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2話 王妃と王太子妃(ティナ)

レオン様からさんざんからかわれた夜会の2日後、わたしは意気揚々とカチュア様のもとへ向かっていた。

王太子夫婦の居住区は西塔と呼ばれる、城の中心部からやや西にある、高さ半分から上が塔の形をした区域だ。

入口から遠くはないのだか、いかんせん正門から王宮までの道のりが長い。

王宮の中央庭園を突っ切るための専用の馬車で送ってもらった後、城内に入って案内役のメイドに先導されながら、わたしの足取りは軽かった。

「クリスティナ様、お部屋に着くまではおしとやかになさいませ」

わたしの付き添い役である、侍女のセーラからお小言をくらった。

どうやら思い切り態度に出ていたらしい。

この侍女は普段はどちらかというと、厳格とは程遠い、茶目っ気のある人だけど、わたしが外出すると、途端に厳しくなる。

未来の第二王子妃の侍女として、わたしが人から舐められないように、気を張っているのだろう。

そんなセーラをわたしは気に入っている。

融通がきくし、わたしの身代わりまでやってくれる人だ。

彼女は人前に出ることの多くなったわたしのために、最近伯爵家に雇われた。

22歳と若いのに未亡人で、元男爵夫人なのだが、夫が亡くなってから嫁ぎ先から追い出されて、結婚はもうこりごりだという理由から、父の友人の親戚という伝手で、ウチに来てくれた。

わたしとしても、もうすぐ結婚するという身なので、結婚経験のある人が近くにいてくれれば、何かと相談しやすい。

彼女は王宮に来ると特にピリピリしだすので、彼女の心の平穏のため、わたしは大人しく清楚で優雅なフリをした。

結婚してしまえば、ここまでうるさく言うことはないだろう。

カチュア様の部屋の前まで来て、入室の許可を待つ。

すぐに返事が来て、ドアをくぐった。

「いらっしゃい、ティナ。待っていたわ」

カチュア様はソファーから立ち上がってわたしを出迎えてくれた。

隣国の王女である彼女は、真っ直ぐの黒髪と青い瞳の、彫りの深い顔立ちの人だ。

育ちの良さが全面に出ていて、穏やかな空気を醸し出している。

我が国クロードルに嫁いでからは、戸惑いながらもこの国の習慣に従っているが、艶のある黒髪だけは、祖国の習慣に従って、どんなに寛いだ場面でもきっちりと纏めている人だ。

ちなみにわたしは髪の毛を引っ張られるのが苦手で、公の場以外では、垂れ流しにするか、緩く纏めることが多い。

「わたしも話したいことがあって、待ちきれませんでした」

未来の義理の姉妹という関係以前に、友人であるので、堅苦しい挨拶はいつもなしだ。

勧められたソファーにさっさと座る。

わたしとカチュア様は彼女が我が国に嫁いで以来、三年の付き合いになる。レオン様に引き合わされて、仲良くしてくれと言われたとき、まだ友人もいない隣国から来た王女が、孤立しないように尽力してくれと言われたのだと理解した。

まずはカチュア様と打ち解けるため、わたしは隣国ウィルダムの言葉を教えて欲しいと頼んだ。当時すでに日常会話は余裕でこなすまでには会得していたのだが、ウィルダム語は一番使用回数の多い外国語なので、もっと流暢に話せるようになりたかったのだ。

それに母国語で会話をすれば、カチュア様も早く気を許してくれるだろうという打算もあった。

この作戦は功をそうして、あっという間にわたしたちは仲良くなった。



「わたくしもよ。ねぇ、聞いて、エルウィン様の様子がちょっとおかしかったの」

わたしはすぐにレオン様から聞いた話をしたかったが、カチュア様はおしゃべりなので、いつも彼女が話したいことを話してから、わたしの話をすることになる。

しかし彼女の話の内容も気になった。

「どうなさったんですか?」

「なんだか食事の間中、じっとわたくしを見ているの。これまでそんなことなかったのよ。それで何かご用ですかって聞くと、ちょっと慌てて、困っていることなどないかって聞いたり、それに晩餐の後にボードゲームでもしないかって言ってきたり。とにかくわたくしのことをとても気にしている風なの」

