23話 真相(ティナ)
わたしはひとますレオン様の私室の隣にある応接室へ向かった。
そこでレオン様の仕事が終わるのを待つことはたまにあることだし、とりあえず今日中に会えるかどうかが行けばわかる。
無理なら帰ればいいし、大事な用事がなければ待たせてもらおうと思っていた。
その時、廊下の奥から本人が歩いて来ているのが見えた。お兄様と従僕のカールもいる。レオン様はこちらに気づくと少し早足になった。
「ティナ、どうした?」
「カチュア様のメイドについて話が聞けましたので、ご報告をしようと思ったのですが、お忙しいですか?」
レオン様はちょっと考え込んだ。
予定を確認しているわけではなさそうだ。何か悩んでいる。
「・・・そのメイドが逃亡を謀ろうとした」
「まあ・・・」
泳がせていたら、すぐに尻尾をだしてしまったわけだ。
「イングラル侯爵家の分家の娘でした。そのメイド」
わたしは小声で報告した。
「では噂を流させたのは、間違いなくイングラル侯爵だな。経緯を聞いてくるから、ティナは母上のサロンで待っていてくれ。そんなに時間は掛からないはずだ」
尋問をするのだろう。同席はさせてくれなさそうなので、わかりましたと答える。
しかしカチュア様の言い訳にも使ったように、彼女はウィルダムの貴族なので、レオン様としてもあまり強気には出れないだろう。上手く話してくれるといいのだけど。
レオン様を見送った後、わたしはそのままエミリア様のサロンへ向かった。
しばらくするとエルウィン様がやって来た。レオン様に呼ばれたらしい。
エミリア様と三人で会話をしていると、やがてレオン様もサロンに入って来る。
「話しませんね。黙秘を続けています。様子からして脅されているようですけど」
あまり残念ではなさそうに言った。
彼女がしゃべらないことは、予想していたからだろう。
「ですがあのメイドがイングラル侯爵家の分家の娘であることはわかりましたし、侯爵の動向もある程度は探れました。次に何か仕掛けられる前に先手を打ちます」
レオン様がわたしたちを見て、きっぱりと言った。
「その侯爵の動向っていうのは、何がわかったんだい?」
エルウィン様が尋ねた。
「まずイングラル侯爵がリンデル侯爵を蹴落とそうとしているのは確実ですね。あとイングラル侯爵は周囲に、クロードルとの交渉で優位に立てれば、必ず宰相になれると吹聴しているようです」
「交渉ということは、やはりウィルダムは関税の引き下げを要求してくるんだね」
「輸出で儲けようとしているわけですから、そうでしょうね。あとは港の使用料でしょうか」
クロードルとウィルダム間の関税率は高いわけじゃない。ごく普通のものだ。それを友好国として特別に低くしてもらおうという魂胆なのだろう。
関税率が低くなれば、それだけ他国での売値が低くなる。安い商品は売れやすい。そうやってウィルダムが儲かっていくという仕組みだ。
「実際に交渉をかけられる前に、なんとかしなければいけないのね」
「ええ、そうなると少し厄介なことになります。おそらくイングラル侯爵はウェルダインを見捨てました」
「どういうこと?」
「ウェルダインはいろいろと悪事に手を染めていたようです。クロードルから逃亡する際に金品を持って出たのだとしても、22年も経っています。とっくに底をついているでしょうし、彼は真っ当にお金を稼ぐ方法なんて知らないでしょう」
「悪事を働いたから見捨てたと言うの?」
エミリア様は納得いかないという顔をする。
わたしもイングラル侯爵がそんなまともな感性を持っているとは思えない。
「いいえ、むしろウェルダインはそういうことをしていたからこそ、イングラル侯爵と知り合ったのでしょう。侯爵はもっと巧妙に隠していますが、裏で何をしているのかわからない人間です。そうではなくて、彼はウェルダインを売ることにしたんですよ」
レオン様の言葉にわたしは考え込んだ。ウェルダイン元公爵を売れる相手なんてどこにいるのだろう・・・。
その時、あっと気がついた。
「クロードル王家を脅す材料にするのですね」
レオン様が頷いた。
「そう。ウェルダインは国王の血縁者で、過去には王位継承権二位を持っていた人物だ。そんな人間が犯罪を犯していれば、王家としては都合が悪い」
「そうかしら?」
エミリア様はやっぱり納得いかないと言いたげだ。
