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16話 エレンとロディー(ティナ)

ついにこの日がやって来た。

わたしは不安で、さっきからずっとしかめっ面になってしまっている。

本当にこれでよかったんだろうかという思いが拭えない。

そんなわたしの気持ちも知らず、お兄様は始終上機嫌だった。

「大丈夫だって、ティナ。任せとけ」

なんでだろう。お兄様がこう言うと、不安が増してくる。

「お兄様、くれぐれも貴族らしく振る舞ってくださいね。今回はただ参加して、適当に話を合わせていればいいんじゃないですよ。ちゃんと相手の女性の引き立て役になってくださいね」

わたしは何度も口にしたセリフを繰り返した。

それに対するお兄様の返事もまた同じものだった。

「心配すんなって。俺に任せとけ」

そんなちょっとお遣い行ってくる、みたいな軽さで言われても説得力がないんですけど。

わたしが「お願い」を口にしてから、お兄様はずっと機嫌がいい。

まだ内容を言っていないうちから、何でも聞いてやると息を巻いて、事情を話せば、思ったよりも簡単だと判断したのか、張り切りだした。

わたしがお兄様にお願い事をしたのは、すごく久しぶりだけど、どうしてこうも張り切るのだろう。普通にしてほしい。

わたしは出掛けようとするお兄様の後について、エントランスまで来てしまう。黒のフロックコートを着て、髪をきっちりと固めたお兄様は、顔はそこそこハンサムなので、見た目は将来有望そうな貴族の子息に見える。

エレンがしばらくはこの外見に騙されてくれますようにと、心の中で小さく祈った。

この貴族の跡取りとして規格外すぎるお兄様が、賞賛されることに慣れきった気位の高いエレンをエスコートするなんて、上手くいくとも思えないけれど、別にお兄様とエレンをくっつけるわけではないのだから、しばらく保ってくれればいい。

わたしは自分に言い訳しつつ、最後の念を押した。

「エレンにわたしと同じように接しては駄目ですからね。お姫さまのように扱ってくださいよ」

「わかってるって。貴族令嬢のエスコートぐらいできるって」

ちょっと待って。あなたも貴族ですよね。どうして初めて貴族令嬢のエスコートをするかのような言い方をするの。

あれ? この人わたし以外の女性をエスコートしたことあったっけ。ないわけないわよね。あるわよね、そりゃ。

見たことないけど。

「じゃあ、行ってくるよ」

わたしの不安を何倍にも膨れ上がらせたお兄様は、さわやかに笑って玄関扉をくぐった。

パタンと扉が閉められる。

「・・・・・」

頭が痛くなってきた。



その後迎えに来てくれたレオン様に連れられて、お兄様たちと同じ夜会会場へ向かう。

夜会は大物が後になって登場するという、暗黙の了解があるので、ほとんどの夜会でレオン様は遅れて到着しなくてはいけない。

でもなるべくお兄様とエレンが会場入りしてから、間が空かないように時間を調節した。あの二人が連れ立って登場すれば、それだけで会場内に波紋が広がりそうだからだ。

今回のことはレオン様にもちゃんと相談して、協力してもらっている。と言ってもレオン様はただ見守っているだけなんだけど。

わたしが勝手にやっていることなので、迷惑はかけられない。

ただわたしがエレンと友達になったと言ったとき、すごく微妙な顔をされたけど。

夜会会場に着いたわたしたちは、いつものように注目されながら会場入りをした。

でもいつもより少し視線に込められている感情が違っていた。わたしたちとどこか別の場所を、交互に見ている人もいる。戸惑っている様子の人たちは、エレンを知っていても、お兄様を知らない人たちだろう。お兄様はあまり夜会に出席しない。

