2.デザインルーム
「単刀直入に言うと、僕が君を好きだからかな。気になるでしょ、好きな人の事なら。」
聞き間違い?
でも彼ははっきりと言った。
2.デザインルーム
第3会議室で行われた顔合わせは、営業と企画、デザイナーの3人だけだったのでサクサクと話が進められた。
営業を担当するのは津山 颯太という天宮さんと同期入社の男だった。
津山さんの印象は、天宮さんと真逆と言ってもいいぐらいよく喋る人だ。
笑う時も遠慮なしといった感じで、思いっきり笑う。
仕事は天宮さんと同じく卒無くこなすようで、この企画以外にも何件も案件を担当しているらしく、立て続けに鳴り響くケータイの着信に観念したのか話もそこそこに天宮さんに後は頼んだと言って会議室から出て行った。
取り残されたのは私と天宮さん。
気まずい空気が会議室に漂う。
私は会話を必死に探していた。
すると、先に天宮さんが口を開いた。
「...君は、橘の事が好きなの?」
ん!?
仕事の話かと思いきや、全く仕事に関係のない話だったのと質問の内容が余りにストレートで驚いた。
何て答えたらいいんだろう。
“好き”ではあるが、それが恋愛の“好き”なのかどうかがイマイチわからないでいた。
確かに拓海と一緒にいると楽しいし、一時でも過去の辛さを忘れる事が出来る。
だからこそ、寧ろわからない方がいいんじゃないかと思っていた。
だって私は未だに過去を引きずり、人の優しさに甘えている。
私にとって“わかる”イコール“過去との決別”なのだ。
それが出来ずにいる私には、天宮さんの問いにはっきりと答えることなんて到底無理難題な事だ。
しかし、何故天宮さんがそんな事を聞いたのか知りたかった。
私は重い口を開いた。
「どうしてそんな事を聞くんですか?」
天宮さんは驚いた顔をした。
「まさか、質問に質問で返して来るとは思わなかったよ。」
そう言って笑った。
確かに聞かれたのだから答えるのが当たり前なのだが、私には答えることが出来ない質問だったのだから、仕方がない。
ちょっと卑怯だったかと思っていたら、天宮さんが私と反対側に座っている自分の席を立って私の横に歩いてきた。
私の横に並べてあった折りたたみ式の椅子を開いて私の横に座る。
近い...
こんな至近距離で綺麗な顔で見ないでほしいな。
つい、顔を背けたくなってしまう。
恥ずかしい...
すると天宮さんはどんどん私の方に顔を近づけてくる。
うっと、後ずさりする形になってしまった。
「どうして離れるの?」
天宮さんが笑いながら聞いてくる。
「...恥ずかしいだけです。」
そう答えるとますます天宮さんは笑った。
さっきの企画会議や顔合わせの時のクールさはどこへ行ったのかと言うくらい。
私が訳がわからず、きょとんとしていると天宮さんは少し真剣な顔になった。
「単刀直入に言うと、僕が君を好きだからかな。気になるでしょ、好きな人の事なら。」
聞き間違いかと思った。
天宮さんが私を好き?
ガタン!!
余りに驚いて椅子から立ち上がってしまった。
椅子が勢いよく床に倒れる。
私絶対今、顔赤い...
何で?どうして?
「何か、色々理由聞きたそうだね。」
天宮さんが私の様子を察して言葉を続けてくれた。
「ここじゃなんだから、移動する?君のデザインルームとか。」
そっか。
この後軽い打ち合わせもしたいと思ってたから丁度いいかなと思った。
私たちデザイナーという人種の中には気難しい人もいて、周りに他人がいると作業出来ない、したくないと言う人もいる。
私たちが勤めるこのデザイン会社はそういうデザイナーさんがいても大丈夫なように、デザイン部に所属するデザイナー全員にそれぞれデザインルームという個室が与えられている。
もちろん私もデザイナーなので個室を持っているというわけだ。
「わかりました。上のフロアになってしまいますが、どうぞ。」
真相が知りたかった。
というのも正直なところだ。
今まで天宮さんとはそんなに接点がなかったはずなのに。
倒れた椅子を元に戻して、第3会議室を後にする。
廊下に出て、エレベーター前でエレベーターを待つ。
天宮さんは私の後を静かについて来る。
ようやく来たエレベーターに乗ろうとするが、結構な人数が乗っており、私と天宮さんが乗り込むとかなりすし詰め状態になった。
次のフロアでエレベーターが止まり奥の人が何人か出ようとする、波にのまれそうになった。
スッと出てきた天宮さんの腕に支えられて何とか流されないで済んだのだが、天宮さんに腰を支えられている状態になってしまって心臓がドキドキしっぱなしのままデザインルームがあるフロアに着いた。
やっと天宮さんの腕から解放されて、自分のデザインルームまで歩く。
カードキーで鍵を開ける。
「少し、散らかってますがどうぞ。」
私が天宮さんに言うと、
「ありがとう。」
と天宮さんが言って中に入る。
余り人に邪魔されたくない話もあるだろうからと、プレートは外出中のままにして私も中へ入った。
「コーヒーと紅茶どちらがいいですか?」
天宮さんに聞く。
「じゃあ、コーヒーで。」
会話が見つからず、必要な一言一言の会話を交わす。
コーヒーの袋を棚から取ろうとすると、7センチのヒールが災いしてか、バランスを崩して後ろに倒れそうになる。
「わっ!!」
思わず大きな声をあげてしまった。
絶対倒れる!
そう思って思いっきり目を瞑った。
でも、痛みも衝撃も何も起こらなかった。
不思議になって目を開けてみると、後ろから天宮さんに抱きかかえられていた。
「大丈夫?」
天宮さんが私の反応の無さに心配になったのか声を掛けてくれる。
「...」
さっきの会議室よりも近い距離で顔を覗き込まれて私は答えるに答えられなくなってしまった。
しばらくしてからやっと声が出た。
「大丈夫です。ありがとうございます。」
恥ずかしくて、耳まで熱いのがわかる。
すると、天宮さんは私を抱える腕に力を込めた。
「天宮さん?」
不思議になって、問いかけた。
そのまま天宮さんの力で天宮さんの方へ方向転換させらる。
天宮さんの真剣な瞳に見つめられる。
「...好きなんだ。」
そういうと天宮さんは私を棚の方へ押しやった。
次の瞬間、唇をふさがれる。
「...んっ...」
息継ぎ出来ない。
すごく熱いキス。
私はそのまま瞳を閉じた。