26話 裏の真相(レオン)
王宮に戻った翌日、私はある人物に会うために、客間に向かっていた。
普段はあまり立ち入ることのない、王宮内でも一番質素な部屋だ。その扉の前では騎士が見張りをしている。
警備のためにいる訳ではなく、主に逃亡を阻止するというのが役目だ。
中にいる人物は待遇はいいものの、監禁状態にある。他に適切な場所がなかったため、客間に閉じ込めているのだ。
私が姿を現すと、見張りの騎士は驚いた顔をした。
開けるように命じると、彼は扉をノックする。高い声で返事が返った。
ロデリックを伴って中に入ると、ここでも同じように驚いた顔をされた。
彼女はひとまず椅子から立ち上がり、どう挨拶すべきか迷うようにおろおろしている。名前はなんと言ったか。確かミリア・ブラウニング男爵令嬢。
「座っていい。聞きたいことがあって来た」
「・・・はい」
落ち着かなげに視線をさ迷わせている。彼女は以前もこんな調子だった。
逃亡しようとした後に、流した噂について尋問した時も。
あの時は廊下で聞いたという話は嘘だと認めたものの、イングラル侯爵とは会ったことがないと言い張った。怯えながら不自然なほど強調していた。
「もう一度聞こう。君はイングラル侯爵の間者か?」
びくりと肩が震えた。
「・・・違います」
前回と同じ答えが返ってきた。
「そうだろうな」
「え?」
何を言われたのかわからないのか、首を傾げる。
「君の行動はどこか少しだけおかしいんだ」
世間話を始めるかのように、敢えて緊張感を取り払った態度を取った。
「噂を流すことは重要任務のはずなのに、やり口がお粗末すぎただろう?」
同意を求めてみたが、彼女は首を傾げた体制のまま固まっていた。構わず話を続けることにする。
「嘘を吐いてでも、尤もらしい根拠を並べ立てるべきだったのに、ただ聞いた話だとしか言っていない。それでは信じてもらえなくても無理はない。父上には前科がないからな」
彼女の様子をじっと伺いながら言う。
「初めは君がたまたま義姉上のメイドで、本家のイングラル侯爵に脅されて言うことを聞いていたからだと思っていた。だが彼もそんな素人一人に任せるほど、楽観主義ではないだろう。君はイングラル侯爵とっては、間違いなく優秀な間者だったはずだ」
どこかに飛んでいた彼女の視線が、ぴたりと私に定まった。反論は返ってこない。
「でも実際のところ君は侯爵の手の者じゃない。君は━━」
確信はなかった。それでも自信を持って言う。
「現宰相ジェラード公爵の間者だな」
彼女の顔から表情が消えた。
しばらくは誰も何もいわず、ただ静寂が場を支配する。
私は口を開かず、答えを待った。ここで沈黙を破ってしまえば負けだ。
自分の推測を疑い出した頃になって、ようやく彼女は小さく微笑んだ。
子供っぽい印象が消えて、落ち着いた貴族令嬢が姿を現した。
「よく、おわかりになりましたね」
「否定しないんだな」
「気づかれてしまっては、そんなことは無意味です。殿下は敵ではありませんし」
内心ほっとする。ただの消去法だったから、しらばっくれられると追求しきれなかった。
「リンデル侯爵をまず疑ったが、彼の様子からして違うと判断した。次に国王だが、そうなると義姉上が全く何も知らないのは不自然だ。そして現宰相であるジェラード公爵は目立つ人物ではないが、長年宰相の座についているくらいだから、目端のきく人ではあるのだろう。それに彼はクロードルとの友好関係を強固にしようとしている」
わざと噂が広まらないようにしたのは、宰相の意志だろう。元々彼女は宰相の間者であり、そこにイングラル侯爵がちょっかいをかけてきたのだ。
「逃亡の真似をしたのは、自分の身を守るためか?」
「はい。わたしも命は惜しいですから、こうして守っていただいています」
扉の前の騎士は彼女を守るためにいるわけではないが、結果的にそうなっている。任務に失敗した人間を、イングラル侯爵が放っておくはずがない。
「クロードルはリンデル侯爵を擁立することにした。ジェラード公爵の真意はどこにある?」
「・・・ジェラード卿はイングラル侯爵を野放しにするつもりはありません」
ミリア・ブラウニングは訴えるような目で私を見た。
「卿はこれまで、飽くまでも中立を維持していました。ですがイングラル侯爵がクロードルにまで手を出したことによって、決断を下したのです。イングラル侯爵は必ずや卿が失脚させます」
「それを聞いて安心した」
リンデル侯爵を次期宰相の最有力候補にしたところで、現宰相はジェラード公爵だ。それも引退すら決まっていない。
彼が邪魔をしたなら、事態は泥沼化する。
「それならジェラード公爵はリンデル侯爵と手を組んでくれるのか」
「わたしの立場でははっきりとは言えませんが、少なくともイングラル侯爵を失脚させるという目的が最重要だと認識されています」
「それは助かるな」
同じ目的というわけだ。
「それなら君に手土産を渡そう。実は昨日、国境沿いの街でリンデル侯爵と密会した後に、リンデル侯爵が数人の男に襲われたんだが」
彼女は最悪の予想をしかのか、顔をしかめた。
「侯爵に怪我はない。襲った男たちも全員捕らえている」
「・・・なら、その男たちが依頼主の名前を吐いたとでも?」
「それはないな。そいつらは依頼者が誰なのかは知らない。だが同じ人物から、もう一つ、依頼を受けていることを吐いた」
内容に予想がついたのだろう。彼女の顔が青くなる。
「リンデル侯爵には殺害ではなく、大怪我を負わせるという依頼だったが、もう一つは暗殺依頼だ。ジェラード公爵に対するな。これはすでにリンデル侯爵に知らせているから、彼から公爵に伝えられるだろう」
「・・・ありがとうございます」
少し安心したものの、まだ不安を感じるのか、彼女の顔には焦燥感が浮かんでいる。
「ああ、それで君には、そいつらを連れてウィルダムに戻ってほしい。依頼主がわからなくても、同じ人物からリンデル侯爵とジェラード公爵の両方を襲えという依頼があったと証言する男たちがいれば、他の貴族たちは少なくとも、イングラル侯爵派の人間のしたこととしか考えないだろう」
そしてやはり一番怪しいのはイングラル侯爵だ。
「決定打にはならないかもしれないが、材料にはなるだろう。そちらで好きなように使ってくれ」
「それは・・・とても助かります」
「だがすぐに出発してもらわないといけないから、多少危険かもしれない。罪人の護送という名目で護衛はたっぷり付けられるが」
ここにいることに比べれば何倍も危険だろう。私は彼女が少しでも迷う素振りをすれば、撤回するつもりだった。
だが彼女は即答した。
「行かせていただきます」
どうやらジェラード公爵にとっても、優秀な間者のようだ。
「頼もしいな。では任せるぞ」
「はい。お任せください」
優秀な騎士のように、自信のある答えが返ってくる。彼女はいくつなのだろうか。もしかしたら自分よりもずっと年上かもしれないと思えてきた。
「クロードルが干渉できることは、後は関税の交渉にリンデル侯爵を指名することだけだ。上手くやってくれ」
ウィルダムの内政にまでは手を出せない。それはもう彼らに任せるしかない。
「ここまでしていただけただけで十分です。ジェラード卿は全力でイングラル侯爵派を潰すでしょう」
信頼を滲ませた彼女の口調に、急にジェラード公爵が恐ろしい人物に思えてきた。彼がこのまま親クロードル派でいてくれることを願おう。




