翼をもらったツキ。第一話
時は2002年夏。売れない芸人の利は、不思議な相方と巡り合う・・・。
この小説は、ブルガリア民話をもとにした、すこしふしぎ小説です。
【二次創作】【重複投稿】
翼をもらったツキ。[Ithilwen]
第一話
時は遡って2002年の7月28日、夜更けのことである。
日本と韓国でサッカーのワールドカップがあった年で、
携帯電話の二つ折りタイプがだいぶ浸透した年だ。
東京都の郊外に、家賃1万5千のおんぼろアパートがあった。
6畳1間。トイレはあるが風呂はない。
昔そこで殺人事件があったとかなかったとかで、曰くつきの物件。
しかし、そこの住人はそんなことお構いなしだったので、好物件、
住めば都であった。
住人の名前は、利 市蔵。
北海道から大学進学のため上京してきたが、いまは
若手のお笑い芸人をしている。
しかし、人気や実力があるわけではなく、極貧の
下積み生活をしていたのである。
していた、と過去形にしたのにはわけがある。
相方が、行方不明になってしまったのである。
「青梅…。
「どこへ行ってしまったんだよ…。帰ってきても
仕事はもうないぞ…」
青梅 厚樹は上京して
初めてできた友人である。
話はさらに1999年に遡る。
都内のビミョウな大学に入りたての頃だ。
「ちょっと、そこの君」隣の席の男が声をかけた。
その男は、四角い顔でたらこ唇の、いかにも
ふわふわした男子学生。
「なにか?」利が訊く。
「ボールペンが落ちたよ」
「おう、サンキュ」
そのボールペンで書類に名前を書こうとした。
しかし。
「ああ!くっそ、書かさらない」
「えっ?『かかさらない』ってなに??」
たらこ唇は食いついてきた。
利は、どきっとしながら答えた。
「ペンとかで、書こうとしたっけ、インクが出ないとかで
書けないって意味だよ。方言、北海道の」
「へーえ!北海道から来たんだ。便利な方言だね。
僕は川崎だよ。青梅 厚樹。君は?」
いつの間にか話に花が咲いた。なんでこんなに気が合ったのか、
その時も今もわからない。
それ以来、利は青梅と行動を共にするようになった。
青梅のおかげで、利は本州のことを色々知ることが出来た。
そして、実は二人とも高校時代に、校内放送のDJなどで、
同級生を笑わせて学校の人気者だったことがわかったのだった。
ある日、青梅はこう言いだした。
「利君。」
「ん?」
「僕たち二人で、お笑い芸人目指してみない?
僕は今まで、利君ほど波長の合う人間はいなかった。
もしかしたら、なにか二人で日本を変えられるんじゃないかな」
びっくりした。でも承諾した。若さだろうか。
といっても芸の世界はそんなに甘くはないから、
辛い戦いが待っていた。
でも、弱音を吐くことはなかった。
本当に青梅は『運命の相方』かもしれないと、
本気で思ったこともあった。
大学を辞めてバイトで食いつなぐ生活が待っていたが、
自分の今のステータスはどうもフリーターではなく、
『芸人の蕾』な気がした。
苦節3年。何とか営業も様になってきた矢先に、
青梅は突然東京から消えた。
「事務所の皆さん、利君、
僕は旅に出ます。いつか戻ってきます。
おうめ」
利は怒ることすらできなかった。
話を2002年に戻そう。
窓から月を見上げていた。美しい。
都会のギラギラした夜の光には辟易していた。
月だけは薄い卵色かかった優しい光を放っている。
上京生活、芸人生活で凹むことがあったら
月を見ることにしていた。優しさが欲しかった。
「お月さん、なんとかしてくださいい…。」
その時。
アパートの玄関で物音がした。ノックの音がする。
「はい」
ここ数日まともに食べていないので、腹から力が出ない。
次にノックはロックのビートでガンガン打ち始めた。
「ハイって言ってるべや!」
ドアを開けて、最初に視界に入ったのは、
コンビニ弁当と、ビールと、そしてケーキだった。
視線を上げると、そこにいたのは
髪をカナリア色のドレッドヘアにした身長185cmの
いかにもアートな男であった。
(続く)