14話 対策(レオン)
すみません。
真面目な話が続きます。
「公爵は初めのうち、ただ婚約を成立させることだけを考えていたんじゃないでしょうか」
ローラが恐らくですけどと言った。
「婚約を引き延ばせなくなったけど、娘は外に出させられない。そんなときに、たまたま娘とよく似た子を見つけたから、思わず身代わりにさせてしまったっていうことかな」
兄があまり緊張感のない声で聞く。
「はい、多分。公爵は自分が王位継承権二位を持っているのに、誰もそれ相応の扱いをしないことに不満を持っているようでした。娘が王太子妃になれば、もっと敬ってもらえるけど、逆に本当は王太子妃になれないくらい病弱だと、隠していたことが知られれば、冷たい目で見られることになります。公爵はそれが我慢ならなかったんじゃないでしょうか」
ウェルダイン元公爵のことは人づてにしか話を聞かないが、権力にばかり固執する人物のように思える。それに付随するもののことをまるで考えていない。いや、何に対しても、考えが浅いのか。
「娘が回復しないとわかっていて身代わりをさせて、その後のことは考えていなかったのか」
「考えていなかったというよりは、なんとかなると楽観していたように思います。誰もがコーデリア嬢は回復しないとわかっていたのに、公爵だけがわかろうとしていませんでした。でもいよいよどうにもならない状況になって、そこで逆にあの状況を利用しようとしたんだと思います」
ローラは眉を寄せて厳しい顔をする。最も被害を受けたのは彼女だろう。
「それまでは王太子暗殺なんて考えていなかったっていうこと?」
「それはないわね」
人の良いことを言った兄を、母がばっさり切り捨てる。
「私もそう思いますね。彼は常に父上がいなければ、自分が王位を継げると考えていたんじゃないですか。だからこそ、ああいった行動に出たんでしょう」
「そして失敗すればさっさと逃げ出す。見栄っ張りな小心者だわ。逃げ足だけは一級だったわね」
母が手に持ったカップにヒビが入りそうな迫力で言う。
クリスティナが怯えているので、落ち着いてください。
「それで今はお針子をしているそうですが、貴族ではなくなったのですね」
「はい。公爵に逆恨みをされる危険がありましたし、もともと貴族なんて名前ばかりでしたから、爵位は返還しました。それにわたしはウェルダイン公爵の娘として、社交界に出ていましたから、王都には居づらくなりましたし。・・・陛下には借金を返済していただいて、住む場所まで与えていただいて感謝しております」
「あなたはそれだけのことをしてくれたのだから、感謝なんて必要ないのよ。むしろあの人の命の恩人じゃない」
母の言葉に、ローラは口を開いて驚いた。
「まあ、それを言うならエミリア様こそですわ。陛下の命だけではなく、わたしの命までも救ってくださいました。わたしはエミリア様に一生かかっても返せない恩があります」
「大袈裟ね。あなたが公爵に唆されるような人じゃなかったから、あの時あの人は死なずに済んだのよ」
母がふふっと笑うと、ローラは感極まったように、瞳を潤ませた。
「エミリア様・・・」
信奉者の目をしている。
私はげんなりした。
たまに母にはこんな目を向けてくる人間がいるのだ。
主に女性であることは救いだが、息子としてはなんとなく、やるせない気持ちにさせられる。
だから同じような目で見るのはやめてくれ、ティナ。
「それで今後のことですが」
私は妙な空気を無理矢理ぶった切った。
「ローラさんにはウェルダイン元公爵やウィルダムの貴族に、目を付けられる心当たりはないんですね」
「あ、はい。22年前のことは、今お話したことが全てですし、その後は平民として、平凡に生きてきましたから。・・・もしかしたら22年前のことと、今回のことは関係ないのかもしれません。わたしが意識しすぎているのではないかと」
今のところ、相手の行動はローラをウィルダムの王城に連れて行こうとしたというだけだ。
暗殺未遂事件に巻き込まれた過去のある彼女が、過剰反応をしてしまったと思うのも無理はないが、お針子の引き抜きに来たという王城の使者は明らかにおかしい。
王城というのは誰でも簡単に入れる場所ではないのだ。
彼女は貴族ではないし、ウィルダムから見れば他国の平民だ。いくら腕がよくても、それだけの理由で勧誘などするわけがない。
「無関係ではないはずです。あなたを利用して何かをしようとしたはずだ」
私が断言したせいで怖くなったのか、彼女はびくっと震えた。
「兄上、ウィルダムの情勢はどうでしたか?」
ここに来る前に話していた、ウィルダムの派閥争いについて尋ねる。
「ああ、ウェルダインと繋がっている貴族が、宰相の座を狙っているというから、そこから調べてみたんだけど」
兄は間諜からの報告を話した。
「ウィルダムの現宰相というのはかなり高齢で、引退は表明していないものの、いつそうなってもおかしくはないと思われているらしい。そこで次の宰相になろうとしているのが、リンデル侯爵と、ウェルダインと繋がっているイングラル侯爵で、王城内にはこの二人の派閥があるらしい。ちなみにリンデル侯爵は至ってまともな人物で、こちらの方がやや優勢」
それでイングラル侯爵は焦っているというわけか。
「そして最近のウィルダム国は、経済が安定してきたことから、どうにかしてクロードル国との力関係を対等にしようとする思惑が強いらしい。輸出に力を入れて、お金を集めたいみたいだ」
「輸出ですか。そうなるとまたウチの協力を仰ぐという形になるのでは?」
ウィルダムの一番の得意先はクロードルだし、何よりクロードルには大規模な港がある。海に面した部分が少ないウィルダムが輸出に力を入れたいなら、クロードルの協力が必要不可欠ではないだろうなか。
「そうなんだよね。輸出に力を入れたいけど、またクロードルに貸しを作っては本末転倒になる」
「・・・ちょっと待ってください」
私は頭の中で情報を整理した。何か繋がりそうだ。
「貸しという形にならなければいいのですよね」
クリスティナが小さな声で呟いた。
そう、そうなる。
「つまりリンデル侯爵を出し抜きたいイングラル侯爵が、クロードルに対して何か仕掛けてくるかもしれないというわけですね」
貸しという形にならずに、クロードルに輸出の協力をさせられたなら、イングラル侯爵はウィルダム国内で、一気に形勢逆転ができる。
「それが今回のことと繋がるの?」
母が深刻な顔をして聞いた。
「まだわかりませんが、そうなのでしょうね。今はウィルダム内部を探り続けて、相手の出方を待つしか、することがありません」
ため息が漏れた。
「しばらくは様子見なのね」
そうするしかない。
頭こんがらがりそうです。