強制ではないのでしょう。断ればいいではないの」

彼女に来ている縁談の話は全部で三つ。誰を選んでもいいし、選ばなくてもいい。そんな話だったはずだ。

相手は全員、評判の悪い人ではない。でもそれだけだ。悪くはない。

ティリル伯爵にはそれが精一杯だったのだろう。

「あの人たちの誰とも結婚なんてしたくはないわ。でも全て断れば、わたくしはもう王都では暮らせなくなる」

「どうして? ティリル伯爵が弟に爵位を譲っても、それとこれとは話が別でしょう」

エレンは呆れた顔で脱力した。そんなことまで知っているのかと言いたげだ。

このことを外部に漏らさないために、伯爵はエレンに縁談のことも口外するなと言っていたのだろう。

でも伯爵は浅慮すぎる。娘よりもまず使用人に箝口令を敷くべきだ。あっさり教えてくれたから、噂が広がりつつあってもおかしくはない。

ティリル伯爵は社交界に返り咲くとか、そういった気力は持ち合わせていなかったらしい。

居場所がなくなったことで屋敷に引きこもり、そのせいで更に立場がなくなる。この悪循環から脱却できずに、責任を放棄することにしたのだ。

エレンは一人娘だから、爵位は伯爵の弟に引き継がれる。その弟に後始末を押しつけて、伯爵は領地でひっそりと暮らすらしい。

そしてその前に、せめて娘の結婚相手を見つけようとしたというわけだ。善意なのだろうけど、なんかズレている。

「お父様が叔父様に爵位を譲って領地で暮らすなら、わたくしだって一緒に行かなくてはいけないでしょう?」

「それってエレンのお父様が言ったの? それとも叔父様?」

「お父様よ」

うーん。やっぱりティリル伯爵って人の上に立つ才能がないみたいだわ。

「ちゃんと叔父様に確認したほうがいいわ。というより、この状況であなたを王都から離すのはおかしいわよ」

「・・・どういうこと?」

「だって伯爵が代わったからといっても、ティリル家の評判がそれで良くなるわけではないもの。あなたの叔父様は苦しい立場で爵位を継承しなくてはいけないわ。社交界で居場所を作るには、誰かの後ろ盾か強力なコネが必要なのよ。そして、エレン。あなたはそのコネを持っているでしょう」

エレンはぽかんとした顔でわたしを見た。

「コネってあなた?」

「そう。正確にはレオン様ね。夜会でよくわたしと一緒にいるエレンはレオン様ともよく顔を合わせるし、そうすると新しくティリル伯爵になったあなたの叔父様をレオン様に紹介する機会だってあるわ。そこでレオン様が新しい伯爵に友好的な態度を取ってくだされば、それだけで他の貴族の態度も軟化するわよ」

第二王子といえども、レオン様の持つ影響力は強い。それに現ティリル伯爵は王家の中でも、特にレオン様を怒らせたことによって侯爵位を剥奪されている。そのレオン様が新しいティリル伯爵に友好的なら、ティリル家の失態は水に流したと判断されるはずだ。

「でもそれはレオン殿下が友好的な態度を取ってくださったらでしょう・・・?」

エレンは侯爵令嬢であった頃は、レオン様にも遠慮なく突進して行っていたのに、今ではすっかり怖い人だと認識してしまったらしい。

まあ、あの頃は大人の口車に乗せられていたからね。レオン様の性格もよくわかっていなかったみたいだし。

「レオン様が怒っていたのはエレンのお父様に対してであって、ティリル家にではないわ。現にわたしとエレンが仲良くしていても、何も言っていないでしょう。ティリル家を貶めたいわけではないのだから、ちゃんと対応してくださるわ」

そのかわり新しい伯爵が何かしてしまったら、今度こそ容赦しないでしょうけど。これは黙っておこう。

「あなたの叔父様がちゃんと物事を考えられる人なら、あなたを領地に追いやったりはしないはずよ。もしそのつもりだったのだとしても、ちゃんと話せば考えを変えてくれるはずだわ」

「・・・本当に?」

「本当によ。今から確かめに行きましょう。叔父様は王都のお屋敷にいらっしゃるの?」

「ええ」

「なら、ちょうどいいわ。大丈夫よ、いざとなればわたしが口添えしてあげるから」

エレンはこくんと頷いたものの、まだ不安そうに瞳をさ迷わせている。

「それともお兄様に他の人と結婚したくないし、領地にも行きたくないから、今すぐ結婚してって言いに行く?」

「なっ・・・!」

エレンは口を開いたまま絶句した。みるみる顔が赤くなる。

そんなに驚かなくても。

「だってそうなったら一番いいって思っていたんでしょう」

エレンがそう考えるのは自然なことだ。

もしもお兄様が結婚してくれるなら、したくもない相手と結婚する必要も、領地に引きこもる必要もない。

でも時間がないから望みも薄い。

そう思って焦っていたからこそ、あの大胆発言が出てきたんじゃないかしら。

「そんな脅すような言い方しないわよ!」

エレンは憤然と言い放った。

そりゃあ、そうね。やっぱりお兄様にエレンを好きになってもらうのが一番だわ。



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