「彼は22年も前に王位継承権を剥奪されているし、それ以来一度もクロードルに帰って来ていないのよ。それに血縁者といっても、兄弟でもないのだし。そんな人が犯罪を犯したと言われても、王家とは関わりがないって突っぱねればいいではないの」
確かにエミリア様の言うことも最もだ。
多少クロードル王家の外聞が悪くなるだろうけれど、外交の交渉の手札としては弱いと感じる。
「通常時であれば、それで済みます」
レオン様はエミリア様の意見に同意した。
「しかし王家に悪い噂が流れている状態で、ウェルダインのことを持ち出されては、王家の民衆に対する信頼は揺らぐかもしれません」
わたしたちはあっと声を上げた。
「それで隠し子騒動なのね・・・」
国王に隠し子がいるという噂が流れている時に、王位継承権を持っていた人物が、隣国で犯罪に手を染めているという噂まで流れてしまってはどうなるのか。
それは極力避けたい事態だろう。交渉条件として提示されれば、飲んでしまうかもしれない。
もともとクロードルは商品にもよるけれど、関税の引き下げぐらいは大したことではない。それをすることによって、クロードルにも利益が出る可能性があるし、港も活性化される。
ただ他国の条件を、簡単に飲むわけにはいかないだけだ。
「イングラル侯爵はローラさんの娘が、事実国王の隠し子だと思っていますから、噂は簡単に流れると踏んでいたのでしょう」
「それが失敗に終わったことは、イングラル侯爵はもう知っているのかい?」
エルウィン様が知っていてほしくなさそうに聞く。
「知っていもおかしくありませんね。でもあのメイドが逃げようとしたことを考えると、まだ報告していないのかもしれない。彼女の脅威は私たちではなくて、侯爵でしょうから」
「うーん、なんとか彼女を味方にできないものかな」
エルウィン様の困った顔は、彼女に対する同情も含まれていそうだ。
「いえ、保護するだけで十分です。二度も失敗をしたのですから、そう簡単には次の手を打てないでしょうし」
レオン様はあっさりと言った。
イングラル侯爵は初めに隠し子のことで陛下を脅そうとして失敗し、次には悪い噂を流してから、ウェルダイン元公爵のことで脅そうとして失敗している。
これですぐに次の策が出せるなら、二度も失敗などしていないだろう。
「これだけ状況証拠が揃えば十分です。こちらから反撃にでましょう」
レオン様は不敵に笑った。
「そうは言っても、状況証拠だけなのでしょう。相手は他国の貴族なのよ?」
エミリア様は心配そうにレオン様を見ている。
「何も私たちが直接反撃する必要はありません。代わりにやってもらうのに丁度いい人物がいるでしょう」
いる。利害が一致するだろう人が。
「リンデル侯爵ですか?」
「そう。彼と秘密裏に連絡をとって、関税の交渉をします。ウィルダム側の条件をある程度飲んで、リンデル侯爵がクロードルとの交渉を成功させたという形をとる。とにかくこちらは今回の件を解決できればいいわけですから」
イングラル侯爵がクロードルに手を出してきたのは、宰相になるのに一番確実な方法がクロードルにあったからだ。そうでなければ隣国の王家を脅すなど、危ない橋は渡らなかっただろう。
そしてそれだけにウィルダムにとって、関税の引き下げが重要事項なのだと言える。
「ただリンデル侯爵とは秘密裏に連絡を取らなくてはいけないから、伝手をたどるのに少し時間が掛かるかもしれないな」
レオン様は眉を寄せる。
いきなりよその国の王家がちょっと話があるんだけど、とは言えないのだ。
「あるかもしれません、伝手」
わたしが発言すると、全員に驚いた顔をされた。
「先ほど例のメイドの話を聞いたときに、ウィルダムから来た他の人の素性も、一応聞いておいたんです。カチュア様の侍女が、リンデル侯爵の姪にあたります」
なぜ身分に差があるのかと言うと、リンデル侯爵の妹がお金持ちの男爵家に嫁いだからだ。
レオン様は満足げに笑った。
久しぶりに見る顔だ。
「よくやった」
わたしは心の中で握り拳を作った。
やった。褒められた。
今は落ち着いた態度で微笑むしかできないけど、後で思い切り喜ぼう。
勝手に動こうとする表情筋を力づくで抑えつけた。
「それならすぐに片が付くかもしれないな。任せて貰っていいですか?」
レオン様が判断を仰ぐと、エミリア様とエルウィン様は同時に頷いた。
「レオンが適任だよ」
「将来のために、次期宰相と繋がりを持っておきなさい」
それからレオン様はすぐに行動を開始した。