3話 奇特な友人(レオン)
この話から1話あたりが短くなります。
毎度、予定していたよりも長くなってしまうので、更新しやすいように、分けることにしました。
珍しい顔を自室で見た。
執務室での書類整備が一区切りしたので、昼食を取るために部屋に戻ると、近衛騎士の制服を着た若い男が、控えの間で待っていたのだ。
べつに近衛騎士が私の部屋にいるのが珍しいわけでも、この人物に会うのが久しぶりなわけでもなく、彼がこの部屋にいるのが珍しいのだ。
慇懃に騎士の礼をとるこの男を見ると、いつも背中がむず痒くなる。
私は常に側にいる従僕のカール以外、全員を部屋の外へやった。
「何かあったのか?」
「あったんだろうな、知らねぇけど」
人がいなくなった途端に、態度が崩れる。
そのために人払いをしたわけだが。
「なんでだよ」
「それについては直接お伺いしてくれ。六の鐘の刻に四階の談話室に集合するように、とのことだ」
四階にある談話室といえばひとつしかない。王宮の中心部にある王と王妃しかほとんど訪れないエリアだ。
「父上か?」
「ああ、それから俺がレオン殿下付きにしばらくなるらしい」
私は驚いて目の前の男、ロデリックを見た。
「ロディー、お前が?」
「そうだって」
これは本当に何かあったらしい。これまでどちらかというと、ロデリックは私付きになることを、避けられていた。
しかし彼は剣の腕が立つ。
「集合ということは、兄上も来るんだな」
「そうらしい」
だからしばらく時間が空くのか。
しかしそうなると、この後会う予定のクリスティナと、あまり話ができない。
私は余計な時間を省くために、彼女が訪れたら、この部屋に直接案内するように、カールに指示を出した。ついでに用意されていた昼食を中に入れてもらう。
「俺もくれ」
「食べてないのか?」
「いや、食った」
「・・パンならやる」
籠の中に入っているパンを放ってやると、不満そうな顔をした。
この男は本当に伯爵家の跡取りだろうか。私は一週間に一回くらい、この疑問が頭に浮かぶ。
昼食をロデリックから守りつつ完食したところで、クリスティナの来訪が告げられた。
扉の前に立って挨拶をするクリスティナを遮り、こちらに来るように促す。
彼女は首を傾げながらも、言われた通りにした。
部屋の中ほどまで来てようやく、私とカール以外の人物が誰なのか気づいたようだ。
笑みを浮かべていた顔が強張った。
「なんでお兄様がいるの!?」
貴族の令嬢にあるまじき、声の荒げっぷりだ。
予想通りの反応をしてくれる。いや、気心の知れた人間しかいないせいで、いつもより激しい。
クリスティナの背後で、彼女の侍女が顔を青くしているが、周囲が平然としているので、注意もできないのだろう。
私も初めて見たときは驚いたが、クリスティナがいないときにロデリックに会っていたので、妙に納得してしまった。
ロデリックが非常識すぎるせいで、クリスティナも非常識な反応をしてしまうのだ。彼女が非常識なわけではない。
「久しぶりだな、ティナ。元気にしていたか?」
ロデリックは笑顔で、さあ飛び込め、とばかりに両腕を広げながら近づく。
対してクリスティナは、隠れるように私の背後に回った。
「昨日会ったじゃない!」
家でもこんな感じなのかと疑問に思うところだが、ロデリック曰わく、両親がいるところでこんなに砕けた態度を取っていると、こっぴどく叱られるのでやらないらしい。
つまり両親のいない場所では、クリスティナはかなり警戒しなくてはいけないわけだが。
しかしロデリックは何も、妹を苛めようとしているわけではない。構いたいだけなのだが。
「そんなに警戒するなよ。兄妹の抱擁をするだけだ。子供の頃みたいなイタズラはしないって」
「三年前に髪の毛にクワガタをくっつけたわ!」
それはひどい。
しかも三年前といえば、ロデリックは今のクリスティナと同じ十六歳だ。ガキかお前は。
こんな風に子供の頃は懐いていた妹を、苛めたり邪険にしたりしていたせいで、今は避けられているのだから、自業自得というものだ。
自分が大人になって、精神的に落ち着いてから、妹に嫌われていることを寂しがっても、遅いだろう。
「クワガタはいいだろ」
「何が?!」
「ロディー、クワガタに喜ぶのは、十歳くらいまでの男子か、マニアだけだ」
そうなのかと感心したように言っても、白々しいとしか思われてないぞ。
「でも、ティナ。俺はしばらくの間レオン殿下付きになるから、毎回そんな態度でいると、泣くぞ」
「げぇ! なんで」
クリスティナは貴族令嬢にあるまじき、呻き声をあげた。
彼女はたまにかなり口が悪くなる。
会ってしばらくしてから気づいたせいで、もしや私が原因なのではないかと焦ったが、ロデリックに会ってわかった。
確実に兄のせいだ。
彼は伯爵家の跡取りのくせに、ほんの子供の頃から、領地で平民の子供たちに混じって、イタズラをしたり、喧嘩をしたりしていたらしい。おかげで平民のような言葉づかいができるし、ある意味で物知りだ。
しかも王子にも遠慮のない態度をとるほどの度胸がある。私にとってこういう人物は、とてもありがたい。
おまけに気も合うので、友人のような間柄だ。
「なんでかはわからないが、そうなる」
ロデリックが笑顔でそう言うと、クリスティナは泣きそうになりながら、更に私に身を寄せた。
私は彼女に向き直って、軽く肩を抱いて、頭を撫でてやる。
するとクリスティナは全身に入れていた力を、ふっと抜いた。ついて顔も弛んでくる。
・・・可愛いな、おい。
ロデリックの顔を見ると、ひどく羨ましそうな表情をしている。
私は自然に勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
悔しげに彼が言った。
「普通、逆じゃないか?」
「なんでだよ」