興奮で頬を赤らめながら、身を乗り出してしゃべっている。

嬉しいのだろう、とても可愛らしい。

「ではレオン様が何か言ってくださったんですね」

「まあ、それならあなたが話をしてくれたのね」

「わたしはちょっと相談しただけですよ。それについて、とても有意義なアドバイスをくださいました」

わたしは夜会でレオン様から聞いた話を、なるべくそのままカチュア様に伝えた。

王太子に常識がない云々はかなり言いにくかったが、ここは真実を伝えることが重要だろう。

「まあ・・・」

話終えるとカチュア様は呆然としていた。わたしと似たような反応だ。

それはそうだろう。今まで嫌われているのではないかとか、他に結婚を考えていた好きな人がいるのではないかとか、いろいろな理由を想像してきた結果、結論がこれとは。

「何も心配する必要はなかったんですよ、カチュア様。これからはエルウィン様の事情も考慮して判断しましょう」

常識がないという事情ですが。

「そうね。よかったわ、嫌われているわけじゃなかったんだもの」

カチュア様がそう言うと、周りの侍女やメイドたちもほっと息をついた。皆さん心配していたんですね。

わたしもカチュア様を苦しめていた悩み事がなくなって一安心だ。

顔を綻ばせて紅茶を飲んでいると、そこへ更なる爆弾が落とされた。

「でもそれなら・・わたくしが妊娠しないことに、エルウィン様もがっかりなさっているわよね」

「っ━━━!」

吹き出しそうになった。

そうだ、カチュア様の悩みはもう一つ・・いや、一つか二つか三つあるのだった。

さっきまでとても嬉しそうにだったのに、もう暗い表情をしている。彼女は感情の起伏が激しい。というよりすぐに落ち込むのだ。

わたしからしたら、なんでそんなことでと思うようなことでよく落ち込んでいる。

しかし妊娠問題はさすがに、そんなこととは言えない。これについてはレオン様に相談するわけにもいかなかった。

結婚三年目の王太子妃からしたら、これ以上はないくらいの悩みだろう。本人にとってはかなり深刻だ。それにカチュア様はこの国に嫁いできた経緯もある。

でも妊娠というのは、結局のところしてしまわない限り、問題解決にはならない。

周囲はひたすら慰めるしかできないのだ。

「大丈夫ですよ、カチュア様。まだお若いのですから」

「みんなそう言うわ」

そうですね。わたしも何回か言った記憶があります。

でも安易に、必ず妊娠出来るなんて言うのは、無責任だ。実際に子供を設けられなかった夫婦もたくさんいる。

この場合は、妊娠出来なくても大丈夫だと言うべきだろうか。世継ぎの心配をしているのなら、レオン様もいらっしゃるので、問題ないですよとか。

いや、それはない。考えすぎておかしな方向へ行った。

それなら━━━

「カチュア様、妊娠出来る出来ないはともかく、エルウィン様とカチュア様が離婚するようなことにはならないですよ」

微妙に話をずらした。

「カチュア様は隣国ウィルダムの王女様なのですから、何があってもエルウィン様の后です」

クロードル国は側妃も妾も認めていないので、これが国内の貴族女性なら、離縁させられて、王もしくは王太子は次の后を娶らなくてはならない。でも彼女は隣国の王女なのだから、おいそれと離婚なんてできるわけがないし、他に世継ぎのアテがないわけでもない。

エルウィン様を好きなカチュア様が、その一点に注目してくれたなら━━━。

「まあ・・それならエルウィン様は、もしわたくしが妊娠できなかったら、一生子供を持つことが許されないのね」

「え?」

エエエエエェ?!

どんどん暗い表情をしていくカチュア様に、わたしは脳みそが破裂しそうになった。

予想以上のマイナス思考!

