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はじまりの話し

作者: 群青猫

 



 むかしむかし、それはそれは美しく、歌の上手なお姫様が大陸の果てに住んでいました。

 そこは、高々とそびえ立つ壁によって隔てられており、空は灰色の雲に覆われていることが多く、冷たい風が容赦なく吹き荒む寂寞とした地でしたが、それでも民が餓えない程度には糧をもたらしてくれるこの地を、実直な民共々姫は愛していました。民もまた、そんな姫を愛し、この国の民であることに誇りを持っていました。

 片隅にある小さく質素な城で、父である王と母である后と弟である王子とともに姫は、慎ましやかな暮らしを心穏やかに続けていました。

 そんなある日、姫は異国からやってきた1人の門番に恋をしました。もちろんのこと門番も美しい姫に心を奪われないはずもなく、ふたりは惹かれ合い、やがてその想いは国中に知れ渡ることとなり、多少の擦った揉んだはありましたが結果的には皆に祝福され、めでたく結ばれたのでした。

 しかし、その幸せは長くは続きませんでした。

 大陸を統べる王が姫の噂を聞き付けて大勢の兵隊とともに、唐突に姫のもとにやってきたのでした。

 王は美しい姫を一目見るなりとても気に入り、姫を我がものにする、と一方的に言い放ちました。

 姫を始め、姫の夫の門番も、姫の父である王も母である后も弟である王子も大変驚きました。

 姫の父である王は、王に言いました。

「娘にはすでに伴侶がおり、幸せに暮らしております。そして、何よりも、私たちが呪われた民だということをお忘れですか。必要以上に干渉しないという約束と引き替えに、私たちはこの地に閉ざされているのです。それが古よりの絶対的約束ではありませんか。私たちをそっとしておいて下さい」

 姫の父である王の言葉を意に介さず、王は言いました。

「だから我がここから姫を連れ出してやろうと言ってやっているのだ。それとも、我に従えぬとでも言うのか」

 姫たちが、約束が違うと怒ろうが喚こうが嘆こうが懇願しようが王はまったく聞く耳を持ちませんでした。

 災いをもたらす滅びの民がのうのうと生きていられるのは誰のお陰だと思っている、とでも言いたげな威圧的態度で驕り高ぶる王は姫に迫ります。

 残念ながら姫たちに抗う術はありませんでした。皆どうすることもできません。

 誰1人として魔法を使える者はおらず、ろくな武器も持たない辺境の小国がこの大陸を統べる大国に太刀打ちできるわけがありません。

 温情の契約にはなんの効力もなく、月日は畏れを忘れさせてしまいます。いつかはこんな日がきてしまうであろうことは誰もがわかっていましたが、穏便に済ませられる手立てはないということもわかっていました。屈服か、破滅か。

 門番だけは愛しい妻を守るために帯刀していた粗末な剣をぬきました。愛故に無謀な戦いを独り挑みましたが、たちどころに兵隊たちによって、姫の眼前で、斬り殺されてしまいました。

 地に横たわりぴくりとも動かない夫に縋り付き、血まみれの胸に顔を埋めて姫は悲しみに泣き叫びました。王は力ずくで姫を亡骸から引き離し、愛しき人の血にまみれ悲しみに打ちひしがれる姫を強引に自国へと連れ去りました。

 逃げられないようにと鎖に繋がれ、馬車に乗せられた姫は、愛する者を殺され、家族と民のもとから連れ去られた現実をすべて嘘にするために、禁じられた歌を歌い始めました。悲しみと憎しみにその身を焼かれながら歌い続けます。

 姫の歌声を聞いた王はその歌声を痛く気に入りました。そして姫を我がものにしたことを誇りに思うのでした。


 城に帰り、王は姫を城の尖塔に幽閉して、思うがままにしました。泣こうが叫ぼうが、抵抗されようが、姫の顔に傷がつこうが、腕が折れようが容赦しませんでした。

 嬲られても愚弄されても身体が痛みに悲鳴をあげても姫は歌うことだけは止めませんでした。ただひたすらにしがみつくように歌い続けました。

 苦痛に耐えられなくなり姫が生きることをやめ、やせ衰えて骨と皮だけの身体になろうとも、とうとう心がばらばらに砕けて白痴のようになっても、陵辱は続きました。夜も昼もなく。どのような状態になろうとも、姫はそれはそれはとても美しかったのです。王は姫が愛おしくて愛おしくて仕方がなかったのでした。

 姫の口から歌は零れ落ち続けます。

 響く歌は、もはや失われた言葉で紡がれており、その意味を理解する者は城中にはいませんでした。それでも皆心奪われて、うっとりと耳を傾けながらいつまでも姫の歌が続くようにと願うのでした。

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