11話 帰還(レオン)
今回、短いです。
王都に帰還した私たちは、王宮に戻る前に、いくつか寄り道をした。
ローラの長女は母の侍女マリーの実家に匿われており、妹もそちらに直接預けに行ったほうがいいと判断したからだ。王宮に連れて行ってしまうと、危険が増すかもしれない。
帰りは時間がかかったので、王都を出てから、今は四日目の昼過ぎだ。予定より早いのだが、急いで戻りたいので、商人風の旅装のまま、王宮の門をくぐった。
門衛は引き止めようとして、慌てて敬礼をしていた。他のことに気を取られていて、変装していることを忘れていたので、第二王子だとわかってくれて助かった。
これから気の重い報告をしなくてはいけない。私は眉間に皺を寄せて、厳しい顔を作った。
まずは母のところへ行って、父と兄は晩餐後に報告すればいいだろう。
そんなことを考えていると、前方から呼び止められる。
「レオン!」
兄が困ったような顔をして、こちらに近づいて来ていた。
「戻って来たんだね。急に出て行くから心配したよ」
「四日間王都から出るくらい、どうということはありませんよ」
「そうかな。父上はすごくお怒りだったよ」
やっぱりか。
「・・母上に説得してくれるように、お願いしていたんですがね」
「してくれてはいたみたいだけど、それ以上に怒っているよ、あれは。後で覚悟しておいた方がいい」
母の説得も効かないとは、相当怒っているらしい。しかし父の説教くらいは慣れている。
「ええ、後でね。それよりウィルダムの内情は何かわかりましたか?」
「大まかなところはね。王城内の派閥争いとか。そっちはどうだったんだい? 二人だけだけど」
兄は薄汚れた格好の私とロデリックを交互に見た。
一瞬、躊躇ってから口を開く。
「ローラさんは亡くなっていました」
「え?」
しぃん、と静寂が広がった。
兄が私を見て固まっている。
離れた場所にいるメイドたちや、兄の護衛も声が聞こえたのか、驚いた顔でこちらを見ていた。
「・・ローラさんって、あの、チェスロの」
「ええ、手紙の主です。一緒にいた娘は生きていましたが、彼女は土砂崩れに巻き込まれて亡くなっていました。事故でしたけどね」
「えっ事故? 事故なのかい」
兄はますます困惑している。無理もないが。
「兄上、この後時間はありますか?」
「ああ、人と会う予定はないから、空けられるよ」
「では母上のところで落ち合いましょう。私はすぐに着替えてから行きます」
さすがに母のサロンに土埃の付いた服装で、足を踏み入れるわけにはいかない。
私は立ち尽くしている兄を放って、早足で自室へ向かった。
「レオン、どういうこと?」
サロンに入るなり、母の鋭い声が投げかけられた。
兄はあのままここに向かったのか、すでにソファーに腰を下ろしている。
兄に聞いたのであろう、母は何かに耐えるような面持ちで、じっと私を見ていた。
逸らしたくなるが堪えて、努めて冷静に返す。
「お聞きになった通りだと思いますよ」
「それがどういうことなのか説明しなさい!」
母は立ち上がって声を荒げた。
滅多に見ない姿だ。それだけに口を開くのが億劫になる。
「ですから土砂災害です。彼女は王都に向かう途中、崖崩れに巻き込まれて、亡くなっていました。事故で間違いないでしょう。人為的にできることではありませんし、あの道はもともと危険視されていたようです」
はっきりと告げる。
母は力が抜けたように、ソファーに腰を下ろした。
「まさか、そんなこと・・」
信じられないと言いたいのだろう。それはそうだ。
しばらく呆然としている彼女を見守っていた。兄もどう声をかければいいのかわからないらしく、落ち着かない様子だ。
ローラと母は仲がよかったのだろう。
暗殺されかけたのは父のはずなのに、母の方がよほどローラを気遣っていたし、もしもの時のための連絡先まで教えている。
こんな話し方をする予定ではなかったのにと思うが、もう遅い。
私はゆっくりと母に近づいた。
「母上、人払いをお願いできますか」
「・・・ええ」
サロンには私と兄と母だけになった。
何も言おうとしない私に不思議そうな目を向ける。
「話があるのではないの?」
「もう少し待ってください。人が来るので」
「人? 誰が来るの」
「すぐにわかりますよ。それから話をしましょう」
問い詰める気力がないのか、母は黙って頷いた。
私は扉の外に控えているメイドに、人が来たら通すように伝える。
それからすぐに扉がノックされた。メイドが重々しく告げる。
「ハーレイ伯爵令嬢がいらっしゃいました」
「ティナが?」
母は驚いて私を見た。
「通してくれ」