序/お社へ
祖母が危篤。
急な報せを、源琢磨は走り出した車の中で聞いた。
しかもその祖母が、床に伏せりながら琢磨を呼んでいるのだという。
職員室経由の電話で呼び出され、正門を出たかと思えば否応なく車に引きずり込まれる――荒っぽいやり方ではあったが、事情を聞かされてしまえば文句も出なかった。両親はそれだけ焦っていたのだ。
とはいえ、もう少し現状を把握したかった琢磨は、アクセルペダルを踏みっぱなしの鬼気迫る父ではなく、同じ後部座席で隣に座っている蒼ざめた顔の母に訊いてみた。
「母さん、おばあちゃんそんなに悪いのか?」
果たして母は肯いた。
「元々山奥に独りで暮らしていたし、体を壊しても、どうしてもってお社を離れなかったからね。お医者さんが診に来たときにはもう、随分ひどい状態だったらしいわ」
琢磨の脳裏に、寂れきった神社の境内で竹箒を片手に笑う祖母の姿が浮かんだ。
琢磨の祖母は、琢磨が物心つく前にダム湖に沈んだ父の故郷、源村で巫女をしていた。
村がダム湖に沈んでなくなり、人が方々へ散っていく中、祖母は『神様が寂しがるから』と独りダム湖のほとりへ移設された神社に残ったのだ。
幼い頃、夏休み冬休みが来るたびそこで遊んでいたものだが、しばらく会わないうちにこんな報せがあるとは思いもしなかった。
「いくらなんでも、底なしだろう……」
行く手を見据えたまま、琢磨の父の押し殺した声が車内にこぼれた。
「村がなくなって、神社がある意味もないのに、その神様を惜しんだあげく体を壊すなんて、もう優しいってレベルじゃないぞ」
優しい。確かに、琢磨の記憶にも祖母は優しい人として色濃い影を落としている。
いい歳をした大の男として口に出す気こそないものの、使い捨てのカイロを捨てるときさえありがとうと感謝して、使わないのに手元に置かれる道具はかわいそうだ、と持ち物にスペアを用意しない、そんな優し過ぎる祖母を、琢磨は大好きだった。
しかし。しかし、だ。
祖母の優しさを振り回し、ひとりぼっちで暮らさせ弱らせるような理屈は絶対に間違っている。
それが神だというのなら、神なんてものは、いらない。