「レオン様、エレンのところへ行ってもいいですか?」

「ああ、私も不安だ。主催者への挨拶はさっさと済ませよう」

わたしたちはこの邸宅の主との挨拶を終えると、すぐにエレンたちがいる場所へと向かった。

先に気がついたお兄様が、軽く手を振る。

いつも通りだ。変わったところなんてない。

そしてエレンがこちらを見て、わたしと目が合うと、彼女は急に早足でわたしに突進してきた。

両腕をガシッと掴まれる。

えっ、なに。

「なんなんですの、あの方。本当にあなたのお兄様なんですの?!」

あ、涙目になってる。

なるほど、お兄様とエレンだったら、お兄様が競り勝つんだ。

わたしはどうでもいいことに感心してしまった。

「間違いなくわたしの兄で、伯爵家の跡取りですわ、エレン」

彼女を宥めるように優しく言うが、言っている内容は優しくない。

「伯爵家の跡取りが女性の頭のピンを勝手に取ったり、ネックレスを無理矢理はずさせたりするの?!」

「・・・兄がはずしたの?」

「いいえ、メイドにさせたのだけど・・」

わたしはほっとした。ぎりぎりセーフだ。

エレンの姿をじっと見る。

いつも頭の高い位置で、がっちりと盛るように纏められている金髪が、軽く括って垂れ下がっているだけになっている。胸元にもゴテゴテとした宝石がない。きつい印象を与えていたものがいくつかなくなったので、少し可愛らしく見えた。

「その方がいいわよ?」

わたしがそう言うと、エレンはかなりショックを受けた顔をした。

まあ、自分よりも失礼な男の方がセンスがいいと言われたら、そりゃあショックだろう。

どうやらお兄様はよかれと思ってやったようだから、怒るのはやめておこう。むしろいい働きをしてくれたかもしれない。

「ダンスはもう踊ったの?」

「まだだけと・・・待って、嫌よあなたのお兄様とは」

お兄様にダンスに誘うように言いに行こうとしたわたしを、エレンは必死に引き止める。

「なんでそんなに嫌なの?」

他にも何かやらかしたのだろうか。

「だってわたくしのことまるで子供のように扱うのよ。女性に対する褒め方じゃないのよ。馬鹿にしてるわ」

がんばって褒めることはしたんですね、お兄様。でもわたしと同じように扱うなと言ったのに。エスコートする相手に妹のように接してどうするの。

しかしここはエレンに諦めてもらうしかない。

「まずはパートナーと踊らないと、誰もダンスに誘えないわよ。ただでさえエレンは誘いにくいんだから」

「嫌よ」

「それじゃあ何のために来たのかわからないじゃない」

「嫌よ。別の人にして」

してって言われて、別の人がほいと出てくるわけがない。

男性からは褒め称えられるか、無視されるか、どちらかだったエレンは、まず女性として見られないということが、一番堪えるのかもしれない。

わたしは仕方なく、掴まれている腕を逆に掴み返した。

「えっ、ちょっと」

そのままずるずるとお兄様の前に引きずり出す。

「お兄様、ちゃんとパートナーをダンスに誘わなくてはいけませんわよ」

大きな声で芝居がかった言い方をすると、察してくれたお兄様が同じ様に声を張ってくれた。

「ああ、すまない。タイミングを逃してしまってね。・・・ティリル嬢、私と踊っていただけますか?」

周囲の視線がわたしたちに集まった。

エレンは動揺して、助けを求めるように目をきょろきょろさせる。

しかしそこでレオン様と目が合ってしまったようだ。レオン様は不機嫌さを隠さずにこちらを見ていた。

四の五の言わずにさっさと踊ってこい、といったところだろうか。

やや顔色の悪くなったエレンは、大人しく差し出された手を取った。ダンスホールに向かう背中がちょっと丸まっている。

お兄様はダンスは上手だから大丈夫よ。体を動かすことだけは得意だから。

そして一曲目が終わる頃には、エレンは完璧なリードに気分が上向いてきているようだった。

よかった。そのままでいてね。

結局その日は、ずっとお兄様と一緒にいるエレンに声がかけられることはなかったけど、周囲のエレンに対する見方は確かに変わっていた。


そして数日後、一部でお兄様とエレンがつき合っているのではないかという噂が流れることになる。











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