下手にいいことを言おうとしたせいで、収集がつかない事態になってしまった。

もうどうすればいいのかわからなくなったわたしは、ただひたすらカチュア様を宥めた。

いざとなれば養子という手もありますしとか、これまた慰めになるかどうか怪しいことを言い続ける。

そしてどうにか少し平常心を取り戻してくれたようなので、彼女の侍女たちに申し訳なく思いながら、部屋を後にした。

すみません。またすぐに来ますので。



へろへろになりながら帰ろうとして、馬車に向かっていると、顔見知りの侍女に声をかけられた。王妃様付きの侍女だ。

「失礼します、クリスティナ様。もしこの後お時間がございましたら、王妃様の部屋までお越しくださいますでしょうか」

もちろん王妃様のお呼びとあれば、よほどの理由がない限り、馳せ参じます。

ただかなり精神的に消耗していますので、王妃様のノリに付いていける自信はないですけどね。

来た道を引き返しているわたしに、侍女さんに申し訳なさそうな顔をした。急いでわたしを迎えに来てから戻っているあなたのほうがしんどそうですけど。

わたしが王妃様の部屋の前で来訪を伝えると、急かすように中に通された。

「よく来てくれたわ、ティナちゃん! ねえ、こっちとこっちなら、どっちが好み!?」

のっけから興奮していらっしゃいますね。挨拶もさせてくれません。

彼女は丁寧に飾られた、高価そうなネックレスをずいっと差し出した。

「そうですね。王妃様にはこのスターサファイアがお似合いだと思いますわ」

金髪碧眼のレオン様によく似た美貌の王妃様は、大きな目立つ宝石を着けたところで霞んだりしない。

「ちょっと、ティナちゃん。わたくしのことはエミリアって呼んでって言っているでしょう」

王妃様は腰に手を当てて、可愛らしく怒り出した。

しまった。うっかりしていた。

いくら何でも結婚前から、夫である陛下と近しい親族しか呼ぶことのない彼女の名前を呼ぶのは、馴れ馴れしすぎる気がして、余所では王妃様と呼んでいたのだけど、たまに本人の前でも戻すのを忘れてしまうのだ。

「すみません」

「もう、それにこれはわたしが着けるのではないわよ。あなたが着けるの」

「え?」

なんですって。

「何をおっしゃっているんですか、こんな高価なもの、わたしに着けさせてはいけません!」

「いいじゃないの、結婚式のためなんだから。さすがに王家の所持品だから、あげるわけにはいかないけど」

王家のものじゃなかったら、ポイッとくれそうな雰囲気だ。

だめだ。早々にノリについて行けない。誰か助けて。

「ねえ、結婚後のドレスももう作っちゃいましょうよ。今日はもう遅いから無理だけど、今度お針子を呼ぶわ」

「エミリア様、ドレスは夜会用や結婚式用もあわせてたくさん作っていただいています。これ以上は必要ありませんわ」

実際にかなりたくさん作ってもらっている。もう十分だと思う。

「心配しなくても、請求書はレオンに回すわよ」

「いえ、それはちょっと・・」

許可なくドレスの請求書を回す婚約者ってどうなんですか。

「もう、ティナちゃんは遠慮しすぎだわ」

「していませんわ。エミリア様たちの厚意が厚すぎるのです」

ハーレイ伯爵家もそれなりにお金はあるので、王家でばかり揃えて貰うわけにはいかない。

エミリア様は眉間に皺を寄せて、わたしをじっと見た。

そんなに不満ですか?

「ねえ、最近あの子たちはどう? あなたやカチュアに嫌な思いはさせていないかしら」

急にそんな話題を振られて、カチュア様との会話が尾を引いていたせいか、とっさには何も答えられなかった。

エミリア様はわたしが部屋に入って来てから、初めて真剣な顔をしている。もしかしてそれを聞くために呼んだのだろうか。

「わたくしの息子は二人揃って恋愛オンチっていう、しょうもない子たちなんだもの」

世間で絶賛されている二人の王子を、容赦なくこき下ろす王妃様。

恋愛オンチですか、なるほ・・・いやいやいや。

「レオン様はとてもよくしてくださっていますわ」

本心から答える。

結婚の日取りも決まったので、頻発に会いに行って話をしても、咎められることがなくなったおかげで、お互い理解が深くなったし、距離はかなり縮まった。

誤解があった時は、会話が少なかったのだ。反省したわたしはよくしゃべることにした。おかげでレオン様が超人ではないのだと知ることができたので、会話というのは大事だ。

「そう・・・」

エミリア様はほっと息を吐いた。

ここでカチュア様の話に行かれると、困ったことになったのだけど、運よくエミリア様に声がかけられた。

「あら、マリー、あなた今日は休みではなかったの?」

年配の、恐らく一番古株の侍女さんが、エミリア様に深刻な顔で、こそこそとなにか告げた。

エミリア様は少し考え込んでから、わたしに向き直った。

「ごめんなさい、ティナちゃん。今日は急用ができてしまったわ。また来てくれるかしら?」

「もちろん、いつでも呼んでくださいませ」

不安な気持ちを隠しながら、わたしは優雅におじぎした。

エミリア様は平静を装っているけれど、年配の侍女さんはかなり動揺している。

何かあったのは確実だ。

しかしエミリア様が何でもない風を装っているのなら、聞くわけにもいかない。

部屋を退出しながら、わたしは侍女の口の動きが「てがみ」と言っていたことについて考えずにはいられなかった。


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