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番外編 エレンの葛藤2

エレンがものすごく不機嫌だ。

昨日ティリル伯爵邸で会ったというのに、今日またウチに予告なくやって来て、ずっと何かにイライラしている。

文句を言いたいのに、口にできないもどかしさを抱えているように見えるのだけど。

しかし手に持ったカップを壁に投げつけるんじゃないかと思えるくらいの苛立ちっぷりだ。

「エレン、何があったの?」

言えるのならとっくに言っているだろうけど、一応聞いてみる。

エレンは口をぐっと引き結んで、謂われのない叱責に耐えているかのような顔をする。

しばらく黙っていたけど、そのうち何か話すかもしれないから待っていた。やがてぽつりと呟く。

「ねえ、クリスティナ」

「はい」

「どうして子供って親の言うことを聞かなくちゃいけないの」

ああ、これはティリル伯爵と一悶着あったのね。

「養ってもらっているからと、子供が何かしたら親の責任になるからね」

「わたくしは親のしたことで責任をとらされたわよ!」

ごもっともだ。子供だって責任はとらされる。

「そりゃあ、養ってもらってはいるかもしれないけど・・・」

エレンは納得がいかないというように、悔しげな顔をする。

「貴族においての親子関係で言うのなら、他にも理由はあるわ。家長が権力を持っているからよ」

社会的権力の象徴である爵位を持っているのは、一家の内で家長一人だけだ。

「でも爵位を持っているっていうことは、家族だけではなくて、領民にも責任があるということだわ。つまり地位に見合った人物でなくちゃいけないのよ。今は昔のような横暴な領主なんて許されないのだし」

エレンは急にわたしが難しい話をしだしたと思っているのか、顔に疑問符を浮かべている。

「つまり自分の立場に責任を持っていない人の言うことなら、親であろうと必ずしも聞く必要はないんじゃないかしら、ということよ」

これはエレンのお父様である、ティリル伯爵のことだ。彼は今、伯爵邸に引きこもっている。エレンが言うには、領主としての仕事をしているわけでもないらしい。

「そう・・・かしら」

以前の彼女なら、父親の言うことだろうと関係なく、自我を通していただろう。常識的な感覚が身についてきたのか、もしくは伯爵が実力行使に出ようとしているのか。

「ねえ、エレン。もしあなたのお父様が、何かよくないことをしようとしているのなら、わたしに相談するのよ」

ちょっと心配になってきた。

こんな言い方は失礼かもしれないけど、ティリル伯爵には前科がある。そして落ちぶれた人というのは、過去の栄光を取り戻そうと躍起になるものじゃないだろうか。伯爵が何かを企んでいたとしても、わたしは驚かない。

ただそこまで悪い人ではない、という思いもある。伯爵が侯爵位を剥奪されたのは、彼が直接の原因を作ったわけではないし。責任感のない人ということには変わりないけれど。

「お父様にそんなことをする気概などないわよ。とても弱い人だもの」

父親の不甲斐なさにエレンは憤っている。

もしかしてエレンを地位の高い人と政略結婚させて、社交界での居場所を確保しようとしているんじゃないかと思ったけど、違っただろうか。

わたしはエレンにはどうあっても、幸せな結婚をしてほしいと思っている。

以前、大人たちの身勝手な欲に振り回されて、その責任まで取らされているのだから、それくらいの権利はあるはずだ。

貴族としての義務を、ティリル伯爵が彼女に強要しているのなら、わたしだって文句はない。でも伯爵個人の事情なら、話は別だ。全力で阻止しなくては。

ひとまず彼が何をしたいのかを探らなくちゃいけないようだわ。



数日後の夜会には、エレンもお兄様にエスコートされて参加した。表面上はいつもと変わりないようだ。

それにしても、お兄様は夜会が嫌いなくせに、このところは出席率が高い。わたしが頼んでいるからなんだけど、嫌がりもせずにちゃんと来てくれる。

これは普通の貴族令嬢が苦手なお兄様が、エレンは苦手ではないということではないかしら。子供扱いだけど。

でもこのお兄様にエレンを女性として意識させなくてはいけないのだ。わたしは今更ながらにその険しさに戦慄した。

え、できるのこれ。無理でしょ。

そもそもお兄様って誰かに恋愛感情を抱いたことあるの。

いえ、これはもう、考えてはいけないことだわ。ちょっとこの問題は脇に置いておきましょう。

わたしは先にエレンの問題を片付けることにした。

「お兄様、今日のエレンはドレスを新調しているんです。青いドレスは初めて着るみたいなんですけど、どうです?」

彼女の腕をしっかり捕まえておいて、にっこり笑いながら尋ねれば、お兄様もつられて笑ってくれる。

「ああ、似合っているな。可愛いよ」

これくらいの褒め言葉なら、促せばちゃんと言ってくれる。一般的には可愛いじゃなくて綺麗が正解だけど、お兄様にはこっちのほうが嘘臭くなくていい。

ちらりと横を見れば、予想通り顔が真っ赤になっていた。

「エレンは美人だから、なんでも似合うわ。お兄様もそう思うでしょう」

「そうだな。でも今日のドレスはいつもより似合っているんじゃないか?」

「あら、お兄様はこういうドレスがお好き?」

「ドレスのことはよくわからないが・・・そうだな、そういう大袈裟じゃないドレスは好きだな」

いい調子だわ。更に言葉を重ねようとしたら、ぐっと腕が引っ張られた。

「クリスティナ・・もうやめて」

片手で必死に顔を隠しながら、か細い声でエレンが言う。

もう限界なの。あなた人から褒められ慣れているのではなかったかしら。

でもここでやめるのは勿体ない。何の進展もないままだわ。わたしは心を鬼にすることにした。

「お兄様、エレンは少し気分が悪くなったようですわ。ソファーで休ませてあげてくださる?」

エレンがカチンと固まった。

「それは・・・大丈夫なのか?」

「少し様子を見て、治らなければ送って行ってあげてください」

「ああ、わかった」

「いえ、あの、へいき、ですわ」

エレンは抵抗しているものの、声が小さすぎて届いていない。

背中を押してお兄様に引き渡すと、振り返って睨まれた。

でも残念ながら、全く怖くない。

がんばってちょうだい。わたしは協力しかできないのだから。いい加減、自分の気持ちはわかったでしょう。



「ティナ」

おじさま方に捕まっていたレオン様が戻って来ていた。

何か見てはいけないものを見てしまったかのような顔をしている。

「あれはもしかして・・・」

「まだ秘密ですわ」

バレバレであったとしても、友人の恋心を暴露するわけにはいかない。

たとえ彼女の態度があからさますぎるとしても。

ただ━━━。

「あれ・・・ロディーは気づいていないぞ」

「・・・ですわよね」

我が兄ながら、どうかしている。



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