21話 噂の出所(ティナ)
わたしは相談があると言って、カチュア様を庭園の四阿に連れ出した。
メイドたちは離れた場所で待機してもらっている。姿は見えるけれど、声は聞こえない距離だ。
この中にウィルダムの間者らしきメイドはいない。泳がせるという目的があるものの、処罰をなくすわけにはいかないので、しばらく王太子妃付きからは離れているのだ。
わたしはカチュア様にちょっと困ったことになっているのだと告げた。
「噂を広めたメイドなんですけどね、聞いた話を他の人にもしただけとはいえ、王家にとってよくない噂ですから、お咎めなしというわけにはいかないんですわ」
カチュア様はそれを聞くなり泣きそうになった。
「ごめんなさい。わたくしがちゃんとメイドたちのことを見ていなかったからだわ。・・・それに噂を聞いたときも、わたくしはどうしたらいいのかわからなくて、何もできなかった。ティナみたいにどこから噂が流れたのか調べもしなかったのよ」
いえ、わたしもエミリア様みたいに、メイドの徹底教育なんてできる自信ありませんけど。
どうにも過剰評価を受けている気がする。
「カチュア様はちゃんとわたしに知らせてくださいましたわ。それに噂を聞いたメイドがカチュア様に報告したのでしょう。あんな噂は信頼していなければ、主人には言わないものです」
カチュア様がでも、と続けようとするとする前に、わたしは口を開いた。
「それよりも今は、例のメイドなんですが」
あまり長い間二人きりでいるわけにもいかないので、カチュア様を慰めるのは、悪いけれど後回しだ。
「彼女はウィルダムの貴族の娘でしょう。クロードル国民ならば問題ないのですが、罰を与えるにも、やりすぎると両国間で軋轢が生じます。ですから彼女の生家の名前や地位、あとはどこか強い貴族との繋がりがあるのか、知っていたら教えていただけませんか?」
カチュア様は思っていたより詳しく教えてくれた。
彼女の家名や地位だけでなく、どこかの大貴族の分家であることを知っていた。ただその大貴族がどの家なのかは知らないらしい。
「わたくしの侍女が知っているんじゃないかしら。彼女もウィルダムから一緒に来てくれた人だから」
それならと、わたしはその人を呼んでもらった。
彼女は少し強張った顔で、背筋をピンと伸ばしてわたしたちの前まで来る。
何を言われると思っているんだろうか。
わたしが呼んだ理由を話すと、固い表情のまま、すぐに答えてくれた。
「彼女の家はイングラル侯爵家の分家ですわ」
きた。
レオン様の推測は、これでほぼ正しいと決まったのではないだろうか。
わたしは平静を装って、ついでとばかりに探りを入れた。
「あなたもウィルダムでは家格の高い家の人なのかしら」
「とんでもございません。カチュア様の侍女としては不足のない家柄ですが、下級貴族にあたりますわ」
「ちなみにどちら?」
わたしはどんどん質問をぶつけていった。
もう一人、ウィルダムから共に来たというメイドのことも詳しく尋ねる。彼女は怪訝な顔をしながらも、丁寧になんでも答えてくれた。
ひとしきり質問し尽くして満足したので、礼を言った。
しかし彼女は何も答えず、居住まいを正してわたしをじっと見る。
調子に乗って聞きすぎてしまっただろうか。
「クリスティナ様」
「何でしょう」
内心では焦りながら返事をする。
「申し訳ありませんでした」
「はい?」
「今回のことはわたしの管理不行き届きが原因です。どうぞいかようにも処罰を与えてください」
彼女は真剣に言っている。
ウィルダムから共に来た、下の立場であるメイドが、王家にとって不名誉である噂を広めたのだから、責任をとらなくてはいけないと思っているのだろう。
いえ、その心待ちは立派なんですけど、おかしいですよ?
なぜわたしに言うのですか。
「違うわ。わたくしが悪いのよ。管理不行き届きというのならわたくしの責任だわ。だから罰を受けなければいけないのもわたくしなのよ」
「カチュア様?!」
あなたまで何を言うのですか。王太子妃に対して、誰が罰を与えられるんです。そこまで大事ではないですよ。
「いいえ、責任はわたしにあります。どうぞわたしを処罰してください」
カチュア様を庇うように侍女が言い募る。
いい人ですね。でもですね。
「だからなぜわたしに言うのですか」
この人の中でのわたしの立ち位置ってどうなっているんでしょう。わたしは王子の婚約者であって、まだ王族ではないですよ。
ただの一介の貴族の小娘であって、王宮では何の権限も持っていません。この間はちょっと偉そうにしてしまったけど、あれは必要があってのことだし。
だから不思議そうな顔をしないでください。
わたしにそんな権限ありませんから。気づいて。
「そのことに関しては、エルウィン様の判断を仰いでください。わたしが関与すべきことではありません」
そう言うと、彼女は神妙な顔つきでわかりましたと答えた。
エルウィン様も優しいから、罰を与えるかどうかわからないけど。
それにしてもカチュア様の侍女やメイドたちの間で、わたしがどんな風に見られているのかを知りたい。
今度じっくり問いただしてみようか。
その後彼女が下がったので、わたしは部屋に戻ろうかとカチュア様を見た。
「カチュア様?」
どうしたのだろう。
俯いている彼女の顔色が悪い。気分が悪いのではないことは、思いつめたような表情からわかる。
新たな不安が出現したのだろうか。
それにしても何もしゃべらないのは妙だけど。普段なら、不安は全部口にするのがカチュア様だ。
「どうしたのですか、カチュア様」
「・・・ティナ」
顔を上げたカチュア様の瞳が潤んでいた。